ストライク・ザ・ブラッド 〜同族殺しの不死の王〜   作:國靜 繋

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蒼き魔女の迷宮2

痴漢をした中年男性を警察の方に引き渡した後、岬は一旦学校の方に戻る事に為ったが、那月の方は引き続き警備の方に当る事に為った。

それからは、毎年のように拘束術式を解除された。

全身が闇色の何かに変わると、顔が落ち、両手が抜け落ちるとそれさらは真っ赤な血へと変わり果てた。

全ての血が、蝙蝠や百足などの姿へと変えると、ダアトがいた場所を中心に列を成すように絃神島全体を死角が無いように、ばらけさせられる。

この時期は、毎年那月と離ればなれになる時間が多いからあまりダアトとしては好きではない。

祭りを那月と周ることが出来ないのも大きな要因だ。

 

「俺としては一緒に回りたいんだけどなぁ……」

 

どの姿の個体が言ったのか定かではない程細分化したダアトは、街全体へと散らばって行った。

 

散って行った個体たちが見る景色は、どこもかしこも賑わっていた。

展覧会などのイベントの準備に、町内会主催の屋台の準備など様々だ。

 

『まったく楽しそうにしやがって人の苦労も知らずに』

 

上空から見下ろす一匹の蝙蝠と化したダアトは、毒づきながらも人々が笑い楽しんでいる空を羽ばたいて行った。

しかし、その時のダアトは既に禍々しい存在が近づいて来ている事に感じ取っていた。

 

 

 

月齢九。

上弦を二日ほど過ぎた膨らみかけの半月が、南西の空で眩く輝いている。

”魔族特区”の夜は長い。

魔族の多くは夜を好み、それゆえに、飛びぬけて魔族人口の多いこの町では、多くの飲食店や娯楽施設が夜明け近くまで営業を続けているのだ。

一方で、そんな街の喧騒を少し離れれば、星の光さえ届かない夜の海が、島を取り囲むように広がっている。

外洋の荒波が人工的に作られた岸壁へと絶え間なく打ち寄せ、冷たい飛沫を散らす。

白く弾けた波頭が、月光を浴びて銀色に輝いている。

闇と光。

揺らめくベルベットのような海面に嘲笑うような歪な声が響き渡った。

 

「相変わらずここは醜い街ね、お姉様」

 

声の主は、赤い装束をまとった女だ。

異国の踊り子を思わせる露出度の高い衣服。

扇情的なガーターストッキング。

そして魔術師のローブを連想させる長い頭巾。

全てが血の様な日色で統一されている。

見た目の年齢は二十歳前後。

服装だけなら娼婦の様にも、あるいは後姿だけなら尼僧のようにも見えるかもしれない。

しかし、彼女たちが漂わせる禍々しい雰囲気を一言で端的に表すならば、魔女――と言う呼び名こそがふさわしい。

 

「ええ、本当に」

 

緋色の女の呼びかけに答えて、もう一つの声が艶めかしく笑う。

そちらの女は漆黒だった。

鍔広の三角帽子をかぶって、闇色のマントを羽織、ボンデージ衣装の様な黒革のライダースーツで、全身をくまなく覆っているのだ。

艶めかしい体のラインがくっきりと浮かびだして、ある意味、裸よりもエロティックな雰囲気を漂わせている。

そんな彼女の姿もまた、魔女としか表現できないものだった。

緋色の魔女と漆黒の魔女。

二人は夜の海面を悠然と歩いて、絃神島の人口の大地へと足を踏み入れる。

その直後、眩いサーチライトの光が、彼女たちの姿を暴力的に照らし出した。

海岸沿いの道路を埋め尽くしていたのは、武装した機動隊の群れ。

彼らの盾には護身用の魔法陣が刻まれ、携行している銃器には対魔族用の特殊暖冬が装てんされている。

特区警備隊(アイランドガード)の密入国阻止部隊。

その任務の性質上、強力な武装と豊富な実戦経験で知られた精鋭たちである。

そして、その密入国阻止部隊の最前列中央、盾で作られたバリケードの外に一人だけ人が居た。

正確に言うならば人ではなく、吸血鬼。

特区警備隊(アイランドガード)の面々が最も嫌い、最も信頼するに値する最悪の吸血鬼だ。

魔女たちは、警備隊員たちを蔑むように眺め、ダアトにだけ警戒心を向けた。

 

