私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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編集「100話完結にしようとしているからって、ちょっと詰め込みすぎじゃないっすかね。
次の話を考えてもちょっと分割にしてもよかったんじゃないっすか?」
執筆「ウルセー! 何も考えずに投稿ジャー!」

 なお一人の模様。

戦闘描写をもう少しどうにかしたい……したくない?


98.幻想茶番

 アリーナに到着した一夏は扉の前で足を止めた。それに釣られるように、いいや、他のメンバーもその存在に足を止めざるをえなかった。

 

「やぁやぁ、いっくんと箒ちゃん。あとはその他二名さん」

「束さん……」

 

 不思議の国に一人で迷い込んだ様な服装に白衣という不釣合いな格好の篠ノ之束が扉の前に立っている。

 頭の機械仕掛けのウサミミが何かに反応しているのかパタパタと緩やかに動いている。どうしてか箒だけがソレを見て嫌な顔をしているのが印象的だ。

 

「ここから先はいっくんだけしか通せないよ。ソレが彼女の望みだからね」

「……バーネットは私達が来ることを分かっていたんですか?」

「さぁ、どうだろう?」

「私達には見る事すらも許されないのですか?」

「うーん……そうだねぇ。あまり見る事はオススメしないかなぁ」

「それでも、私達は見たい、デス」

「きっとルーちゃんは嫌がるよ?」

「……私達には見届ける権利がある筈です。通してください」

「いくら箒ちゃんの頼みでもソレは無理だよ。コレはいっくんとルーちゃんだけの問題だからね」

「…………」

「まあ、そうやって身構える事も分かってたから、仕方ない。私と一緒に見るなら許可しようか」

「本当ですか?」

但し(ただーし)、手出しも口出しも絶対出来ないから。それでもいいならいいよ」

 

 束もコレが妥協点だと言うように言葉を漏らす。その言葉に少しだけ張り詰めていた糸が緩み、セシリア達の口に笑みが浮かぶ。

 

「ああ、そうだいっくん。朝の話は覚えているね?」

「覚えてるよ」

「そっか、ならよかった」

 

 確認するように一夏に問いかけた束は満足したように頷き、扉を開く。一夏が通り、その扉が閉められる。

 「さて、私達はコッチだよー」なんてノンキに言葉を漏らしつつ束は足取りを軽く歩く。

 

「姉さん」

「なになに!? 箒ちゃん!? お姉ちゃんなんでも応えちゃうよ?」

 

 空気が一気に弛緩した。やたらとハイテンションの姉に眉間を只管に寄せる妹。その妹を可哀想な目で見る友人二人。姉は妹の一切を無視して妹の声を待っている。

 

「朝に一夏と何の話をしたんですか?」

「ルーちゃんを人間にする方法をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく来たのね」

「ああ」

 

 紫銀を風に揺らしたルアナ・バーネット。その姿は露出の多いISスーツに包まれており、ISを纏わずにただ立っているだけだ。

 対して織斑一夏もISを纏わずにルアナの前に立った。

 

「どうしてシャルロットを刺したんだ?」

「またその質問?」

「答えてくれ、ルアナ」

「邪魔だったからよ」

「何で邪魔になるんだよ」

「さあ? 理由が必要だと言われたから、こうして態々理由を作ってあげたの。実際の所、ただ単純に刺したかったから、だとか目に見えたから、とか……そうね、近くにいるのが煩わしくなったからかも知れないわ」

 

 ケラケラと嗤いながら言葉を繋げるルアナに対して一夏は表情すら変えずにルアナを見つめる。その真意を見抜こうと、ただ見つめた。

 ルアナはその視線に思わず唇を舐める。演技でしている嗤いではなく、心の底に刺激を受けて思わず口角が緩む。

 

『ルアナぁ! 何やってんのよ!』

「……鈴音?」

『シャルロットがどれだけアンタの事を想ってたか知らない訳ないでしょ!!』

『はいはーい、パンダちゃんは黙ってよーね』

『誰がパンダか!』

『落ち着け鈴! 手を出すとマズイ!』

『そうですわ!』

 

