私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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気がつけば44話……もう少し早く終わらせるつもりだったんですけどねー
まだ終わりが見えてません(白目


44.夢見る人形

 少女は、白い空間で立っていた。

 周りを見渡せば隅になる部分が見えて、目算で十メートル四方の立方体。いや、僅かに天井は高いかもしれない。

 少女は平然とソレを受け入れて、視線を落とした。

 白い空間にやたらと映える赤色。

 黒い髪が艶艶と濡れ、白い着物の首元は赤黒く染まっている。そこから覗く健康的な肌色も飛び散った赤に濡れていた。

 

 少女は唖然とした。

 何せ、眼下に横たわる女は殺される事を明確に判りながらも口元に笑いを浮かべていたのだ。

 守る為に得た力。得た力で殺すだけの日々。

 そして、少女は女を殺した。殺したというのに、女は笑うのだ。

 すべて納得したように、すべて受け入れたように、女は少女を受け入れた。

 だからこそ、少女は事態を恨んだ。恨んで恨み尽くした。

 少女の世界に君臨するカミサマを恨んだ。

 少女はカミサマを殺す為にバケモノへと堕ちたのだ。

 

 

 

◆◆

 

 ルアナ・バーネットは息を荒くして目を覚ました。じんわりと汗ばんだ肌にシャツが張り付いている。

 呼吸に意識を集中させて、二回ほど大きく深呼吸をしてルアナは呼吸を正常に戻した。

 落ち着いた精神で窓の外を見れば、日が少し昇った程度である。

 悪夢を見た。

 という事は理解していた。その悪夢も大凡の見当は付いているし、さらに言えばルアナの【ルアナ】としての機能を使えば詳細に想い出す事も可能である。

 尤も、特殊な性癖を持っているという自覚のあるルアナも、悪夢をもう一度見たいなんて特殊な性癖は持ち合わせていない。

 それでもルアナは悪夢を見た事を否定した。

 ジットリと汗で張り付いたシャツも、頬を伝い唇に触れたしょっぱい水も、すべて暑さのせいにした。

 カレンダーを見ればデカデカと8の文字が書かれていて、先月の臨海学校の出来事も既に思い出へと変わっている。

 

 とりあえず、シャワーを浴びよう。

 そう決意したルアナは素肌に張り付いていたシャツとシーツを剥ぎ、シャワールームへと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぉぉぉ…………」

 

 更識簪は目の前に浮かべたディスプレイから目を少しズラして机に顔を付けて唸っているルアナを見た。

 臨海学校から随分とルアナという人物の印象が変わってしまったけれど、簪にとってのルアナはルアナでしかない。

 そんなルアナは先ほどから机に顔を付けてはそのままジッとして、数秒ほどしてからまた別の場所へと顔を付けていた。というか、タレていた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫に見える?」

 

 いや、ぜんぜん。

 言葉にも出さずに簪は苦笑した。どうやらルアナは暑さに弱いらしい。簪の記憶が正しければ今朝も寝苦しくて起きシャワーを浴びていた筈だ。

 

「ねえ、簪。エアコンを」

「私の体調が悪くなるからダメ」

「むぅ……」

 

 簪は容易く嘘を吐き出し、少しルアナを困らせてみた。ルアナはルアナでその言葉を真実と捉えて黙ってタレている。

 

「あ゛ー……机がひやっこい……」

 

 けど、もうちょっとぐらいこのルアナを見ていよう。うん。冷房を起動させて体調が悪くなるのは間違ってはいないし。決してこの弱々しいルアナを見たい為の方便でも無い。

 そう自分に言い訳をして、簪は苦笑しながらルアナを映し込んでいるディスプレイに軽く触れ、左上に赤い丸を点滅させた。

 別にこの映像自体、どうにもするつもりは無い。そりゃぁ、世に名だたる紳士であるならばこの映像を使う事も出来るだろう。何に使うとは言わないが。けれど、簪は紳士でも、淑女でもなく、乙女なのだ。彼女は清らかなのである。

 

「……ん」

「どうかしたの?」

「一夏から連絡」

 

 ピクンと顔を起こしたルアナが目だけを動かして虚空を眺める。どうやら文面でのメールらしく視線が流れる様に動いている。そして、溜め息。

 織斑一夏からの連絡、というところで少しだけ不機嫌になってしまった簪はその溜め息に首を傾げた。

 

「何かあったの?」

「んー……うぉーたーわーるど? に誘われてる」

 

 ウォーターワールド。今月に出来たばかりのアトラクションプール。前売り券は完売、当日券も二時間前に並ばなければ買えないらしい。

 そんな場所に誘われているというのに、ルアナは溜め息を吐き出していた。

 

「へ、へぇ……」

 

 なんとか、本当にどうにか簪はその言葉を吐き出せた。つまるところ、デートの誘いである。

 ルアナと一夏の仲がいい事を知ってはいた簪だが、こうして目の前でデートに誘われている所を目にすると少しばかり胸が痛くなる。

 ん? 胸が痛くなる?

