私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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2013/12/23
誤字訂正


12.報酬はスイーツ銀行まで

 それは異形だった。

 首と、ましてや頭と同化している肩から伸びる太く、長い腕。深い灰色の《全身装甲》。巨体の姿勢を保持する為の幾つも見えるスラスター口。頭に不規則に並ぶ剥き出しのセンサーレンズ。

 両腕に埋め込まれているビーム砲口が左右合わせて四門。

 

「お前、何者だよ」

「…………」

 

 一夏の問いに異形は答える事はなかった。

 答える気がないのか、はたまた声が出ないのか、或いは極度の恥ずかしがり屋なのか。

 そもそも《全身装甲》など必要ではないISであるのに、肌色が見えない。なるほど、彼女は極度の恥ずかしがり屋なのだ。或いは肌が太陽に当たると灰になって死んでしまうのだろう。

 それが本当だったすれば異形ではなく、文字を変えなくてはいけない。極度の引き籠もり、若しくは吸血鬼的な存在がこうして外へ出てきたのだ。

 ともあれ、そんな引き籠もり、または吸血鬼なんて相手にしたくないのだ。一夏も鈴音も、日本引き籠もり協会に所属していなければダンピールですらないのだ。

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください!』

 

 いつもの穏やかな声ではなく、どことなく僅かばかりの威厳を振り絞って山田真耶からの通信が一夏と鈴音の耳に届いた。

 一夏達の安全を考えれば、当然である。

 

「――いや、ここは俺達で食い止めます」

『なっ?!』

 

 けれど救助される側である一夏の答えは否である。

 

「一夏! 何言ってるのよ?!」

『そ、そうです!! 先生達がすぐに制圧に向かいます』

「それでも時間は掛かります。バリアを突破出来る相手ですよ。観客の避難が先です」

 

 それまでの時間稼ぎですよ。

 と一夏は付け加えて言った。危険や危機は承知だ。けれど一夏はそう選択した。

 

「で、つい付け加えたけど、鈴はどうする? 逃げるか?」

「……バカ。一夏が戦うのに私が逃げる訳にはいかないでしょ?」

「そっか。ありがとう、鈴」

 

 一夏は笑顔を添えて、鈴音に言った。鈴音の頭の中でレベルアップのファンファーレが鳴り響く。

 

『一夏』

「千冬姉」

『……すぐに救援を向かわせる。いけるな?』

 

 少し心配の混ざった、言ってしまえばらしくない姉の声に一夏は笑ってしまう。

 

「誰に言ってるんだよ。千冬姉の弟だぜ?」

『そうか。バカな弟を持ったモノだな』

「ハハッ、説教は終わってから聞くよ」

『ああ、そうしろ』

 

 溜め息が聞こえ、一夏は【雪片弐型】を握り直す。

 

『凰』

「は、はい」

『一夏を任せる、頼むぞ』

「はい!!」

 

 鈴音の頭の中でウェディングドレスの自分とタキシードの一夏が思い浮かんだ。なんと肉親直々のお許しが出たのである。

 

『この場は、を忘れていた』

 

 その遊びにも似た通信に鈴音の肩はガックシと落ちた。一夏は不思議に思った。

 落ちた肩と一緒に妄想も音を立てて崩れ去ってしまう。クツクツと嗤いが通信越しに聞こえ、満足したのか笑いが止まり、千冬は最後に告げる。

 

『一夏、死ぬなよ』

「……これに殺されはしないよ。まだ死ねないさ」

『そうだな……頼んだ』

 

 そうして通信は切れてしまう。

 鈴音は最後の言葉に一夏の方を向いてしまうが少し前に出ていた一夏の顔は確認することが出来なかった。

 

 

 

 

 

「もしもし?! 織斑くん!? 凰さん?!」

 

 千冬が通信を切断して、優等生(山田真耶)が慌てたように通信を接続する。

 しかし、何かのプログラムが侵入してしまったのか彼らへ通信は届かない。

 