 放送を聴いて呆れた様に肩を落とした一夏。対してルアナはまるで嗤いを収め、ピタリと表情を固まらせた。

 顔を俯かせ、口角を吊り上げる。

 

「くひっ、ヒャーッハッハッハッ! ああ! 一夏! アナタは本当に馬鹿ね! シャルロットを殺した相手を前に、新しい生贄を持ってくるだなんて本当に馬鹿みたいだわ!」

「っ!?」

「アナタが私に負けたら、きっと彼女達を殺してしまうわ! 一夏、またアナタは失ってしまうわ! アナタはまた私のようにISモドキにするのかしら!?」

「……ない」

「声を張り上げろ! お前が掲げた目標だろう!」

「させない! 殺させなんてしない!」

「じゃあ私を殺してみせろ! 織斑一夏ァ!」

 

 弾かれた様に動き出したルアナに半歩だけ遅れ一夏が地面を蹴り飛ばした。

 二歩目を踏み込み、一夏に純白の粒子が纏わりつき加速する。鍔も鞘も無い柄を握り締め、腕を振るう。振るわれた柄先から極光が形成され刃が顕現される。

 対したルアナは淡い緑色の粒子を背中から弾き出すように溢れさせ二歩目を踏み込み、一夏へと更に接近をする。

 刃がルアナの顔を横一閃するように振るわれる。けれどその刃はルアナの頭の上を通過し、紫銀を三本ほど空に舞わせるだけ。

 振るった腕、その手首を握り締める白い細手。垂直に掛けられた力に歪まされた一閃を理解し、紫銀へと目を向ける。

 一閃を掻い潜るために伏せられた顔が上がり、深い青の瞳が一夏を貫く。

 手首を返し、腕部装甲から飛び出したナイフがルアナの手に納まる。最短距離である直線を迷いも躊躇いすらも無くナイフを沿わせ一夏の眼前へと向ける。

 上半身を後ろへと倒し一夏は自身の上を抜けるナイフを見た。そのナイフは自身の上で停止し、追従するように、身体を突き刺すように切っ先が下に持ち変えられた。同時に足が払われて一夏の感覚上肉体の自由が制限される。

 単なる肉体だったならば、凶刃は一夏の身体を貫いたであろう。けれど一夏はISを纏っているのだ。刺されたとしても傷はない、という事ではない。今の一夏にとって全ては空であり、そして地面でもあるのだ。

 身体が浮いた所で、関係すらない。

 バーニアが光を灯し加速する。距離を開き、土埃を巻き上げて停止する。

 

「……気に食わないわ」

 

 土埃が淡い緑の粒子に吹き飛ばされるように払われ、ルアナの姿が現れる。

 腰部装甲からスカート状に広がっている淡い緑の粒子。その薄いスカートに透ける脚部装甲には大量のバーニアが付随されている。腹部から斜めに掛けられたベルトにはホルスターが付けられ、そこにはリボルバー式の拳銃が収まっていた。

 

「アナタは誰かを護る為に力を得た、と言ったのに仮面で自分の世界に閉じこもっている」

 

 白い仮面で顔を隠した一夏はただその顔をルアナへと向けている。感情すらも読み取れない仮面。僅かに彫られた溝には赤い光がゆっくりと明滅している。

 

「私はソレが堪らなく、気に食わない」

 

 一夏が仮面の奥で生唾を飲み込む。ルアナの表情が誰が見ても分かる程の怒りに染められていたからだ。

 無表情で怒りを表す事は何度も見た。けれど今のルアナは別だ。食い縛った歯を剥き出しに、眉間に皺を寄せている。

 

「だから、私が今のアナタを殺してあげる。

 ……私の目的はずっと一緒よ。

 

 

 織斑一夏。私がアナタを殺すわ」

 

