カーテンの隙間から差し込む日光にエリザベートは目を覚ます。何時も抱き抱えて寝ているヌイグルミは床に置かれ、目の前に柳の顔があった。しかも、エリザベートの手をしっかりと握った状態だ。たちまちエリザの顔が真っ赤に染まり、その場から飛び退くと尻尾が振るわれる。
「ち…痴漢~!!」
「あ痛ぁっ!? エリザさん、落ち着いてっ!」
痛みで目を覚ました柳は咄嗟にエリザベートの尻尾を掴んだ。なお、尻尾はかなり感度良好で逆燐も存在する。たちまちエリザベートは腰砕けになり、どこか色気を感じさせる声まで出した。
「あ…っ。だ…だめ……。うぁっ……」
「……これは」
柳はその反応が面白かったのか尻尾を更に刺激する。エリザベートの反応は更に激しさを増し、柳の手の動きは更に早くなる。
「……何をしているのだ、奏者よ?」
そして、怒れる皇帝がは柳の手を掴んだまま、余った手で柳の肩を掴む。その顔は笑っているが、瞳は笑っていなかった。
「お、お早うございます」
「うむ。良い朝じゃな。……それで、何をしていたのかと聞いておる」
肩を掴む手の力は徐々に強くなり、柳はエリザの尻尾から手を離す。すると立ち上がったエルザベートは拳をポキポキと鳴らしながら近づいて来た。
「あ…朝からあんな破廉恥な事するなんてっ!」
「じゃあ、昼や夜なら良いんですか? じゃあ、今夜にでも……」
そこまで言った所で柳はゆっくりと後ろを振り向く。ネロは柳の手から手を話すと胴体に手を回していた。
「ええい! なぜ貴様はエリザにばかりそういう事を言うのだっ! 余にも何か言うが良い!」
「いや、だってエリザさんが一番からかって楽しいですから。ネロさんに言うと、そのまま食われそうなので」
柳が指差す先には先程にまして顔を真っ赤にしたエリザベートの姿。それを見たネロは納得したように頷いた。
「うむ! あの顔が可愛いのは認めよう。余も寵愛を与えたいくらいだ。だが! 奏者よ。余は其方にも寵愛を与えたいのだぞ?」
ネロは指を柳の顔に這わせ、ゆっくりと顔を近づける。後退りしようとした柳だが、背中から化物じみた怪力でホールドされた。
「逃がさないわ。わ…私に恥をかかせたんだから、貴方も恥をかきなさいっ! ……ネロが終わったら私だから」
エリザベートは恥ずかしそうに呟き、ネロはそのまま柳の唇を奪う。その後、ズボンとパンツを脱がせようとしたが、エリザベートが真っ赤になって止めたのでなんとか奪われずに済んだ。
「今日は休日ですし、どこか遊びに行きますか?」
殺せんせーは目立つので論外として、エリザは角と尻尾を幻覚で何とかすれば気付かれず出歩ける。だが、二人は残念そうな顔をして一枚のチラシを見せた。
「……うむ。それなのだがな、今日は此処に行く予定なのだ」
「もう入会申込も済ませちゃったのよ」
二人が見せてきたのはテニススクールのチラシ。エリザベートはテニスウェアに既に着替えていた。
「……に、似合うかしら?」
その場で一回転すると短いスカートが翻り、アンスコがチラリと見える。思わず目がいった柳の姿をネロがジッと見ていた。
「……随分追い越されたのぅ」
「……そうね」
二人は寂しそうな声で柳に近づき、背丈を比べるように頭に手を置く。三人が柳に喚び出されたのは約十年前。その頃は一番小さかった柳だが、今や殺せんせーの次に大きくなっていた。
「まったく、あの頃の素直な奏者は何処に行ったのだ! 風呂も寝所も一緒だったというのに、今は別々とは」
「……昔は”お姉ちゃん”って言って甘えてきたのにね」
「……まぁ、私は人間ですから。でも、お二人も少し伸びてきたじゃないですか」
柳の言う通り、最近まで全く成長しなかった二人に体は成長し始めていた。禁手の中で二人と同じ様な存在だったギルガメッシュから聞いた所、神器が強化されて受肉を果たしたのだろうとの返答を貰った。
「……まぁ、成長できるのは嬉しいけど、老けるのはちょっと……」
「まぁ、余もその気持ちは分からぬでもないが、柳に置いてけぼりにされるよりはましであろう?」
「まぁ、私もお二人が美しい大人の女性になる所も、年を取っていく所も見たいと思いますしね」
二人は柳の言葉に嬉しそうに照れ、その両手をギュッと握りしめた……。
「ニュルフフフフフ。青春っていうのは見ていて清々しいものですねぇ」
殺せんせーはビデオカメラでその姿を撮影し、バレた瞬間には地球の裏側まで逃げていた。
「面白そうですし、私も見学していきますよ」
二人と共にテニスサークルまでやって来た柳は見学者として入り、二人は指導を受けている。二人共人外じみた身体能力を持ち、ネロは皇帝特権で大体の事を熟せるので順調に進んでいた。
「あっ! テメェはっ!」
「……あの素晴らしい歌声の人達の仲間ですよね」
「……やっ君」
同じテニスサークルに見学に来た一誠と小猫と朱乃に出会うまでは、の話だが。一誠は生徒のテニスウェア姿に鼻を伸ばし、小猫は絶対零度の目でそれを蔑む。朱乃はその二人を見てクスクス笑っていた。そんな時、三人と柳はバッタリ出会ったのだ。
「あ、どうも。良いお天気ですね」
柳は睨んでくる一誠を無視し、一向に知人に会っただけの様な挨拶をすると、その場から去ろうとする。だが、一誠は引き止めようと手を伸ばしてきた。
「逃がすかよっ!」
「……こんな所で戦う気ですか? まったく、最弱の赤龍帝は頭も最弱ですか」
「なんだとっ!」
激高した一誠は殴りかかり、柳はその腕をあっさりと掴むと、その場に組み伏せた。
「ほら、弱い。赤龍帝の籠手がなければ貴方はただの雑魚悪魔なんですよ。いや、そもそも神器を持っていなければ人間のままでしたっけ? 貴方も不幸ですね。凡庸で平和で何よりも素晴らしい人生を手放したんですから」
「ぐっ……。俺は今の生活に十分満足してるよっ!」
「……本当にそうですか? ほら、よく考えてみてください。貴方、悪魔になる前に人の形をした生き物を殺せましたか? 人でなくて動物でも構いません。そして、人の形をしたものをあっさり殺す相手に恐怖を感じませんでしたか? 貴方が今の生活に満足しているのは、悪魔になって感覚がおかしくなっただけですよ」
柳は其処まで言って飛び退く。先程まで彼の頭があった場所を小猫の拳が通り過ぎていた。
「……さて、二人も可哀想に。折角通い始めたというのに、もう辞めなければならないとは。……よく考えてみて下さい。貴方は、貴方の両親は人や人にしか見えない生き物を殺すことに抵抗を感じなかったか。……もしかしたら、悪魔の駒には洗脳効果があるのかもしれませんよ? 貴方の気持ち、本当に本物でしょうかね?」
柳はそう言うと一瞬で姿を消す。何時の間にかネロとエリザベートの姿も消えており、住所を書いている書類もパソコンのデータも綺麗に消えていた……。
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