「興ざめと思っていましたけど、存外楽しめそうですわねお姉さま」

 

「十年ぶりに私たちが帰還したのだから、私としてはもっと華々しく出迎えていただきたいものですけれど、最悪の吸血鬼に出迎えられてそれを言うのは我儘と言うものですよね」

 

口々にそう呟きながら、二人は市街地の方へと歩き続ける。

自分達に向けられた銃口の存在は歯牙にもかけない傲慢な態度、しかしダアトから向けられる多くの視線には、異常なまでの警戒心を向けていた。

ダアトは言うと、姿こそ人の形を取ってはいるが、実態は全身は闇に染まり目は真っ赤に染め上がり、全身からも眼球が浮かび上がっている。

その全ての眼球が見据えているのは、二人のババアたちだ。

無駄に発育した体には、一切の興味を持たないがその服装を那月とアスタルテが着ていたらどんなに良い事かと、闘争心の中に妄想を持っていた。

特区警備隊(アイランドガード)たちは、真面目に仕事に取り掛かっている中、不謹慎な事を考え続けているダアトだが、早く狩りがしたくて仕方ない趣だった。

那月が居たら、そちらに従ったのだが現在那月と連絡が取れない。

原因は不明だが、那月の最後に下した命令に従い密入国者を、捕縛(処刑)しに来ていた。

警備隊の方も、武器の安全装置(セーフティ)を解除しながら、拡声器越しに警告を発した。

にもかかわらず、魔女たちは冷ややかな嘲笑を絶やさない。

 

「愚民どもが騒々しいこと」

 

「せいぜい愉しませていただきましょう」

 

分隊長がカウントダウンを続け、約束の時間が過ぎても、二人の魔女は歩みを止めない。

一瞬だけ苦々しい表情を歪めた後、無感動な口調で分隊長が叫ぶ。

 

『撃て!!』

 

闇の中に青い火花が散った。

無数の銃声が一体となって、雷鳴の様に大地を揺るがした。

撃ち放たれた弾丸の雨は、しかし魔女たちに触れる事はなかった。

海面を割って飛び出してきた巨大な触手が、彼女たちの盾となって、飛来する銃弾全て受け止めたからだ。

触手の直径は最大で百五十センチほど、長さに至っては見当もつかない。

イカなどの頭足類の肉体を連想させる、半透明の触手である。

それらは蛇の様にうねりながら次々に数を増やし、魔女たちの姿をすっぽり覆い隠していくのをダアトはただ見ているだけだった。

この程度なら、別段自分が動かなくても、”まだ”対応できる範囲だと判断したからだ。

中にいる二人の様子が見えない事だけがダアトにとって気がかりではあったが。

しかし、ダアトは判断が誤りだったと早くに気が付いた。

警備隊の連中は、統制がとれず各々各自の判断で銃を乱射しているのだ。

それでは、倒せるものも倒せるはずがない。

一人、また一人と銃の弾が切れるものが出始め、遂に弾幕が途切れた瞬間、触手が反撃に転じた。

巨大な無知と化して伸びる触手が、隊員たちを次々と薙ぎ払いながらダアトにも迫って来た。

ダアトは、迫り来る触手を無造作に右手で掴んだ。

掴んだ触手は、暴れるが握力と腕力だけでねじ伏せた。

一本を掴まえると他の触手たちもダアトの危険性を理解したのか次々とダアトを目掛けて全ての触手が襲い掛かってくる。

ダアトは、背中から”何か”で出来た腕を背中から作り出した。

その腕は、至る所に眼球が生えており、その眼球を見るとただただ恐怖心しか持つことが出来なくなる。

迫り来る触手に対し、今まで一歩たりとも動いていなかったダアトが動き出した。

それと連動するように、背中の腕たちが勢いよく動きだし触手に触れた途端、触手たちは切り裂かれた。

 

「どうした、この程度か?もっと俺を楽しませろ」

 