「少しは落ち着け、本人達がやると言っているのだ、やらせればいい」

「そんな初めての買い物みたいに言わないでください! 命の危険だってあるんですよ?!」

「初めての買い物にだって命懸けなんだ。変わらんよ」

 

 肩を竦めて近くにあったカップに口を付ける千冬。肉親、それもたった一人の肉親が関わっているというのに、随分と千冬は余裕を振舞う。

 

「糖分が足りないからそこまで落ち着かないのだ。これでも食べろ」

「え? わ、何ですか、このお菓子の山は」

「食いしん坊から……貰ったんだ」

 

 千冬は少しだけその菓子袋から目線を外して言ってのけた。当然、事実も真実も何も知らない真耶はその菓子袋からお菓子を一つ取り、口の中へ入れる。

 ニヤリと千冬が笑った。これで彼女も共犯者である。

 

「第一、アレが死なないと言ったんだ。簡単には死なんよ」

「そういうモノですか」

「そういうモノさ。いざ死が近づけば凰を連れて逃げるさ。アレはそういう臆病者だ」

「はぁ……」

「まあ、そこまで心配はいらないさ。私達は私達に出来る最大限をして、アイツ等の救助へ向かう。それだけだ」

 

 そう言った千冬の手が強く握られていることにようやく真耶は気づいた。

 彼女も抑えているのだ。こうして冷静に振舞っているのは、全体に焦りを広げない為の事だ。

 

「先生! わたくしにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」

 

 そう自身を手で指しながら言ったのはセシリア・オルコットだ。

 専用機を所持している彼女は常にISと共にある。故に、当然のことだが、彼女は許可さえあればスグにあの場へ駆けつける事も出来るだろう。

 

「そうしたいが――無理だな」

「な、なぜですの?!」

「これを見ろ、オルコット」

 

 千冬が表示した画面にセシリアは目を滑らせる。

 アリーナの現在の状況、遮断シールドのレベル、ほぼ全てのドアのロック。

 セシリアの顔が苦虫を噛み潰したように寄せられる。

 

「あのISの仕業ですの?」

「そのようだ。現在三年の精鋭達にクラッキングさせている。救助も救援も、それが終わるまで無理だ」

 

 眉をピクリと動かして苛立ちを隠す千冬に気づいたのか、セシリアは近くにあるソファへ座り、思考を纏める。

 自身が織斑一夏を助けたいという気持ち、その気持ちに準ずる為の行動。そしてそれに関わる他者の行動。

 一度落ち着いて考えて、結果と一緒に溜め息を吐き出した。

 

「……結局、待っていることしかできないのですね」

 

 なんと煩わしい事か。まるで自身の無力を晒しているように。ここにあの食いしん坊娘が居たのなら、自身を無力と嘲笑することだろう。

 全くもって、煩わしい。

 動けるのならいち早く王子様(一夏)の元へ駆けつけるというのに。

 

「オルコット。お前はどちらにせよ突入隊には入れないから安心しろ」

「な!? どうしてですの?!」

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ならばむしろ邪魔にしかならん」

「そ、そんな事ありませんわ。 わたくしが邪魔だなんて事」

「ではオルコット。織斑と組んだとして一撃も織斑に当てる事なく装備を最大限に生かせるか?」

「ぐっ」

「さてオルコット。連携訓練によるお前の役割は? ビットの動かし方は? していたとしてもお前の相棒は初心者である織斑だ。二人仲良く地面に伏したければ」

「もういいです! すいませんでした!」

「……ふん、分かればいい」

 

 溜息にも似た鼻息を吐き出して、千冬はセシリアから視線を外した。

 外して気づいたのは、こうして自身の力に歯痒さを感じている……言ってしまえば自身を知っているセシリアとは別の存在が消えているのだ。

 スゥッと視線が鋭くなるのを隣にいた真耶は感じた。逆に感じれなかったセシリアは溜息を吐き出して、自身の無力を呪い、言葉を吐き出す。

 

