私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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ショットガン? ああ、いいやつだったよ……




23.戦闘賛歌

「…………」

「…………」

 

 トーナメントの一回戦が終わり二回戦が始まっているなか、一夏とシャルルは言葉に出さず顔を俯かせている。

 二人の予定した通り、ラウラ・ルアナペアは試合に勝利した。それも予定通り圧倒的な勝利だ。

 しかし、予想だにしなかった。ラウラ・ボーデヴィッヒが戦闘をしなかった事。ルアナ・バーネットが単身で勝利をもぎ取った事。その戦闘内容がマトモではなかった事。

 すべてが予想を裏切った。

 

「一夏はバーネットさんがあそこまで戦える事を知ってたの?」

「……いや、ショットガンであれだけ戦えるのは知らなかった」

「……そっか」

 

 少しだけ含みのある言い方にシャルルは何かを察したのかそれ以上の追求はしない。

 頭の中で何度となく先ほどの戦闘がループする。

 ショットガン二本で相手を圧倒したルアナ。ただ立ってソレを見ていたラウラ。何度も頭の中で繰り返し、そしてシミュレーションする。

 自分があの場に立っていれば……。

 シャルルの思考が停止した背筋にゾクリと悪寒が走った。

 あの対戦者と対して変わらず戦闘不能にされてしまう。勿論それは何も知らなければの話だ。

 相手がショットガンしか持っていない事を知っていれば対策のしようもある。相手の動きを知れば対処出来る。

 

 ショットガンで倒した、という事実。シャルルはその事に対してそれ程危機感を持っていない。

 問題はそれに至るまでの仮定だ。

 最初の瞬時加速もそうだが、驚いてしまったのは二度目、正確には二度目から三度目の瞬時加速までの間である。

 二度目の瞬時加速で相手に迫った。その相手が方向転換したと同時にルアナも方向転換しているのだ。それが三度目の瞬時加速。そして相手を追い抜き同じ速度まで落として相手を捉えた。

 並走の技術も、速度調整も、そして相手の行動予測も、何より【ラファール・リヴァイヴ】で瞬時加速を二回連続で行使した事も。

 オカシイのだ。一歩間違えれば骨折、悪くて死亡する暴挙。けれど、ルアナはソレをしたのだ。ソレが結果だ。

 

「強敵だね……彼女も」

「そう……だな」

「……バーネットさんが心配?」

 

 歯切れの悪い一夏に対してシャルルがつい聞いてしまった。

 そもそも、一夏とルアナは同じ家に住み、同じ時間を過ごしていたのだ。そんな彼女が無茶をしているとなれば一夏も心配になるだろう。

 そんなシャルルの思いを引っくり返す様に一夏はシャルルの言葉にキョトンとしてしまう。

 

「……心配と言えば心配だけど。ルアナに関してはいつも心配だからなぁ」

「そうなの?」

「あの性格だから、俺が気を配ってないといけないだろ」

 

 はぁ、と溜め息を吐きだした一夏はようやく頭を上げて切り替える。そのルアナが相手なのだ。

 元々わかっていた事であるが、一夏は勝たなくてはいけない。それは自分の意思を守る為で、それは自分の近くの人間を守れる為だ。

 そして、それはルアナ・バーネットが相手であっても変わらない。変わってはいけない。ルアナにこそ、勝たなくてはいけない。

 

「シャルル、対策を練ろうぜ」

「そうだね。二人に勝つために」

「そうさ。二人を負かす為に、任せたぞ」

「……一夏も一緒にね?」

「ですよねー」

 

 当然である。

 月末トーナメントの間、二人はちょっとした運命共同体……とは言い過ぎだが、少なからず勝敗は共にしなければいけないのだ。一人よりも二人。

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

「むふっふっふっふ」

「…………」

 

 ついつい笑いが溢れ出たルアナ。その近くで勝敗共同体であるラウラは瞼を閉じて苛立たしげにつま先を動かしていた。

 ルアナの小脇に抱えられたお菓子袋。それは丸々と太っていて今にも弾け飛びそうだ。

 以前説明した通りこういった行事、勝負事に関しては秘密裏にトトカルチョが動いている。勿論、ソレを知る教員達もいるが、賭けているのはお菓子や食券であり、ことを大きくする意味もそれ程ないのだ。それこそ咎めた方がマズイ事もある。

 そんなトトカルチョ。今回ばかりはルアナはその賭けに参加した。ラウラというドイツの代表候補生をパートナーに置いたルアナ。

 けれどもソレでは倍率が下がってしまう。だからこそ、ルアナはこっそりと噂を流した。

 どうやらラウラ・ボーデヴィッヒは一回戦を相手に任せるらしい。

 大凡その程度の噂だ。それに尾ひれと背びれを色々付与され、いつしか噂はルアナ一人で戦うといった内容に変わっていた。

 ルアナだけの力ではない。大衆を操るにはそれ相応に時間と人員が必要なのだ。彼女らと一緒に今回の謀を企てた。そう、料理部員である。

 

