食卓に並べられた料理の山は見る見る内に無くなって行く。もはや言葉を発する時間も惜しいといった様に女性達は料理を胃に詰め込み、男性陣は遠慮がちに料理を口に運んでいた。
「美味い! 美味すぎる! 今この時、私の体は主の愛よりもこの料理を欲しているぞ!」
「ゼノヴィア、それは問題発言よ。でも、その気持ち分かるわ! ああ、彼を教会に勧誘したいけど、そんな事したら教会全体が暴食の罪を犯してしまう!」
「……勧誘はお断りしています」
イリナ・ゼノヴィアの二人組と柳は協力する事にはなったものの、お互いにやり方があるという事で情報だけ交換し合う事で話がついたはずだった。だが、イリナが間抜けな事に活動資金を変な絵につぎ込んでしまい、再び柳の家で食事をとる事になったのだ。二人に話があるという事で訪ねて来た一誠と小猫、そして匙達も序だからと招待したのだが、後からやって来た女性も加わって食卓を囲んでいた。
「……美味しいです」
「ホント柳ちゃんってお料理上手だよね。あっ、マーボーカレーおかわり♪」
エクソシスト二人に負けないペースで食べ勧めているのは小猫。その横で楽しそうに笑っている魔法少女のコスプレ少女はセラフォルー。……一応魔王である、最も此処にいる者の中でそれを知るのは柳だけであり、言ったら面白そうだが面倒事にもなりそうなので彼は黙っている。そして、彼女らが満足したのを見計らい声を掛けた。
「それでなにか要件があったのでは? 私は皿を洗って来ますのでその間にどうぞ。アーシアさん、セラフォルーさん、手伝ってくださいますか?」
「あっ、はい。お手伝いします」
「柳ちゃんと食器の片付けなんて、まるで新婚さんみたい✩」
「……柳さんの妻は私。柳さんの妻は私。柳さんの妻は私」
皿を抱えた柳の後ろをついて行くテンションの高いセラフォルーと黒いオーラを放つアーシアの背中を見ていたゼノヴィアは、ようやく一誠達に話しかけた。
「それで、何の用だい?」
「ああ、聖剣の破壊に協力したい」
「そういえばセラフォルー…様と柳さんって何時出会ったんですか?」
「聞いてくれる!? ふっふ~ん、私と柳ちゃんの馴れ初めは二年前……休暇で人間界に来た私は人の入らない山奥でハイキングしてたの。そうしたら、何とかブレイバー!!って聞こえてきて赤いエネルギーの波動が私を飲み込んだの。力なく倒れてしまった私を介抱して、その上美味しい手料理までご馳走してくれて♡ その時感じたの.私とこの子は運命の赤い糸で結ばれてるって……きゃっ♪」
「……それから家を突き止められて、ちょくちょく訪問されてるんです。……ブレイバーに対してはノーコメントで」
「……はい」
顔を赤らめてイヤンイヤンと首を振るセラフォルーを他所に、柳とアーシアの脳裏にはとある人物が浮かんでいた。
「ぶるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 宴会場は何処だぁぁぁぁぁぁぁっ!! 八つ当たりの……ジェノサイドブレイバァァァァァァ!!」
「こ、これは! まさか宝具ですか!? ぜひ、エクスカリバーと交換を!」
「……落ち着かんか、腹ペコ王。剣は騎士の魂であろうが。まだあるから好きなだけ食うが良い」
「かたじけない、偽アーチャーよ!」
「……偽。いや、別に良いが、何だかなぁ……」
セイバーは熱々の唐揚げにかぶりつきながらそう叫ぶ。大粒の唐揚げはカリッカリの衣に覆われ、一口噛むと肉汁と旨みがジュワリと口の中に広がる。しっかりと熟成されたタレに漬け込まれた肉には濃厚な味付けがされており、既にご飯を八杯食べている。続いて彼女が手にとったのはチキン南蛮巻き。とある世界では取得経験値が二倍になる料理である。一口かぶりつくと口の中に甘酸っぱいタレと肉の旨味、自家製のタルタルソースに混ぜられた野菜の酸味が広がり、思わず笑みが浮かぶ。セイバーは普段の凛とした雰囲気はどこかへ行き、まるで年頃の少女のような笑みを浮かべていた。
