「…………」
織斑一夏は戦慄した。生唾を飲み込んで、冷や汗を拭うのも忘れて、只管に恐怖してしまった。
けれど、彼は言わなくてはいけない。言葉を発しなくてはいけない。声を振るわなければいけない。
ゴクリともう一度一夏の喉が鳴り、そしてようやく口が開かれる。
「却下」
途端に予想した通り、むしろ予想した以上のブーイングが一夏を責める。
一夏はまぁまぁ、両手をクラスメイト達に向けてどうにか宥めようとした。そして宥めている間にチラリとディスプレイに映っている案を見ていく。
『織斑一夏のホストクラブ』
『織斑一夏のツイスターゲーム』
『織斑一夏とポッキーゲーム』
『ドキッ、織斑一夏の水着大会(ボロンッもあるよっ!』
文化祭にて自分のクラスの出し物を決める為に案を募ったが、コレである。
特に最後は一体何をさせたいんだ。ボロンッってなんだよ、ボロンッって。
一夏は年頃の女の子の思考を頑張って考えた。考えた結果、とても残念である事が発覚しそうになったが、ふと自身の幼馴染二人を思い出して即座に否定出来た。お祭り騒ぎだから、という理由で少し頭のネジが緩んでいるんだろう。きっとそうに違いない。そう思いたい。思わせてください。
ともあれ、一夏は再三に案を見つめなおしたが、一夏自身が影分身でもしなければ恐らく人数をこなせないだろう。チャクラの練り方など一夏は知らない。
「ってか、俺ばっかりで誰が得するんだよ」
「誰って、少なからず私は得をするわ!」
「女の子を楽しませる義務をまっとうしなさい!」
「織斑一夏は共有財産である!」
やいのやいのと女生徒が賑わい、一夏の思考はどこか遠くの方へと向かっていく。生憎助けを求めれる姉はまさかの職務放棄。おっぱいはあるくせに頼りない副担任は「ポッキーゲームなんて……キャッ、私ったら何を……」と呟く始末。
唯一、この空気をどうにか壊してくれそうなルアナをみやれば空を向いているし、その口は何か面白そうにニタリと笑んでいる。
一夏に味方など居ないのである。
加えて、この時間より少し遡れば、生徒会長様直々に『織斑一夏争奪戦』などというトンデモ企画が発表された所なのだ。
一夏の許可? この学園に男の人権などほぼ無いのである。
「あー……とにかくもっと普通なのをだな」
「メイド喫茶などどうだ?」
今までに比べれば実に真っ当な意見である。ソレを言い出したのが、ラウラ・ボーデヴィッヒでなければ。
一夏は思わず呆気に取られた。あれ? ラウラってこんなキャラだっけ? また変な知識でも教えられたのかな?
「客受けはいいだろう。飲食店として経費を回収できる」
淡々と、いつもの様に冷淡に呟かれていく言葉。もっとも喋っている内容はメイド喫茶のことなので、一夏もクラスメイトの面々もどうしていいのか分からずに話を聞くだけになっているが。
「え、えーと……みんなはどう思う?」
一夏が多数決を取ろうとしたところで、未だに再起動が出来ていないクラスメイト達。
「いいんじゃないかな? 一夏には執事姿で接客をしてもらって、厨房には料理部に所属してるルアナも居ることだし」
シャルロットによるラウラへの援護射撃。
その一言に反応したのは名前の出てきた一夏とルアナだった。
ん?何言った?コイツ。
という顔でシャルロットを見て、シャルロットは笑顔でソレを受け流した。
いざ声を出して否定しようとすれば周りから「いいかも」という声が溢れ、そのタイミングを失ってしまった。
「でも、バーネットさんが料理……?」
「料理部って……食べる専門じゃないの?」
「怪しむようなら、私は」
「大丈夫だよ。ソコは一夏や私が保証するよ。ね、一夏」
「お、おう。ルアナは料理も出来るよ」
「…………」
何もが面白く無いように、ルアナは不貞腐れた顔をシャルロットへと向けた。シャルロットはソレを苦笑してしまう。
これで、ルアナがクラスメイトから離れている現状をどうにか改善することが出来るだろう。出来れば、少しでも改善してほしい。
そんなシャルロットの思惑を感じ取った一夏はシャルロットへの援護に出た。尤も、当の本人は面白くなさそうに頬を膨らませて微妙な抵抗をしているが。
