私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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2014/03/15
誤字訂正


32.仕返しの味は……?

「うん、いい、いいよ! ルアナ!」

「ここまで似合うと選びがいあるよ」

「…………」

 

 既に四着目になる試着室で行われていたファッションショー。ルアナの顔は笑顔だが、無言で、僅かに開いている口から普通の人間には見えない半透明の何かが浮かび上がっている。

 ソレを出してしまうと死んじゃうのではないだろうか。

 きゃあきゃあ、と楽しみながら次の服を選んでいる二人はもちろんそんな物体は見えていない。

 

「うんうん! ルアナさんはスタイルがいいからスカートも何でも似合うなぁ」

「こ、これとかも」

「いいね! 簪さん!」

「…………」

 

 当事者は無視されて話は進んでいく。やれアレがいいだの、コレを着せるなら下はこの色じゃないと、けれどコレよりもアレがいいだの。

 そもそも、この段階に至るまでにルアナに何度か聞いたのだ。それこそ二人とも当事者をそっちのけにして会話をするような性格でもない。

 けれど、その当事者であり、現在着せ替え人形になっている本人は何を着ても「いいんじゃない? どうでもいい」と言ってしまう。

 そんなこんなでいつの間にかルアナの意見なんて聞かなくても、なんて事は言い過ぎだがある程度の事はルアナも言うだろうと確信している二人はやりたい放題である。

 

 買い物籠の中に積み上がっていく服。その量と比例するようにゲッソリしていくルアナ。

 

「よーし、この調子で下着も買いに行こう!」

「うん!」

「……………………………」

 

 ぐったり。いいや、ぐってり、というか最早どう表現すればいいのだろうか。

 ともかくとして精神的な疲労が途方もなく溜まっているルアナ。ルアナ・バーネットとして付き合うなら、それこそ一緒にお洒落だのなんだのと会話を合わせて適当に付き合う事もできるだろう。けれど、残念なことに、ルアナはルアナに徹しなくてはいけないし、適当に合わせれば二人の関係性が今以上にはっきりとしたものにならないのだ。

 これはルアナの選択ミスでもある。甘んじて受けるべき事でもあるのだ。

 

 ぐったりとしつつも、というかぐったりしながらルアナはフラフラと二人の前から移動して、会計を終わらせていく。

 

「お、お会計なんですが…………」

「…………」

 

 そんな店員も思わず躊躇するような金額。ルアナはソレを見て思ってしまう。意外に安いな、と。

 いや、衣類を購入するにあたっては相当な、それこそ店員が引くような値段である。それでもルアナからすれば安く感じてしまう。

 

「……釣りはいらない」

 

 懐からそのまま出てきた現金。明らかに多いだろうソレを店員へと突きつける。

 ハッキリ言ってしまえば、釣りはいらないと言われても、向こうとて仕事なのだ。会計に差異が出ればソレはそれで問題なのだ。

 

「ねえ、ルアナさん、こっちもどう?」

「……あれも追加しといて」

「は、はい!」

 

 シャルロットが出してきた服を思いっきり眉間を顰めながら見て、店員に追加を言う。

 ちなみにルアナ自身が着ているのはココに来るまでにシャルロットから借りていた服ではなく、二人が何かを選ぶ前にルアナが先に選んでいた服である。

 簡素なYシャツに細身のデニムを履いている。ソレを見たシャルロットは可愛くないと言っていたがルアナは譲る事はなかった。

 色々と面倒な事ではあったけれど、動きやすい服装を自身の設定も変えずに手に入れた事は非常に喜ばしいことなのだ。尤も、他にいらないモノが大量に追加されてしまっている訳だけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、買ったねぇ!」

「うん! 楽しかった!」

「…………………………………」

 

 近くにあったカフェテリアにてちょっとした休憩。

 ニコニコと自身の欲求を開放した二人に対して、一人はほぼ死人の様に椅子に凭れている。近くには紙袋が置かれている。実際、途中でIS学園の寮へと送るという事もしたのだが、それでもまだ紙袋が残っているのだ。

 送った中にはルアナの下着やら、可愛らしい服やら、ルアナ自身がこっそり入れているデニムやシャツなど。

 紙袋の中にはつい先ほど購入した三人の水着が入っている。

 会計はルアナが全て自分で終わらせており、二人はいつの間にかルアナに奢られている形になっている。

 

 ようやくウェイターが運んできたコーヒー一つと紅茶二つ。どうしてか紅茶はルアナとシャルロットの前に、そしてコーヒーが簪の前に置かれてウェイターはニッコリと笑って机を離れていく。

 簪の前に置かれたコーヒーを自身の前に寄せたルアナはカップを手に取り、口を近づけて一口含んでからようやく息を吐きだした。

 

「ごめんね、ルアナさん」

「……何が?」

「全部払ってもらっちゃったし」

「そっちは別にいい。むしろ服の方が問題」

「ちゃんと着てね」

「着ぐるみの寝間着なんて機会ない」

「簪さん、ちゃんと着せてね」

「任して、シャルロットさん。着たら写真を送るよ」

「よろしく」

 

