私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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遅れました。申し訳ありません。

更識姉妹に誰か御付の姉妹がいたような気がしないでもないけれど、私はきっといない、と信じている。
虚さんとか、本音ちゃんとか。


57.特別だけど、特別じゃない、特別な友達

「でりゃぁぁぁあああああ!!」

 

 空を斬る鈴音の『双天牙月』。その場に在った筈の一夏は少しばかり距離をとっていた。

 夏休みも終わり、九月に入り日が三回程上った日。

 IS学園一年始めての実戦訓練は一組と二組で行われており、クラス代表である鈴音と一夏の戦闘がアリーナで始まっていた。

 ソレを眺めるクラスメイト達。彼女らは自身の機体を持ち合わせていない。加えて言えば、一夏の【白式】はともかくとして鈴音の【甲龍】の動きからは学ぶべきことは多い。

 

「ッ……」

「逃げてばっかじゃ、勝てないわよ!!」

 

 鈴音の声に一夏は眉を顰めた。握っている鍔も刃も無い刀。一夏の意志に呼応し、一夏の心を顕し、一夏の願いを純粋に叶えすぎた刀。

 【銀の福音】の戦闘時にあったフェイスバイザーもソレの一端だ。

 相手の動きを細部まで認識し、接近し、両断する。

 今の【白式】はソレだけに特化しすぎている。だからこそ、こうした実戦"訓練"は一夏にとって回避に専念するしかない。

 

 強くなると願い、強くなった結果、守るべき存在を傷つけてしまう。

 ソレを意識してなお、自身の中に燻る勝利したいという欲求。

 

 鈴音は長い付き合いの中、一夏の大凡の性格を理解している。加えて何気なく一夏が見せてくれた【白式】の性能も『雪片弐型・合口拵』の威力もしっている。

 だからこそ、鈴音は一夏を挑発し、戦わなくてはいけない。

 恐れは抱いている。当然である。エネルギーを消失させ、そのエネルギー刃が自身へと迫るのだ。怖くないわけがない。

 鈴音の知っている、好きな一夏はそんな重圧の中でもしっかりと背を伸ばし、胸を張って、前を向いている、そんな人間なのだ。

 

「この勝負、また私が勝たせてもらうわ!!」

 

 けれど、ソレを一夏に告げることはない。

 そんな事以上に、一夏を想い、一夏に尽くしていると知った少女を知っているから……ではなくて。

 ソレは全て一夏が気づかなくてはいけない。全て一夏が自覚しなければいけない。全て一夏が理解しなくてはいけない。

 『龍咆』が不可視の砲弾を創造する。この時点で【白式】からはアラートが響いている筈だ。

 故に、鈴音は手に持っていた『双天牙月』を振りかぶり、投擲。

 速度の出たソレは容易く一夏に回避されてしまう。けれどソレは知っていた事だ。ただ、その位置に移動してほしかっただけである。

 

 『龍砲』の網の中に。

 

 

 

 

 盛大な音がアリーナに響き、同時にブザーが鳴った。

 

「む、どうやら決着がついたようだな」

「どうせ鈴音の勝ち」

 

 【紅椿】の攻撃を流していたルアナがそう呟いた。相変わらず半分程開いた目で迫る二刀流の連撃を全て流している。

 対してその連撃を繰り出している篠ノ之箒はコレといった怒りもなくただただ連撃をルアナへと向けていた。

 元々、箒自身がルアナへと望んだ事であり、加えてルアナは攻撃せずに防御に専念する理由も知っている。攻撃出来ないわけではないが、実戦でもないのだからルアナとしては勘弁してほしい所である。

 

「一夏が負けるとわかるのか?」

「機体的に相性が悪い。開始時間から考えても【甲龍】に長期戦を挑んだ時点で負けは確定しているし、一夏の力量だと鈴音に短期決戦に持ち込めない」

「随分と嫁に辛口だな」

「事実。実際に短期決戦になるのは箒とラウラぐらい」

「確かに紅椿の燃費は悪いが……ラウラもなのか?」

「【シュヴァルツェア・レーゲン】の燃費はそれほど悪くは無いぞ?」

「ラウラなら一夏に容易く勝てる」

 

 そう言い切ったルアナは『穿千』を払い箒の首元へとナイフを当て停止する。箒とルアナが同時に息を吐き出し、張り詰めていた緊張の糸を緩めた。

 纏っていた装甲をISコアへと戻し、箒の左腕に金と銀の二つの鈴が付いた赤い紐が巻きついた。鈴の音が響き待機状態へ。そんな二つの鈴と紐を撫でて箒は前を向いた。

 

