必要か否かで言われると、いらない
2014/03/01
誤字訂正
時は放課後。アリーナは戦国時代に成っていた。
なんてことは一切ない。ないのだけれど、ルアナ・バーネットは非常に不機嫌な顔でお菓子を腕いっぱいに抱え込んで立っていた。
目の前には今朝のホームルームで女として再度転入を果たしたシャルル、改めシャルロット・デュノア。
そしてそのホームルームで一夏に対してファーストキスを捧げた挙句「一夏は私の嫁」と宣言したラウラ・ボーデヴィッヒ。
その発言に対してどうせいつも通りだろうと分かってしまい一夏を殺しにかかった篠ノ之箒、セシリア・オルコット。
噂を聞いて少しばかりピリピリしている凰鈴音。
以上、いつものメンバーが揃っていた。勿論、一夏もいる。決して忘れていた訳ではない。
そんなメンバーを目の前にした所でルアナという存在は決して自分を見失わない。お菓子に釣られてホイホイ着いていったら今の状態なのである。
「誠に遺憾である」
何が遺憾なのか。どうせお菓子だけをもらって早々に逃げ出そうとか考えていたのだろう。それは鈴音の手によって封殺されてしまったのだが。
「ルアナはシャルロットが女だってことを知ってたんでしょ?」
「知ってた」
「なんで教えてくれなかったのよ!」
「教える意味がない」
淡々と言葉を吐き出すルアナ。手に持ったお菓子の封を開き、中に入っていたチョコ菓子を口に入れてご満悦。
そんな様子を見てもなんとも思わないのが付き合いの長い鈴音だ。溜め息を吐き出して頭を抱えてそれでこの問題を流した。当然、一夏に至っては庇って貰っている事なので苦笑しているだけだ。助け舟を出した所で自分に火が降りかかるのは既に知っている。
そもそも助けた所でルアナに対しての問題は解消すらされないし、それは自己満足でしかない事もわかっているのだ。助けた事で余計にルアナの当たりは強くなってしまう。
「バーネット。しかしだな。知っていたのなら引き剥がす事もできた筈だろう」
「……それも意味がない。それに私にとってそれほど大きな事でもなかった」
「しかし、男女が同衾しているのだぞ?」
「篠ノ之箒。それはアナタにも言える事だけれど?」
「うっ……」
「自身を棚に上げて、他人を咎めるの? 武士として恥ずべき行為ではないか?」
「うぐっ」
「ルアナ、やめろ」
「同衾した女に手を出さないヘタレは黙ってて」
「あぐぁ……」
そりゃぁもう、バッサリとルアナは一夏を切り捨てた。直後に溜め息を吐き出した事でこの話を終らせる。ルアナ自身は聞かれれば応えるつもりではあった。その正誤は加味しないであっても。
それを聞かなかった恋する乙女たちが悪いのだ。そもそも一夏がホモ扱いを受けている時点で恋する乙女的に拙いのだが。
もう話は聞くつもりも答えるつもりもないのかルアナは封をあけたチョコに被りつき「ん~」なんて唸りながら舌鼓を打っている。
「それで、バーネットさんも専用機を手に入れたのですか?」
「変態がデータ取りの為に私に貸し出しているだけ」
「それでも専用なのでしょう?」
「試験機でしかない」
「
「……誇ることでもない」
「選ばれたのだから誇らなければいけないませんわ」
「……むぅ」
これ以上言葉を吐けば自身だけではなくセシリアまで貶めてしまう。助けを求めるようにルアナは一夏へと視線を動かしたが一夏はソレにも苦笑してしまう。
「じゃあ、ルアナも交えて模擬戦をしましょう」
「残念ながら、私は見学だけにしておこう」
「あら、逃げるのかしら、ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」
「ふっ……補修が完了していない私に落とされても知らんぞ?」
「言い訳の準備は出来てるようだな」
「まあまあ、篠ノ之さんもオルコットさんも落ち着いて」
「…………お腹空いた」
「お前はマイペースだなぁ」
一夏はため息を吐き出してルアナを撫でる。その手に対して思いっきり眉間に皺を寄せて乗せられた瞬間に弾いたルアナ。
「髪、汚れる」
「乱れるじゃなくて、汚れるか……」
「汚らわしい……唐変木か女誑しめ」
「いや、両方とも知ったことじゃないんだが」
「……」
その一夏の言葉に対してルアナは視線を三人へと向ける。
「馬に蹴られて二回死ね」
「自覚がない事も罪ですわ」
「死んでも治りそうにないわよ」
「イミガワカラン」
冷たい視線を肩を落として一身に受けている一夏。このお三方のイライラは当然模擬戦に反映される。
「じゃあ私、帰る」
「ちょっと待ちなさい、ルアナ」
「模擬戦なんて聞いてない。帰る」
「お菓子をあげますわよ」
「…………帰る」
「そういえばこの前懸賞でお菓子の詰め合わせが」
「頑張る!」
「ルアナさんは単純だなぁ」
「まあ、ルアナだからな」
