私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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16.砂の魔女

 当然の事だった。

 まるで日が昇るように。

 まるで月が光を反射するように。

 まるで雲が綿菓子に……いいや、違うか。

 ともかくとして、至って当然で、当たり前な事だ。

 

「…………」

「…………」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒとルアナ・バーネットが見つめあっている。正確には睨み合っているのだけれど、そう思いたいのだ。そのくらいの現実逃避ぐらい許してほしい。

 ISに搭乗している事でラウラの方がやや上からルアナを見下している。ルアナは欠伸を噛み殺しながら彼女を見ているのだ。

 両者とも喋らなければとっても愛らしい人形の様な人物だ。喋らなければ。

 片や口を開けば毒を吐き捨て、片や口を閉じていても軍人系圧倒的威圧感を発しているのだ。

 

 織斑先生! 胃が痛いです! 助けてください。

 

 言葉を出すことなく同じ班の少女達は思った。かなり涙目になりながら織斑千冬を見た。

 千冬はそれを見て、視線を外した。救いの手は彼女から差し伸べられない。

 そうなってくると残りの救い、山田真耶に視線が向くのだ。向いた結果、彼女は既に逃走を果たしていた。教師としてその判断はオカシイのだが、きっと織斑先生に備品の調達を頼まれたのだ。自分から向かったなど決して言えない。

 

「ISに乗れない、跪け。二等兵」

 

 ビキィッ、とラウラ・ボーデヴィッヒのコメカミに四角が浮かんだ。

 同時に近くにいた少女達の胃が痛くなった。頼むから、頼むからもうやめてください。

 軍属でもない人間であるルアナ(市民)が相手なのだ。軍属であり、少佐という地位を得ているラウラ・ボーデヴィッヒ少佐はその感情をなるべく抑える。

 当然である。彼女は軍人で、感情を殺して相手を駆逐するための部隊の人間だ。

 

「その程度も乗れないのか? やはりあの男に関わっているからか」

 

 冷静に、非常に冷静に、彼女は言葉を吐き捨てた。

 同時に近くにいた少女達の胃が縮み上がる。助けてください。もう誰でも、なんでもいいから助けてください。

 彼女達は周りを見た。周りを見た直後に周りの人間は視線を背けた。人柱は必要なのだ。

 

「訓練すらまともに補助出来ないとは、やっぱり訓練兵? 感情制御すら出来ないのも頷ける」

「この程度の訓練すら一人で出来ないとは、弛み過ぎではないか?」

 

 バチバチと火花が散る幻が見えた少女達。同時に胃が変な音を立てだした。

 そんな二人に救いの手がようやく差し伸べられる。

 正確には救いの手ではなく、戒めの出席簿である。

 

「何をしている、阿呆共」

 

 ベシンベシンと出席簿が音を鳴らし、ルアナとラウラの頭を叩いた。

 頭を抱えるルアナとラウラ。ISのバリアすらも通過する出席簿の攻撃力を見るべきなのか。それともその攻撃力を受けてラウラと同じ反応をしているルアナをオカシク思うべきなのか。

 

「教官」

「織斑先生だ、馬鹿者」

「…………」

「そこまで走りたいのなら、二人で走っていろ。もちろん、ISのPICを切ってな」

「えぇ……」

「バーネット、何か文句があるのか?」

「ある訳がない」

 

 ラウラの肩を掴んで目の前にあったIS、【ラファール・リヴァイヴ】に飛び乗ったルアナ。

 背中を預けるようにすれば深緑の機体が反応し、ルアナを包むように光る。光が収まれば、ルアナの脇腹に装甲、足には安定を保つ為に太く分厚くなってしまった装甲。そして肩には飛行制御をする為の翼が付いている。

 ISを装着したルアナは我先にとガシャガシャと走り出す。同じグループである少女達をチラリと見て、少しだけ申し訳なさそうな顔して、彼女は通り過ぎた。

 そんなルアナを追いかけるように、ラウラを機体を鳴らし走り出す。こちらはただ一点、ルアナを睨んでいる。

 

