私が殺した彼女の話   作:猫毛布

63 / 103
ヤッタネ読者さん! これでハッピーエンドダヨー!

戦闘描写なんて嫌いデス……。


そういえば、皆様勘違いしている様なので一応明記しておきますが。
"ブローバック"さん。外見年齢はルアナよりも年上で千冬さんと同程度です。
それでもルアナに対しては「お姉様ぁ(はぁと」。


63.ノーミス舞踏会

 "ブローバック"とルアナに呼ばれた女性はクツクツと楽しそうに肩を揺らす。手に持った銀色の自動拳銃が動く度に太陽の光を反射した。

 

「えぇ、死人に口はありません。けれど、ワタクシ、生きています。お姉様の愛が足りなかったので、こうして姿を現した訳です」

 

 自分の体を抱き締めて「あぁん」と艶っぽい声を出す美女。場所が場所なら痴女として捕まえても問題はないだろう。

 その態度に眉を寄せたルアナ。けれど決して視線は"ブローバック"から離さない。

 

「その瞳です。ずっと、ずっと、ずぅっと、ワタクシが求めていたモノ。求め続けていた瞳。アァ、お姉様。どうしてお姉様はお姉様なのですか?」

「…………」

「アァ、無口であるのも素敵です」

 

 蕩けた瞳をルアナへと向けた"ブローバック"。その目は伏せられ、高ぶった気持ちを落ち着ける様に息が吐き出された。

 伏せられた瞼が細く開き、鋭い視線がルアナを貫く。憎んでいる相手を見るように、奥歯を噛み締め、"ブローバック"はルアナを睨んだ。

 

「そう、ステキです。ステキであったのに……何故お姉様はあの女の武器を使い、あの女に因んだ名前を呼ばれ……

 

 

 あの(ビッチ)として存在してるんですか?」

「…………」

 

 少しだけ目を細くしてルアナは"ブローバック"を見つめた。そこに特殊な感情も感性もなく、ただ言葉を受け入れているだけ。

 否定もせず、肯定もせずに、言葉すら吐かない。

 

「ルアナ……?」

 

 いつもとは違いすぎる印象。受け入れすぎているルアナを心配して簪が震えた声を出した。

 ルアナは動かず、反応せず、ただ前を見つめているだけ。"ブローバック"を眺めているだけ。

 

「だからぁ、その名前でお姉様の事を呼ぶなって言ってるのがわかんないんですか!?」

 

 "ブローバック"の言葉と共に銃口から吐き出された弾丸。簪を狙う金属の塊が直前で逸らされる。

 腕を振るい、弾丸の真横から刃を当て強制的にその軌道を変えた。直進しているベクトルに横の力を加えた。ただそれだけの事だ。

 ただそれだけの事を音速を越える領域でやってのけたのだ。ソレを誇るでもなく、ルアナは無感情に"ブローバック"を見ているだけ。

 

「…………言葉は済んだかしら?」

 

 ようやくその言葉を出したルアナは深く息を吐き出した。未だに体には痛みが走っている。ルアナにしてみれば、ソレも関係無い事だ。

 痛いから、守れなかった。そんな結果はルアナは求めていない。

 

「"ブローバック"。私はルアナ・バーネットよ。それ以上でも、以下ですらも無い。 だから、今からアナタを刻んであげる」

 

 ルアナはナイフを構える訳でもなく、だらりと自然に腕を垂らしながら一歩目を踏み出す。

 続いて、二歩目。やや前に傾いた体を支える為に更に一歩。

 倒れない為に、更に一歩踏み込み、跳んだ。いいや、空高く跳躍などしていない。地面を蹴り飛ばし、直線上にいる"ブローバック"への最短距離を跳躍したのだ。

 メイド服のスカートが揺れ、ルアナの腕が伸ばされる。ナイフの切っ先が"ブローバック"の喉元を貫く為に動いた。

 

「あぁ、本当に、本当に残念でなりません…………お姉様」

「そうね。コレで終れば早かったのに」

 

 ナイフの切っ先は白い喉を貫かず、その横を通り過ぎた。ルアナの額には銃口が向けられている。

 互いに一瞥、そして口には同時に嗤みが浮かんだ。口角が吊り上がり、本能に刻み込まれた欲求がソレを理解し表面へと押し出される。

 自分達はソレを知っているのだ。甘美な食べ物よりも、悦楽な性交よりも、どの気持ち良い事よりもキモチイイコトを。

 

