ぐったり、というよりも、ぐってり、と言ったほうが正しい。言ってしまえば、机の上に額を乗せて俯いていて、その頭からは白い煙が吹き出ているような幻覚が見えそうだ。
そんな思考がショート寸前であるルアナ・バーネットは何が恨めしいのか「あ゛ぁ……」と人ではないかの様な唸り声を上げた。いいや、尤も彼女は人ですらないのだが。
そんな彼女を目の前にしてシャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒはショートケーキに舌鼓を打っていた。ルアナを心配そうに見ているのは更識簪ただ一人である。
さてさて、ルアナにとって
長く、辛い、戦いだった。後のルアナはこの
「大丈夫?」
「…………」
「いやぁ、まさか握手まで求められるなんてね」
「バーネット程ではないが、疲れたな……」
「帰る」
「え?」
「帰って寝る」
「いやいや、ルアナ落ち着いてよ」
「そうだよ、まだ買い物は始まったばかりだよ」
シャルロットのその言葉に絶句という文字をそのまま表情にしたように目を向いたルアナ。そして、ゴンッと盛大に音を立てて机に額を落とした。彼女の頭から淡い緑の粒子が飛び交い収まった。ともかく、怪我をする程度に落ち込んだ、というよりもショックだったのか、ゾンビよろしくな唸り声を上げていた。
「落ち着け、バーネット」
「ボーデヴィッヒ……」
「ただ写真を撮られて、握手を求められただけだろう。減る訳じゃない」
「私の精神がっ……ガリガリと音を立てて……」
「ほら、ショートケーキをやろう」
「…………」
対面にいたラウラがフォークにケーキの欠片を刺しルアナへと向ける。ルアナは寄ってきたケーキを凝視して、口を開けてパクリとケーキを口に含んだ。数秒ほど、幸せそうに頬を綻ばせたあと、思い出したように絶望へと舞い戻った。何かと忙しい表情である。
ちょっとした百面相を見ながら、意外に大丈夫だ、と判断したシャルロットと簪は顔を見合わせて苦笑をした。
「これからどうしようか」
「もう少しルアナとラウラの服を――」
「やめて」
「やめろ」
「買おうと思ったけど二人がこうだしなぁ」
「あはは……でも十分買ったと思うよ」
「そうだね。でも、ルアナ。いいの? あんなにお金使って」
「使う事ない。お菓子も料理も簪が作ってくれる」
「あれ? 使う所が食欲だけなんだ」
「他に使う所が思いつかない」
貯金の大半を料理の材料購入や買い食い、お菓子の取り寄せなどで消費しているルアナ。彼女とて、何も考えていない訳ではない。まずい物はそれ以上頼まないし、美味しい物は何度でも頼んでいる。彼女とて何も考えずに浪費している訳ではないのだ。
「あれ? ルアナちゃん?」
「…………」
そんな声を掛けたのは、二十代後半辺りで、しっかりとスーツを着用していた女性であった。机に置かれていたペペロンチーノとその隣で携帯端末が通話を知らせる為に振動している。
そんな事などお構いなしに、女性は立ち上がり、ルアナの肩をしっかりと掴んだ。ルアナは瞼を閉じて揺らされる事を許容している。
「あ、やっぱりルアナちゃんじゃないか! 久しぶり! 確か今はIS学園に通っていたんだっけ?」
「ルアナ、知り合い?」
「………………帰る」
「いやいやいや、待って、待ってルナアちゃん。 私、困ってる。見て、この困った大人を見て、アナタは何も思わないの!?」
「思わない。離して」
「よし、話してあげよう。何があったかをね!」
「それは、いい。早く離して。離せ」
「ケーキ! そうケーキ奢るから。ここの支払い持つから!」
「やだ。絶対、ヤダ」
「いけずぅ! そんな事言いながら私、ルアナちゃんが手伝ってくれるって知ってるんだからね!」
「やだ。行かない。ヤダ」
「えっと、ルアナ?」
簪が心配したようにルアナに声を掛けた。そんな声に反応したのはルアナではなくて、女性であった。