「まったく……」

「あの、織斑先生」

「…………お前たちはそれぞれ織斑とデュノアに別れろ。二手にな」

「いいんですか?!」

「嫌なら一緒に走るか、別を選べ。ただし、片方に集まるなよ」

「ハイ!」

 

 嬉々とする六人を見送った千冬は深い溜め息を吐き出した。

 建前上、指導するという点にあたってセシリア・オルコットと凰鈴音が向いていないという理由だ。

 別段、一夏が優れているという訳ではなく、非常にタイミング良く戻ってきた山田真耶が彼の補助に付いているのだ。シャルル・デュノアに至っては自身を学んだ事を噛み砕いて教えている。

 実際の話をすれば、単なる同情であることは言わない方がいいだろう。他から沸くだろう不平不満は適度な所で手を打とう。

 そう結果を出した千冬はもう一度溜め息を吐き出した。そして今しがたラウラに抜き去られたルアナを見て、もう一度溜め息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ……?」

 

 篠ノ之箒の低い声が青い空に響いた。

 その問に織斑一夏は不明そうな顔をして、答えを至って単純に応える。

 

「天気がいいから外で食おうって話だっただろ?」

「そうではなくてだな!」

 

 箒がチラチラと周りを見た。そこにはセシリア、鈴音、シャルル、そしてルアナがいる。

 どうせ一夏の事だから、誰かと一緒に、という話をすっ飛ばして箒を誘ってしまったのだろう。いい加減に箒も学べばいい。恋は盲目というが、頭のネジまで緩むことも付け加えなければいけない。

 

「ほら、大勢で食べた方が美味しいだろ。それにシャルルは転校して来たばっかだし、ルアナに至っては友達いないだろうし」

「そうだが……」

「一夏、いい迷惑。あとちょんまげ娘も失礼」

「いいなら別に大丈夫だな」

「事実だろう」

「むぅ……」

 

 言い返す言葉を迷ったのか、ルアナは静かに小さくなる。

 こうしていると本当に愛らしい容姿であるはずなのに。どうして口を開いてしまうのだろう。

 そんな小動物な彼女の隣にはやけに大きな袋は無い。購買部に行く前に一夏に捕獲されたのだ。

 教室での出来事とはまったく違うルアナに対して警戒というか恐怖しか抱いていなかったシャルルはそのギャップに驚いてしまう。

 彼とて可愛らしいモノは可愛いと思える人種だ。今のルアナなら思いっきり愛でて、撫でて、ハグして、そして通報されるのだ。やばいと思ったが欲を抑えきれなかった。今は反省をしている。

 

「はい。これ一夏の分」

 

 鈴音に飛ばされ空にフワリと浮いたタッパーは一夏の手の中に収まった。

 食べ物で遊ぶとは何事か! ルアナは鈴音を睨んだ。飴を渡された。満面の笑みでその飴の包装を破り捨て口に含んで幸せそうに笑顔を浮かべたルアナ。どうして睨んでいたのだろう。そうだ、飴が欲しかったのだ。

 

「おおっ! 酢豚だ!」

「そう今朝作ったのよ。アンタ、食べたいって言ってたでしょ」

「…………オカン?」

「ルアナぁ? こっちにもタッパーあるんだけどなぁ?」

「私は何もイッテマセン!」

 

 ニッコリと笑って口角を引き攣らせた鈴音。正座で対応するルアナ。こうしてルアナの扱い方が一夏の周辺に広まっていく。

 タッパーを受け取り、飴を食べている時よりも素晴らしい笑顔を浮かべてルアナはむふー、っと満足げに息を吐き出した。

 

「コホンコホン。一夏さん、わたくしも何の因果か今日は早く目を覚ましまして、こういうものを用意してみましたの」

 

