時間と一夏の鍛錬も進み日は学園祭当日。
執事姿の織斑一夏を一目見ようと一年一組には少しだけ人だかりが出来ている。中では『ご奉仕喫茶』の名に偽りなく奉仕させられている執事、一夏の姿が確認できる。
さて、そんな中、調理班の筆頭とは名ばかりの肩書きを得ているルアナ・バーネットは忙しなく紅茶を淹れ直したり、簡単に作れるサンドウィッチを作成している。
ケーキ諸々は早朝の内に仕込みも終らせ、無くなれば料理部の所持している調理室まで取りに行くという流れを作っており、それこそ『ご奉仕喫茶』でのルアナの仕事と言えばソレらの指示を出したり、注文を受けた時に同じ調理班に指示を飛ばす程度のモノだ。
ならば、なぜルアナがそれほど忙しなく動いているのか。
「ん~……美味しい」
まぁ、自分が食べる為に他ならない。
全てのケーキを作り置きするという大役を終えたルアナは本当に名ばかりの調理班筆頭として椅子に座りながら実に優雅に紅茶(持参)とサンドウィッチ(材料持参)に舌鼓を打っていた。
「いや、ルアナ。仕事しなよ」
「もう十分にした」
シャルロットの言葉にもソレだけを返して、卵とレタスの挟まったサンドウィッチを口へと放り込む。
いいや、シャルロットとて、目の前の存在がどれ程律儀に働いたかは知っているのだ。知っているのだが、こうして目の前で堂々とサボられると流石に周りの視線がキツい。彼女達もルアナの功績は知っているのだが、なんとも腑に落ちない所はあるだろう。
「働け、というなら私にケーキ全てを作らせるべきではなかった」
そういって、またん~。と唸りつつサンドウィッチを口へと運ぶルアナ。そして悪くなる空気。
あー……と冷や汗を流し出すシャルロット。まさかこんな事になるとは思わなかった。
和気藹々と調理し、ルアナがソレにダメだしをして多少はそういう空気になるだろうとは思った。けれど、そこを自分がフォローしてルアナとクラスメイト達の関係を改善しようとも思った。
結果が、コレである。
尤も、働いた者に対して自分達が働いているのだから、という理論は些かオカシイモノなのだけれど。
「はぁ……どうして人の接触を嫌うかなぁ」
そう呟いてしまったシャルロットにカップを置いたルアナが微笑みを携えながら手招きする。その微笑みに嫌な予感を感じながらシャルロットはルアナへと近寄り、突然ルアナへと引き寄せられた。
胸倉を掴まれて、キスできそうな程近くに寄せられたシャルロットの瞳を深い青の瞳が睨む。
「弱い人間は大嫌いなのよ」
不機嫌を顕わにした低い声と瞳の奥に憂う感情。シャルロットを突き飛ばす様に解放してルアナは興味を失くしたようにサンドウィッチを口へと運んだ。
シャルロットが突き飛ばされた事で調理班の生徒達が心配そうにシャルロットを支え、突き飛ばした本人を見るが、ルアナは一向にそちらを見る気配が無い。
シャルロットは自分を支えているクラスメイトに大丈夫と笑顔を添えてしっかりと自分の両足だけで立つ。
ルアナはそれを気付かれない様に『視界』へと入れて、溜め息を吐き出し椅子から降りて、歩きだす。
「ちょっと、バーネットさん! どこに行くのよ」
「……花束を作りに」
少しだけ思案した後に、背中を向けたままそう言ったルアナは簡易的な調理場を出て、フラリと仕事を放棄して消えた。
「何なのよ、あの子」
「まぁまぁ」
ルアナが消えた事で出てくるルアナへの愚痴。シャルロットからすればルアナに対して余計なことをしたという自覚もあるので宥めるしかない。
それこそ、自分は救われた身であるし、今はルアナの庇護下に入っている。加えてルアナの過去を知っている分、人付き合いを嫌厭している事も理解していた。
「デュノアさんも突き飛ばされたのに何も言わないし! 仕事をサボって自分は食べてるだけだし」
「ちょっと可愛いからって調子に乗ってるだけでしょ?」
「あー、わかる。織斑君と仲がいいからってねー」
シャルロットは何かを声に出そうとして、やめる。ここで否定して、ルアナの事を庇うという事はきっと正しい事ではある。それこそ、ルアナと一夏の過去を言ってしまえばルアナはもれなく『悲劇のヒロイン』として認識される事だろう。
けれど、ソレをした所でルアナは一切喜ばない所か行動を否定してしまう。一夏への迷惑を掛けるのを嫌う彼女の事だから、ソレは確実に。
故に、シャルロットは自身の主への中傷の言葉を聞かなくてはいけない。感情を押し殺して、笑顔を貼り付けて、耐えて、吐き出された愚痴を飲み込まなくてはいけない。
