ストライク・ザ・ブラッド 〜同族殺しの不死の王〜   作:國靜 繋

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観測者たちの宴4

絃神島内で最も安全といえたであろうキーストーンゲートは、現在絃神島内で最も危険な場所になっていた。

二人の”旧き世代”に真祖を上回る力を持っている吸血鬼が独り。

余程の自信家か自殺志願者でもない限り、この三つ巴の場に居合わせたくないだろう。

 

「はぁ……面倒なのが来たなぁ」

 

ダアトはあからさまに嫌そうな顔をしながら、ヴァトラーに聞こえる声でつぶやいた。

自他ともに認める戦闘狂がこんなところに来て、はい、そうですかといって、大人しく傍観してくれるはずがない事は分かり切っている事だ。

それに態々こちらまで出向いて来たということは、狙いは間違いなくジリオラとの闘争だろう。

ジリオラの狙いは那月で、ヴァトラーの狙いはジリオラとダアトとの闘争、そんな中でダアトは、ジリオラを監獄結界の中に戻すために半殺しにしつつも、那月を守らなければならない。

それもこの場には、二人に分かたれた那月がそろっている。

他の脱獄囚が来ないとも限らない以上、そちらにも気を裂く必要がある。

そう言った事情がある以上、この中で一番ハンデを背負っているのはダアトだ。

他の二人は何も気にする必要も、守る必要のあるものもない以上、心置きなく戦えるだろう。

 

「そんなにいやそうにしないでくれよ、不死の君(ノーライフキング)。それにお目にかかれて光栄だよ、ジリオラ・ギラルティ。”混沌の皇女”の血に連なる氏族の姫よ」

 

「”忘却の戦王”の血族であるアナタが、ワタシの邪魔をするというの?」

 

ジリオラのその問いかけを待ち望んでいたかのように、ヴァトラーが笑った。

その笑みを見て、戦闘マニアであるヴァトラーが脱獄囚たちを狩りたくて仕方がないといった風にダアトは見えた。

 

「ここは我らが真祖の威光が及ばぬ、極東の”魔族特区”だよ。聖域条約に定められた外交使節としてこの地にいるボクが、人道的見地から、犯罪者であるキミの凶行を阻止する――なかなか良くできた筋書きだと思わないか?」

 

「ワタシたち監獄結界の脱獄囚を狩るのが、アナタの狙いだったということかしら?」

 

ようやくヴァトラーの目的を察して、ジリオラが刺々しく目を眇める。

 

「狙いはそれだけじゃないだろ、ヴァトラー」

 

「さすがにアナタは気づきくよね」

 

ヴァトラーは嬉しそうに笑っているが、ダアトは顔を顰めた。

ヴァトラーの真の狙いは、監獄結界の脱獄囚たちとの闘争だけでなく、ダアトと戦うことにある。

そして、それがいま最もかなう三つ巴状況だ、ヴァトラーが喜ばない訳がない。

 

「でもアナタと殺し合えるなら全快の時が良かったよ。ボクはこう見えて手負いでね。リハビリにつき合ってくれる相手を探していたんだよ。まさかそこにアナタがいたのはボクとしても本当に予想外で嬉しい限りだよ」

 

ヴァトラーは無邪気な子供のように喜んでいるが、ジリオラはうっすらと汗を浮かべつつ、右手の鞭を荒々しく足元を叩きつけた。

 

「とんだ食わせ者ね、蛇遣い……だけど、あなたにワタシの眷獣が斃せて――?」

 

その瞬間、ダアトによってジリオラの支配下から解かれて、倒れていた特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たちが、立ち上がると一斉に武器を取りヴァトラーとダアトへと向けた。

その数は総勢百六十名以上。

これだけの銃口から狙われたら、どんな魔族でも完全に避けることは不可能だ、が何事にも例外が存在する。

 

「アスタルテ、那月を頼む」

 

命令受諾(アクセプト)

 

「那月もあの子の言うこと聞くんだよ」

 

那月の背を押しアスタルテの方へと行かせた。

特区警備隊(アイランド・ガード)から向けられている銃口など目に入っていないかのような振る舞いでいるダアト。

ヴァトラーも特別表情を変えるようなこともなく、右腕を掲げて、軽く指を鳴らしただけだ。

しかしダアトと違ったのは、

 