本来あの二人の魔女が使役する使い魔は、普通の人間が使役できるレベルを超えている。

吸血鬼の眷獣に匹敵しうる程の化け物だ。

不老不死の吸血鬼でもない限り、こんな怪物を召喚すれば、たちまち術者の生命力が枯渇して絶命する筈だ。

だが、抜け道が無い訳では無い。

人間の姿でありながら、高位の吸血鬼に匹敵する”程度”に強大な魔力を得る方法。

己の魂と引き替えに、悪魔の力を得られた者。

すなわち、魔女――

だが、それでもダアトには遠く及ばない。

その程度の力では、世界と戦争をした戦力と戦えるはずがない。

そんな時だった。

一応という事で、渡されていたイヤフォンから緊急通信が入って来た。

 

『術紋を人工島管理公社の犯罪者登録情報(クリミナル・データバンク)と照合完了。高確率で一級犯罪魔道士”メイヤー姉妹”と推定。所属はLCO第一類”フィロソフィ”』

 

「メイヤー姉妹?どっかで聞いたような気がする名前だな……」

 

ダアトは、メイヤー姉妹と言う名前を聞いた記憶はあるが、どんな奴らだったかは記憶にはなかった。

ダアトに結果的に見たら守られていた分隊長は絶望に声を震わせていた。

メイヤー姉妹とは、かつて北海帝国領アッシュダウンで危険な魔術儀式を敢行し、州都一つを焼失させる大災害を引き起こした国際魔導犯罪者だ。

そして彼女たちは、十年前にもこの絃神島に現れ、大災害を出したことがある。

彼女たちの起こした災害が、大災害程度に収まっているかと言うと、ひとえにダアトの所為だ。

ダアトの起こした、戦争は一種の災害と認識されている。

それと比べると、あらゆる人的災害がどんなに酷かろうと、未曽有の大災害とはなり得ないのだ。

もし、ダアトが居なかったならば彼女たちが引き起こした出来事は、未曽有の大災害と認知されていただろう。

 

「御名答。私たちの事を、まだちゃんと覚えていて下さったのね。でも、彼は覚えていて下さらなかったのは残念だわ」

 

「そうね。でもご褒美はあげないとね」

 

漆黒の魔女が自分の本を掲げると、ダアト達の足元に亀裂が入り、その隙間から禍々しい瘴気が立ち上る。

 

「気持ちいなぁ。もっと、もっとよこせ」

 

溢れ出す瘴気に対して、シャワーでも浴びるかのようにダアトは悠然としていた。

我に返った分隊長は、部下たちに撤退の指示を出そうとした。

その時、地面から割って出現した新たな触手が、人工島の鋼鉄製の地面を引き裂き、現れた。

警備隊員たちに絡みつき引きずり込もうとした時だった。

未だ本格的に動かなかった、ダアトがついに動き出した。

 

「ほら、お前ら邪魔だからさっさと帰りな」

 

背中から出ている”何か”で出来ている腕たちで警備隊員たちに絡みついている触手たちを削り取る様に、切り裂く様にして開放した。

襲い掛かってくる触手は、腕力で引き千切り、メイヤー姉妹の元へ歩み進める。

 

「流石に、彼は一筋縄ではいかない様ですわね」

 

「そうね、オクタヴィア」

 

「でも、このまま彼の相手をしていたら私達では分が悪いですわね」

 

巨大な使い魔の触手もダアトの手によってその数を減らされたが、二人の身を隠すには十分の数だ。

メイヤー姉妹を今一度包み込んだ触手に、ダアトは腕を突き刺しそのまま引き裂くとそこには二人の姿はなかった。

 

「ちっ!!遊ぶんじゃなかった」

 

ダアトは、警備隊や触手の血がダアトの足元へと這いよって来たのを足から吸出し絃神市街の方へと振り返った。

撤退する警備隊の背中を見ながら、ダアトはその姿を崩し血溜まりに姿を変えると、そこから百足や蝙蝠が飛び立ち這い出していった。

血溜まりは、綺麗になくなり先ほどまでの戦いの後は、メイヤー姉妹によって引き裂かれた地面の後のみで、血の一滴も残ってはいなかった。




今年も最後なので、頑張って書き上げました。
では、皆さんよいお年を。
私は、就活ですがね……

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