 セシリアが後ろに隠していたバスケットを開ける。そこには彩りは最高のサンドウィッチが並んでいた。サンドイッチではない。サンドウィッチだ。

 砂の魔法で口の中を攻撃するという魔女、サンドウィッチ。それを作成する者、セシリア・オルコット。もはや彼女こそ魔女なのではないだろうか。

 ともかくとして、彩りだけは完璧なサンドウィッチ。何度も言うようだが、彩り“だけは”完璧なのだ。食品サンプルと見間違う程である。

 けれど、残念ながら、食品サンプルは食べれないのだ。

 一夏の頬が自然と痙攣した。果たして味を思い出したのか、それとも今から襲いくる味を覚悟したのか。悪いな一夏。このサンドウィッチは一人用なんだ。

 それこそセシリア(砂の魔女)は頑張った。頑張ったのだ。日も上がらない内から目覚ましで起床して、精一杯作ったのだ。頑張る方向が明らかに次元を超えているが、彼女は頑張ったのだ。

 そんな頑張りを一夏は無駄には出来ないのだ。故にマズイとも言えず、彼はニッコリとした笑顔で食べなくてはいけないのだ。近年のバラエティ番組でも中々しない罰ゲームである。

 

「ええと、本当に僕が同席してよかったのかな?」

「いやいや、男同士なんだから仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力してやってこう。何かあれば協力するぜ」

 

 シャルルに言い切った一夏は少し考えて、あ、と思いして付け加える。

 

「ISの事以外はな」

 

 なんとも締まらない言葉に苦笑してしまったシャルル。対してセシリアや鈴音は溜め息を吐き出して呆れている。

 

「アンタはもうちょっと勉強しなさいよ」

「してるって、多すぎるんだよ。お前らは入学前から予習してただろ?」

「一夏、私が予習させてたと思うけど?」

「…………ほ、ほら、えっと、あれだ。代表候補生になったあとに勉強とかしただろ? 入学直前から勉強した俺をそう言ってくれるな」

 

 逃げるように視線をズラした一夏。ルアナはぱくぱくと酢豚を食べてジトリと一夏を見ていた。

 

「ありがとう、一夏は優しいね」

 

 話の区切りを見て、貴公子が笑顔を一夏に向けた。

 これには一夏も大ダメージ。さすがホモ。

 冗談はさておき、男に対してドキリとしてしまった織斑一夏。初期症状が出ているが彼はまだホモではない。まだ。

 

「いいや、違う、俺は違うんだ」

「どうしたんだ? 一夏」

「気にしないでくれ、箒。少し自分がわからない様になっただけだ……」

「む、そうか」

「ところで箒。そろそろ俺の弁当をくれるをありがたいんだけど」

「お弁当!」

「ハイハイ、ルアナは反応しないの」

 

 鈴音の手によって捕獲されたルアナ。ジタジタとしていたが、鈴音が目の前に酢豚を踊らせれば体の動きが止まった。なんと手馴れているのか。

 ほーれほれ、と酢豚を動かせば目はそれを追い、口を大きく開けて箸に向かっていく。

 バクリ、と口を閉じてうまうまと酢豚に舌鼓を打っているルアナ。

 箒は鈴音に視線を送った。鈴音の視線とかち合う。

 

―感謝する

―貸し一つよ

 

 そんな無言のやり取りを一夏は知らない。知らなくていい。彼は黒い部分など知らない方がいいのだ。

 ともあれ、座っている鈴音に仰向けで抱かれているルアナ。先ほどから、あーあー、と鈴音に酢豚をねだっているあたり、本当に同じ年齢か疑問に思う。

 ともあれ、かなりの困ったさんになろうとしているルアナに対してセシリアは動く。

 流石に名前を呼ばれない事は誰であれ抵抗があるのだ。しかも愛称でもないのだから当たり前だ。

 

「バ、バーネットさん」

 

 セシリアの持つ砂の魔法(サンドウィッチ)がルアナの前に差し出される。

 食べ物を拒むという選択肢はルアナに存在しない。口を大きく開けて餌を待つ。

 餌を与える親鳥の気持ちで、こうしていれば普通に愛らしい少女に対してセシリアは気持ちが綻ぶ。抱きかかえている鈴音は冷や汗を流している。

 