「――”娑伽羅(シャカラ)”!」

 

海蛇にも似た姿を持つ眷獣を出したことくらいだ。

ヴァトラーを取り巻くようにして実体化した眷獣は、巨大なビルの谷間に屹立するその姿から、現実離れした圧倒的な威圧感があった。

その眷獣が、ジリオラに操られている軍勢に対して躊躇せず攻撃態勢に入った。

 

「正気なの、ディミトリエ・ヴァトラー!?こいつらはワタシに操られているだけなのよ!?」

 

「……だから?」

 

心底不思議そうな表情で、ヴァトラーは嘲笑混じりに訊きかえした。

巨大な海蛇が、自らの肉体を超高圧の水流へと変えて特区警備隊(アイランド・ガード)を襲おうとした時だった。

ヴァトラーは不意に冷気を感じ取り身震いした。

いくら夜だからといって、絃神島は実質夏の終わることのないと言って良い立地条件だ。

そんな絃神島で、身震いするような冷気を感じるのは可笑しいとヴァトラーは思ったが、原因は直ぐに分かった。

特区警備隊(アイランド・ガード)に襲い掛かっているヴァトラーの海蛇に似た姿を持つ眷獣の前に、絶対零度の冷気を纏った氷の龍が立ちはだかった。

超高圧の水流の海蛇と絶対零度の氷の龍が激突すると、激突している境から超高圧の水流によって、路面のアスファルトは砕け散り、絶対零度の冷気にとって、路面のアスファルトは凍りついていた。

 

「……まさか、アナタの方から邪魔をしてくるとは思わなかったよ」

 

「俺もあまり関わり合いになりたくないんだけどね。下手に隊員たちを殺されると、後で俺が怒られるからね……」

 

超高圧と絶対零度の激突の中、二人は悠々としていた。

 

「ワタシを無視して余裕ね」

 

ジリオラが深紅の鞭を地面に叩きつけた。

見方を変えたら相手に在れずに癇癪を起しているようにも見えるだろうが、そんな無意味なことをするわけもなく、操られている隊員たちがダアトとヴァトラーに向けている銃の引き金を引いた。

対魔族用に特殊加工を施された呪術弾が轟音を立てながら放たれた。

しかし再度放たれた呪術弾はダアトに触れることなく、燃え散らされた。

ダアトの全身から放たれている”青い炎”によって。

青い炎、『憤怒の煉獄』を全身から発し纏っているその姿は、まさに神話に出てくる鬼神の姿そのものだった。

 

「何かしたか?それよりも何を遊んでいる、さっさと決着を決めろリヴァイアサン」

 

超高圧の水流と絶対零度の互角に見えていたせめぎ合いだったが、ダアトの声に反応すると同時に纏っていた冷気の出力が上がった。

温度そのものは絶対零度である以上、下がる訳ではないがその冷気の影響範囲が広がったのだ。

その変化は直ぐに表れた。

水流へと変わったヴァトラーの海蛇に似た眷獣が、『嫉妬の陰府怪火』と激突している部分から徐々に凍りだし始めた。

超高圧の圧力によって凍っては凍った面が吹き飛ばされているので、一気に凍らせることは出来てはいないが、確実に凍りだした。

それでも両者、未だ本気を出さず手加減している。

むしろ、この場に那月とアスタルテ、浅葱とサナが居る限り広範囲に影響を及ぼす攻撃はできない。

特にダアトの場合、那月とサナの両方を死守しなければならないため、下手に隙が出来てしまう恐れのある大技を使うことが出来ないでいた。

 

「これ以上はまずいね」

 

せめぎ合いで引いたのはヴァトラーの方だった。

ヴァトラーの眷獣は超高圧の水流で氷を砕き潰し元の姿へと戻り、ヴァトラーに取り巻くようにしていた。

行き場を失った『嫉妬の陰府怪火』の冷気は、守っていたはずの警備隊員へと襲い掛かった。

操られている所為で、感覚がないのか、それとも逃げ出せないのかは分からないが、絶対零度の冷気に当てられながらも逃げ出そうともせず、一瞬の間もなく氷の彫刻のようになった以上、例え逃げ出そうとしたとしても逃げられなかっただろう。

 

「アナタ何やっているの!!殺されたら困るって言っていたのに!!」

 