「それで、メイド服などの調達も少しばかりツテがある」
「ほうほう。ラウラちゃん準備いーね!」
「執事服も問題ないんだね!」
「いや、むしろ織斑君にメイド服を着せれば」
「…………それだ」
「いや、ソレはねぇよ! 流石に全力で拒否させてもらうわ!!」
「いいかい、いっちー。時にはメイド服で戦う時もあるんだよ……」
「ないよ!? あってたまるか! 例えあったとしてもソレはきっと今じゃないよ!!」
一度決まってしまえば後はトントン拍子に決まっていき、結果的にIS学園一年一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』へと決定した。
この名称を決める際に一夏が思わず「ご奉仕って……いや、うん、なんでもないです」と呟いたのは、きっと仕方の無い事なのである。
「ねぇー、ルアナぁ。機嫌直してよぉ」
「…………」
一夏が報告に向かい、シャルロットは急いでルアナの席へと向かった。
私、怒ってます。という看板でも見えるかの様に怒っているルアナ。少し無理やり過ぎたかなぁ、と後悔しつつもどうにか御主人様のご機嫌を取らなくてはいけない。
「ほーら、飴があるよー」
「…………」
「ガムも、キャラメルもあるよー」
「……食べる」
少しだけ機嫌が直ったのか、それとも甘いものの誘惑に負けたのか、ルアナはジト目でシャルロットを見ながら彼女の手に持っていた飴を受け取った。
包装を破き、丸い飴を頬張りコロコロと口の中で遊びながら、溜め息を吐き出した。
「怒ってる?」
「別に、それほど怒ってない……」
「よかったぁ」
シャルロットにしてみれば、ソコが一番の問題だった。それこそルアナが今シャルロットを見捨てれば、シャルロットはシャルロットですら無くなってしまうだろう。
ルアナの性格を理解していても、起こりそうであることは間違いは無い。機嫌を損ねた程度では手放してくれなさそうだが。
「でもポーズは大事」
「あー……うん、なるほどね」
クルリと周りを見渡してみれば、なるべくルアナに関与したくない、というか触らぬ神に祟りなし、といった風に彼女達を無視しているクラスメイト達。
ソレはルアナが怒ってますという看板を掲げたからでもあるし、シャルロットが慌ててルアナの元へと駆け寄ったのも大きい。
「どうして?」
「……私はルアナに普通を知ってほしいんだと思う」
「普通、ね」
ルアナは思わず苦笑してしまう。
今まで最も遠かった言葉で、一夏もこうしてシャルロットもどうしてか望んでいる生活。
ルアナにとっての普通は、それこそ過去の日常である。血生臭く、硝煙を撒き散らせて、命を賭けて大金を得る、ソレが彼女としての普通である。
そんな普通とは程遠い普通を歩んだルアナ・バーネットとしては、普通も異常も異端も狂気も全て知っていると言える。いや、孕んでいる、と。
「そう。私にメイド服を着せたいとか、そういう思惑で無いのならいいわ」
「…………わ、わーい、やったー」
「本当に無いのよね?」
「ゴメンナサイ、少しだけ。七割ぐらいは真っ当な理由デス」
残り三割は、つまり、そういう事なのだ。
ルアナとしても、頭の中で文化祭の計画を練っていく。どの道、一夏の護衛として近くにいる事は確かであった。
ソレを誰の文句も言わせずに居れる場所としては問題は無いだろう。問題は……。
「もう少し詰めてみないとわからないわね」
「な、ナニを詰めるの!?」
「……あら、詰めてほしいのかしら?」
「ノー! 私は至って真面目デス!」
「なら、そう在りなさい」
ルアナはカタカタと震えるシャルロットを眺めながら息を吐き出した。場所が場所ならクスクス笑って見せたが、生憎、クラスメイトに見せるような笑顔を今は持ち合わせていない。
窓の外にはふっくらとした雲がフワフワと浮かび、ルアナの鼻腔に小麦の焼けた香りが幻の様に擽った。
くぅ、と小さくお腹を鳴らして、ルアナはソレが幻惑であると知り、シャルロットからお菓子を強請るのであった。
◇◆
「ふざけてるの?」
「いいえ、まったく、これっぽっちも、微塵も、ふざけて無いわよ?」
「冗談にしては、いえ、もう冗談なんかじゃないんでしょうね」