「アチラも終ったのだ。私達も移動しよう」

「嫁に労わりの言葉でも掛けてやらねばな」

「……私は後で行く」

「ん、どうかしたのか?」

「篠ノ之に手を出したから、少しだけ休む」

 

 ソレを言えば箒は眉間に皺を寄せて申し訳なさそうな顔をする。勿論、箒が望んだことを却下した所で似たような痛みが生じることを伝え、ルアナは苦笑して二人を見送った。

 ルアナは装甲を量子情報へと変換して自身のコアの中へと納める。

 

 裸足で地面を踏み、息を吐き出す。

 痛みは無い。それこそ箒へと刃を向けたが、ISのバリアを壊せる程のエネルギーを纏った刃ではなくて、単なるナイフだったこともあるのだろう。

 あの兎の事だから、ISを過信している筈だ。故にバリアを貫けない攻撃にはリミッターを制限しなかった。

 

「……いや、どうかしら」

 

 そう考えてから、自分の考えを否定する。当然、あの天才がISを過信していることは確かであろうが、執着しすぎている妹に攻撃をしたのだから痛みの一つや二つあってもオカシクは無いだろう。

 そこまで考えて、ルアナは溜め息を吐き出すと同時に考えるのをやめた。所詮は分からない事なのだ。あの天災のことなど、分かりたくも無い。

 

 それよりも。

 

「どうしたものかしら」

 

 自分が描いていた一夏ではない一夏。現実なのだから相応に理想とズレが生じても仕方が無い。

 けれど、感情に任せて力を振りかざす戦いは一夏がすべき所ではない。そうならない様に、色々と仕込んだつもりだったけれど、ソレが裏目に出てしまった。

 ルアナは溜め息を吐き出して空を見上げた。

 

「ねえルアナ。こうして悩むこともアナタが望んだ事なのかしら?」

 

 呟いた彼女の声は空気に溶け込み、そして答えは返ってこなかった。ルアナは溜め息を吐き出して頭を振る。

 

「あら、もしかしてお邪魔だったかしら?」

「別に。居る事がわかっていた人間を邪魔だと感じる事はないわ」

「そういうものかしらん?」

「そういうものよ」

 

 どこからともなく現れた学園最強に肩を竦めてみせたルアナ。更識楯無も扇子を広げ笑みを浮かべている口を隠す。扇面には可愛らしい丸い文字で『ちゃんす』と書かれている。

 

「それで、私はそろそろ一夏君に接触するわ」

「アレでいて一応純情だから手加減はしてあげて」

「あらん? 別に疚しいことはしないつもりよ?」

「それならそれでいいわ。 どのみち、小娘のハニートラップが通用しない程度には耐性をつけているし」

「……今、一夏君が朴念仁と言われる片鱗を聞いた気がするわ」

「アレが朴念仁で唐変木なのはソレよりも前よ」

 

 ニタリと妖艶に笑んだルアナを見て楯無は疲れたように肩を落とした。垂れた手に持たれた扇子にはエラク達筆で『ピンチッ!』と書かれている。

 

「……それで、あの企業の動きはどう?」

「個人的に使える情報網で色々調べてみているけれど、まったくね。 文化祭に恐らく、程度のものよ」

「……そう。ソレまでに一夏君を最低限まで押し上げなければいけないのね」

「苦労をさせるわ」

「簪ちゃんの寝顔写真が私を待っている!」

「……苦労させるわ、簪」

 

 扇子を握り締め輝かしい瞳で空を見上げている更識お姉ちゃん。もう彼女はいろんな意味でダメかも知れない。

 ルアナは溜め息を吐き出して、ココには居ないルームメイトに心から詫びた。

 

 

 

 

◆◇

 

 一夏への最初の接触は実に簡単に行われた。

 楯無としては目を隠して

「だぁ~れだ(はぁと」

「うわーわからないなー」

「残念! 私でした><!」

「うわっ! 生徒会長じゃないですかヤダ! カッコいい! 抱いて!」

 みたいな事を予想していた。いや後半部分はかなり適当だけれど。

 尤も、入学式の時に呆気に取られていた織斑一夏君はどうやら入学式の時に壇上へと上がった、見目麗しい学園の生徒会長のことを忘れていたどころか見てすらおらず、

「え? マジで誰?」

 と呟いてしまっていたらしい。恐らくルアナや鈴音がその場に居たならば笑っていただろう。いや、鈴音は学生案内で流石に彼女の顔を知っているだろうが。

 

「さてさて、ココからどうしようかしら」

 