「ホンット、ISだから人の気持ちなんてわからないんじゃないかしら?」
と、誰かわからない人間が言った所でシャルロットの中で何かが音を立てて切れた。張り詰めたゴムが千切れる様に。
近くにあった包丁を翻して、思いっきり握りしめ、まな板へと盛大に音を立てて突き刺した。
その音に驚いたクラスメイト達は一斉にシャルロットを見る。少しだけ俯いたシャルロットの表情は見えない。
シャルロットは詰まった呼吸を無理矢理押し出して、顔に笑顔を貼り付けた。
「さ、仕事をしよっか」
その笑顔の一言が迫力があったのか、クラスメイト達が身を小さくして作業へと戻っていく。
笑顔を貼り付けているシャルロットは全員の視線が自分の方向から外れたことを確認してから息を吐き出した。
ルアナの事を知らない癖に。
とは口が裂けても言わない。ソレを糾弾したところでどうなるというのだ。
あれ以上何かを言われていたら、きっと自分はその相手に危害を加えていたかもしれない。自分としてはソレでもいいのだけれど、ソレをしてしまうと御主人様はどうしようもなく申し訳無さそうな顔をするだろう。その癖、さも心配していません、というポーズを取るのだからコッチが気が気ではなくなる。
いいや、もしも、という話はいいだろう。そういった立ち回りを彼女が求めていないのだからシャルロットは今の立ち位置を崩すつもりは無い。
「注文がー……ん? 何かあったのか?」
ひょこりと顔を出した一夏が僅かに残った空気を察知したのか、それともシャルロットの近くにまな板に直立している包丁に気付いたのか、疑問を口に出す。
そんな一夏を見て毒気が抜かれたのか、それとも憤りを隠すためか、シャルロットは息を吐き出して口を開く。
「別に、なんでもないよ、一夏。 注文ありがと、ほら接客に戻った戻った」
「お、おう。 あれ? ルアナは?」
「お花摘み」
「………………あー、すまん」
何秒か、花? 花ってなんだよ、とか思考していた一夏はルアナが逃げの常套句としてソレを用いていたことを思い出して口を閉ざした。
注意すべきが、織斑一夏が婦女子の騙る「お花摘み」という単語をしっかりと理解していない点である。理解していたならばポロリと「必要ないのに?」なんて言ったかもしれない。ポロリするのは女性だけで十分である。
◇◆
どうしようもないな。とルアナは歩きながら溜め息を吐き出した。シャルロットがどうして行動したか、というのも理解できているつもりだったけれど、ルアナとしてはやはりソレは許容出来る範囲を越えていた。
悪い事をした、という自覚と軽い自嘲を隠しつつ、ルアナは噂通りの仏頂面とジト目で廊下を歩いている。
そんなルアナのポケットに振動が起こる。振動元である携帯端末を捕まえて、画面を見れば『五反田妹』となんとも他人行儀な名前が映っていた。
通話ボタンで指を伸ばし、携帯を耳元へと持ってくる。
「ハイ」
『あ、ルアナさんですか? 蘭です』
「画面を見たらわかる」
『あはは、そうですよね。その、えっとですね』
「何? 一夏なら執事服を着てる」
『なんですか、ソレ。凄いみたいんですけど』
「招待状は渡した筈」
『あー……ソレなんですが、実は学校での予定が入ってしまいまして……』
「……そう。残念」
『ごめんなさい』
「構わない。用件はそれだけ?」
『それだけだった筈なんですけど』
「…………一夏の写真なら今度メールに添付しておく」
『さすがルアナさんです!』
「今度何か作ってね」
『勿論! 腕によりを掛けて作りますよ!』
淡々と用件だけのやり取りをして、通話を切る。どうやら自分の招待状は無駄に終ったらしい。来れれば、程度で送ったのに律儀な事だ。
ルアナはしっかり者の妹分を思い出して、クスリと笑う。きっと今も「一夏さんの執事姿ぁ……ぁぁ」とか言いながら落ち込んでいるのだろう。
こうして考えてみれば自分は思ったよりも、普通を上手くやっているのかもしれない。
そう考えてからまた自嘲してみせる。
有り得ない、という否定。普通というのなら簪との関係も悪化しなかった筈だろう。ルアナは少しだけ目を伏せて窓の外を見つめた。
感情的になって、簪を叩いた事も。ソレをした後にまるで拒絶するように言葉を吐き出して苛立ちを隠さなかった事。一夏ではなくて、鈴音の部屋へと行った自分。
冷静に考えてみても、有り得ない。いいや、ありえてしまったのだが。