ルアナは疲れたようにソファへと凭れた。その姿を見ながらクスクスと笑っている学園最強様。珍しくルアナの疲れた姿を見たのが嬉しいのか『愉悦』と書かれた扇子を広げている。
ルアナが放り捨てた紙束には『演目、灰被り姫』とデカデカと書かれた文字。そして細々と内容が書かれている。
「バトルドレスで舞踏会? それはもう武道会よ。サンドリオンも真っ青な状態じゃない。時計の針が真上を指せばミサイルでも落ちてくるのかしら?」
「ふざけてるのかしらん?」
「冗談よ。冗談にしたいわ……」
頭を抑えて溜め息を吐き出したルアナは一枚の紙を机の上に出す。
その紙を受け取った楯無は思わず顔を顰めてしまった。
「これも、冗談かしら?」
「冗談ならどれほどよかったでしょうね……ホント」
「先に言うけれど、全てのルートを防ぐのは無理よ」
「でしょうね。餌の成長も気になるけれど、ソレで釣った方が経済的ね」
「餌を食べられた時点でお仕舞いになっちゃうわ」
「朝は私、昼はお姫様達とアナタがいる。十分よ……たぶん」
「あら? アナタもお姫様として参加してもいいのよん?」
「生憎、お姫様よりも女王様の方が好きなの、私」
足を組んでみせ、そう見せようとする人形。容姿も整いどこか妖艶に笑んでいる事でどこかソレを納得しかけてしまう。
楯無はそんな女王様に溜め息を吐き出して肩を落とす。
「そういえば、ルアナちゃん。文化祭に呼ぶ人間は決めたのかしら?」
「唐突ね……。 一応、妹分が一人いるから」
「あらん? 妹がいたの?」
「妹は……いた、だけよ。妹分。正確には一夏の友達の妹ね」
「へぇ……慕われてるんだね」
「慕われている、というより一夏を落とすのに先に私を落とそうとしてる頭の回る子よ。ご飯も美味しいし。可愛いわ。 まあ、好き嫌いで言うなら嫌いではあるけれど」
「そこまで言って嫌いなの?」
「弱いのよ。 見ていて楽しいけれど、私個人として湧き上がる感情はない。ご飯は美味しい、それだけ」
「なんとも素晴らしい価値観ね。頭のネジが何本か取れてそう」
「ネジ穴はきっと両手で数えれるでしょうね」
肩を竦めて言ってやった言葉に楯無は口をへの字にして答える。
話す内容としては終ったので、ルアナは妙に座り心地のいいソファから腰を離した。
そのまま扉の方に歩けば、楯無に呼び止められる。
「そういえば、忘れてたわ」
「まだ何かあるのかしら?」
「私の事をお姉ちゃんと呼んでみなさい」
「…………今日の中で一番気が利いた冗談ね」
ルアナはジト目で楯無を睨んだ。それは、もう、じとぉ……と音が鳴るみたいに。
そんな視線もなんのその。楯無御姉ちゃんはとにかく『何か』があった時の為の心の準備とかが必要なのだ。その『何か』が無いのが一番心的にはいいのだけれど。
「ほら、早く」
「……御姉ちゃん、姉さん、姐さん、姉御……そうね、お姉様が一番しっくりくるのかしら?」
「………………」
「もういいかしら? お姉様。ワタクシ、学業が待っていますの」
「お、おう」
キャラが崩れてますわ、お姉様。
なんてルアナはクスリと笑って見せて扉を閉めた。
その場に残されたのは立ちすくむ楯無お姉様一人。
「…………え?」
いやいや、姉妹契約というのがあってだな。
一年間女子高にいるという事は、それなりの、そういった知識を保有してしまうのだ。
よもや自分がそう成るなんて事は思わなくても、知識だけは否応無しに入ってくる。
『お姉様!』『あぁ!妹よ!!』
そんな百合の花咲き誇る空間をどうしてか幻視して、楯無は頭を振った。
振ってから、もう一度声を出した。
「…………え?」
>>ネジ穴は両手で数えれる
穴を数えれる時点でお察し
>>ボロンッ
こう、アレだよ。そう、何とは言わないが、アレだ。その、アレが、こう……ボロンッてだな
>>時にはメイド服で戦う時
そう思ってやった事がみんな裏目に出てしまう。いくらあがいたって、もう……
>>怒ってる?
>>怒ってない。
怒ってる。あと、私じゃなければ怒ってた、って怒ってるよね。
>>ナニを詰める
ナニをドコに詰めるんですかね? ソーセージかな?
>>真面目です!
ノーマルです!