ようやく女性は周りの三人を視界に入れた。そして、ふむ、と一言だけ呟いた。
「あなたたち! バイトしようぜ!」
「やましいバイトだから、ダメ、絶対」
「そ、そうなの?」
「ちょっとルアナちゃん、変な事を吹き込まないでよ!」
「給仕服を着た女性が、やってきた客に奉仕する仕事。十分、やましい」
「いや、確かに言葉通りだけど、至って普通の喫茶店よ?」
「ダメ、ヤダ。絶対に、行かない」
断固として拒絶をするルアナ。それに困ったように眉を下げる女性。
基本的に困った人を助けたい、という思考のシャルロットと簪。そして我関せずと言った風に砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲んでいるラウラ。
「…………あ、メイド喫茶、ですか?」
「そうよ、普通のメイド喫茶」
「どうしてルアナがメイド喫茶の人と知り合いに?」
「…………ケーキに釣られた」
あ……。と声に出したのはシャルロットだったか、簪だったか。ともかく、察したのは両者であった為どうでもいいことだが。
そんな思い出を苦々しくしゃべるルアナ。ぶすぅ、と唇を尖らしてそっぽ向いている。そんな様子に躊躇なく吹き出してしまったラウラを睨み、ルアナは溜め息を吐きだした。
「本当にケーキくれるの?」
「そりゃぁもちろん! さすがルアナちゃん! 頼りになる!」
「…………限定ケーキ、2ホール」
「…………いや、2ホールは食べ過ぎじゃないのかな?」
「2ホール」
「だからね、ルアナちゃん。ほら、大人の世界って辛い訳じゃない」
「3ホール」
「2ホールでお願いします」
そうして頭を下げた女性にふんっと鼻息を鳴らしたルアナは新しく注文する物を探す為にメニューを手に取ろうとした。
けれどもソレはシャルロットの手によって止められた。ニッコリ、というには随分と真っ黒い何かを纏ったシャルロットの笑顔を見たルアナはメニューを離して両手を高々と天へと上げたのであった。
◆◆
「いらっしゃいませ、ご主人様」
ジト目でやや見下す形で来店した客を見ているメイド。紫銀の髪を切りそろえた彼女はまるで人形を何かの魔法でそのまま人間にしたように美しかった。ジト目で見られている事も、それはソレで素晴らしい物だと思える程に。
「空いている席にご案内致しますので、こちらへどうぞ」
「あ、あの」
「はい?」
「き、君の名前は」
「………………知りたいですか?」
「え、うん」
「私の胸に名札がありますよ?」
客である男はそんな紫銀の少女の胸元へと視線を落とした。身長よりも少し大きく感じる程度の胸が視線にはいった所で、その膨らみは両腕で隠された。
「……へんたい」
「ぐはっ」
頬を赤らめてそう言ったメイドに対して彼の中の何かが刺激されたのか、今までそう言った趣味はなかったものの、こうして美少女と言われる存在にそんな扱いを受けて、ジト目で睨まれて、心の中の扉が少しだけ開いた様な感覚があった。勿論、単なる気のせいである。
少しだけ、八つ当たりというとある業界ではご褒美をしてのけたルアナはしっかりとご主人様を席へと案内して、メニューを出してニッコリ笑って立ち去った。ちなみに名前は教えていない。
こうしたお客の扱いをして早数組程。当然、全て同じ接客という訳はなかったが、それでもルアナ・バーネットは接客をしてのけた。非常に慣れた様に、である。
「る、ルアナって……接客とか出来たんだ……」
「驚いた……」
「ねえ、失礼って言葉は今使ってもいいのかしら?」
「ルアナちゃぁん! さすがだよぉ!!」
「店長、邪魔。さっさとさっき受けた注文終わらせて」
溜め息を吐き出して首を横に振ったルアナは店を見渡して、客が誰も呼びそうにない事を確認してから視線を三人へと戻した。
