「……要件は何でしょうか? 魔王ルシファー殿」
「そんな嫌そうな顔しないでくれないかい? 今日は依頼に来ただけだよ」
その日、柳はとても不機嫌だった。ゲームの映像が広まったのか、柳への勧誘が急増したのだ。ある時は気の強そうな大公家の息女からの勧誘が有り、
「貴方、私の眷属になる気はないかしら? 待遇は応相談よ」
またある時には、最強の神器を持っていると語る青年から勧誘が有り、
「やぁ、俺の仲間にならないかい?」
またある時は同世代に子持ちがいるのに少女と名乗っている痛い知り合いから求婚され、
「聞いたよ、柳ちゃん! 勧誘で困ってんだって!? なら、私の眷属になって、そのまま夫婦になろうよ!」
その後も、しつこい勧誘や、高圧的な勧誘、力ずくで眷属にしようとしてきた者達が居たが、態度が悪くなかった大公家以外は力ずくでお帰り頂いていた。ゲームの後から落ち着かない様子のギルガメッシュが切り札を使おうとしたり、機嫌の良いエネルが巨大な雷雲を落とそうとしたり、平常運転のバルバトスが世界破壊の技を使おうとした時は流石に止めていたが、それ以外では手加減などせず、対応し、アーシアに対しては、人質や彼女の能力を狙った輩に捕まらないよう、
「アーシアさん、(勧誘が来たら厄介なので、出来る限り)ずっと私の傍に居て下さいませんか? (そっちの方が守るのが楽なので)」
と言った途端、アーシアは顔を真っ赤にして頷き、柳はなぜそんな反応をしたのか分からず、首を傾げていた。
「それで、依頼とは?」
「ああ、君に妹の護衛を頼みたいんだが……」
「あ、断ります。て、いうか、公爵家の次期当主なんだから護衛くらい置いときましょうよ。変に意思を優先させて、会えなくなったら、ただのアホですよ。……要件はそれだけですね? では、お帰りください」
「つれないなぁ。まぁ、駄目ならしょうがないか。グレイフィア、帰るよ」
さほど残念だという様子も見せず、サーゼクスはグレイフィアを連れて帰っていった。すると柳の後ろにあったドアが開き、アーシアがオドオドしながらリビングに入ってきた。どうやら魔王の訪問に緊張してしまった様だ。
「あ、あの~、お帰りになられました? あの方が魔王さんなんですよね? セラフォルー様と雰囲気が違いましたが……」
「ええ、あれは魔王ですよ。というより、あの自称少女がおかしいんです。それにしても、緊張していますね。まぁ、昨日、画面越しにミカエル様と会話した時よりはマシですが……本当に大丈夫ですか? あんな事を知ってしまって」
心配そうにそう尋ねる柳に対し、一瞬、表情が固まったアーシアであったが、次の瞬間には笑顔に戻り、柳の隣にそっと座った。
「……昨日はショックで眠れませんでした。でも、今朝、陛下に言われたんです。”阿呆が、貴様の信仰心が不足しててなかったという事であろうが。それに追放されたからこそ、柳に会え、友が出来たのであろう? それとも、聖女のまま暮らしていた方が良かったのか?”、って……。追放された時は辛かったですが、私、今とても幸せです!」
「それは良かったです。ギルさんがポロっと洩らしてしまった時はどうなるかと思いましたが、杞憂だったようですね。……ところで、今日は三人が居ないので、貴女が料理をするって言っていましたが、その格好は?」
柳の視線の先にいるアーシアはエプロンを着ている。いや、エプロンしか着ていなかった。所謂、裸エプロンという奴だ。純情な彼女が自分からする格好とは思えず、質問した柳であったが、質問されたアーシアはキョトンとしていた。
「あれ? これが日本の常識だって、桐生さんから聞きましたよ? 男性に見せたらイチコロだって言っていました。陛下達も柳さんだけしか居ない時に見せたら喜ぶって言っていましたよ。……こうしていたら、だんだん恥ずかしくなってきました」
桐生というのは柳とアーシアのクラスメイトの女子で、兎に角、エロい。まさに女子版変態三人組の様な女子だった。二人が同じ家に住んでいる事に対しては、友人達と三人で暮らしている遠い親戚にお世話になっている、と嘘をついていた。ちなみに、柳の親戚がバルバトス、アーシアの親戚がエネルという事になっている。
「……その方が良いと思います。それと、桐生さんには他に何を教わりましたか? ちなみに、その格好の事は嘘ですよ」