「……我の偽物でありながら宝物庫に飯をしまうとは何事だ、と思ったが、まぁ悪くはない。この出来なら我が財に加えるのに相応しい」
「なぁに、気取ってるおるのだ英雄王よ。さっきからバカスカ食っておいて、今更格好付けるでないわ。それにしても貴様の酒は極上だが、この料理もそれに劣らん出来栄えよなぁ」
そう言いながらライダーは豚の角煮に手を伸ばす。あまりの柔らかさに箸で取ろうとすれば簡単に切れてしまい、何度かやってようやく取り皿に移す事ができた。一口口に含むと歯で噛み切る前に崩れ、甘辛いタレと豚肉の旨みが口いっぱいに広がる。すると隣に座っていたエネルがご飯を大盛りについだ丼をそっと差し出し、ライダーはそれに角煮を乗せると一気に掻き込む。濃厚なタレが米に絡み、豚肉・タレ・米の三種の味が見事に調和している。あまりの旨さに天を仰いだ彼の瞳からは涙が溢れていた。
「吾輩は世界征服の野望を抱き、今までやってきた。だが、今この瞬間はそんな事どうでも良い! 我が心にある言葉は、旨い!……ただそれだけである!」
「……くだらんな。王とあろう者が馳走の一つで涙を零したり、あまつさえ剣を手放すだと? やはり、この世に王は……ふむ?」
セイバーとライダーを見下したような目で見ていたアーチャーの視線がある料理に止まる。その料理を見た途端、サーヴァントには無い筈の食欲が刺激され、先程までかなりの量を食べたにも関わらず腹が鳴った。知らず知らずの内にアーチャーはその料理に手を伸ばし、大口を開けてかぶりついていた。彼がそのキツネ色の衣を噛んだ途端、カリッっという音と共に辺に刺激的な匂いが漂う。アーチャーは急に立ち上がり、われも忘れて叫びだした。
「ななななな、何とぉ! 一口噛めば口内に広がる辛味と旨み! 頭の先から足の先まで迸るこの衝撃はまさにスパイシー! 旨い! 旨すぎるぞぉぉぉぉぉ! このカレーパンこそまさに最高の至宝! 世界全ての宝に匹敵する、まさに究極の宝! このカレーパン。ただのカレーパンではないな!?」
「ヤハハハハハ! そのカレーパンの正式名称はマーボーカレーパン。そして、ギルガメッシュが出しているのがマーボーカレーだ! ……暗殺者共よ、貴様らも食うか?」
「是非にっ!!」
本来命令に忠実なはずのアサシンさえその匂いから発せられる誘惑に抗えず、王のあり方を問う筈の宴会はバーサーカーを除く残った全てのサーヴァントによる大宴会になっていた。
「……まさか気ままな英雄王どころかアサシンまで誘惑に勝てんとは……王よ、その料理を……はっ! 私は令呪を使ってまで何を!?」
「落ち着け、時臣どの」
普段の言葉使いも忘れ、綺礼は目の前の人物にツッコミを入れる。彼の胃はキリキリ傷んでいた。
「ぷっはぁ! 食った食った! それで、貴様らの正体は何なのだ?」
満足そうに腹を叩いたライダーは横で酒を飲んでいたギルガメッシュにそう尋ね、他の者達も彼の言葉に耳を傾ける。ちなみにアサシンはマーボーカレー最後の一杯をめぐり、壮絶な戦いを繰り広げていた。
「我らか? 青髪の筋肉ダルマが居たであろう? あいつが魔術師共が言う第二魔法の使い手でな。我は二十年後のアーチャーだ。ついでに言うと、異世界からやってきた。理由はこの馳走を作った部下に昔の我の強さを見せる為だ」
「第二魔法!? あのバーサ-カーもどきの脳筋そうな奴が!?」