 あぐっ、とルアナの口の中にサンドウィッチが投入された。

 まずは甘味の大軍だ。それらが口内に広がり舌に馴染んでいく。

 一度噛めば新しい辛味が出現する。甘味が拡がったあとに爆撃機からの攻撃だ。舌が痺れるがルアナはもう一度噛んだ。

 次は渋みという戦車だ。普通の口撃など意に介さない重戦車がルアナの舌に履帯跡を残し進軍する。

 そしてソレらが混ざり合わさり戦場(口の中)は苛烈な状態だ。

 ルアナは最終兵器である核爆弾(飲み込む)を使用せざるを得ない。けれど最終兵器だ。ちゃんと噛めと一夏に教育されたルアナは一夏を見た。

 一夏は無言で頷いた。ルアナは感動のあまり泣きそうになった。決してわさびの辛味が鼻を刺激したからではない。

 ルアナは飲み込んだ。最終兵器を用いたのだ。

 けれど用いた最終兵器(核爆弾)は喉奥に刺激(爆風)を与え、そして胃から何かが沸き上がる感触(放射能)を残した。

 

「マズイ」

 

 たった一言である。

 いつもならば改善点を述べるルアナがただ一言だけしか言わないのだ。

 そう、マズイ。

 不味いのだ。修正出来ない程、不味い。サンドウィッチを不味く作るなど不可能に近しいのだ。そんな人間いる筈がない。

 

「な、なんですって!」

 

 そんな人間であるセシリアは思わず狼狽した。一夏は「とっても斬新な味だな」と顔を笑顔に引き攣らせて言ってくれたサンドウィッチが不味いと言ったのだ。

 それはセシリアにとってとても受け入れるべき言葉ではなかった。

 

「自分で食べた?」

「わ、私よりも先に一夏さんに食べてもらいたくて」

 

 小さな声は一夏には聞こえない。きっと彼には特殊な耳栓が装備されているのだ。都合のいい言葉は聞こえない、そんな耳栓。

 その言葉を聞いたルアナは思いっきり眉を寄せる。

 そしてサンドウィッチを掴み、半分よりも小さく、それこそセシリアの小さな口でも一口で食べれる程に小さくちぎった。

 ほぼパンであるソレに少し具、というよりもソース状のソレを塗り、セシリアに近づける。

 

「食べて」

「え、」

「食べて」

 

 ぐぃと寄せられるパン。少し戸惑いながらもセシリアは口を開き、ルアナの指先に摘まれたパンを口に含んだ。

 それは甘味の軍であり、辛味の爆撃機であり、そして渋みの戦車であった。

 セシリアは涙を流した。こんな、オブラートを精一杯に包んでも不味い食べ物を食べさせていた自身に絶望し、そして食べてくれた一夏に感謝をした。決してわさびの辛味が鼻を刺激したからではない。

 ともあれ、これ程不味い物を笑いながら(頬が引き攣って出た笑み)食べてくれた一夏に対する気持ちはさらに大きくなっていく。

 そんなセシリアの肩に手を置いたルアナ。

 

「練習、あるのみ」

「そう、ですわね……! わたくし、やりますわ!」

「手伝う」

「ええ、お願いしますわ!!」

 

 ちょろいな。

 ルアナは体良く食料を捕獲した事にニヤリと笑ってしまう。

 上手くなればなるほど、自分に得しかないのだ。

 上手くならなければ、いいや、ありえない。これよりも不味いなんて事は無い筈なのだ。

 

 

 この決断がルアナを後々まで苦しめる事を彼女はまだ知らない。

 未来のルアナは「まさかジャーマンポテトまで作れないとは思わなかった」と絶望するのだが、これは先の話である。




かなり矛盾が生じている回です。
設定的に矛盾は無いのですが、設定を全部書いてない今は矛盾だらけです。


サンドウィッチ伯爵もまさかこんな料理になるとは思わなかったでしょう。
というか、野菜を切ってパンに挟むだけのサンドウィッチがどうしてあぁなるのか……。
逆に写真付きのレシピさえ見せなければどうにかなるんじゃないのか……無理か。その内、王水を作成した彼女に匹敵する料理音痴になりそうです。

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