 "ブローバック"が引き金を絞ると同時にルアナは一歩先に出た足を軸に回転する。伸びた右腕ではなく、空いていた左手にナイフを逆手で握り、遠心力の加わった一閃が"ブローバック"を狙う。

 後ろへと跳んだ"ブローバック"は再びルアナへと銃口を向けて引き金を引き絞る。銃口から鉛弾と硝煙が吐き出され動いたスライドからは空薬莢が飛び出る。

 横に跳んだルアナは凶弾を避け、地面を弾き自身が凶弾に成った様に"ブローバック"へと更に接近。

 

 武器の都合上、ルアナは近づかなければいけない。そして"ブローバック"はソレを回避し続けなければいけない。防ぐ事など愚行だ。その一手を打った瞬間に生身の腕など消し飛んでしまう。

 けれど、そんな命を削り、間違えれば命が消し飛んでしまう状況だと言うのに"ブローバック"の顔には嗤いが張り付き、喉を引き攣らせて嗤っている。

 

「アハッ、あぁ! ステキです! ステキです、お姉様ぁ! アハッハハッ!」

 

 スーツ姿の美女とメイド姿の美少女がまるでダンスでも踊っているかの様に動く。動きの無駄など一切なく、鳴り響く銃声がリズムを刻み、ステップが踏まれる。

 簪の目の前では、確かに命のやり取りである筈なのに、ちょっとした舞踏会が開かれていた。まるでそんな錯覚に陥りそうな程二人の動きは精練され過ぎている。

 

 だが、コレは舞踏会ではない。

 踊っている二人はソレこそ()()()()ではあるけれど、一寸でもズレれば忽ちレッドカーペットが地面に敷かれ、ステップを間違えた存在は退場しなくてはいけない。

 だからこそ、簪はソレを美しい等と感じたのかもしれない。

 

 簪の事を視界の端に入れつつ、ルアナはしっかりと"ブローバック"を見つめていた。

 口元には嗤いを浮かべ、目の前の雌犬をどう切り刻んでやろうかと手段を選択しているのにも関わらず、どうしてか疑問が沸いてくる。

 ルアナが【ルアナ】である時点で相応の速度は出ている筈だ。けれどソレを回避されている。

 

「アハッ! やっぱりお姉様はステキです!」

 

 ルアナの疑念を感知した様に、"ブローバック"は嗤う。瞬間に"ブローバック"が紅色の粒子が包み込んだ。

 粒子に一瞬だけ面食らったルアナはナイフを振り粒子の中にいるであろう"ブローバック"への攻撃を行使した。

 同時に、金属音。腕を切り落とした感触でもなく、何かに防がれた感触。

 風がフワリと吹き、紅色の粒子が晴れる。そこには濃すぎる紅色の装甲と僅かに残った白色の装甲を纏った"ブローバック"が存在していた。手には両刃のブロードソード。その剣でナイフを防いでいる。

 ルアナは目を細くして自らの身体を後ろへと下げた。

 

「フフッ、アハッ、ハハッアハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ステキ! ステきな表情です! お姉様ぁ! 本当に、そういう表情が見たかったのです!」

「…………幾つ飲み込んだの?」

「教える訳ないですよぉ!! お姉様に手札を晒して嗤える程慢心してないです! ビッチには勝てますけどねぇ!」

「……そう」

 

 嗤っていた顔を少し伏せてルアナは呼吸を正した。

 思ったよりも疲弊しすぎている。小さく息を吐き出しながらルアナは自己評価を繰り返す。痛みを忘れた訳ではない。ただ無理矢理勘違いさせていただけ。それこそ、この殺し合い(ダンス)を楽しむ要素だと思い込んでいた。

 ナイフを握っていた右手が、指先がピクリと動いて、ルアナは更に息を吐き出した。相手は見知った存在であり、同郷の獣であり、そして敵だ。

 それだけでいい。あとは簪を守れれば、それでいい。

 相手の手段が増えたなんて、どうでもいい事だ。今の自分には接近して刻む事しか出来ないのだ。

 

 ルアナの周囲に淡い緑色の粒子が集まり、メイド服を分解していく。下着の代わりに着込んでいた露出度の高いISスーツが顕わになり、粒子が装甲へと変換されていく。

 

「アハッ、アァン、お姉様! 素晴らしいです!」

 