 一番早いのは、徹底して織斑一夏を負かす事。加えて今足りないことを示すこと。そしてソレを自身へと師事させる事。

 これまでの一夏と一夏の人間関係を思い出しながらシミュレーションをしていく。おそらく、近くにいる専用機持ち……国家代表候補生と戦うだろう。

 勝てるだろうか? 勝てる。

 それこそ一対一なら常勝。ルアナが飼っているシャルロットを除外し、ドイツ、イギリス、中国、そして篠ノ之の四人と一斉に戦えば? それも勝てる。

 

「ま、実力行使はあんまり好きじゃないし。他とのラインも繋ぎたいんだよねぇ……ルアナちゃんに全部振ろうかしら?」

 

 かなりとんでもない事を呟いて楯無は廊下を鳴らす。実際、ルアナの助けを借りればかなり早くあの集団に入ることは可能だ。

 ソコから周りを誑し込む事は出来る。その自信はある。伊達に人誑しと冗談交じりで謂われている訳ではない。

 

「あらん?」

「……お姉ちゃん」

 

 うっひょぉ! かんざしちゅぁぁぁあああああん!

 

「何かしら?」

 

 更識楯無は盛大に自分の心を押し殺して実に朗らかな笑顔を作って自身の妹へと応対した。

 そんな事を知らない更識簪は少しだけ目を伏せて、何かを思うように口を開いた。

 

「お姉ちゃんは……ルアナのことを知ってたの?」

 

 更識楯無の表情が姉のソレではなく、『楯無』としての表情へと変わる。

 その表情の変化を見ていた簪はそれでも自身の姉であり、そして『楯無』である更識を見つめた。

 

「……少なくとも、廊下でする内容では無いわね。生徒会長室にいらっしゃい」

「は、はい」

 

 なるべく冷たく言葉を言い放った楯無は簪の横を通り生徒会長室へと向かう。

 簪もそれに従い、少し緊張した様に言葉を吐き出した。

 

「それと、簪ちゃん」

「はい?」

「授業は?」

「…………ひ、貧血で」

「……内容は大丈夫なの?」

「う、ん……前のお休みで、ルアナと一緒に勉強した、から」

「…………なら、いいわ。あまり許容は出来ないけどね」

 

 少しだけツンとした態度で楯無は溜め息を吐き出した。その心の内はルアナへの嫉妬で業火が舞っているのだがそんな事はおくびにも出さない。

 

 なによ! 二人っきりでお勉強会って!! 普通そこは姉である私を訪ねるべきではないの!? お姉ちゃん教えるよ!? 今なら国家秘密も教えちゃう!

 

 そんな事を心で思っている楯無。そんな事を全く知らずビクビクしている簪。頼むから国家秘密は教えないであげてください。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ聞こうかしら。 バーネットさんが何だって?」

「……お姉ちゃんはルアナが殺し屋だって知っていたの?」

「…………」

 

 さて、どうしようかしら。

 楯無は頭の中で選択肢を順繰りする。イエスと答えるべきか、それともはぐらかすか。

 ハッキリ、事実を言えば、イエスだ。ルアナの経歴を知った日にある意味彼女の全てを知った。知ったからこそ放し飼いにしている。手を出せば、きっと噛まれるから。

 イエス、と答える事が出来る。ただし、正直に答えてもいいのだろうか。運が悪ければ簪がルアナとのルームシェアをやめてしまうかもしれない。いや、運が良ければ、か。

 その時点でのマイナスとしては、恐らく寝顔写真が得られないこと。コレは大きい。かなりデカイ。それだけは勘弁してほしい程。

 

 次にノー、はぐらかした場合。

 コレもまた面倒である。少しばかり更識として教育をされた簪を騙しきる事は出来ない。

 どうしても事実との綻びは生じてしまう。その綻びを正すような他の嘘や事実は今の所持ち合わせてはいない。

 この時点での問題は、楯無自身が簪に嘘を吐く事、そしてソレがバレてしまうこと。

 絶対に、嫌われてしまう。

 

 聡明な頭で、盛大にシスコンっぷりを発揮しながら楯無は数瞬であらゆる選択肢を巡った。そしてその先も。どれもコレも自分が嫌われるとか、寝顔写真が貰えないとか。つまり、絶望的にバッドエンドにしか向かわない。

 

「……そうね、知っていたわ」

 

 楯無は実に冷淡な声でそう呟いた。唐紅(からくれない)色の瞳が僅かに細められて簪を見やった。

 簪はその言葉を聞いて、奥歯を噛み締める。やっぱり、という言葉を飲み込み、口を開いた。

 

「どうして……」

「……」

「どうしてソレを教えてくれなかったの!?」

「……ルアナ・バーネットさんが殺し屋で、アナタに危険が」

「教えてくれれば、私は……私がルアナの秘密を持ったたった一人の友達になれたのに……」

 

 ん? んん?