 瞬間、一夏の視界が白と黒の世界へと変化した。一夏が集中した訳ではない。【白式】がそう判断したに過ぎない。けれど、だからこそ一夏は眼前に向かい螺旋回転をしている弾丸を気付く事が出来た。

 顔を反らし直撃は避けた。仮面が僅かに削られ小さな破片が散り、世界に色が戻る。新たに削られた溝に赤い光がその部分に流れ込む。

 

 ルアナは硝煙を吐き出している銃を回転させ、ホルスターへと収めた。まるでソチラの方が速いと言わんばかりに。

 両手を力なく垂らし、肩幅程度に開いた両足で地面を踏む。吸い込んだ空気を吐き出し、ただ一点を睨みつける。

 一夏が《雪片》を握りを直し、足へと力を込めた。同時にルアナの腕が動く。肘と後ろへと折る事で中指、薬指、小指にグリップを引っ掛けて持ち上げる。肘に釣られる様に左足を後ろへと下げて半身になり、親指でハンマーを起こし銃を倒して人差し指で引き金を絞る。

 撃鉄が振り下ろされ、銃口から鉛弾が射出された。

 

 【白式】によるモノクロ世界で一夏は緩やかにコチラに向かう鉛弾を睨む。緩やかと言ってもその世界で一夏とて正しい速度で動ける訳でもない。

 螺旋を描く空気の溝。避ける事は容易い。けれど回避してルアナに追いつく事は可能か。答えは否だ。逃げられ、イタチごっこが始まってしまう。

 燃費の悪い【白式】を以ってして、その行為は避けなければいけない。つまり、最短距離を走り抜ければいい。少なからず接近すれば銃よりも素早く攻撃する事が出来る。ナイフ相手ならば致命傷は少ないだろう。

 最短距離を走り抜けるにはどうすればいい。簡単だ。今の一夏にとって避けるよりも容易い事だ。

 極光の刃、モノクロの世界に在ってもその光を失わない必殺の刃を顕現する。迫る銃弾の軌道にその刃を向け、沿う。緩やかに振るわれた腕。弾を両断していく刃。切っ先と弾の終端を合わせ、攻撃へと転化。

 瞬間に刀を握る右手に力が加わる。振りぬいた刀が意志でも持ったのか動かない。刀に意志などある訳が無い。ハイパーセンサーで握る柄を見ればソコには鈍色の弾丸が柄先に命中している。ルアナを見れば銃を握る右手の上にナイフを握っていた左手が在る。

 直感、理解、自身からは見えない軌道で射出された陰の二発目。その二発目が、柄に命中している。理解してからでは遅い。

 柄を放さなければ、腕がつられてしまう。けれど柄を放せば攻撃と防御の手段が皆無になる。

 選択肢など、最初から存在している訳がなかった。

 

 一夏の世界に色が戻る。

 銃声と共に弾かれた一夏の腕。同時に歯を食いしばり一夏は集中する。更に深く、深く、深く!

 世界はもう一度色を失う。

 釣られた腕のまま大きく動く事は不可能であるが、最小限の動きでならば回避は可能だ。

 一夏はルアナを睨む。淡い緑の粒子を撒き散らしながら、ルアナは動いた。その動きが変であった。まるで散歩に行くように、ダンスのステップでも踏むように、軽やかに、楽しげに、ルアナは一夏へと微笑みながら近寄っている。

 一夏の感覚で引き伸ばされた色の無い世界で、彼女だけが唯一色を含み、そして自由に動いていた。

 

 マジかよ。

 一夏の頬にねとりと汗が伝う。毛穴の一つ一つを犯す様に、粘性の高い水が這う。

 フワリと一夏の前に来たルアナはやはりニコリと微笑んでいてその手を一夏の顔へと向ける。

 

「ッ!」

 

 色が世界へと戻り、一夏の腕が振られる。一夏の腕は空を切り、冷や汗が仮面の奥で顎に到った。

 呼吸を荒げている一夏を冷たい瞳で見ているルアナ。その距離は銃弾を放った距離と変化は無い。

 虚空を切り裂いた一夏に対してルアナはクスクスと冷笑を浮かべる。

 