「確かに殺されたら困る、が俺は殺してはいないよ」

 

慌てて様子でダアトに訊いたジリオラはさらに驚愕した。

一見氷漬けにして殺したように見えているが、実際は生きている。

いや生きているというのは、隊員たちの状況は微妙だ。

何せ細胞単位で瞬間的に冷凍され、眠っているのだから。

所謂コールドスリープの冷凍タイプだ。

即席である為きちんとした処理をしないと後遺症が残る恐れがあるが、死ぬよりかはましだろうとダアトは思っている。

 

「それより、もう終わりかい?第三真祖の氏族の実力がこの程度だとしたら、期待外れだヨ。まあ、他に楽しめる相手がいるからいいんだけどね」

 

「……ええ、大丈夫よ。安心なさって――あなたに落胆する余裕はあげないわ!」

 

満足げな笑みを浮かべているヴァトラーに対して、ジリオラは菫色の髪を振り乱して、吼えた。

鞭の眷獣――ジリオラの”意思を持つ武器”が狙っていたのは、彼女の頭上に浮かぶヴァトラーの眷獣と、氷の彫刻と成り果てた隊員たちの前に居るダアトの眷獣だ。

ジリオラの手元から無数に枝分かれした茨の鞭が、巨大な海蛇と氷の龍の体に絡みつく。

 

「なるほど……キミが操れるのは人間だけじゃないというわけか……」

 

眷獣の制御を奪われた事に気づいて、ヴァトラーが薄く微笑んだ。

今まで見せて来た上っ面だけの笑顔ではない、本当に満足けな微笑。

獰猛な翳りを含んだ、危険な笑みではあるが。

 

「思い知れ、蛇遣い、不死の君――”毒針たち”よ!」

 

残酷な笑みを浮かべていたのは、ジリオラも同様だったが、その言葉には在る感情が多分に含まれていた。

純粋な火力だけならば、この場でジリオラが最も低い。

だからといって、低い=弱いというわけではない。

むしろ吸血鬼の中から見ても、ジリオラは十分強い部類に入るが、比較する相手が悪かった。

”旧き世代”でも屈指の戦闘狂であるヴァトラーに、世界に喧嘩を売るような最悪の吸血鬼(ロリコン)であるダアト。

この場に同じ吸血鬼でありながら、先ほどの眷獣同士のせめぎ合いに自分の眷獣では一瞬たりとも持つことができず吹き飛ばされてしまうと自覚してしまい、”嫉妬”してしまい、その眷獣二体の支配権を一時とは言え手に入れたことで、ジリオラは慢心してしまっていたのだ。

そして”嫉妬”に対して『嫉妬の陰府怪火』が反応しないはずもなく喰らい尽くそう思っても、ダアトという絶対的支配者に乗りこなされている間は喰らうことも出来なかった。

その支配者が、一時とはいえ変わった。

ジリオラは、如何にダアトの持つ眷獣が危険であるかを知らなかったのも原因の一つだろう。

何よりも『嫉妬の陰府怪火』にとって、嫉妬は大好物であり、それは生物全般にいえる欲求とも本能ともいえるものだ。

ダアトだからこそ、眷獣たちは支配者だと認めていたがジリオラはそれにふさわしい相手であるはずもなく。

 

「『嫉妬』だ!オレの大好物の『嫉妬』の臭いがしやがるぜ!!」

 

ジリオラの”意思を持つ武器”の茨に絡め取られていた『嫉妬の陰府怪火』が、自分の意に反して勝手に動き出したこと、さらに言語を発したことに驚いていた。

 

「全部!、全部燃え散らして喰ってやる!!ギャハハハハ!!」

 

『嫉妬の陰府怪火』は、嫉妬の臭いの源であるジリオラへと襲い掛かった。

 

「全く、堪え性の無い奴だな。だが、まあいいか……」

 

『嫉妬の陰府怪火』によってジワジワと凍らされていくジリオラを見ながらダアトは呟いた。

ジリオラもこのままではまずいと、頭で理解するよりも早く体が反応したようで、身体を霧へと変化させ体制を立て直そうとした。

それを阻んだのは、ダアトの眷獣ではなくヴァトラーの眷獣だった。

 

「あなたも人が悪い、殺るならさっさと殺してあげればいいものを――」

 