 と少し自分の心に疑問を浮かべてしまう。

 

「鈴音……二組の凰さんに誘われたらしいけど、ソレが学校の都合で行けなくなったから私にって」

「うわぁ……」

「本当に、うわぁ、よ」

 

 鈴音にどう説明しようかしら、なんて呟いているルアナ。ルアナの頭の中にかなり頑張って一夏を誘った親友が浮かぶ。そしてアトラクションプールの入口で自分に出会い何かを察して愚痴ってくる彼女も想像出来た。

 鈴音の為に一日潰す事も苦ではないが、【ルアナ】として外出するのにも色々と面倒がある。

 

「ん……ふむ」

「どうしたの?」

「一組のオルコットに渡したって」

「何の解決にもなってないよ、織斑くん……」

 

 溜め息を吐きだした簪。彼女の中の織斑一夏の印象が固まっていく。いつか読んだ鈍感な主人公のようである。

 ルアナの頭には愚痴を聞いていた自分の姿がセシリアへと変化して、愚痴がいつものツンツンした態度へと変わっている鈴音へと変化した。

 これは、面白くなるかもしれない。

 ルアナはニタリと笑って、今しがた着た鈴音からのメールを読む。どうやら一夏をウォーターワールドへと誘ったらしい。

 

「……ふふ」

「ルアナ、楽しそうだね」

「楽しい事が起きるんだもの、楽しまないと損でしょ?」

「そういうものなの?」

「そういうモノなの」

 

 ルアナは返信のメールに、『おめでとう』と『惚気報告を期待してる』という内容を送る。勿論、鈴音が惚気る事などないと知っているのに。

 いつもの鈴音ならば、この時点でルアナに違和感を感じるのだけれど、どうやらかなり惚けているらしく、『(まっか)せなさい』という実に頼りになる言葉が返信されてきた。

 実に楽しみである。

 クツクツと笑うルアナに対して簪はふぅ、と溜め息を吐き出してしまった。

 何かとルアナを見てきた簪だけれど、彼女はイタズラ好きなのだ。楽しい事を優先している。

 だからこそ、気になった。

 

「ねえ、ルアナ」

「ん? ふふ、何?」

「ルアナと織斑くんの関係って、何なの?」

「…………」

 

 ルアナは笑う事もやめて、ジッと、簪を見つめた。深い深い青色の瞳が簪を映し込んだ。

 そこに感情などない。ただ見つめているだけ。それだけなのだ。

 

「どうしてそんな事を聞くの?」

「え、あ、」

「どうして? ねえ、簪。更識の簪さん。どうしてそんな些細な事を聞くのかしら?」

 

 ルアナが立ち上がる。机に足を掛けて、簪へと手を伸ばす。だらしなくボタンの開けられたカッターシャツから白い肌色と桜色が覗く。

 単なる疑問。それも、簪にとって無意識部分の疑問でしかなかった言葉。その言葉がルアナにとって琴線に触れてしまった。触れて、変異した。

 

「……る、ルアナ?」

「どうかしたかしら、更識簪さん?」

「またブラをして……ないの?」

「………………」

 

 ルアナはパチクリと瞼を閉じて開いた。

 確かに、ブラジャーはしていない。そもそも暑かったので寝間着でもあるカッターシャツ一枚の姿だった。寝るときはしてないので、今もしていない。

―いや、うん、そうじゃない。そうじゃない。

 ルアナは意識を戻す。ソコは重要じゃない。重要なのは目の前の『更識』が織斑一夏と自分の関係を聞いた事だ。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、ルアナは簪との親交を深めた事を後悔した。ソレこそ一夏とルアナの関係を探るためだったならば、と考えてしまった。

 しまったけれど、実際に目の前にいるのは怯えた表情もせずに自分を見ている更識簪(トモダチ)がいるのだ。

 ルアナがガックシと顔を落として、溜め息を吐き出した。

 そんなルアナを見て、キョトンとしてしまった簪。ド天然である。いや、普段はちゃんと考えてモノを言ってるのだが、思わず、本当に無意識の部分で言葉が出てしまった。

 まあ、その言葉が女性下着の事であったのは何も言うまい。

 