「言い返せない自分が恥ずかしいですわ……」

「オルコット、気に病むな。力不足で動く馬鹿よりもお前は利口だ。気持ちが先走っていないだけ、まだマシだ」

「はぁ」

「なんだ、気のない返事だな……。まあ、いいさ」

 

 千冬はぐるりと踵を返して画面を見上げる。アリーナの情報がある程度表示されている画面を見て、千冬は自身の携帯端末をポケットから取り出す。

 耳に当て、数秒。

 

「私だ」

 

 相手が出たのか、短く自身の存在を言葉に出した。

 

「お前に仕事だ。阿呆を守れ」

 

 それだけを告げて千冬は一方的に電話を切った。そのままポケットの中へと携帯は隠れた。

 キョトンとしている真耶とセシリア。この状態で救援は来ない筈である。けれど、千冬はどこかへ電話をしたのだ。

 

「あの、織斑先生?」

「なんだ、山田先生」

「さっきのは一体……」

「……秘密兵器さ」

 

 肩を竦めて、冗談のように言ってのけた千冬。余計に意味がわからなくなってしまった真耶とセシリア。

 二人の表情を見て、思わず千冬は苦笑してしまった。

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

「……」

 

 ルアナ・バーネットは唐突で、一方的な電話を地面に叩きつけたい気持ちで一杯だった。

 頭の中で彼女の菓子袋を持ってハーッハッハ、と笑う鬼がいるのだ。きっと菓子袋も既になくなってしまったのかもしれない。

 溜め息を吐き出した。

 幸い、運が良く、扉が閉まる前にアリーナの通路にいたルアナの声は誰もいない空間に程よく響いた。

 

「まあ、いいけれど」

 

 そう言って、ルアナはのんびりとした足取りで歩を進める。分かれ道。迷わず道を選ぶ。

 目標はどうやら移動しているらしいけれど、結果的にどこかへ向かうだろうけれど、運がよければすぐに鉢合わせになるだろう。

 

 そう、運がよければ。

 

「あー、つまらないつまらない」

 

 至極面倒そうに、言葉に出して、ルアナはその紫銀の髪を掻いた。

 その言葉や態度とは別に、顔にだけは込み上げた嗤いを隠しきれずに、口角を吊り上げていた。

 

 

 

 

 

 所変わり、アリーナ。

 

 四度目になる一夏の一撃必殺がひらりと回避されてしまう。

 なんとも一撃必殺を辞書で引きたくなるような場面である。その一撃を以て必ず殺す。故に一撃必殺。なお当たらなければ殺せないらしい。

 

「あぁもう! 何やってんのよ! 一夏! ちゃんと狙いなさい!!」

「狙ってるっつーの!!」

 

 近接の一夏とそれを補助する形で鈴音が組む即席の共同戦線。

 幼馴染なだけあって、というよりはISの操縦が上手い鈴音が一夏をフォローし、一夏がそのフォローを台無しにするという形で今の戦線はどうしてか維持されていた。

 けれど鈴音は決して「一夏じゃなければ」なんて言葉は言わない。それを言った所で今は変わらないし、他の一夏よりも強い誰かだったとしてもここまで上手く噛み合わないだろう。

 故に鈴音に不満という文字はない。文句はあるけれど。

 

 

 一夏の四度目の失態による四度目の撤退を果たした二人。撤退といってもどちらも攻撃も届くし、単なる後退と言ってもいい。

 

「……鈴、あとエネルギーはどれぐらい残ってる?」

「180ってところね」

 

 一夏の残りエネルギーが60を切ってしまってる事を考えると非常にまずい。

 鈴音の【龍咆】は既に七回防がれている。一夏の攻撃なんてアテにならない。

 持ちこたえる事を主にした維持戦にしても一夏の装備はソレに向いていない。つまり、倒してしまう他ないのだ。

 