 この数時間ほどでどれほど仲良くなったのか。二人は熱い握手を交わしてニッコリと笑った。当事者であるルアナは自身の心を表すかのような真っ黒い液体を飲み込んでその苦味を味わった。

 シャルロットは慣れた様にそのまま紅茶に口を付けて、簪は砂糖を一つだけ入れて飲んでいく。

 

「ここってケーキも美味しそうだよね」

「そうだね」

「オススメはミックスベリーケーキ」

 

 メニューを眺めている二人がその目をルアナへと向けた。相変わらずコーヒーを飲んでいる彼女はその視線に気づいたのか、カップから口を離して疑問を口にする。

 

「……何?」

「いや、ルアナさん。どうしてそんな事を」

「前に食べ歩きした時に来た」

「ルアナ、いったいいつの間に」

「あれ? 私服がないってことは」

「学園の制服で」

「……織斑先生が怒りそうな内容だ」

 

 決してすでに怒られている、とはルアナは言わなかった。意味がないからだ。加えて、場所によっては出入り禁止になっている場所もあるのだけれど、それもルアナは言わなかった。

 ルアナからすればキチンと払うモノは払っているのだから許して欲しいというのが本心である。礼儀的にもルアナは正していたのだが、如何せん食べる量が多すぎたらしい。

 

「それだけ食べてよく太らないね……」

「運動、大事」

「明らかに摂取カロリーがオーバーしてると思うんだけど」

「……きっと気のせい」

 

 実際、どれだけ動けばこの食いしん坊の摂取カロリーと同等の運動になると言うのだろうか。考えたくは無い。

 今日の買い物に付き合った二人はルアナの脂肪の少なさを知っている。それこそ、胸に脂肪はついているが、腹部や二の腕などの付きやすい筈の部分には余分はなかった筈だ。

 これ以上は考えないようにしよう。二人は思考を放棄した。あまり自分と比べるべきではない。そもそも水着を購入したのだ……臨海学校までには、臨海学校までには……!

 

「そういえば、簪さんは自分でISを作ってるんだっけ?」

「う、うん。ルアナにも手伝ってもらって」

「そうなんだ、凄いね」

「そんなこと、ないよ」

「そんなことあるよ。僕には出来ないから、羨ましいな」

 

 そう、なのだろうか。

 簪は照れた様に俯いて顔を少し赤くする。こうして自身を褒めてくれる他人はあまりいないのだ。少なからず、褒めてくれたとしても語尾には『流石、更識楯無の妹だ』と付け加えられてしまうのだ。

 だからこそ、こうして褒められる事は少ないし、疑ってしまうこともある。

 

「でも、シャルロットさんも、凄い」

「シャルロットでいいよ。私はそれ程すごくないよ」

 

 肩を竦めて反応したシャルロット。実際、彼女は彼女で持っている技術は褒められるべき物だ。ソレを謙遜して、嫌味もなく流してしまう彼女である。

 

「それを言うと、ルアナさんの操縦技術も凄いと思うけど?」

「当然」

「そこは謙遜してよ」

「謙遜する意味がない。事実」

 

 静かにコーヒーを飲んでいるルアナはシャルロットの言葉に対して当然の事を言う様に言ってのけた。

 今日に至るまでに、何度か模擬戦という形でルアナの戦闘を見ているシャルロット。戦い方は自身と違う事を知っていても、それでも素晴らしい動きである。

 当然のように攻撃を避けて、当然のように攻撃を当てていく。当然の事を当然にしていく。

 唯一、ラウラと戦っている時だけは苦戦している風であるが、結果的に勝っているのはルアナである。

 そのルアナは一夏と箒とは余り戦いたがろうとはしない。模擬戦で当たる、という事になってもルアナが面倒そうにして戦闘を放棄してしまうのだ。曰く、燃料(お菓子)が無くなったそうで。

 

 対してその実戦データをグラフなどで見ている簪は現実的なルアナの操縦技術を知らない。

 それでも、ルアナの機体が変態的だと言うことは知っているし、ソレを使って他に勝っているという事実を見れば十二分におかしいのだが。

 

「まあ、いいんだけどね。ルアナさんが強いのは本当だし」

「あ、いいんだ」

「いいの。 僕が言いたいのはソコじゃないしね」

「?」

「簪さん。僕も君のISを作るのに協力させてほしいんだ」

「…………え?」

「僕のISは改修機だけど、きっと簪さんの助けになると」

「待って、待ってシャルロット……さん」

 

 シャルロットの申し出に混乱したように声を出した簪。そんな申し出を言ってのけたシャルロットは優雅に紅茶を飲んでいるし、ルアナもコーヒーをちびちびと口に含んでいる。

 

「ど、どうして?」

「うーん、助けたいって言ったんだけど」

「なん、で……」

 

 簪はチラリとルアナを見た。ルアナはその視線を感じたけれど決して見返すことはなかった。

 ルアナ自身、シャルロットの申し出には驚いていた。少なからず誘うつもりではあったけれど、これほど急にではなかった。故に命令としてシャルロットに言う事もなかったし、脅した、という事もなかった。