 少なからず、料理部員達はルアナから話を聞かされた時は「何言ってんだ、コイツ」という反応だった。けれどルアナは新しく保険を用意した。

 

――私が負ければ、私の秘蔵のお菓子をあげる

 

 料理部員達はルアナのお菓子袋の内容を知っている。極希に、一体どうやって手に入れたのか期間限定数量限定のお菓子が入っている事も知っている。金額にすれば恐ろしいお菓子が入っている事も知っている。

 ルアナが負ければソレが無償で手に入るのだ。勝ったとしても相応の対価がある。参加は決まったようなモノだ。

 

 噂を流し、巧みに情報が操作され、あとはルアナの賭け分を料理部員達が分割で賭けるだけ。

 こうしてバラしてしまえばなんとも滑稽な賭け事。それこそルアナから言わせれば茶番でしかない。けれど、その茶番で得られた価値は素晴らしい。

 

「はむっ! ん~!」

「おい」

 

 イラつきが頂点に差し掛かったのか、ついに耐え切れずラウラはルアナに声を掛ける。少し怒鳴り気味なのはそれも仕方ない事だ。

 そんなラウラの声に対してお菓子を食べながら振り向くルアナ。サクサクとウエハースが口の中へと消えていく。

 サクサク、サクサク、サクサク、と鳴る音と同じ様に、イライラ、イライラ、イライラ、とラウラが苛立つ。

 

「いい加減にしろ!」

「あげないわよ?」

「いらん!」

「あら、勿体無い。こんなに美味しいのに」

 

 あげない、と言ったのにその対応はどうなのか。

 ルアナは苛立たしげに怒鳴っているラウラに対してクスクス笑ってウエハースを食べる口を止めた。止めたと言っても唇にはウエハースが挟まれているのだが……。

 ともかくようやく口を止めたルアナにラウラは自身の怒気を少し鎮め、改めて口を開く。

 

「次の対戦だが」

「ええ、わかってるわよ。私はデュノアを足止め。アナタは一夏を攻撃、でしょう?」

「……わかっているならいい。しかし、あの戦いはもうやめろ」

「あら、どうして? 楽しいじゃない」

「危険だからだ」

「危険は楽しい、でしょ? それに、心配は必要ないわ」

「お前の心配ではない。デュノアの足止めが抜けられる可能性があるからな」

「あら、一対二じゃ勝てないのかしら?」

「……私があの程度の存在に負けるとでも思っているのか?」

 

 ルアナが口角を歪めた事で唇に挟んでてたウエハースが折れる。ゆらりと体ごとラウラへと向き、ニタリと笑顔を作ってみせる。

 

「なら言ってあげるわ。あなたは一夏に勝つことが出来ない」

「……裏切るつもりか?」

「裏切るもなにも、邪魔はしない、と言っていただけよ。一夏に手を出さない、とは言ってないわ」

「…………」

 

 ラウラの瞳が鋭くなる。けれどその視線すらも意に返さない様にルアナはケラケラと笑ってみせた。

 まるで喜劇を見るように、軽い笑いが空間を包む。

 

「そんなにピリピリしないでよ。単なる冗談よ、冗談。私は一夏に手を出さないわ」

「本当だろうな」

「勿論よ。これでも約束を破った事は一度しかないのよ?」

「ハッ……冗談地味た存在が何を言う」

「あら、辛辣ね。まあ、冗談も必要でしょう?」

 

 クヒッと引き攣る様に笑い、ルアナはまたウエハースを手に取る。そのまま口に含んでサクサクと音を鳴らす。

 

「まあ、一夏に勝つとは思えないのは本当だけれど」

「…………」

「冗談でもなんでもないわよ。ああ見えて、一夏は強いわ。まあ弱いけれど」

「……意味がわからんな」

「そう? 別にいいけれど」

 

 肩を竦めてルアナは面白そうにラウラを見ながらウエハースを食んだ。当然、その様子をラウラは不愉快そうに眉間を寄せる。

 

「不愉快だな」

「私は愉快よ。痛快愉快愉悦恐悦至極感謝感激雨霰、ホンジツハセイテンナリ。クヒッ、フフ」

「その物言いも、不愉快だ」

「あら失礼」

 

 そう言いながらもルアナは嗤う事をやめることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇

 

 時間を少し進める。

 アリーナでは今か今かと対戦者達の出場を待っている。声がザワつき、まるで特別な試合を見るかの様に。

 その試合は確かに特別だった。正確に言うなら、“特別”が戦う試合なのだ。

 女性しか扱えない筈のIS使える唯一の男性。それこそ、特別、織斑一夏だ。

 そしてその対戦者が、一回戦にショットガン二つで相手を圧倒したルアナ・バーネットである。

 その戦いを楽しみにするのも当然だ。果たして特別が勝つのか、それとも異端がまた圧倒するのか。

 

「よし、じゃあ行くか」

「うん。作戦通りにね」

「ああ。任せろ」

 

 一夏が拳を上げ、それを見たシャルルが少しだけソレを見つめて苦笑する。そして示し合わせた様に自身の拳を上げて、ゴツンとIS同士の拳が鳴りあった。

 

