私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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2013/11/15
誤字訂正。ご指摘に感謝。


05.五時まで続くアニメ鑑賞会

 一夏による夕食管理が終わり、夕食を食べたにも関わらずどこかゲッソリしているルアナはフラフラと自室へと戻ってきた。

 扉が開いて、ビクッと肩を震わせた簪はチラリとルアナを見る。

 ルアナは簪に帰りの挨拶をする元気もないのか、そのままフラフラと自身のベッドへとダイブした。

 ボスッと音を鳴らしてフカフカな布団が彼女を迎えて包み込んだ。

 うのうの言いながら布団を掻き集めて体をグルリと回してルアナは丸まった布団の中へと入った。

 

「お、おかえり……」

「……ただいま」

 

 簪の声にルアナは反応したのか、顔を布団から出して少し青い顔を表情へと出していた。

 誤解が無いように言っておく、栄養管理をした夕食を一夏から与えられていたけれど、それでもかなりの量を胃に収めているルアナだ。決して食べなさすぎでここまで落ち込んでいる訳ではない。

 ただ、今日の夕食で食べたかったハンバーグが一夏により却下され豆腐ハンバーグへと変わってしまった、それだけの話なのである。

 なんともちっぽけな理由でここまで落ち込むルアナもルアナである。

 

 そんなちっぽけな理由も知らない簪は同居二日目にしてこの先の生活がかなり不安になった。

 同居人がここまで落ち込むには何か理由があった筈だ。何か力になれれば……。

 と感じてしまうのは、やはり簪が優しいが故の行動であり、自身の憧れに強く惹かれている結果でもある。

 

「……そ、その、何かあっ」

「アニメ……」

「ハッ? ……ハッ」

 

 簪の脳内に電流が走る。振り絞った勇気はどこかへ飛んでいき、そして先ほどまで見ていたテレビ画面へ体ごと向ける。

 

『フハハハハッ! 人間など私が汚してやろう!』

『そんな事俺たちがさせない!』

『お前らが何が出来るというのだッ!』

『皆、変身だッ!!』

『おう!』

『何?!』

 

 流れているのは日曜日に放送される戦隊モノ。そしてソレを目撃された、このジト目の少女に。

 いい場面を見逃してしまった!! 巻き戻さねば!

 落ち着くんだ更識簪さん。明らかにその選択肢は間違っている。

 そして慌てた様子で簪はルアナへと振り返り、咄嗟の一言を放つ。

 

「ろ、録画だから……!」

 

 流れる空白の時間。勿論テレビからは変身の効果音と『漂白戦隊! オチルンジャーッ!!』という掛け声、そしてドーン、という効果音。

 

 終わった……。

 

 簪が冷静になり、第三者視点のような立ち位置に立ち今しがたの事を思い返した。そして結論付けた。

 少し妄想していた、ルアナがもきゅもきゅと自身の作ったカップケーキを食べるほのぼのとした未来が音を立てて崩れ去り、あとに残っていたのはアニオタのレッテルを貼り付けられた自分とソレをジト目で見ているルアナだ。レッテルどころかアニオタも同然なのであるのは棚の上に隠しておこう。

 来るべき言葉を耐える為に簪は瞼を固く閉じた。

 気持ちは罪を受け入れて審判を待つ被告人の様だった。

 

「簪」

「は、はひ……」

「なんでそんなに怯えてるの?」

「……」

 

 決してルアナによる「キモイ」の一言を耐える為だとは言えない。言える筈がない。

 そんな勇気でもない無謀は先ほどルアナの調子を聞くために使い果たしたのだ。

 視線を下に向けていた簪をルアナは眉間に皺を寄せながら見る。

 そして溜め息を吐き出しながら、言葉を続ける。

 

「アニメぐらい普通に見る」

「う、うん」

「出来ればお菓子があれば最高」

「……」

 

 一瞬、それはただお菓子が食べたいだけでは? と簪の冷静な思考が告げた。同時にヒョッコリと顔だけ出していたルアナの瞳はしっかりと、軽蔑の色もなく、簪に向いていた。

 ヨダレが微妙に出ている事以外はキリッとして格好よかった。いや、本当に。

 