何も、感情的になる必要などなかったのだ。簪との関係は一夏との溝を埋める為のモノであるし、ソレだけのモノだった筈だ。そこにルアナとしての感情など必要は無い。
無い筈、なのに。
ルアナは深い溜め息を吐き出して、思考を一旦止める。考えた所で答えは出ることはなさそうだ。
ポケットに収めた携帯端末がまた震え出す。少しだけ震えて停止したソレを取り出せば『シャルロット』と画面には表示されている。文面を確認すれば、戻ってくるついでにケーキを運んできて、という内容である。
ふむ、と苦笑したルアナは携帯をポケットの中へと収めて息を吐き出す。
「飼い犬に命令される御主人様ってどうなのかしら?」
なんて呟いて、口に苦笑を浮かべてルアナはケーキを取りに料理部へと向かう。
ついでに摘み食いをして戻ろう。
そんな事を考えながら。
◆◆
一年四組。更識簪所属するクラスである。
所属している筈の更識簪は出し物に関して一切触れさせてもらってはおらず、コソコソと一年一組の『ご奉仕喫茶』を見てはソコから離れ、また戻ってくる、というなんとも優柔不断で悩ましい移動を繰り返していた。
出し物に触れさせてもらえなかった、というのも一年四組のクラスメイト達は簪の事をしっかりと見ていたからである。
忙しいだろうから、という理由ではなくて、簪の精神状態が素人目から見ても危ういモノだったので、「更識さんは休憩しときなさい」というお言葉を頂いてしまったのである。
確かにここ数日、というよりルアナが部屋に戻らなくなってから簪の精神状況は悪くなる一方だった。自己嫌悪とルアナへの罪悪感。よく分からない心の黒い靄。
それらが見事なまでに簪を蝕んでいた。それでも気丈にクラスを取りまとめようとしていた彼女をクラスメイト達が心配して、このような結果へと至った。
その結果に、申し訳なさと感謝を述べて、簪は今一年一組の前にいる。いや、前にいた、というべきか。
長蛇の列を目の当たりにして億劫という気持ちが湧き出てしまい、溜め息を吐き出す。それでもルアナに会って一言謝りたい、というのも真実である。
けれど、である。
こうして織斑一夏に奉仕してもらおうと並ぶ列を見ると、どうも気が引ける。
ルアナも忙しいだろうし、また、今度。
そんな気持ちが湧いて、一組から離れる簪。ソレは、逃げである。頭の中に反芻されるルアナの拒絶にも似た言葉。
嫌われたかもしれない。
ソレは嫌だ。
なら確認すればいい。
もし嫌われていたら?
知りたくない。
そうして、一組から離れた簪は重い息を吐き出して顔を伏せて歩く。自分には勇気がない。
アニメや小説の様に、自分の気持ちをハッキリという勇気も無ければ、友達の気持ちを聞く勇気さえもない。
そうして歩いている簪に衝撃がぶつかる。
俯いていた簪はソレに押し出され尻餅を着きそうになったけれど腕を掴まれて事なきを得た。
掴まれた腕から先を見れば、スーツ姿の女性が自分の腕を掴んでいる。
黒いスーツに、黒縁の眼鏡。それを通して見える真っ赤な瞳、真っ白過ぎる髪は自然に垂らされて背中の中程まで伸びている。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「あ、いえ……私も、不注意でした。ごめんなさい」
簪は改めてスーツの女性を見た。
白い髪に、赤い瞳。顔も美女と呼べるほど綺麗な女性だ。窮屈そうにスーツに収まった胸も、タイトスカートからスラリと伸びた足も、綺麗という形容しか出来ない。どこかのモデルと言われても信じただろう。
「お気になさらずに。 ……失礼ですが、もしかして、更識簪さんですか?」
「は、はい」
「あぁ、失礼。申し訳ありません。ワタクシ、研究機関『アスピナ』、兵器開発部門に所属している者でして」
「は、はぁ」
ニッコリと笑顔を見せられ朗々と喋られる自己紹介。その勢いにやや引き気味の簪は一歩だけ下がってしまう。
その引き足もなんのその、女性は更に一歩進み簪へと詰め寄る。
「是非ですね、簪さんのお力になりたいのです」
「わ、わたしの、ですか」
「ええ、アナタのです。ワタクシどもと一緒にアナタの開発しているISを完成させませんか?」
「え、っと」
簪が開発しているISはルアナと一緒に開発していたモノだ。基本的には自分でくみ上げたところが多いけれど、それでも確かにルアナの助言も数多く含まれている。
だからだろうか、簪の中にはアレはルアナと一緒に完成させるモノだと確信めいた何かがあるのだ。