「ちょっと、厳しいわね。現在の火力でアレを機能停止(ダウン)させるのは確率的に一桁って所じゃない?」

「ゼロじゃなきゃいいさ」

「賭けるにはちょっと厳しいわよ。だって一夏でしょ? 99%勝つ賭けでルアナに負けた一夏でしょ?」

「あれは相手が悪い」

 

 そのことを思い出したのか一夏の顔は青ざめた。99%勝つ筈の賭け。それはルアナが言い出した賭けであり、単なるコインの表裏を当てるという賭けだった。

 問題はソレをルアナが連続で10回当てれるかを賭けた事だ。

 勝てる筈だった。確率で言えば約千分の一。それこそ一夏が負ける事なんて100%に非常に近しいと言ってもよかった。

 けれど、負けたのだ。そこからルアナは四日ほど一夏作のスイーツを貪るという褒美を得たのだけれど、それはどうでもよかった。

 ともあれ、一夏の運の悪さを知っている鈴音は思わず負ける事を予見してしまった。当然一夏はソレを否定。

 一夏曰く、ルアナには幸運の女神が憑いているどころか仲良くお茶をしている仲なのだ。賭け事で競うというのが問題なのだ。

 

「――で、どうすんの?」

「……」

 

 そう仕切り直した鈴音。当然の事だけれど、撤退の文字も敗走の文字も存在しない。

 こうして喋っている間も、件の異形は攻撃を仕掛けてくるかもしれない。

 知恵を振り絞るなら、策を練るなら、即座に動かなければならない。

 

「……?」

 

 一夏がふと疑問に感じた。

 それはとても些細な事だった。それはとても小さい事だ。

 

「なあ、鈴」

「なによ」

「どうして俺たちはこうやって喋ってるんだ?」

「そりゃあ、アレを倒す為でしょ? 今更何言ってるのよ」

「……じゃあアレはなんでコッチを攻撃してこないんだ?」

「…………」

「あと、こうやって乱入をしてるのに……なんか人間味がないんだよな」

 

 一夏の言う人間味。それは行動に基づいている意思だ。

 もしも、目的が一夏、あるいは鈴音を倒す事だとする。どちらにせよ二人が話している事に矛盾が生じる。

 例えば目的がIS学園の生徒だとしよう。それでも一夏達が喋っているのを放置する意味がない。

 混乱を落とすだけならば、いいや、それでも。

 

 故に一夏はあの異形に対してこういうのだ。

 人間味がない。

 

 その言葉に鈴音はもしかして、という言葉を頭に浮かべる。

 けれどそれはすぐに否定される。誰でもない、自分に。

 

「人が乗ってない――」

「ありえないわ。ISは人が乗らないと動かない。ましてや無人機だなんて――ありえない」

 

 もう一度否定して、鈴音は思考するのをやめる。こんな事、こんな不可な事の論議など、意味はないのだ。

 一夏は少しだけ思考して、仮定を口にする。

 

「もし仮に、仮にだ。あれが無人機だったらどうだ?」

「無人機じゃないだろうけど、無人機だったなら勝てるの?」

「人が乗ってなきゃ、全力で攻撃しても問題ないだろ?」

 

 その言葉に鈴音は眉間を寄せる。今までまるで本気を出していなかったのか、と言わんばかりに。

 そんな視線を感じたのか一夏は否定を口にする。

 

「本気だったさ。【雪片弐型】の威力が強すぎるんだよ」

 

 一夏は本気であった。有人機を相手にしてはソレが限界だった。最悪の事態を想定して、攻撃しなくてはいけない。

 そんな無駄なモノ、一夏には背負うつもりはないのだ。

 けれど、もしも異形が無人機ならば、その背負う物も背負わなくていい。

 