 ともあれ、冷蔵庫へと入れていたマフィンを取り出した簪。ソレを見たルアナは先程までの焦燥など嘘だった様に布団から脱出し、自身の荷物の中からお茶缶を取り出していた。

 

「? それは?」

「紅茶」

 

 ルアナの荷物から出てくる数個のお茶缶。全て同じ大きさで同じ銀色のアルミ質の缶である。

 ルアナはその缶を持って少し上を向いて何かを考えてからテコテコと簪に寄って、ヒョイとマフィンを一つ掴む。

 それを食べてから、むふぅ、と満足したように鼻息を漏らしてまた缶の集まっている場所へと戻った。そして一つの缶を中身を確認する事もなく持ち上げてキッチンへと入った。

 

「ニルギリでいい?」

「……」

 

 キッチンからいつ置いたのだと言わんばかりにティーセットが出てくる。

 ポットへとお湯を注ぎ、カップへも注いでいく。ほどよく温かくなってからお湯を捨て茶葉を一杯ポットへと入れ、さらに上から沸騰したお湯を注ぎ込んでいく。

 流れるような準備のよさに思わず唖然としてしまった簪。食べるところしか見ていなかった簪からすればこのルアナの行動は常軌を異している。

 

「う、上手い……」

「美味しい物を食べる為に、美味しい物を淹れるのは当然」

「あ、……」

 

 理由を言った瞬間に簪は合点がいった。そう料理の為なのだ。カップに溜まっていたお湯を捨て、そこへ紅茶を注いでいくルアナ。

 ソレをしっかりとした足取りで持ってきてテレビ前にある机へとカチャリと置いたルアナは簪の隣へ腰掛ける。

 いきなり隣に座られた事に少しだけ緊張しながらも簪は目の前に置かれたカップを持ち上げる。

 口の近くに寄せれば湯気と一緒に漂うすっきりとした香り。口に含めば、少し苦味を感じたがマフィンを食べればいい塩梅になるだろう。

 

「美味しい……」

「当然」

 

 誇ることもなく、マフィンにパクつくルアナ。甘い物を夜半に食べている事が一夏に知られればまた栄養管理が待っているのだけれど、非常に残念な事に一夏はこの部屋を知らないのだ。とても、残念である。

 ルアナは先に待つ素晴らしき夜食達に思考を輝かせた。止める人間は誰もいないのだ。

 

 

 

 

◆◆

 

 学業も終わり、ルアナは放課後の廊下をアクビをしながら歩いていた。

 廊下の端をテクテクと歩く姿はまさに小動物そのものだった。勿論、触れるとトゲと毒を吐き出す危険動物だが。

 そんな危険な小動物は手に持った小さな紙を見て、目的地へ急ぐ。

 山田真耶に教えられた場所の書かれた紙。そしてその部屋に近づくにつれてバターの香りが強くなっていく。

 強くなる香り、速くなる足。

 廊下を走ってはいけない、という校則なんて破りたい程ウズウズしているルアナ。千冬の存在さえなければ駆け出していただろう。

 

 ようやく辿りついた部屋。部屋の名前は調理室。そして放課後であるにも関わらず、そこからはバターの焼ける匂い。

 ガラリと音を立てて開く、開いた扉から調理室の空気が通り、それがルアナにふわりと心地よいバターと小麦粉の香りを運んだ。

 

 しっかりと、むふー、なんて鼻息を吐きだした。

 そんなルアナに集まる視線。

 

「入部したい。主に食べる方専門で」

 

 思わず手が止まってしまう料理部の方々。空気を表すなら、「え?」である。それ以外には無い。

 いち早く思考を戻した料理部部長はどうにか声を出す。

 

「いや、それは無理よ」

 

 出てきたのは否定の声である。

 今しがた焼いているシフォンケーキに肖ろうなんて無粋な事を考えているたルアナは口をヘの字に歪ませる。

 そんなルアナに対して部長は義務的に、規則的に言葉を吐き出す。

 

「ここは料理をする部活であって、料理を食べる部活ではないの。だから、アナタを入部させる訳にはいかない、わかる?」

 