「幻想でも描いたのかしら?」

 

 幻想? そんな事はありえない。ハイパーセンサーに認知されたのだからソレは物理量を持った存在に違いは無い。或いは一夏自身が見た幻影であったのか。それならば触れられた胸に感触など残る訳がない。

 白黒の世界で色を持った彼女は確かに一夏の目の前に居たのだ。その軽やかな足取りが量子転移ではない事を証明している。

 けれど、しかしである。振るった刃は確りと色のある彼女を捕らえた。確かに刃は彼女に当たった。一夏の感じ取った現実はそうなのだ。

 だが、真実はまったく違う結果だ。まるで白昼夢を見たように、蜃気楼にも似た真実。

 

「何をしたんだ?」

「さあ? 自分の世界に閉じこもった人にはわからない事よ」

 

 瞬時加速を利用して一夏はルアナへと接近する。ルアナはまるでソレを分かっていた様に同時に後ろへと加速する。けれど、その速度は【白式】のソレよりも圧倒的に遅い。

 後退しながらも銃が火を噴出す。自身の加速と銃弾の速度を掛け合わせ一瞬とも言える合間に一夏はまた白黒世界へと入り込んだ。

 無色透明の螺旋の歪みを回避し、攻撃範囲に彼女を捕らえる。色の無い世界で唯一色を保持をしている彼女に刃を滑らせる。

 身体に極光が押し付けられ、ゆっくりとその身を喰いちぎっていく。切れ味の良過ぎる極光は感触すらも伝えず、振りぬいた所で彼女は微笑んだ。

 瞬間、一夏の視界は淡い緑色へと染まった。一つ一つを視認すればまるで花弁が突風で散る様で。一夏は自身の瞳を守る様に腕で視界を塞いだ。

 

「そんな所で何をしているのかしら?」

 

 聞こえた声は後ろからだった。

 振り向き、刀を振るおうと腕を動かすが、その腕が掴まれる。

 深い青の瞳がジトリと一夏を見つめた。

 

「今のでハッキリした。 アナタがソコに居る限り、永遠に私には勝てないわ」

 

 ハッキリとした宣言。一夏はその言葉に目を見開きも出来なかった。驚く事すら出来ない、事実だったからだ。

 斬っても斬れない相手にどう戦えばいいのだろうか。戦い、そして勝たなければ彼女は人間に戻る事すら出来ないのだ。

 

 

 

◇◆

 

 

「いやぁ、ルーちゃんも凄いことしてるなぁ」

 

 ディスプレイに映された映像を見ながらケラケラ笑って束がそうボヤいた。

 対してその後ろで手に汗握りながら二人を見ている三人が何が起こっているのかサッパリ分からなかった。銃弾を両断したと思った一夏が突然慌てた様にその場で斬り返したり。バーニアを吹かせて接近を試みていた一夏が隣を通り過ぎているルアナを見失い刀を振るう。ドチラも誰も居ない虚空にだ。

 

「一体、何が起こってますの?」

「別に、何も特別な事は起きてないよ。ただ当然の事を特別に見せているだけ。凄さで言えばいっくんの《雪片》の方が凄いよ」

「当然の、事?」

「そうだよ? 量子テレポートの基礎部分に過ぎないことをやっているだけ。尤も、ルーちゃんにとってソレが当然の事であって、極々一般的な私に認知される事の無い存在にしては随分と常識離れしている事なのかもしれないけれど」

 

 画面内でナイフを巧みに操り一夏の猛攻を難なく防いでいるルアナを身ながらやはり束はケラケラ笑ってみせた。

 対して一夏の世界を理解する事の出来ない三人は頭に疑問を浮かべるしかない。ソレは当然だ。自身の感覚を削り取り、色さえも失った世界など理解出来る訳がない。

 

