舗装もされていない険しい山道を一誠は大荷物を背負って登っていく。大粒の汗を垂れ流し、息も絶え絶えで今にも死にそうだ。そんな中、彼の横を仲間はスイスイと通り抜けていく。
「部長、山菜を摘んできました。夕食の食材にしましょう」
「先輩、お先に失礼します」
学園のイケメン代表である祐斗は山菜を採る余裕があり、一誠より小柄な後輩の小猫に至っては一誠よりも多くの荷物を背負って登っていった。
「……俺より後は人間の柳とアーシアさんだけかよ……」
一誠がそう呟いて後ろを振り返ると、当の柳が凄い勢いで追いついてきていた
「アーシアさん。少し速度を上げますが大丈夫ですか?」
「は、はいっ! 大丈夫です……」
柳は一誠よりも多くの荷物を背負い、それどころか腰に結えられたロープ先は大量の岩が括りつけられている。そして、その両腕ではアーシアお姫様抱っこで抱き抱えていた。ちなみにアーシアは真っ赤になっており、その瞳は恋する乙女のソレである。
「あ、お先に失礼します。いや~、重りに丁度いい岩がなくて困りましたよ」
「わ、私も重りですか?」
「いやいや、アーシアさんをそんな扱いはしませんよ。こうして運んでいるのは貴女が不慣れな山道で怪我しない為ですよ。あなたは鍛える必要がありませんしね」
汗すら流さず、一誠を易易と追い越していく。その時に見せた笑みは一誠には、勝ち誇ているように見えた。
「……どちくしょぉぉぉっ!!!」
一誠は大粒の涙を流しながら一気に山道を駆け上がっていった……。
「さぁ、皆! 張り切って始めるわよ。各自練習メニューをこなしなさい。今日は夜まで頑張るわよっ!」
「さぁ、アーシアさん。のんびり修行と行きましょう。私はあのヘタ……戦闘初心者に付き合いますから、アーシアさんはそのノートに書かれている法力の扱いを練習してください。大丈夫、疲れるまでで良いですし、分からない事があったら私に聞きに来てください。……本当に修行に参加して大丈夫ですか?」
「は、はい! 私も柳さんのお役に立ちたいですから。法力のコントロールが上手くなったらバルバトスさんが術を教えてくださる人をご紹介して下さると言って下さいましたし」
「あの人の知人かぁ。どうせ、異世界のどうしようもない人なんだろうなぁ。困ったらすぐ私に言ってくださいね? すぐに助けますから」
「柳さん……。私、頑張りますっ!」
「貴女達っ! イチャついていないで修行なさいっ!」
リアスの声が辺りに響くまで、二人の会話は続いた……。
眷属の中で一番弱い一誠の修行は他の者と一緒に行われていた
レッスン1 リアスとの基礎トレーニング
「ほら、イッセー。動きが止まっているわよ」
「は、はいっ!」
今やらされているのはリアスと岩を背中に乗せての腕立て伏せ。リアスのお尻の感触や岩の重さで集中できない一誠であったが、一番集中できない理由は隣で鍛えている柳だった。彼も暇だから一誠とトレーーニングを受けると言いだしたのだが、一誠が受けるような内容でな生ぬるいと、より過酷なトレーニングを始めてしまった。
「1998、1999、2000っ! 次は左手っ!」
片手で逆立ちした状態で腕立て伏せを行っている。さらに、その足に一誠の背に乗っているものより大きな岩を乗せているにも関わらず、バランスは崩れておらず、一誠よりもペースが速い。さらに、その顔にはまだ余裕が見えた。
「あの~、柳さん。この法力を全身から集めるのって、どのようなイメージで行ったら宜しいのでしょうか?」
「あ、それですか? 私は血液と一緒に流れているイメージでやっていますよ。血流によって法力が集まってくる様子をイメージしてください」
「イッセーより過酷なトレーニングをしながら他人へのアドバイスまで……。イッセーっ! 負けてられないわっ! あなたのトレーニングもハードにするわよっ!」