 真っ赤な舌で上唇を舐めた"ブローバック"が艶を含んだ声で悦に浸る。そんな事もお構い無しにルアナはナイフを握り直し、伏せていた顔を"ブローバック"へと向けた。

 

「さぁ! 早く、早くワタクシを愛して(殺して)ください! さぁ、ファックしましょうお姉様! 今度はワタクシが殺して(愛して)あげます!」

「…………」

 

 ソレは一瞬だった。

 たった十メートル程度の距離がゼロへと変わり、ブロードソードにナイフが触れ、耳障りの悪い音を鳴らしながら空へと"ブローバック"を運んだ。

 "ブローバック"の腹部を蹴り飛ばし、距離を再度開けたルアナはもう一度息を吐き出す。

 騒がしくなっている筈の演目の歓声が遠い。自分を呼んでいる守るべき存在の声が小さい。頭の中の警鐘は煩い位に響いているくせに。

 

「フフッ、嗤いが消えてますよ、お姉様」

「……ツマラナイ殺し合いだからよ」

殺し(愛し)合う事がツマラナイ? アハッ、今更何を言ってるんですか? ワタクシ達は殺す為に生きているんですよ?」

「生きる為に、殺すのよ」

「………………そうですか」

 

 嗤う事をやめたのか、"ブローバック"は溜め息を吐き出した。性交をするというのに勃起ない(たたない)ナニを見るように。

 ツマラナイ。ツマラナイ。ツマラナイ。

 

「本当に、お姉様はあのビッチに成り下がったのですね…………萎えました」

 

 ブロードソードを粒子へと変換して、肩を落とした"ブローバック"。頭を振り、ただただ落胆してしまう。

 

「昔のお姉様はもっとステキだったというのに……世界を恨んで、人を恨んで、全ての存在に復讐をする為に心を射抜いていたというのに……」

 

 はぁ……ツマラナイ、ツマラナイ。

 血で染まった様に赤い装甲で頭を抱えて落胆を言葉に出す。獣よりも獣らしかった自身の姉と呼べる存在が消えてしまった。

 コレを落胆せずに何を悲しめというのだ。

 息を吐き出した"ブローバック"は何気なく銃を取り出して、地上へと向ける。

 

「お姉様がその態度なら仕方ありません。ワタクシだけを見てくれないなら、見てくれる様にすればいいだけですね」

 

 ルアナは目を見開き、瞬時加速を行使した。

 ナイフを振り銃を叩き落そうとしたが、ソレはブロードソードにより防がれる。

 

「お姉様が悪いのです。だって、いつまでもビッチの事を忘れていませんもの」

 

 引き金は絞られ、火薬が点火し爆発が弾丸を押し出す。銃口から飛び出た弾丸はただ一直線に地上へと向かう。そこには空を見上げている簪がいる。

 

 ルアナは舌打ちをして銃弾を追いかける。

 ハイパーセンサーで捕らえられた弾丸の距離と自分の速度、簪までの距離を算出し、結果を出す。空気の壁を破り音を置き去りにして簪の前へと再び立ったルアナは銃弾を弾き飛ばした。

 後ろを見れば口を開いて驚いている簪の顔がある。

 

「よかった、無事だった」

「ルアナ! 後ろ!」

「ほら……だからこれほど簡単に落とせます」

 

 簪の言葉が早いか、ルアナの耳元で囁かれた"ブローバック"の声が早いか。カチリ、とルアナへと何かが着けられたのが早かったのか。

 後ろへと振り返ると同時にナイフを振るうも、ソレを悠々と回避する"ブローバック"。

 

 途端に【ルアナ】が吐き出すエラー警告。走り出す痛みとルアナ自身から溢れ出す淡い緑の粒子。

 

「ルアナ!」

「何を、」

「喋らなくてもいいですよ。もう終ったことです……see you,bitch.(さようなら、ルアナ。) お姉様は返してもらいます」

 

 とめどなく溢れる粒子。簪はルアナの存在を確かめるように抱き締めていたが、溢れる粒子の波に押されてその手を緩めてしまう。

 そして淡い緑色の粒子が視界から晴れた時にルアナ・バーネットの姿は陰も形もなかった。

 存在しているのは、今まで抱き締めていた存在が消え両手を見つめている更識簪。そしてルアナの存在を消す原因となった"ブローバック"の二人だけ。

 

「ルア……な?」

「その名前でお姉様を呼ばないでと、何度も言っているのですが……まぁ、もう必要の無い事ですね」

「な、何を」

「《剥離剤(リムーバー)》という装置で、お姉様を強制的に待機状態へとしました」

 

 いったい、何を言っているんだ?