「いっくんは【白式】によって時間間隔を無理に引き伸ばしてるんだけど、まあこの説明はいいや。所詮は感覚の話だし。実際に時間を停止して動いている訳でもないし。そもそも時間停止なんて能力を発現したとしても空気も固まっている訳だからソレは理論的に可笑しいんだよねぇ。動ける、という事は周囲に時間停止が関わっていないという事の証明であり……おっと、話が脱線しちゃった。

 例えば時間を引き延ばしたとして、世界はどうなるのか。何も変わらない、っていうのが答えなんだけど。人間が見ると別になる。時間間隔を延ばす、なんて事はそれこそ超常現象だから出来ない。いっくんがしている事は情報処理の緻密化と言ってもなんら問題は無い事なんだよ。ほら、戦いの途中で世界が緩やかに感じるじゃない? いっくんはその世界に自由に入れると思って貰っても構わない。

 さてさて。さっきも言ったけれど、科学的に証明してしまえば脳が普段よりも度を越えて情報を取り入れている訳だから時間間隔が延びて感じてしまう。そんな大量の情報を常に脳が処理出来るか、しかもハイパーセンサーによってより精密な情報をだ。 だからこそ【白式】といっくんは大量に得た情報を削った。見ている限りは、匂い、音、味、後は色かな? その情報を削った世界がいっくんの世界なんだけど、何か質問はあるかな?」

 

 果たしてソレはすんなりと理解出来る事なのか。もしもそんな世界に自由に入り込む事が出来るのならば、どれほど戦闘を有利に進めることが出来るのか。

 同時にどれほどの自身を捨ててその世界に身を置いているのか。理由などたった一つしかない。目の前の敵を倒す為でしかない世界だ。

 

「あ、あの、話だけではよくわからないのですが……」

「はぁ、まったく。これだから金髪は嫌いだよ。そのロールは本当にクロワッサンでも意識しているのかな?」

「……」

 

 本当に嫌そうにそう言ってのけた束にセシリアは何も言い返さなかった。決してその通りであるから言い返さなかった訳ではなく、言い返した所で、反応を示した所で意味の無い事は既に体験した事だからだ。

 

「まあこの茶番が終わってからいっくん本人に聞けばいいよ。私が態々中身の詰まってない頭の為に何かを言う理由にもならないし。

 さて、いっくんの世界。きっとモノクロの世界。白と黒、あとは灰色の世界の中で【色】が存在すればどうなるのか。まあ目立つよね」

「ルアナはソレをしている……」

「ピンポーン。大熊猫ちゃん大当たりー。自身の情報を粒子へと変換して、宙に漂わせる。量子転移は流石お手の物だね。

 いっくんの世界は極力情報を削った世界だ。けれどその中でも分かる程ハッキリとしたエネルギーを持った粒子を漂わせればどうなるのか。【白式】はソレを危険物だとして警告も含めて色を含めて情報を処理してしまう。いっくんはその情報から色を認識してソレをルーちゃんだと認識する。結果は見ての通り」

 

 画面の中では一夏がルアナの攻撃とはまったく別の位置を防御し、容易く蹴り飛ばされている。束の話の通り受け取るのならば一夏に唐突に現れる幻影に惑わされているに過ぎない。

 

「ああ、本当に……

 

 ()()()()()()()んだからエネルギーを使うことの意味を理解している筈なのに凄いことをしてるなぁ」

「……え?」

「だって、今のルーちゃんはISコアのエネルギーで動いているだけの肉体なんだよ? エネルギーが無くなればコアの起動が停止して肉体を保つ事も出来る道理はないよねー」

「ちょ、ちょっと待ってください。バーネットは人間なんですか?」

「うん。ソレがどうかしたのかな?」

「篠ノ之博士は先ほど一夏さんと戦う事でルアナさんは人間に成れると言ったではありませんかっ!」

「うん。言ったねー。いっくんにもそう言ったよー」

「ルアナは、今、人間……」

「うん、そうだねー。正真正銘、君達と同じ様に肉体を保持したヒューマンだよ。違う所があるならISコアでどうにか生きている状態である、って事ぐらいかなぁ」

「どう、して」

「んー? ルーちゃんが人間に戻っている事なら私がそうしたからだし、別に手段が一つだとも言ってない。どうして戻したか聞かれるなら気紛れかも知れないねー」

「そんな……この事を一夏さんは」

「知る訳ないねー。いっくんはルーちゃんを人間に戻すっていう大義名分で戦っている訳だし」

 