目をキラキラさせて篠ノ之箒へと詰め寄るルアナ。首の鈴も相まってにゃーんとでも言いそうだが、決して言わない。
その様子を見て一夏とシャルロットは深く溜め息を吐きだした。
さて、と一段落しそろそろ模擬戦をしなければアリーナの貸出が無意味になってしまう。
ルアナとしてはソレもやぶさかではないのだが。けれども、それはルアナとしてであり、ルアナ・バーネットという存在からすれば損でしかない。
至極面倒ながら、ルアナは渋々、煩わし気に、仕方なしに、不承不承に自身の専用機を纏う。
淡い緑色の装甲。大量に付けられたバーニア。そして背中に備え付けられた蒲鉾型のバックパックが二つ。
専用機を纏う事でISスーツが変異して、局部と胸部以外は肌色が見えているなんとも破廉恥な仕様になっている。
「…………なに?」
「いや、なんというか」
「尖ってるISですわね……」
集中する視線に疑問を感じたように口を開いたルアナ。その問いに答えた鈴音とセシリア。
セシリアの言う通り、尖っているのだ。前からの抵抗を極力受けないために前に尖っている。
性能的にも尖っているのは一目でわかってしまう。言うなれば、高機動型と言うべきなのか。
ルアナは右手を天高々にあげて手首を捻る。腕装甲の袖部分から射出されたナイフを手に掴み、ソレを各自に見せていく。
「武器はこれだけ」
「ナイフ一本……だけ?」
「本数はもう少しあるけれど、ナイフだけ」
「それは、また」
「どれだけ極端な機体なんだ……」
「これだけ繊細な機体」
大型の蒲鉾を背負って何を言っているんだ……。尤もその蒲鉾の中身は魚肉の摺り身ではなくて機器類とバーニアが詰め込まれているのだけれど。
普通に喋っているルアナを見ながら一夏は息をホッと吐きだした。どうやらバーネットは出ないようだ、と。
「ナイフだけでも、勝てるから問題は無い」
「……言ってくれますわね、バーネットさん」
「ビット如きで私は捕らえられない。衝撃砲如きでは私を捉える事も出来ない。量産機になど触れさせもしない。AICにすら触れるつもりもない。なんだったら四対一でも構わない。私は、勝つ」
一切の迷いもなく言い切った言葉。当然言い放った人物は自信しか無いように胸を張っている。
その態度が琴線に、あるいは矜持に触れたのか、セシリア・オルコットが前に出る。
「なら、私と戦いましょう。バーネットさん」
「…………ダンスの誘いならそこの男にして」
「踊るのはアナタでしてよ」
「なら、踊ってあげる。アナタの奏でるエチュードで」
両者が空へと飛び立つ。
ルアナが飛び立つ様を見ていた鈴音が溜め息を吐き出して頭を抱えた。
「どうした、鈴」
「ルアナのヤツ。やっぱり笑ってたわ」
「あー…………」
「笑ってた?」
「ええ、そりゃぁもう楽しそうに」
シャルロットは一度戦ったバーネットの笑みを思い出した。思い出したと同時に身震いをした。クヒッヒッヒッヒ、だなんて嗤っている狂人だったから仕方ない。
それを思い出したけれど、鈴音と一夏を見る限り呆れている視線の方が強い。つまりバーネットではないのだろう。
「嫁とバーネットはどういう関係なのだ?」
「嫁はやめろ」
「嫁は、嫁だろう」
「……俺とルアナは家族だよ」
「…………家族か。そうか」
その言葉を聞いたラウラは一歩だけ下がり空中で戦闘をしているルアナとセシリアを見る。
その家族に殺されようとしている一夏。それは、きっと、とても悲しい事なのではないだろうか。乏しいながら千冬から受けた愛情や今心の奥底で燻っているナニかからラウラはそう感じた。
感じたからこそ、自身の嫁を守ろうと決めた。決めたけれど、ルアナ自身を離す事は出来ない事も理解してしまっている。
それは彼自身がルアナを家族と言ったからだ。
危険物は排除すべきだが、ソレをする事は禁止されている。軍の命令よりもなんとも難しい感情である。
そんな悩みの種であるルアナはハイパーセンサーでそんな会話を読み取っていた。
ビット、《ブルー・ティアーズ》からの攻撃をそれこそギリギリで回避している。
一夏の様に考えなしに回避する訳ではなく、先にくる攻撃を予測し、ソレに沿わない様に回避している。連続で攻撃された所で《ブルー・ティアーズ》から攻撃がくるとわかっていれば銃口から射線の予測は容易い。
それこそハイパーセンサーなどという感覚がISには備わっているのだ。見える攻撃を避ければいい。それだけなのである。
「どうして当たらないんですの!」
「攻撃が単調。短調な曲では踊りも悲しくなる」
「くっ!」
《ブルー・ティアーズ》達がセシリアの元へと戻る。《スターライトmkⅢ》を構え、その銃口に光を集める。
回避に専念していたルアナはソレを見てニヤリと笑みを深める。
バックパックを開き大型のバーニアに光を集中させる。その光は内部に吸収されるように収まり、そしてまた集中していく。