身体を実体化させたジリオラは、真紅の蜂の群れに襲われているはずのヴァトラーが無傷の状態で居ることに驚愕の表情を浮かべた。

ダアトの眷獣が特殊だったとしても、未だヴァトラーの眷獣の制御はジリオラが握っており、絶対に逃げる余地のない無数の眷獣による一斉攻撃をした。

なのに何故、と疑問が尽きないようすのジリオラだが、自分が制御していたはずのダアトの眷獣が勝手に動き出したことによる、イレギュラーな事態に視野が狭くなり全体を見渡せずにいた。

 

「おもしろい眷獣を持っているな」

 

「あなたの程じゃないけどね」

 

ヴァトラーの頭上に出現している、漆黒の渦のような眷獣をダアトは見上げていた。

漆黒の渦が、空一面を真紅に染め上げていた蜂たちを、片っ端から呑み込んでいるさまは壮観だった。

 

「眷獣……!?まさか!?」

 

ジリオラもやっと漆黒の渦の存在に気付いた。

ただ、その漆黒の渦の正体が、絡み合いもつれ合う何千もの蛇の集合体だと、果たしてジリオラは気づいたのだろうか。

ダアトでさえも目を凝らさなければ、見えづらい程の数だ。

 

「このボクに、こいつを召喚させたのは流石だよ。ジリオラ・ギラルティ。ただ、ボクとしてはアナタとの戦いの時に使いたかったんだけどね」

 

ヴァトラーは満足げにしかし、その深紅に染まった碧眼はダアトを見据えていた。

 

「こちらの手も見れたから、お前だけ手の内を曝さないのは不公平だろ?それに俺の力はお前の所の主様が知っているだろ?」

 

「はははははは、確かにそうだね」

 

何気ない会話をしているヴァトラーとダアト、そしてこの三つ巴の中でジリオラだけが追いつめられていた。

如何に”旧き世代”、第三真祖の氏族の姫、クァルタス劇団の歌姫など持て囃されたとしても、相手が悪すぎた。

自棄になったジリオラは、真紅の鞭を放とうとした時だった、空中に漂うヴァトラーの新たな眷獣が、ジリオラに降り注ぎ喰らいついて来た。

無数に枝分かれした”意思を持つ武器”を喰らった、それを握りしめているジリオラの腕ご――

 

「ああああああああああ――っ!!」

 

右腕を半ばまで喰いちぎられた、ジリオラが絶叫した。

 

「ははっ、まだ生きていられるのか。さすがは”旧き世代”だ。素晴らしいよ――」

 

「あまり子供にスプラッタなものを見せるなよ」

 

口ではそう言っているダアトだが、またしても霧となって逃亡を図ったジリオラを、傍目から見ても分かるほど膨大な呪力を練り込められた足で踏みつけていた。

今の現状から次に起きるであろう残酷な未来を想像するのは難しくなく、浅葱もそれを悟ってかサナの目を覆っていた。

これ以上の惨劇を、幼い彼女に見させるわけにはいかない。

優しい子だなと、幼くなっている那月と知らないでやっている行為だとしても、結果的に那月のためになることをしてくれている浅葱を視界の端に留めながら、ダアトはそう評価した。

 

「さて、後はお前だけだな。ヴァトラー」

 

「ボクもアナタが相手なら全力が出せそうだ」

 

特区警備隊(アイランド・ガード)は氷結し、アスタルテも疲労の色が若干見え始めている。

現状この二人が本気でぶつかれば、誰にも止めるすべはない。

濃密な妖気がぶつかり合い、溢れかえりそうになり浅葱やサナ、那月やアスタルテさえもが息苦しさを感じ始めた。

その時、この場の誰もが知る声が、響き渡った。

奇しくもこの声の持ち主が、彼だったために最終決戦さながらなことが起きずに済んだのは皮肉といって良いことだろう。

何せ、監獄結界から脱獄囚を出したのは他でもない彼の肉体が操られていたからなのだから。

 

「やめろ――――ッ!!」

 

その瞬間、この場を満たしていた妖気が嘘のように消滅した。

降り注ぐ月光が照らし出したのは、過酷な使用に耐えかねて、ところどころ白煙を噴きだしている自転車と、それに跨る暁古城だった。




とりあえず、リメイクは一旦置いておくことにしました。
他の2作品も同時進行だとかなりきついです……

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