 簪は目の前にいる女性が何を言っているかわからなくなった。

 待機状態? ああ、そうだルアナは擬似ISだった。

 なら、ルアナは?

 簪は転がった緑色の玉を視界へと入れた。ビー玉程度の大きさの小さな玉。

 

「さ、お姉様を返してください。今ならアナタに危害は加えませんよ」

「い、いや」

 

 簪は咄嗟に玉を掴んで、強く握りこんだ。

 ソレを見た"ブローバック"は面倒そうに息を吐き出して言葉を続ける。

 

「そうですね。アナタには感謝をしなくてはいけません。

 

 

 アナタのお陰でお姉様を簡単にソノ状態へする事が出来ました。ありがとうございます」

 

 歪んだ嗤いをのせて"ブローバック"を言葉を吐き出す。アハッと嗤い、感謝を簪へと述べる。

 

 自分がいるから、私なんかがいたから、ルアナは

 

 思考が混乱する。けれど簪は決して掴んでいた玉からは力を抜かなかった。ココで抜いてしまえば、本当の意味でルアナが消えてしまう。

 何の望みもなくなってしまう。

 

「さ、お姉様を返してください」

「い、嫌っ」

「そうですか。では、死んでください」

 

 銀色の銃口が簪へと向き、引き金には既に白い指が掛けられている。

 

 何も出来ない。殺されてしまう。ルアナを奪われてしまう。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だイヤだ嫌ダいやダ嫌だ!!

 

 更識簪は咄嗟にポケットの中へと手を入れる。

 指先に触れた感触。未完成で、未熟な自分を映しこんだ様な、自分だけの力。待機状態のままドコでもデータの確認が出来る様に持っていたISコア。

 

 

 弾丸が放たれるよりも先に、銃は空へと舞った。

 "ブローバック"には薙刀の切っ先が突きつけられ、ソレを持っているのは更識簪だ。

 装甲の無い腕で握られた薙刀を見つめながら"ブローバック"は口元を歪める。

 先ほどから自身のISが叫んでいるロックアラート。一つではなく、複数。当然ハイパーセンサーで捉えているのは目の前で震えながらも自分に牙を向いている小動物だけ。

 

 自分の楽しみを言うなら、殺さない方がきっとイイ。けれど、自分の欲求で言うなら今すぐ殺したい。

 だがしかし、悩む時間などはなかった。

 

「あぁ、時間切れですか……」

 

 先ほどからロックオンアラートと一緒に聞こえてくる雇い主からの撤収の声。風情が無い、と溜め息を吐き出して"ブローバック"は宙へと上がる。

 

「しばし、お姉様を預けます。大切に扱ってください」

「…………」

「それと、ハッタリならもう少し自信を持ってしてください。スグにバレてはハッタリの意味はありませんよ」

 

 クスクスと笑いながら消え去った"ブローバック"。その姿が消えたのをしっかりと確認して、簪は荒々しく息を吐き出した。

 

 バレていた。ロックオンしたのはいいけれど、ミサイル自体が入っていなかった事。ソレをハッタリとして使い逃げてくれる事を願った事。そして、見逃された事。

 

 簪はISを解除して、握り締めていた手を開く。

 そこには淡い緑色の玉が転がっている。途方も無い喪失感と罪悪感。

 吸い込めない息。吐き出せない空気。

 

「ああ、あ……」

 

 代わりに流れ出す涙と震えた声。

 無力だ。

 自分は、無力だ。大切だといってくれた友達も守れない程、弱い。

 

「あぁぁぁあ嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 たった一人になってしまった簪は叫びながら自分の弱さを呪った。大切な友達すらも守る事の出来ない自分の弱さを。




>>ハッピーエンド?
 まだ続きます。そりゃぁそうですよね。

>>ビッチ
 女性へと蔑称。ルアナをルアナへと侵した存在。

>>愛す、殺す
 性的絶頂と興奮が殺し合いで得られるから自然と変愛になる。恋愛ではない。

>>勃起ないナニ
 あとは勃起ってもお察しなナニとか。

>>恨んで、復讐
 対象が世界全てである事意外は普通。普通?

>>簪ちゃん覚醒?
 大切な人を消されて、覚醒。 まあ、何処かの誰かの対比ですよ。攫われて、守られて、殺される。イヤー、比較しないとイケマセンネー。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。