「…………」

 

 対してこちらのガレージでは無言のラウラがルアナを睨んでいる。

 ルアナはその視線を楽しむ様にクスクスと笑い、自身の持っているショットガンを肩に担いでいる。

 

「行くぞ」

「はいはい。少佐殿のご命令通りに」

 

 やはり愉快そうにケタケタ笑ったルアナ。ラウラはその様子に慣れたのか、何も言わずにアリーナへと飛び立った。

 

「―――…………ふぅー…………」

 

 深呼吸を一つ。瞼を閉じてとても深い深呼吸をして、ルアナはゆったりとその瞼をあげる。深い青の瞳が光る空へと向き、口がニタリと歪む。

 

「さあ、楽しみましょう。ルアナ」

 

 そしてルアナは空へと飛び立つ。

 

―――――――――――――ッ!!

 

 迎えたのは溢れんばかりの歓声。単なる月末のトーナメントだというのに、特別と異端。そして代表候補生二人の戦いである。

 開発者としても、技術者としても、政治家としても、意味のある戦闘だ。ソレは小さな意味かも知れない。けれど、ソレは確かな意味があるのだ。

 

「よお、ルアナ」

「…………」

 

 先とは打って変わり、ルアナは言葉を出さず一夏を見た。

 一夏は真剣な顔でルアナに相対する。

 

「俺は勝つぜ」

「そう。頑張って」

「ああ」

 

 まるで他人事の様に返したルアナ。今から対戦するというのに、随分と興味なさげである。

 ルアナは隣に控えているラウラを確認して苦笑する。自分を差し置いて勝利宣言をされたのだ。ルアナの相手で気が立っているラウラには大きい挑発だった。

 

「私に勝てると思うなよ、凡俗め」

「ボーデヴィッヒ。先に言うが、お前が何を言おうが俺は千冬姉の弟だ。ソレは何をしても変わらない事だ」

「だが、私はそれを認めない」

「そうかい。じゃあ、この戦いで認めさせてやるよ!」

 

 カウントダウンが始まる。

 一夏が【雪片弐型】を構え直し、ルアナが両手のショットガンを肩から下ろし自然体で地面へと向けた。

 歓声はカウントダウンの度に静かになり、カウントが『1』の時には既にカウントダウンの音しか聞こえることはなかった。

 そしてカウントが『0』へと変わり戦闘は開始される。

 最初に動いたの一夏だった。

 それこそ一夏は近づかなければ攻撃も出来ない。初動の奇襲。これが一夏の最善手である。

 

「え?」

 

 そんな一夏が思わず呆気に取られてしまった。

 ガシャン、ガシャンと地面に鉄が落ちる。落ちたのはショットガン二つ。

 そして落とした本人はそんな呆気に取られた一夏を確認して口角を歪めてしまう。

 咄嗟の出来事で呆気に取られた、けれども一夏は止まれない。どうせ近づかなければ攻撃できないのだ。けれど判断が一瞬できなくなったことは確かであり、ルアナに対しての疑問が湧く。

 そんな一夏に対し、黒い刃が牙を剥いた。ワイヤーの付随したソレは一夏を正確に狙う。

 一夏はソレを迎撃することはない。なんせ、この試合はチーム戦なのだ。

 二発の銃声が響き、迫っていた刃が二度跳ねる。跳ねたブレードを素通りし一夏はさらに踏み込む。

 ショットガンを手放したルアナが一夏に向かう様にバーニアを吹かせる。ショットガンを手放した事で出来た隙でバーニアにエネルギーを溜め込んだ瞬時加速。

 

 一夏とルアナが相対する。

 そして、当然のようにすれ違う。

 

「さあ、認めてもらうぜ! ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「さて、少し踊りましょう。 シャルル・デュノア」

 

 【雪片弐型】が光を増す。

 ルアナの両手にアサルトライフルが握られる。

 

「貴様があの人の弟などと……認めてたまるか!!」

「エスコート出来る程、ダンスはうまくないんだけどね……!」

 

 二対二の戦いは一対一の戦いへと変化する。

 まだ戦いは始まったばかりだ。




>>ウエハース? ウェハース?
 どっちでもいい。ってペドフェ……ウィキペディア教授が言ってました。

>>認めてもらうぜ!
 二人とも、意外に似てますよね。両者とも認めてもらう為に戦ってたりです。

>>ショットガンェ……
 ショットガンは犠牲となったのだ……囮の犠牲にな……
 まあ、これでシャルル達の組んだ対策が白紙になりましたとさ。



>>ボツ
 深呼吸を一つ。瞼を閉じてとても深い深呼吸をして、ルアナはゆったりとその瞼をあげる。深い青の瞳が光る空へと向き、口がニタリと歪む。

「さあ、楽しみましょう。ルアナ」

 そしてルアナは空へと飛び立つ。
 まだ彼女の冒険は始まったばかりだ!
《猫毛布先生の次回作にご期待下さい》

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