執事服を着ているシャルロットとメイド服を着ているラウラと簪。着替えている最中に「どうして僕はメイド服じゃないの?」とシャルロットが聞いたところ「同じ物だと人間は飽きる」と言葉を吐きだした店長さん。勿論その心では「コッチの方が似合うから」という理想があるのだが、女の子にソレを突き付けるのは些か気不味い。少しでも大人の事情でそうなってしまった、という事を押し出したかった店長はそう淡々と告げたのである。
「バーネット」
「何?」
「私は何をすればいいのだ?」
「…………そうね」
少しだけ縮こまっているラウラを足先から頭の天辺までを見た。どうしようもなくヒラヒラとした服装が似合う彼女なのだが、実際は軍人気質なので、こうした服装になることは少ない。当然、午前中にある程度慣らされた、と言ってもこうして客の前に、人の前に立つとなるとどうも気恥ずかしくなったらしい。
そんなラウラを見て、ルアナはふむ、と一つ呟く。
「ボーデヴィッヒ少佐。君に任務を与えよう。アチラにいる対象に水を渡し、注文を聞いてくる。以上だ」
「……」
「返事はどうした、ボーデヴィッヒ!」
「ハッ!」
銀髪メイドがキビキビと動く姿はどうしてか周りを戦場に見せてしまうのだが、いや、それもルアナだけが幻視している世界なのでどうでもいいことか。
ふぅ、と溜め息を吐き出して、ルアナは今しがた注文を聞きに向かったシャルロットへと視線を向けた。無垢な笑顔で素敵に対応する金髪執事は明らかにソレに慣れているのだが、彼女とて初めての接客であるので、心配といえば心配だ。それこそクレームに当たったならば先の銀髪メイドよりも心配になるだろう。
と考えた辺りでルアナは自分の思考に呆れた。随分と増えた物である、と。
「ルアナ?」
「……」
「わ、え? 何?」
そして隣にいる簪を見て、少しだけ強ばった顔を綻ばして簪の髪を撫でた。驚いた簪は声を出したのだけれど、ルアナはそれも無視して髪を撫で続けた。
それを見ていた店長や注文で呼ぼうとしていた客からは「キマシタワー」などと言われていたのだけれど、それさえもルアナにとってどうでもよかった。簪はその言葉を聞いて真っ赤になってしまったのだが。
「さて、じゃあ、簪も注文を」
「む、無理だよ!」
基本的に自分の殻に閉じこもって防御力をあげるだけの簡単なお仕事に就いている簪は持っていたシルバートレイを上げて口元を隠す。そして少しだけ伏せた顔を上げて上目遣いにルアナを見る。緊張などで少しだけ涙ぐんだ彼女の瞳がルアナを捉えた。
「簪、あっちのお客さんをヨロシクね」
「る、ルアナのばかぁ……」
「バカでも、仕事は仕事。着いてきたからには、働く」
「私は調理側がよかったのに……」
「いいかい、更識ちゃん。厨房は戦場なんだよ……君みたいな可愛い女の子は来ちゃいけないんだよ」
「店長……」
「その心は?」
「可愛い子のメイド姿が見たい!」
「店長ゥ……」
グッとサムズアップをした店長が持ってきたパスタをトレイに乗せて緊張の面持ちで歩き出す簪。顔からは緊張が読み取れはするが、その歩きはぎこちないながら背筋は伸ばされ綺麗な歩行となっていた。
「お、おみゃたせいたしました」
と、客の前で噛むまでは完璧だった。
あうあうと頭がぐるぐる回って噛んだ事の羞恥心で顔が真っ赤になる水色メイド。どことなく小動物を思わせるそんな、所謂守ってあげたい女の子を目の前にして感情が動くのだろうか。否、動くに決まっている。
キュン、と心が高鳴った客を無視して、真っ赤になった簪は急いであうあうと呻きながらルアナの元へと戻ってきた。無事に、とは言い難いけれど戻ってきた簪を無言で撫でるルアナ。撫でられた簪はあうあうと言いながら黙って撫でられて少しだけ頬を綻ばせている。
「キ、キマシタワー!」
「…………」
そんな事を叫ぶ店長を放置して。
さて、ソレはともかくとして、自信はあるとしても接客に慣れていない三人(一名自信すら無い)が三時間程てんやわんやと接客を続け、少しばかり(一人多大に)精神的に疲労が溜まっていた。ルアナといえば、客を通し、事務的に接客するだけで完全に業務です、と言わんばかりの態度だったのでそこまで疲れは溜めていない。いや、メイド服を着ている時点で彼女の精神は擦り切れる程磨り減っていてもはや減る部分が存在しないのかもしれないが。