 正論である。

 そんな正論をぶち当てられたルアナ。当然彼女はこんな所でめげる事はない。

 

「なら、作る方もする」

「ふむ……ならいいでしょ」

 

 先ほどの事務的な物言いから打って変わり、部長はニコッと笑ってみせる。

 そして続けるのだ。

 

「ようこそ、料理部へ。アナタを歓迎するわ」

 

 飛び入りだというのに料理部の部員達は快くルアナの参加を認める。焼いている途中というのもあり、全員がルアナを見ている。

 見た目は人形のように整っているルアナ。ジト目ですらも愛らしさを感じさせる要因になっている。

 そんな愛らしい人形が同じ部活動に参加するのだ。喜びはしても悲しむ事などない。本性を知らないとは幸せな事である。

 

「今日はもう焼いてるし、何も作らなくてもいいよ」

「ここで食べるの?」

「まぁそうね。食べる量はある程度調整しないと太るけど、作りたては美味しいでしょう?」

「うん」

 

 頷いたルアナはスンスンと鼻を動かして、調理室を見渡す。

 あぁ、そうだ、名前を聞いてなかった。と部長がいう前にルアナは動き出す。

 ヤカンにお湯を入れコンロへと置く。その足でそのまま棚を漁って紅茶のティーバッグを取り出す。

 

「使っていい?」

「え、えぇ」

「ありがとう」

 

 人数分のティーバッグを取り出し、茶器を並べていく。沸騰したお湯をポットの中へ入れてポットを温める。

 人数分のカップを出して、ポットに入れたお湯を注いでいく。余った物は流しへと捨てた。

 空いたポットの中にティーバッグを入れてお湯を注いでいき、蓋をする。

 一分程待ち、カップのお湯を捨てて、ポットからバッグを捨て、中に入った紅茶をカップへと注いだ。

 

「ルアナ・バーネット。今日から料理部へ所属する。よろしく」

 

 ニッコリと笑顔も添えているルアナ。

 外面だけを見れば今日の料理を出来ない代わりに紅茶を淹れた、という事なのだけれど、本心は至ってシンプルである。

 料理を作らないと食べれない。紅茶を入れて有耶無耶にするか。 である。

 笑顔も人を騙す為の物であり、部長が「まぁ今日は食べて行きなよ」なんて言っていれば紅茶も笑顔もありはしなかっただろう。

 

 そんなもしかしての話は棚の上に放り投げておこう。

 完全に歓迎ムードに包まれている料理部。そして人にバレないようにニヤリと黒い笑みを浮かべているルアナ。

 

 

 焼いていたシフォンケーキはルアナがもきゅもきゅと食べて消えていく。小動物みたいと思った一部員が恐る恐る自身の焼いたケーキを差し出すと、大きく口を開けてハムリと食べて頬が緩むルアナ。

 つまるところ、餌付けの気分になのだ。

 内面はともかく、見た目は整っているルアナはどうしてか差し出されるシフォンケーキ達を平らげる事になるのだけれど、ソレは語られる事は無い。




>>部屋にあるキッチン
 どうしてか簪の自室に備え付けられたモノ。
 決して楯無お姉ちゃんが「キッチンがあると簪ちゃんが料理してくれる。手料理が食べれる。やったね私!」なんて思考で決めた訳ではない。そんな訳、決してない。


>>漂白戦隊・オチルンジャー
 日曜日の早朝(深夜とも言う)時間にやっている戦隊モノ。決して洗濯モノではない。
 一応、五人メンバーがいて、それぞれ洗剤メーカーに所属している。
 戦っている相手はシミダモノという悪役で、人間の心に巣食っている汚れを元にして生まれた存在。その汚れをさらに拡大させる為に人間を襲う。


>>料理部
 ここから先、ルアナの餌付けを担当する場所。
 ルアナ自身も料理をする事もあるが、基本的に給仕と餌待ち。ダメ出しはかなりキツイらしいが、毒吐きではなく、塩が多いだの、醤油が少ないだの、姑みたいな事を言うことが多いとか。

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