 ケラケラと嗤う束を見て鈴音の足が動く。その事を見越したようにパチンッと束に指が弾かれた。同時に強制展開された三人のIS。唐突に展開されたISに驚きを隠すことの出来ない三人を見ながら束は溜め息を吐き出した。

 

「オイオイ、私は言っただろう? 手出しも口出しも絶対に出来ない、って。君達はソレを了承したんだから、守る義務が必要だ」

「アンタ……それで一夏が喜ぶとでも思っているの!?」

「喜ぶ。先を見据えた結果を言えば、彼は達成感を得る事が出来るし、私も目的を達成する事が出来る。ついでに私のエネルギー理論が正しい事も証明されてエネルギーの枯渇問題も解決される。クソみたいな人類もこの地球も皆ハッピーになる。何か間違いがある?」

 

 鈴音の叫びに対して何を言っているのかさっぱり分からない様に頭を緩やかに振ってみせる束。

 箒は自身が動かない事を確認し、小さく舌打ちをして姉を睨んだ。

 

「やだなぁ、箒ちゃん。そんな怖い目で見ないでよー」

「バーネットはその事を知ってるんですか?」

「知ってるよー。私の目的に感づいてるのはソレこそちーちゃんと彼女ぐらいじゃないかなー?」

「違います。人間になってることです」

「知ってるに決まってるじゃないか。これでも研究者の端くれなんだからキチンと実験対象には結果を伝えるさ」

 

 ならば、どうしてルアナは一夏と戦っている? 欲求の為だけならば後に送ればいい。もっと言うのなら、束の思惑に気付いているのならば、ソレに乗らなければいい。

 箒の背筋がゾクリと震えた。同時にルアナがシャルロットを刺した理由を理解してしまった。

 

「人質……」

「当たりー。さすが私の妹だね。 あの金髪の女の子、シャルロットちゃんだっけ? ルーちゃんのお気に入りを最初はどうにかしてやろうかと考えたんだけど、ちーちゃんの監視下に置かれちゃうし、今は人が沢山いるから攫うにしても問題だ。

 その行動と一緒にルーちゃんはいっくんの心を逆撫でして一人で来るように誘導したんだけど、箒ちゃん達が付いて来ちゃった。私にとってソレは運が良かった、彼女にとっては悪かったんだけどさ。

 彼女の前に君達を出すと無力化されて、簡単に退避させられたかもしれない。まあ方法はわからないけど。

 なら私の取る行動は決まってる。箒ちゃん達を私の手の内に収める。恰も妥協をしている風を装えば疑念もわかない。あとは君達の存在を彼女に知らせればいい。それだけで彼女は雁字搦め。

 

 ああ、私はちゃんと箒ちゃん達に言ったんだよ?

 見る事は勧めないって。いっくんだけが通るのが彼女の望みだって。君達が身構える事までわかっていたって」

 

 箒達の鼓膜をやたらと揺らすケラケラとした嗤い声。もう既にどうしようも無い所まで自分達が入り込んでしまった事を理解した。理解した所で遅い。

 望むべきは一夏がルアナを倒す……殺す前にその刀を納める事ぐらいしかない。或いはルアナが一夏を徹底して無力化してしまうぐらいだろう。

 人に戻す為にルアナと戦っている一夏。既に人であるルアナは人質の為に戦うしかない。茶番。確かに、コレは束の言った様に茶番なのかもしれない。

 

 その茶番を仕組んだのは、紛れもない。篠ノ之束であるのだ。


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