ともかくとして、そんな中、事件は起こる。
「全員ッ! 動くんじゃねぇ!!」
騒々しく扉を開けて入ってきたのは三人の男達であった。手にはポンプアクションのショットガン、ブローバック式の拳銃一丁、
そして女性客の劈くような悲鳴が響き、それに反応して男達が静止させる為に怒声を上げた。
ルアナはそれを無視して、ラウラへと視線を向ける。幸いラウラもその視線に気付いたのかルアナへと視線を向けた。互いにハンドシグナルだけでやり取りし、ラウラを伏せさせてこちらに移動させた。
「簪、危ないから、どこかで合流しよう」
「え?」
「バーネット」
「ボーデヴィッヒ……ラウラ、簪をお願い」
「わかった。手早く終わらせろ。生憎、話をして空気を和ませる技術を私は持ち合わせていない」
「了解、少佐殿。早急に終わらせるわ」
軽い冗談を交わしつつ、ルアナはニタリと笑った。
当然の事を当然に言うが、ハッキリ言えばラウラという軍人に任せればここは丸く収まる事だろう。加えて、シャルロットというIS専用機持ちもいれば、更識である簪もいる。簪があうあう言っている状態であってもルアナが手を出さずとも解決することは容易いだろう。
ならどうしてルアナが行動をするのか。
「あら、ご主人様。お帰りなさいませ」
そう、鬱憤晴らしである。この日溜め込んだ鬱憤を全てこの運の皆無な襲撃者へと向けるのだ。仕方ない、仕方のない事なのだ。既に精神的にギリギリな状態で面倒極まりない茶番めいた姿の襲撃者達が現れたのだ。そう、これはきっとカミサマから与えられた餌なのだ。
ニッコリと笑顔を浮かべた人形はシルバートレイを持ち紫銀の髪を揺らした。そんな邪気の無い笑顔に襲撃者達は下卑た顔を歪ませてニタリと笑った。そんなメイドに銃を向けたのはリーダー格らしき男だった。
当然と言えば当然である。彼は全員に動くな、と言ったのだ。万全には万全を期す。そんな性格ではなかったとしても、銃を向けてもキョトンとした表情をしているメイドに違和感しか覚えなかった。
けれどそんなリーダー格を抑えるのは周りの仲間である。こんな可愛い子がメイドなんだぞ、と。時間はまだたっぷりある、と。
そうだ、少し心に余裕がなかった。そう考えたリーダー格は銃を下ろして、息を吐きだした。切羽詰まりすぎだ。落ち着こう。
メイドは変わらず笑みを携えて、シルバートレイとメニューを持ち男達へと歩み寄る。
「こちらの席へとどうぞ、ご主人様方」
「席はここでいい。さっさとメニューを渡しやがれ」
「あら、そうでございますか。ではメニューをどうぞ」
ニコリとメイドは笑いメニューを渡す。同時にメイドの頭の中に通信が入る。脱出が成功したらしい。
ならば、もうイイだろう。
ルアナはニタリと口角を歪めた。
「襲撃者様方、わたくし、メイドでございます」
「は?」
「故に、仕えているココを守らなくてはいけません。ご主人様方を守らなくてはいけません。ご容赦を」
「何言ってんだ、この銃が見えねぇのか!?」
ルアナへと向けられたショットガンの銃口。その銃口はしっかりとルアナの体へと向けられているが、それに対してルアナはニタリとまるで壊れてしまった操り人形の様に嗤う。
その銃身を、ソレを持つ手に優しく自分の手を添えて、持ち上げる。
「いけませんわ、襲撃者様。こんな粗暴な物なら、しっかりとココを狙いませんと」
「お、おい」
額へと押し付けて、なおニッコリと笑っているメイドにようやく襲撃者達は異常を感じた。狂っている、狂い過ぎている。
凶悪犯であった自分達などもはやどこにも居はしない。そこにはただ怯えて銃を握る男がいただけだ。
「あ、ああああぁぁぁぁ!」