「え、え?」

「もういい……求めてた反応と違う」

 

 机から降りて、先ほどの位置に戻ったルアナはまた頬を机へと押し付けた。冷えた机板が気持ちいい。

 そんなあからさまにテンションの落ち込んだルアナを見て簪は頭に疑問符を大量に持ってくる。

 

「求めてた、反応?」

「ソコは、もういい。どうでもいい」

 

 それこそ、求めていた反応をしたら、きっとルアナは簪を傷付けてしまっただろう。

 傷付ける行為の最中にはきっと簪が抵抗する事だろう。もしかしたら楯無もやってきてしまうかもしれない。あぁ、とっても楽しそう。

 そんな事を少しだけ期待していたルアナは溜め息を吐き出して、望みを捨てた。望みを捨てたというのに、口はどうしてか笑顔が浮かんでいる。

 そんな自分の口元を不思議に思いながら、ルアナはそんな顔を簪に見せない様に額を机に押し付けた。

 

「え、えっと、それで」

「私と一夏の関係?」

「う、うん」

「…………ごめんなさい」

「?」

「その……もう少しだけ、考えさせて」

 

 ルアナは顔を見せずに、それだけを呟いて沈黙した。

 ルアナと一夏の関係は複雑だ。一夏自身は何の躊躇もなく家族と言ってのけるが、ルアナにとっての一夏がそうなのか、と言われればルアナは否と応えてしまう。

 ルアナ自身、一夏に抱いている感情を言葉に出す事を難しく感じている。それこそ説明をするなら昔話をしなくてはいけない。

 その昔話をするのは、一夏と一緒の方がいい。

 

「だから……ごめんなさい」

「わ、私も、ごめんね……大丈夫、ルアナが言える様になるまで、待つよ!」

「……ごめんなさい」

「こ、こ、こういう時はゴメンじゃない!」

「……ありがとう、簪」

「えへへ……」

「でもアニメとかのセリフはどうかと思うわよ」

「うぐっ……」

 

 シレっと言ってのけたルアナに対して簪は思わず「ぐぬぬ」なんて呻いてしまった。

 そんな簪の様子を『見て』ルアナは苦笑した。意地悪く、クツクツと笑うのであった。




>>白い着物と黒い髪
 完全にオリジナルなキャラクター。モデルなどいない。単なるヤラレ役ではないけれど、紹介はもう少し先

>>バケモノ作成
 大切なモノを失って、その事象を恨んだ化け物のお話。この出来事があったからこそ、少女はすべてを殺す事になった。

>>悪夢?
 暑いだけ。 ってルアナが睨みながら言ってました。

>>あ゛ー、机がひやっこい
 真面目な話をすれば、温度変化に対しての好き嫌いはルアナには無いし、【ルアナ】としても温度の変化なんて意味はない。ただの人間らしい行動と「アイスがほしいなぁ」と言葉に出さず訴えてるだけ

>>いつか読んだ鈍感な主人公のような織斑一夏
 メタ的な話ではなくて、簪ちゃんが読んだ物語の中に登場した主人公の話。メタ的な話じゃない。

>>簪を傷付ける行為
 乙女を傷付ける行為っていったら、ほら、その、アレだよ。……その、分かるだろ?


 暴力に決まってるね。

>>『また』ブラしてない
 基本的に動く時以外はしない。特に部屋にいる時とか、寝る時とか。苦しくなる。
 勿論、している人もいる事を忘れてはいけない。




>>猫毛布
 実は前の更新が終わって、淡々とキャラ紹介を書いていた作者。ちなみに完成はしなかったらしい。
 書いていいことと書いちゃいけない事の分別が出来てないんだから仕方ないね。
 な、夏休みが終わったら書くし……(白目

 そろそろシャルロットを動かします。デュノア社長とデュノア夫人のキャラ設定はどうしようかしら。どのみち、デュノア夫人が出るか微妙な状態ですし……社長は出すしかないですが……。
 こういう時にキャラの引出しが少ないと困ります。好きなキャラしか妄想してないのがバレてしまいます。

 箒ちゃんは、篠ノ之神社行くまで少しお休みです。神楽舞の時にアプローチ掛けれたら……ソレでいいかなぁ、とか、なんとか。

どうせ、オリジナルになるだろうからそれなりの準備と終わりを見据えて書かないと……今年中に終わらないかも知れんね。

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