その言葉にアーチャさえも固まる中、ウェイバーは分け与えられたマーボーカレーの食べ滓を口元に付けたまま立ち上がり叫ぶ。すると、後ろから現れたバルバトスが彼の頭を掴んで持ち上げた。
「どぅわれぇがぁ、のぉうきんどぅわってぇ? ……むぅん! 我の分が残っておらぬではなぁいかぁ! ……一発で沈めてやるよ!! 覚悟はできたか!? ワールド…」
「「落ち着け、馬鹿者!」」
バルバトスが怒りに震えて斧を振り上げた瞬間、その場にいた者達は世界が終わったような錯覚に囚われる。そしてバルバトスが一気に斧をふり下ろそうとした瞬間、無数の宝具と雷撃が彼を吹き飛ばした。だが、吹き飛ばされた先から後頭部をポリポリと描きながら平然と出てきた彼には傷一つ無い。その様子を見ていたライダーは豪快に笑いだし、三人に声を掛けた。
「気に入った! この料理を作った家臣共々我の軍門に降らぬか?」
それを聞き、彼のマスターであるウェイバーは絶望で固まる。あの宝具と雷撃を放った二人。そしてそれに耐え切ったタフさと放とうとした何か。あの三人を敵に回したらあっという間にライダーは消える。彼はそう確信していた。だが、目の前の未来のアーチャー……ギルガメッシュがとった態度は彼の予想に反するものだった。
「クックックック、ハッハッハッハ! やはり貴様はそうでなくてはな、征服王! さて、此処にいる全員と我らと我らの家臣で一つ勝負をせぬか? なぁに、貴様らにはリスクのない場所を用意してやる。勝負方法は各サーヴァントと我らと我らの家臣の戦い。勝った陣営にはこれを使う権利をくれてやろう」
そう言ってギルガメッシュが取り出したのは黄金の杯。一目見ただけでそれが何かを理解したライダー達は言葉を失い、固まった。
「これは我が所有する聖杯の原点だ。これを使えば受肉だろうが過去に戻る事だろうが思いのままだ。この世全ての悪なんぞに汚染されている今の聖杯より使えるであろう? ……あっ、言ってなかったな。今の聖杯はアンリ・マユとやらのせいで願いが殺戮や破壊に繋がるぞ」
「……へ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
辺に全サーヴァントとマスターの間抜けな声が木霊する。宴の様子を見ていた切嗣や時臣達も同じ様な間抜け面をしていた……。
「……ところで、この料理を作った家臣を私の婿に……」
「誰がくれてやるか、腹ペコ神め! っというか、空気を読めい!」
「ラ、ランクアップ!?」
「……嫌な予感が。まぁ、またギルさん辺りが勝手に変な予定を入れたのでしょうが。それでアーシアさん、イリナさんの容態は?」
「あっ、はい。柳さんが血まみれの彼女を抱えてきた時には驚きましたが、今は大丈夫です。……私を差し置いて、柳さんに抱っこされるなんて。柳さんに抱っこされるなんて」
「……さて、彼女を助ける際にコカビエルに彼女のエクスカリバーを奪われましたが、まぁ何とかなるでしょう。それより今はアーシアさんだな。……アーシアさん。今度遊びに行きましょうか」
「はい!」
先程までの黒アーシアは何処かへ行き、アーシアは天使の様な笑顔を柳に向けた。
「……まっ、最悪、魔王少女の力を借りればすぐでしょう。今日は泊まるって言ってましたし、宿泊代として……今晩、襲われませんよね?」
「だ、大丈夫です! あの人が襲って来ても私がお守りします! むしろ、柳さんが私を襲ってください! こ、今晩と言わず今からでも」
「貴方は落ち着いてください! ……バルバトスさ~ん、早く帰ってきてください。ツッコミが足りません……」
アーシアにツッコミを入れる柳の胃は綺礼同様キリキリと痛み出していた。