《スターライトmkⅢ》から発射された光。ソレに対して真正面からバーニアを吹かせたルアナ。
正面へと向かったルアナに驚いたセシリア。けれども、次を撃たなければ接近されてしまう。
行動予測、銃口を向ける、トリガーを引く。
完璧な行動をそれこそセシリアの出来うる最短でやってのけた。
「は?」
けれども出された結果に思わずセシリアは口を開けてしまった。
一直線に迫っていたルアナが突然真横に動いたのだ。まるで何かに弾かれた様に。
そしてバレルロールをしながらもまだ一直線へと迫ってくる。
セシリアの思考はすぐに状況判断へと動く。
距離を稼ぐか、或いは《インターセプター》で防ぎ、スカート内部の弾道型で迎撃か。
速度的には負けてしまうだろう。となれば、選択は後者になる。
慣れない武器を無言で召喚する事は難しい。けれどイメージを固める時間すら勿体無い。
「《インターセプター》!」
セシリアは叫び、手にナイフを握る。それと同時に正面にルアナが見えた。
手を伸ばさずとも届く距離。セシリアにとって近づかれては拙い距離。
握り込んだ《インターセプター》に衝撃。ルアナの握るナイフを防いでいる《インターセプター》。
同時にセシリアは【ブルー・ティアーズ】へと命令を下す。スカート状の装甲が開き、内から弾道型の《ブルー・ティアーズ》が構えられる。
「これで、捉えましたわ!」
「まだ甘い」
セシリアの一言にルアナは淡々と反応を示した。防がれたナイフを手放し、セシリアの脇腹の装甲部を蹴り飛ばす。
蹴られた事により距離が伸びる。開いた距離でセシリアは行動してしまう。
弾道型のロックを定め、そして射出する。
二つの弾道型はルアナへと煙を吹き出しながら迫る。
「……まだ、甘い」
両手首を返してナイフを取り出す。
迫る弾道型とすれ違い、ルアナはセシリアへと向かう。弾道型はその機動を変える事もなく、力をなくして地面へと向かっていく。
「ど、どういう事ですの?!」
「推進を切断した」
「なっ!?」
なんと馬鹿げた事をしてのけた。
すれ違いの一瞬で推進部を判断し、そこのみを切断した。故に弾道型はルアナを追うこともできなくなった。推進力を失い重力へと取り込まれてしまう。
「ありえませんわ!」
「ありえてしまった。これは事実」
ルアナは一夏に関してしまう存在を調べつくした。それこそ敵になってしまった時を考えて装備の詳細まで調べ尽くした。
だからこそ、ルアナは判断することが出来た。やってのけるのはまた別の要因なのだけれど。
「負けを認めろ、セシリア・オルコット。アナタの曲ではまだ踊るに値しない」
「まだ、まだですわ!」
「……落とすついでに忠告。私の変身はあと二度残っている。この意味が、わかる?」
「わかるものですか!」
「そう……それは残念」
戦闘力は53万とでも言ってのけるのだろうか、この少女は。尤も、そんな日本の誇る漫画をどうやら読んでいないセシリアは当然ノリにもついていけない。
ルアナも乗れられると困るのだけれど、けれど言ったからにはこれだけは言っておかなくてはいけない。
「今度は木っ端微塵にしてあげる。あの
同時に弾道型が爆炎を吹き上げて地面へと到着を果たした。
握り込んだナイフを巧みに操り、セシリアが構えていた《スターライトmkⅢ》を輪切りにしていく。
そしてナイフを突きつけて、ルアナは口を開く。
「……後ろにあるビットが攻撃するよりも、私の方が速い。なんならビット全部を破壊してもいい」
「はぁ……負けましたわ」
「諦める事も、また貴族の義務だ」
「諦める事など……誇りにすらなりませんわ」
「場合による。セシリアは冷静になれば強い」
「けれど、負けてしまいましたわ」
「私より強いとは言ってない」
フフン、と鼻を鳴らしたルアナは得意気に地面へと降りていく。
そのルアナを見ながらセシリアは少しの引っかかりを覚える。同い年であり、そしてつい最近に専用機を受け取ったというのに、それをまるで手足の様に動かせる事に。
「セシリア、早く降りて反省会」
「え、ええ。わかりまし……セシリア?」
「? セシリアはセシリア。偽名?」
「いいえ、これが本名ですけれど」
「ならセシリア」
何もオカシナ所などない。そんな風にルアナはセシリアに笑顔を向けて、地面へと向かっていった。
散々にメシマズだの、誇りない貴族だの、色々言われてたセシリア。けれどもそんな存在からついに、ようやく、ようやっと、名前で呼ばれる様になった。
ついでに顰めっ面の多い人形が笑顔になったのだ。
「…………これはキますわね……」
少しだけ空を見上げて大きく深呼吸をしたセシリアは心をなるべく落ち着けて、ゆっくりと進んでいたルアナの隣に移動して、一緒に降りていく。
「……ル、ルアナさん?」
「何? メシマズさん」
「…………」
台無しである。