男所帯で育った柳には流石に刺激が強かったのか、柳は顔を逸らしながら訊き、そんな反応に釣られて恥ずかしくなったのか服を着だしたアーシアの顔も真っ赤になっていた。
「え~と、お風呂に一緒に入る裸の付き合いというものがあると……それも嘘ですか?」
「まぁ、正確には同性同士の事が多いですね。異性同士の場合もありますが……」
「じゃ、じゃあ、私と裸のお付き合いをしてください! 私、柳さんともっと仲良くなりたいです!」
「落ち着いて下さい! 貴女は極端すぎますよ。純情な貴女は何処に行ったのですか!?」
その後、なんとかアーシアを落ち着かせた柳であったが疲労困憊し、その日は死ぬように眠っていた。
「……私はどちらかと言うと、裸ワイシャツ派です。当然、下は履いてる派で……」
そんな寝言を言いながら……。ちなみに、添い寝しようと部屋に入ってきたアーシアにバッチリ聞かれ、再び騒動となるのは別の話である。
「あれ? 次の時間に提出する、数学のノートがありませんね……ああ、イッセーに昨日貸したのでした」
数日後、昼食前に次の授業の準備をしようとして提出物のノートを探していた柳は一誠に貸した事を思い出し、気配を探り、途端に嫌そうな顔をした。
「……アーシアさん。私は旧校舎に用があります。此処なら大丈夫でしょうから、一人で何時もの場所で待っていてくれますか?」
「良ければ私もご一緒しても宜しいですか? ……出来るだけ柳さんと一緒に居たいですから」
シツコイ勧誘をしてくる馬鹿も、公爵家の領地では自粛するだろうと判断した柳はアーシアに待っていて貰おうと思ったが、本人の希望によって同行することにした。ちなみに、その様子を見て、元浜と松田は血の涙を流していたという……。
柳達がオカルト研究部の部室の前に行くと中から声が聞こえてきた。話しているのは一誠と他の男子のようだ。柳が戸をノックし招かれた先にはオカ研メンバーの他に生徒会の面々がいた。先程、一誠と話していたのは、最近入ったばかりの書記で、匙という少年だったようだ。匙は柳を見ると訝しそうな顔をする。
「リアス先輩。招きいれたって事は、神田も関係者だったんですか? まぁ、関係者といっても、『兵士』の駒を四個消費した俺には、兵藤同様劣るでしょうけど。あ、アルジェントさんも関係者だったんだね」
匙は女子に人気がある柳には敵意を放ち、アーシアには馴れ馴れしい態度で接する。その態度に柳が動こつとした時、生徒会の一人から叱責の声が上がった。
「サジ。お止めなさい。今日は新人悪魔同士の顔合わせに来たのですよ。それに、貴方では兵藤くんどころか、神田くんには絶対に勝てません。フェニックス家の三男を倒したのは兵藤くんで、神田くんはその眷属全員を一人で倒しました。それも、無傷でです。……神田くん。先日の姉の事といい、サジの事といい、ご迷惑おかけしています」
「いえいえ、お気になさらずに、ソーナ・シトリー殿。ああ、学園では支取生徒会長と呼んだ方が良かったですね。アーシアさん。この方が学園の生徒会長である支取蒼奈生徒会長こと、上級悪魔ソーナ・シトリー殿です。ちなみに、あの魔法少女の妹ですね」
「ええ!? じゃあ、この方も年齢詐称してらっしゃるんですか!?」
「ね、年齢詐称……。アルジェントさん、そんな事しているのは姉だけです。それに、神田くん、なにか要件があったのでは?」
ソーナに顔を引きつらせながらそう尋ねられた柳は要件を思い出したかの様に手を叩くと、一誠の方を向いた
「一誠。昨日貸したノートを返してください。次の授業で提出ですからチェックしておきたいのですよ」
「あ、わりぃ! ノート忘れちまった」
「……イッセー。今すぐ取りに帰るか、焼き鳥の妹のように石になるか、お好きな方を選んでください。大丈夫。今すぐ行けば昼食を抜くだけで済みますし、石になっても金さえ積めば治してあげますよ」
「今すぐ取ってきます!」
この後、一誠は語った。余りの迫力に逆らえなかった、と……。その後、球技大会でリアスとソーナがテニスで魔球対決をしたり、部活対抗のドッチボールで一誠が男の急所にボールを食らったり、木場が殺気全開で睨んできたりした。もっとも、柳にとってはどうでも良い事ばかりだったので、無視していたが。
「……おや、来たようですね。お茶をお入れしますので、少々お待ちください」
数日後、庭で石像を片していた柳は来客に気づき、いそいそと準備をしに家に戻っていった。