「そ、そんなぁぁぁぁぁっ!」
リアスの言葉を受け、一誠の悲鳴が山中に木霊した。
レッスン2 木場との剣修行
レッスン3 小猫との組み手
この二つを受けた一誠は既にボロボロだった。つい最近まで普通の高校生だった彼にとって、正中線を狙え、や、相手の剣だけじゃなく、周囲全体を見ろ、など言われても実践できるはずも無く、気持ちの良いくらいにボロボロにされたのだ。そんな二人だが今は柳の相手をしていた。
「……当たってください」
「てやっ! はぁっ! ……当たらないね」
柳は左手で小猫の攻撃をいなし、右手に持った剣で木場の剣を防いでいる。二人がどのように攻めても柳には攻撃は当たらず、防がれ、避けられている。そして、木場の剣が疲労から鈍った瞬間、柳が一気に決着を付けに来た。
「漢の振り上げぇ!」
「うわっ!?」
木場の懐まで一気に接近した柳は強烈な振りあげを放つ。木場はその威力を防ぎきれず、宙高く舞上げられた。その背後から隙有りとばかりに無言で襲いかかった小猫だったが、柳は背中に目があるかのようにそれを察知、拳が届かないギリギリ間で身を躱し、小猫の拳が伸びきり、脱力した瞬間位その腕を掴むと、着地しようとしていた木場に投げつけた。
「くっ!」
「むぅ!」
着地寸前を狙われた為に避ける事ができず、木場は小猫ともども後ろの木に叩きつけられた。なんとか立ち上がろうとした二人だったが、少し離れた所で柳が剣を高く構え、一気に振り下ろす
「殺・魔神剣!!」
その瞬間剣から放たれた地を這う衝撃波によって二人は吹き飛ばされ、そこで意識を失った……。
「もう! 柳さんたらやりすぎですっ!」
「……はい。深く反省しております」
その後、二人を治療したアーシアによって柳は地面に正座させられ、説教を受けていた。しばらく説教を続けていたアーシアであったが、最後に顔を真っ赤にして付け加えた。
「で、でも、格好良かったですよ。柳さんてやっぱり、お強いのですね」
「アーシアさんだって一日で法力のコントロールが上手くなりましたよ。まさに天才ですね」
「そ、そんな事ないですよ。柳さんの教え方がお上手なおかげですよ。本当に柳さんって凄いですよね。お強いし、優しいし、お料理もお上手ですし、そ、それに格好良いですし」
「私はアーシアさんも魅力的な女性だと思いますよ」
「貴方達っ! イチャつくなら向こうでやりなさいっ!」
二人の掛け合いを見せられたリアス達のSAN値は、ガリガリと削られていった……。
合宿初日も夕暮れ時を迎え、一誠達は夕食をとっていた。なお、柳は家族の夕食の準備があるからと、アーシアと一緒に一旦家に帰って行っていた。アーシアを残さなかったのは、リアス達を信用していない、という無言のアピールだろう。
「美味い! 美味いっすよ、部長っ!」
「前より、数段腕を上げましたね、部長、朱乃さん。前食べさせて頂いた時より遥かに腕が上がっていますよ」
一誠と祐斗は料理を褒め称え、小猫は無言で料理を掻き込んでいる。先程から何度もお代わりをしており、既に鍋の半分ほどが彼女の腹に入っていた。
「しっかし、柳も、もったいない事しますね。こんな美味しい料理を食べられないなんて。アーシアさんが可哀想っすよ。あれ? 部長、なんでさっきから無言なんすか?」
一誠の言葉に対し、リアスは複雑そうな顔をし、朱乃に至っては黒い笑みを祐斗に向けていた。
「……この料理を作ったのは柳よ」
「あらら、そういえ祐斗さん、腕が数段上がったとか、私達が以前作って差し上げたものより遥かに美味しいって言ってましたね? 少し、宜しいかしら?」
朱乃は笑いながら祐斗に、にじり寄って行く。その時の朱乃の手は放電していた。
そして、リアス達は柳とアーシアの掛け合いにSAN値をガリガリと削られながらも合宿を終え、ついにゲーム開始の日がやってきた。