「……まあ、いいけど。今まで当たらなかったものが当てれるの?」

「次は当てるさ」

「あの時も言い切ったけど、まあいいわ。じゃあ、絶対にありえないけれどアレが無人機だと仮定して攻めましょう」

 

 鈴音は【双天牙月】を握り直し【龍咆】を構える。

 

「――で、何をしたらいいの?」

 

 なんでもするわ。その代わり、失敗したら覚えとけよ。

 と言わんばかりの目線が一夏に向いた。一夏はソレに苦笑してしまう。

 一度瞼を落として、一夏は息を吸い込んで、吐き出した。そして瞼をあげる。

 

「俺が合図したら、アレに向かって衝撃砲を撃ってくれ。最大出力で」

「? いいけど、当たらないわよ?」

「それならそれでいいさ」

 

 一夏は肩を竦めて、さて、と一言呟く。

 頭の中で描いた自身でも稚拙だと思う策。いいや、策と言うのも烏滸がましい。

 これが失敗したならば、彼は鈴音に駅前にあるオシャレなカフェ(オサレカフェ)に連行されて散々にスイーツを奢るハメになるのだ。人はソレをデートというのだけれど、彼にとってはそう言わないらしい。

 

「一夏ぁ!!」

 

 それはとうとう現れてしまった。

 盛大にハウリングさせた音声。千冬が言う、気持ちが先走った阿呆。

 名前を篠ノ之箒。

 

「ほうき?」

 

 思わずひらがなになる程呆気にとられてしまった一夏。

 そんな一夏の視線を受けて、さらに箒は言葉を続ける。それこそ感情に身を任せ、叫ぶ。

 

「男なら……男ならその程度の敵、倒せずしてどうする!!」

 

 呆気にとられた一夏とは違い、その隣にいた鈴音は心の中で「えぇ……」と力なく呟いてしまった。

 肩で息をして、焦りと怒りと、そして不安を織り交ぜた表情をした篠ノ之箒。ISを着用していない彼女。

 

 ハイパーセンサーに反応。つまり、異形が動いたのだ。

 腕を伸ばし、何度も見た光学兵器の狙いを付ける。

 一夏でも、鈴音でも、ましてやアリーナにいる観客でもない。

 

「箒!! 逃げろ!!」

 

 一夏は叫んだ、叫んだけれど通信手段を用いていない一夏の声は箒には届かない。舌打ちをして一夏は奥歯を食いしばる。

 

「鈴、やれ!」

「わ、わかったわよ」

 

 【龍咆】を最大出力で撃つ為に鈴音の後方に補佐用の展開翼が広がる。

 事態は刻一刻と争う。

 一夏は異形と鈴音の間。つまり、【龍咆】の射線上へと躍り出る。

 

「ちょ、一夏! なにやってんのよ! どきなさい!」

「いいから! 撃て!」

「邪魔よ!」

「早く!!」

 

 異形の腕に光が集まる。その光は一度収縮し、銃口内で凝縮されていく。

 

「ああもう……! どうなっても知らないわよ!!」

 

 【龍咆】が起動し、中空に不可視の砲台が完成する。

 以前言った様に、【瞬時加速】とは外に出したエネルギーを一度内に取り込んでソレを圧縮するという技術だ。

 故に、外にあるエネルギーを無理やり内に取り込むことが出来れば。

 一夏の背中に衝撃が走る。同時に白式の速度が爆発的に上昇する。

 

「うぉおおおおおおおおお!!」

 

 【雪片弐型】を振りかぶり、箒へと狙いを定める腕を狙う。

 通常よりも威力を込めて、有人機ならば中の人間など殺してしまう程の威力で。

 

 異形の、ISの腕を切って、落とした。

 

――間に合った!