「力を手に入れて、姉である更識楯無さんをアッといわせてみませんか?」
「おねえ、ちゃんを……」
「そうです。ワタクシどもは最大限バックアップを致します。それこそ、ワタクシ個人はアナタの潜在能力をかなり高く評価しています。それこそ噂の織斑一夏なんて比にならないぐらいに」
「…………」
簪のコンプレックスである姉への気持ち。そして一夏に対して感じている理不尽さ。
けれど、と簪の心が何かを押し止める。
「話だけでも結構です。少しだけお話しませんか?」
「……す、少しだけなら」
「あぁ、よかった。それではアチラへイきましょう」
しっかりと簪の手を掴んだ女性はそれ程早くも無い足取りで歩き始める。それに連れられるように簪も足を進める。
自分が強くなれば……ルアナもちゃんと私を見てくれるだろうか。
そう頭に浮かべながら、簪は足を進めていく。
「す、凄いです……」
「そうでしょう? コレが『アスピナ』の研究です。勿論、まだ一端でしかありませんがそれでも十二分に素晴らしさはわかっていただけると思います」
女性の案内で、なるべく二人きりで話たいという要望も含めて、二人は人気のあまり無い屋上へと座っていた。
簪は渡された資料に目を通して思わず感嘆してしまう。
そこに記されているのはBT兵器の運用公式やISのエネルギー効率論。様々な専門用語を用いた計算式の書かれた資料を読み解きながら簪はその凄さを思い知る。
「簪さん。アナタの了承を得ればスグにでもワタクシどもはアナタをバックアップさせて頂きます。もし、不可侵な部分があればワタクシどもはソレに一切触れることはありません」
「…………これで、ルアナも」
「るあな? 恋人か何かですか?」
「ち、違います! 私と、ルアナは……その、」
「ああ、舌の根も乾かぬ内に申し訳ありません」
「いえ……」
簪とルアナの関係。友達だ。勿論、ルアナが否定しなければの話だけれど。簪の心はソレで満足していない。
もっと、ルアナを知りたい。もっとルアナに求められたい。求めたい。
「……あの」
「はい?」
「その、ルアナ……友達と喧嘩しちゃったんです」
「…………」
「喧嘩、っていうのか……ただ怒らせて」
「そうですか……辛いですね」
女性は簪へ微笑んでみせる。
遠くの方では何か出し物が開催されたのか少しばかり騒がしい声が聞こえる。
「でも、そのルアナは悪くなくて、悪いのは、私で」
「わかります……そういう時、実は簡単に解決する方法があるって知っていますか?」
「え?」
簪が顔を上げると同時に女性は立ち上がり、少しだけ歩いて簪から離れる。
そしてクルリと簪の方向を向いてニッコリと笑顔を向ける。
「アナタが死ねば、解決するでしょう?」
女性の手に粒子が集まり、手に銀色の拳銃が握られた。
事態に頭が追い付いていない簪は目の前で女性がニコニコとしながら銃をスライドさせ、弾丸を込める作業をただ呆然と見てしまっていた。
「そもそも、アレですよ。お姉様をルアナ、ルアナと呼びやがって。そんな汚い名前でお姉様を汚さないでくれますか?」
「え、あ……」
「ああ、すっかり自己紹介が遅れましたわ。更識簪さん。
死ぬ人に自己紹介をするのはコレで何度目に成るかは知りませんが、何度でも自己紹介してあげましょう。
ワタクシ、アナタを殺す、所謂、殺し屋様です。
それでは、エイメン」
まるで淡々と、ただ流れに乗っ取る様に殺し屋は簪へと銃口を向けてトリガーを引き絞る。
銃声が空へと反響し、薬莢が宙へと放りだされた。
>>アスピナ
いつもの
>>エイメン
コレに関するアトガキは無かった。イイネ?
>>蘭ちゃん不参加
げ、原作通りだから
>>殺し屋さん
モデルで言えば、クレイジーサイコレズ。尤も、レズ成分は少なかったりする
>>アトガキ
ん、いつもの猫毛ワールドが展開しはじめたかな?
そうだよ(迫真
これで亡国企業との接点が出来るので……先はたぶん、問題ないと思います。
あるとすれば一夏くんとの関係がヤバイ事になってるぐらいなので……まあ、今度考えます。未来の私はきっと上手く解決してくれる筈です。
一応、今回女生徒達から見たルアナの印象を軽く描写しましたが、大体あんな感じです。徹底して嫌われている、という事もないけれど。という感じ。
作中でも言いましたが、ルアナを知らないから仕方ないです。というか、ルアナはそもそも彼女達と接点を持ってないのが悪い。大体ルアナが悪い。