「ヤハハハハ! 悪魔が作ったにしては中々趣味が良い。褒めて使わすぞっ!」
「エ、エネルさん!? 駄目ですよ、そんな事を言っては」
今回特別参加の柳の関係者として特別に観覧席への入場を許されたエネルとアーシアは観覧席へ入ったのだが、エネルは内装を見るなり、偉そうな態度でそう言い放った。当然、周囲の悪魔達はエネルを睨み、一緒に来たアーシアは慌て出す。そんな中、一人の赤い髪の男性がエネルに近づいてきた。
「やぁ、君が今回特別参加する、神田 柳君の関係者だね? 内装を気に入ってもらえたようで何よりだよ。ああ、名乗るのが遅れたね。私は、サーゼクス・ルシファー。魔王の一人だよ」
「ほほぅ、悪魔にしては、なかなか礼儀正しくて結構だ。良いだろう、我も名乗ってやろう、心して聞くが良い。我が名はエネル! 我は神なり」
エネルがその言葉を発した途端、周囲から殺気が放たれ、サーゼクスも顔を顰めた。
「……その言葉の意味を君は理解しているのかい?」
「当然だ! 神とは恐怖そのもの。人は神を恐るのではない。恐怖こそが神なのだ。故に、我こそが神なのだ」
「やれやれ、どうやら、考えに相違があるようだね。さぁ、もうすぐゲームが始まるから席に着いた方が良いよ。そういえば、君の仲間はあと二人いると聞いたけど、今日は来ていないのかい?」
サーゼクスの問いに対し、エネルは詰まらなそうに鼻を鳴らして答えた。
「ふん! このような結果が分かりきった児戯など、我も見に来たくはなかったわ。この小娘がどうしても行きたいと言うので、仕方無しに付き合ってやっただけだ」
「す、すいません! どうしても柳さんの活躍が見たくって」
「結果が分かっている? 君はライザー君とリアスのどちらが勝つと思うんだい?」
「何を馬鹿な事を聞いている。柳が味方した時点で貴様の愚妹の勝利は決まったような物だ。……おい、小娘。柳が10人以上撃破できたら何か褒美をくれてやれ。そうだな、頬にキスでもしてやれば良い」
「キ、キス!? や、柳さんとキス?」
エネルの発した冗談にアーシアが赤面する中、リアス達は最後の作戦会議を開始していたのだが、その場の空気はピリピリした物となっている。原因は祐斗だ。彼の視線は憎悪に染まっており、その視線は柳が腰に下げた二本の剣の内、一本に注がれていた。
「……柳君、その剣は聖剣だね? 何処で手に入れたんだい?」
「これですか? ああ、ギルさんから貸して頂きました。有名な聖剣の原点らしいですよ。エクスカリバーの名くらい聞いた事が……」
「やめなさい、祐斗っ!」
エクスカリバー。その名を聞いた途端、祐斗は魔剣を創り出し、その剣に向かって振り下ろした。だが、当然の様に柳に避けられ、腹を蹴り飛ばされ、壁に激突した。
「……いきなり何するんですか。って、聞こえてないませんね。気絶してますし」
「……私の下僕が失礼したわね。この子はエクスカリバーに人生を狂わされたから、エクスカリバーを憎んでるのよ」
「この剣は彼が憎んでいるものとは別でしょうに。……その理論で言ったら私は貴女方に切りかかっても良い事になりますよ。それにしても困りましたね。彼が気絶して使えないとなると」
柳は少しの間思案し出し、何かを思いついた様に手を叩いた。
「ああ、そうだ! 私が相手の眷属の、戦車、騎士、僧侶、兵士を全て倒しますから、貴女方は女王と王を倒してください」
「ちょっとっ! 幾ら何でも無理よ! 相手をなめ過ぎだわっ!」
「え~、少しは働いてくださいよ。分かりました。女王も私が倒します。でも、あくまで貴女の戦いなのですから、ライザーは倒してくださいね? 手傷くらいは負わしますから。では、もう開始時刻ですので、当初の予定通り私は単独行動させていただきますね」
「ちょっと! 待ちなさ……」
リアスの制止の言葉も聞かずに柳は本陣から出ていった。