 楯無はなるべく疑問を表情に出さずに変わらず冷淡な表情を作り上げた。

 脳内ではテンヤワンヤである。同時にルアナへの恨み言を呟いている。どういう暴露の仕方をすればここまで簪ちゃんを追い詰めれるのか。

 ……いや、あの子の性格を考えるに恐らく簪ちゃんにとって、人間にとってはベストとは言えずともベターなタイミングだったのだろう。

 受け入れやすくする為に……最低でも他の人の居る所で告白した。

 

 ソレが、簪を刺激してしまったのだろう。簪にとってのルアナはルアナが想像するよりも遥かに大きな存在であった。だからこそ、大多数と一緒に告白されたことが簪には受け入れる事が出来なかった。

 それこそ、自分は特別である、と思っていたから。

 

 楯無は思わず頭を抱えた。恨むぞ、ルアナ・バーネット。と言ってしまいたい程に。

 けれど、彼女とてどうにか押し通した一件なのだろう。織斑一夏との関係と歪みを知る為に必要な事だ。

 ならばソレをどうして簪に説明した? ソレは……。

 そう考えた所で楯無は息を吐き出す。

 珍しく自分を通してきた妹には悪いけれど、その考えはきっと誰も幸せになることが出来ない。あの不器用すぎる殺し屋がようやく伸ばした手を、それこそ潰してしまうかも知れない。

 

「簪ちゃん……仮に、私が簪ちゃんに情報をリークしたとして、どうしたかったの?」

「それは……私がルアナの」

「じゃあ、逆に。 今の簪ちゃんはバーネットさんの友達ではないの?」

「友達、だよ……」

 

 ただ、簪はそこに満足しきれていない。

 だからこそ、簪は気付いていない。どうしてあの場に呼ばれたのか。友達として当然の事が、当たり前だから。

 

「簪ちゃん。私はあの子がどうやってアナタに過去を喋ったのかは知らないけれど、どうしてあの場に居たのかをよく考えなさい」

「どう、して……」

「私が姉として言える事はソレだけ。 もっと言っちゃうと、殺し屋なんかと一緒になんて暮らしてほしくはないんだけどね」

「ルアナは、なんか、じゃないよ!」

「なら、その気持ちを大切にしなさい」

 

 楯無はそう言い切り、話は終わりと簪に告げて教室へと戻らせた。

 扉がしっかりと閉まったのを確認してから大きく息を吐き出す。

 簪は自分の気持ちに気付いていない。いや、気付いているから嫉妬もしたのだろうが、それでも本格的にソレとしては見ていないのだろう。

 その気持ちの先にはきっと彼女も、簪も幸せである日々がある筈だ。

 

 

 楯無はそう考えて、心が絶望へと落ちるのを感じた。

 ゴンッと盛大に額を机へと落として涙を流したくなった。

 あの狂人めいた彼女が妹の恋人になるかも知れないのだ。頭の中であの狂った人形が自身のことを「おねえちゃん(はぁと」と呼ぶ様を想像して、あれ?意外に……

 なんて邪念に捕らわれ、ソレを振り払った。

 

「私は、私は許しませんからね!!」

 

 広げた扇子にはデカデカと描かれたハートマークに亀裂が奔っていたのは誰も知ることは無い。

 




>>がくえんさいきょーのせいとかいちょーさん
 平常運転です。何も問題ありません。

>>新章
 一応区切るとしたら、という話。ただ、面が倒れてしまうので区切るとかしません。
 なんとなく、そうなんだなぁ、程度に認識して貰えれば嬉しいです。

>>ボッチ三人
 ラウラ、箒、ルアナの三人。前者二人はドコかに入ろうと思えば入れるけれどルアナは面倒なのでフラッと消えたりする。
 今回はIS近接戦の訓練。セシリアとシャルロットは他のクラスメイトの所で解説とかしてるんじゃないかなぁ

>>簪ちゃんのややヤンデレ化
 私一番特別がいい!!
 最近シャルロットばかりに構ってるルアナへの不安やらと前の全体的告白で少し精神ががggggg

>>取引材料
 とても素晴らしいモノである。まる。

>>ルアナのリミッターに関して
 箒の願いで箒を訓練した、という事実とISのバリアを破れない攻撃であったため。
 そろそろこのリミッターも邪魔だな……

>>エンディング
 おぼろげに、なんとなく、目標にしようかなぁ、という部分が見えてきた、感じです。
 やっぱりプロットもエンドも決めずに書くとこうなるよね!

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