 

「そうだね……うん。僕の為なんだ」

「シャルロット、さんの?」

「そう、僕の為。さっきも言ったけれど、僕の機体は改修機だからね。もっと言うなら、簪さんの作るISのデータが欲しい。でもそれだとフェアじゃない。だから、僕は簪さんを手伝う」

 

 簪は納得したように自身の心を落ち着けた。けれど、その隣でルアナは眉間を寄せる。

 違う。この理由は嘘だ。

 シャルロットの得意部分と簪の作るISのコンセプトは全く違う。それこそシャルロットの利点が消えてしまう。ソレがわからないシャルロットではない筈だ。

 加えて、デュノアという会社から見ても簪のISデータなど必要にはならないだろう。

 ……色々とルアナの中は可能性を浮かび上がらせて、保留という結論を弾き出した。

 実際にシャルロットで無ければ理由は分からないだろうし、簪を助けたい、という建前が本音なのかも知れない。

 

「でも……ルアナは」

「簪が決める事。私は手助けをするだけ」

「うぅ……」

「そんなに難しく考えなくてもいいよ。いつでも頼ってくれればいいし」

 

 そしてシャルロットは一歩引く。簪に選択を急がせない為に。

 

「もう、少し、考えさせて」

「うん、いつでも言ってね」

「ごめん、なさい……」

「いいよ。僕も突然すぎたし……さて、じゃあルアナさんオススメのミックスベリーケーキを食べようよ」

 

 ニッコリと、変な空気を滞留させないようにシャルロットは笑んでからウェイターを止めてケーキを注文する。

 簪は俯いて、申し訳なさや自分の決断が間違っていたんじゃないか、と考えてしまう。

 そう考え込んで、ルアナの方向を見てしまう。けれどルアナは決して簪の方を見ない。ここで簪に反応してしまえば、簪はルアナを頼ってしまう。

 それこそ、ルアナに頼ったとしても、ルアナは簪を突き放すしか無いのだ。これは簪の為の決断でもある。

 ルアナ・バーネットとしては二つ返事でシャルロットの提案を受け入れたことだろう。けれど、ソレでは僅かな蟠りが簪とシャルロットとの間に生じてしまう。

 ルアナが言ってから、という溝だ。ソレはあってはいけない。簪が決めなくてはいけない。

 

「簪」

「……」

「どんな選択でも、私は簪と一緒にアレを作る」

 

 だからこそ、ゆっくりと悩めばいい。あのISのシステムを作成するのはかなりの時間が掛かるのだ。

 その間に行き詰まれば、シャルロットを頼ればいい。

 

 簪は息を吐き出す。今考え込んだとしても答えは見つからない。脳の片隅に問題を置いておく。

 甘いモノでも食べればきっといい案が思いつくかも知れない。

 

「お待たせ致しました」

 

 机に置かれた3ピースのケーキ。上には色とりどりの木の実が並べられている。思わず感嘆の声が出そうになる。

 味を想像して、口の中に唾液が溢れ、ソレを飲み込めば自然と手がフォークを掴んでいた。

 ひと切れ、先から崩してベリーを貫いて底にあるタルト生地に刺さる。口を開いて、中に入れて閉じてやれば口に広がるベリーたちの酸味とホイップの甘味。

 

「ん~!」

 

 シャルロットが口を閉じたまま声を上げる。しっかりと舌で味わい、飲み込む前に声が出てしまった。

 ルアナはやはりさも当然のようにパクパクと口へと運んでいる。

 

「すっごい! 美味しい!」

「うん!」

「だから、オススメ」

 

 思わず尊敬の眼差しでルアナを見てしまう二人。どれだけ舌に自信があるというのか、この少女は。

 食に関して彼女に聞けば間違いは無いのではないだろうか。そんな錯覚を覚える程、このベリーケーキは素晴らしかった。

 

「……ちなみに他のオススメは?」

「ここならベリーを使ったものに外れはなかった筈。ただ……」

「ただ?」

「不味いものを言うと私がここに入れなくなる」

 

 冗談めかして肩を竦めて言ったルアナは意地悪そうな顔をしてまたコーヒーを飲み込んだ。

 実際、そうではないのだろうが、店に居ながらにして批判をするつもりはないのだろう。

 そのことを理解した二人はクスリと笑ってまたベリーケーキを口に入れて舌鼓を打った。

 

「……またカロリーの高いモノを食べる」

 

 ビシィッと二人の口が止まる。

 先ほどまで甘さを感じていた舌が味覚を伝えてくれない。どうしてソレを今言ってしまうのだ!

 

「だ、大丈夫だよ! ねぇ、簪さん」

「そ、そうだよ。うん、だ大丈夫だよ、シャルロットさん」

「……別にいいけど」

 

 慌てたように取り繕う二人に対して今日の仕返しを完遂したルアナはニヤニヤとしている口をバラさないようにカップを持ち上げて隠す。

 苦いコーヒーが随分と甘いモノになったような気がする。

 

 そんな二人に対してパクパクと自分の分を平らげてしまった。


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