男は怯えからか、畏れからか、その引き金を引き絞ってしまう。弾丸の込められた銃は容易く鉄の咆哮を轟かせる。同時にルアナは手をさらに上へと持ち上げた。銃口は天井へと向き、蛍光灯を破りガラス片を撒き散らす。
「それでは、排除致しますわ」
空いた左手を男の喉元へと刺し込み、喉仏の下に存在する窪みを指で突いた。途端に来た痛みと呼吸が正常に行えない事に動転した男が見た物はこの世の者とは思えない、まるで人形の様なメイドの恍惚とした笑顔であった。ルアナは緩んだ腕からショットガンを絡め取り、その銃身で男の頭を殴った。
一瞬、というには長すぎるが、モノの数秒で起こった出来事に襲撃者は対応出来なかった。同時に思考を停止させてしまった。
けれども、咄嗟に、反射的に、銃を構えてその引き金に手を掛けた。
同時に、鋭い痛みが手に走る。視線をメイドから手へと向ければそこには銀色のフォークが刺さっていた。
痛い、と感じた時には既に衝撃があった。何かが顎を抑え、視界に天井が広がっている。体に浮遊感。短機関銃を持った男は何が起こったかわからずに意識を落とした。
足を引っ掛けて、顎を押して倒した。と実に端的書いてはいるが、実際、倒すにはコツが必要だ。顎に掌を押し当て、重心が後ろへと下がった所で足を後ろから払った。あとはそのまま力任せに頭を地面へと当てれば状況は完了してしまう。
「な、なんなんだよ、テメェは!」
「はて? 見て分かるでしょう? メイドです」
「テメェみてぇなメイドがいるか!」
「ええ、でも、それでもいるのです。あくまで、メイドですので。それでは襲撃者……劇者様、ご機嫌よう」
ニッコリとメイドは笑顔でショットガンを構えた。その笑顔が随分と他意の無いモノだった。構えたショットガンを振り、ルアナはまるでホームランを打った後の選手の様に振り切った。気分は一流選手である。
え? 構えたのに撃たないのかって? やだ、構えたのはバッティングフォームでしてよ。
「う、うわぁ……」
ようやく声を出したのは、シャルロットであった。まあ、見るも無残な襲撃者達とどこか満足気なルアナを見ればそんな声も出てしまうだろう。心の奥でドンマイという言葉とご冥福をお祈り致します、という言葉を呟いたシャルロットはルアナへと近寄った。
接近された事でルアナはシャルロットへと振り返った。満面の笑みである。殺り、失礼、ヤリキッタという気持ちで満たされた顔にシャルロットは溜め息を吐きだした。
「どうするの、コレ」
「逃げる」
「え?」
「店長、あとは任せた」
「うん、バレると面倒なのね」
この店長、変態的である事を除けば非常に話の分かる人である。IS学園にバレればそれなりお叱りがくる。というよりルアナとしてはかなりマズイ。幾ら凶悪犯であったとしても、擬似ISだったとしても、ISが人に牙を剥いたのだ。相応の事件に等しくなってしまう。
それだけは避けなくてはいけない。
裏口から脱出しようと移動を始めたルアナは立ち止まり、クルリと客の方を向いた。客も客で襲撃者を瞬く間に撃退したメイドを目で追っていたので、その行動を見ていた。
ルアナは軽くスカートを摘み上げ、ニコリと笑顔を作り頭を下げる。
「では、ご主人様方。ワタクシ、この執事とお暇をいただきますわ」
「ちょ」
そうしてシャルロットの手を引いて去ったルアナ。クツクツと嗤う彼女が残した言葉を唖然として聞き入っていたゴシュジンサマ方は少し、間を置いてからようやくその意味を理解して、うおぉぉぉぉぉぉ!! とやけに野太い雄叫びを上げたそうな。
「まったく、どうしてあんな事を言うのかなぁ」
「その方が面白くなるでしょ?」
無事脱出出来たルアナとシャルロットは警察の包囲網から抜ける為に路地裏を歩いていた。当たり前の事だけれど、しっかりと執事服とメイド服は着替えられている。非常に残念な事だけれど。
「面白くって……」
「メイドの少女が銃を持った男を圧倒したのよ。別の印象を与えておかないと」
「それにしても他にあったんじゃないかなぁ」