 

 一夏の脳裏に言葉が浮かび、そして目の前に深い灰色が持ち上げられる。

 腕は、一本ではないのだ。

 斬り捨てられたソレとは逆の腕を持ち上げ、異形は箒を狙った。そして一夏が【雪片弐型】を翻し、腕を叩き斬ってしまうよりも先に、異形は光の槍を箒へと放った。

 

「箒ぃッ!!」

 

 叫ばずにはいられなかった。

 一夏の叫び、そして異形の行動。すべてを見ていた箒。全てを見てしまった箒。

 光よりも遅いといっても生身の人間が反応できる速度ではない。

 けれど箒は怯えもなく、いいや、怯える間もなく、ただ立っていたのだ。

 行動する事はできない。既に遅すぎた。

 

 

 

 そんな箒に力が掛かる。

 襟首を掴まれ、乱暴に後ろへと引っ張られる。特殊な引力でも働いた様に。

 後ろへと尻餅をつく形になった箒。その横を特殊な引力である紫銀の髪の少女がすれ違う。

 

 言葉を出す暇など無い。

 驚きを表す時間など無い。

 ルアナはポケットの中に入っていた右手を抜き、巻き込む様に体を捻る。

 右手には鋭い鈍色の刃物。確かに箒はソレを見る事ができた。

 できたのは一瞬の出来事であり、ルアナは箒を見る事もなく迫る高出力のビームに向いていた。

 

 体の捻りを開放する。

 巻き込んでいた右手を伸ばし、遠心力と彼女自身の力で振るわれる腕。

 その腕の先、手の部分がビームに触れ、そして振り切られた。

 後ろへと振り切られた手には何も持っていない。ビームの粒子が彼女の手に纏わり付いている、ただそれだけだ。

 肝心のビームはルアナの手により逸らされ、折れたようにその目標を外した。

 

「バーネット……すまない」

「……」

 

 箒が漏らした声にもルアナは反応を見せなかった。

 その深い青の瞳に写っていたのは異形。そしてソレと戦う一夏の姿だ。

 彼女の目に映ったのは、それだけだ。

 

「バーネット! その手!」

 

 箒の声がようやく届いたのか、ルアナは右手を見る。見るとソレは真っ赤なんて通り越して黒であった。カリントウだってこんなに黒くはない。

 ふむ、と一言だけ呟いてルアナは踵を返す。一夏達の戦闘も終わったのだ。すでに見る価値もなければ、向かう意味すらもない。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 口角を歪めるように嗤い、歯を見せて、爽やかなんて文字が浮かばない程引きつった笑みを顔に貼り付けているルアナ。

 その表情が箒を見た瞬間に消える。いつも通りのジト目で何を考えているか分からない、そんな表情。そんな表情で、ルアナは罵詈を吐き出す事もせずに、毒を浴びせる訳でもなく、ただ一言。

 

「邪魔」

 

 と言ってのけた。

 そうして手を伸ばした箒の横を素通りしながら付け加えるのだ。

 ああ、つまらないつまらない。

 面倒だ面倒だ。

 そして、開くようになった自動扉を開き、閉じる時についに我慢できなくなったのか、表情を嗤いに変えて、ケヒリと息を漏らす。

 

――ああ、素敵ィ

 

 そこで扉は閉じてしまい、箒はルアナを心配することも追求することも、ましてや怒られることも、全てができなかった。

 

 

 誰もいない廊下にケヒケヒと引き攣った嗤いが響いている事は誰も知ることはない。




ラストのセシリア様はカットです。
よくってよ!


素手でビームを防ぐなんて出来ません。
やっぱり理由としては屈折が一番しっくりくるのだけれど……いや、まあ、束さんに全部責任を投げればいいか。

>>ルアナ・バーネット
人外的な能力など欠片も無い少女。大出力のビームの逸したのも、大食らいなのも、ちゃんと理由があります。
まあ、後述なんですけどねー。束さんがボロっと出しそうです。もしくは一夏。或いはルアナ本人が。

あ、彼女の性格には理由なんてありません。味方をなるべく作らないようにしているだけです。

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