「アナタが攫ってくれるとか?」
「そこから離れようよ」
はぁ、と疲れたように溜め息を吐きだしたシャルロットに変わらずクツクツと笑ってみせるルアナ。携帯端末を取り出して、ラウラから告げられた目標地点を確認。そこで合流されたし、と書かれた内容ではあった。その次に簪からのメールを確認すれば可愛らしい顔文字で空気が持ちません! という内容が書かれていてつい顔を綻ばしてしまう。
「ねえ、シャルロット」
「何?」
「決まったんでしょ?」
だからこそ、こうして要件を突き詰めなければいけない。幸い、というよりはルアナが意図的に作り出した二人きりという状況。
シャルロットはルアナをジッと見て、もう一度溜め息を吐き出す。
「いつから気づいてたの?」
「最初から。アナタが私を買い物に誘った辺り」
「早いよぅ……」
「簪から誘えばよかったのよ。それに少し強引すぎよ。簪も何か感じてたと思うし」
「そうなの?」
「いくら簪でも私を着せ替え人形にしたいが為に買い物には付き合わないでしょう?」
いや、どうだろう……とはシャルロットは言えなかった。ともかく、こうしてルアナが話を受けてくれるのだから、話すしかないのだ。
悩みに悩んだ末に、出した自分の決意を。
「ルアナ・バーネットさん。
私を買ってください」
>>@クルーズ店長
改変。ルアナがケーキに釣られてのこのこ付いてきた所を捕獲してメイド服を着せたことのある人物。作者的にツチノコハンター的扱い。
ややテンション高めで、ノリのいい人物であり、人を流しやすい。反面、仕事はこなすし、面倒見もよく、琴線に触れない程度の人物なので結構大人な人。子供の感性を忘れてない大人と言ってもいい。
どうしてここまで評価が高いのかと言えば、もう出てこないからである。残念!
>>襲撃者様
残念三人組。どこぞのズッコケみたいな感じ。タイミングが悪い。相手が悪い。運が悪い。
>>……あ、メイド喫茶ですか?
ほら、簪ちゃんだから……ね? 憧れててもいけないスポット的な……そんな感じ。
>>へんたい
ジト目美少女に言われたい。
>アかんざしちゃん
コミュニティ的に問題がありそうな簪ちゃん。人見知りが激しそうな彼女が接客とか……可愛いから問題ないな。
>>おみゃたせいたしました
リアルタイムで会長に送られている、という事実を簪は知らない
>>テメェみてぇなメイドがいるか!
お前の様な襲撃者がいるか!
>>あくまでメイド
どこぞの変態的業務記録をつけれそうな執事さんのセリフ。なんでも出来る。スゴイ! ワザマエ!
>>私を買ってください
イイデストモ!
これで、気兼ねなくシャルロット回へと突入します。まあ、面倒だと思ったら一話で締めくくれそうな内容なんですけどね。行って、買って、帰るだけです。今回の買い物と違う所は可愛い服を着れない、という点ですかね。
>>猫ゲ
猫のゲームの話ではない。
PCで執筆中に「きせ」と打つと「憧れるのはもう…やめる」が出てきて思わず吹き出してしまった作者です。他のキャラの名前を打っても「なのだよ」とかは出てこない……人気ってスゲーです。
近頃、別の事にかまけて、「わたころ」を全く更新できずに申し訳ありません。一応、執筆自体はしているのですが、別の作品を手掛けてたりです。コチラを読んでいる方には非常に申し訳なく思います。
じゃあ、書けよって話になるのですが、その話になると私は途端に弱くなりますのでやめてください、死んでしまいます。
久しく書いてみれば、意外に筆が進み、8千字です。どうりで執筆時間がいつもよりも長い訳です。そして今しがた思い出しましたが、書き終わるまで保存してなかったです。この作者、懲りない。
ともあれ、どうにか完結していない物をボチボチと完結へと向けて書くとして、コレもどうにかして出来る所まで書かなければいけない。
一夏も箒ちゃんも……どうにかしないとなぁ。誰だよ、こんなに箒ちゃんをダメにしたのは!