転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第六話 山積みファイル

 

「これだけの中から、選べと?」

「はい。そう聞いております」

 

 冬彦の目の前に積まれているのは、色とりどりのファイルである。

少なくとも、五十は下らないだろう数が、机の上に耳を揃えて三列に積まれている。

 

「……冗談だろう?」

 

日夜技術者が鎬を削るズムシティ工廠の一角。そこに冬彦の姿はあった。

 

 ギレンとの会食の後、すぐに着替えて元の瓶底眼鏡に戻った冬彦は、408輸送隊を離れて乗機と共に単身新たな職場に移り、着いたその日の内から早速仕事に取りかかろうとした。

だが、現地に到着してまず冬彦を出迎えたのが、割り振られた専用のデスクの上に鎮座していた、うずたかいファイルの山だったのだ。

 勘弁してくれと思う反面、大半が歴史の闇に埋もれた没案であることを考えると、かつての一ファンとしてはまさしく宝の山そのものである。

しかし、それにしたって薄くないファイルが山と積まれていてはどうしても辟易する面もある。

 

「これ、中に他所の陳情書とか混じってない? 後は全く関係ない奴とか」

「いえいえ、どれも草案の段階ではありますが、ちゃんとした改修案ですよ。似通った物が無いでは無いですが、一応全部別の物です」

「うおーぁ……」

 

 つぶやきに答えたのは、冬彦に新しくつけられた秘書代わりの部下である、エイミー・フラットだった。階級は伍長。

目に優しい緑の髪をバレッタでとめ、制服の上につなぎを羽織っている。冬彦のそれとは対照的なノンフレーム眼鏡が、知的な印象を醸し出している。

 

 冬彦はあくまでモビルスーツパイロットであり、技術士官ではない。

しかし、機械に明るくない人間がそのまま開発に携わっても、知識の差が意思疎通の障害として出てくるのは目に見えている。

それを解消するために、ズムシティ工廠の整備課から引っ張ってこられたのが彼女だ。フレッド、ザイル両名については408輸送隊のまま異動が無かったため、稼働試験の際には彼女がモビルスーツにのることもある、と聞かされていた。

 なお、彼女が副官ではなく単なる部下という形になっているのは、冬彦が尉官であるため当然の処置であり、現状はあくまで補佐という形に落ち着いている。

実質的に仕事内用は副官とそう変わらないのだが。

 

 目に付いた一つをとりあえず手に取って開いてみても、確かにちゃんとした改修案だった。急ごしらえの物をそのまま上げてきたのか、書き殴りのメモやイラストが添付されているが、それでも内容はある程度理解出来る。

ちなみに、たまたま開いた物の中身は脚部側面へ背部と同程度のサイズのスラスター増設による髙機動化プランだった。

 もうR型の青写真ができとるんかい!と戦慄したのは内緒である。

 

「……とりあえず、目を通すだけ通して行こうか。じゃないと終わる気がせん」

「この後は第六開発局あげての少尉殿の歓迎会が予定されていますが?」

「そんなに時間をかけるつもりは無いよ。けど、歓迎会でもどうせ話を聞かされるだろうし、それなら素人なりにも、どんな計画があるかくらいは把握しとかないと話すだけ無駄になる。資料も欲しい。酒を呑んで騒ぐだけなら良いけどさ、どうせ誰も彼もネジが一本外れたような奴らばっかりなんだろう?」

「それは、まあ……」

「なら、さっさと済まそう」

「でしたら、書き出す物を用意しましょう。系統ごとにまとめて持って行けば、話を聞くにも便利でしょう」

「うん、頼む」

 

 げに恐ろしきは、驚異のメカニズムを本当に机上の空論ではなく現実の物とした技術者達の実行力。冬彦の着任が決まってから、こうして足を運ぶまでほとんど間に日は無い。

にも関わらずこれだけの量の草案が来ているのだ。完全な門外漢と思われては、良いように言いくるめられたあげく気づいたらザクⅠとは似ても似つかぬ“何か”が出来ていました、など考えるのも恐ろしい。

 

 さて、席について山積みのファイルにざっと目を通して行くと、概ね計画が三系統に別れていることがわかった。仮に番号を振って順に、①背負い物系、②武装系、③本体改造系だ。

 

 背負い物系は、主に背部のランドセルをいじる案だ。用途に応じて換装可能なバックパックに置き換える案や、ランドセルそのものを大型化するなどの案が出ている。

 基本的にこれらの案はどれも機動力強化、航続距離と稼働時間の増加が主眼に置かれている。一年戦争機で代表的な物をあげるのであればゲルググがそうではないだろうか。

もちろんこの時代にはまだ実機は無いが、そもそもゲルググは背負い物が無い比較的珍しいモビルスーツである。

その分、改修される場合はまずスペース的にも余裕がある背部から手が加えられてきた。火力支援を目的としたキャノンタイプもあるが、他のゲルググタイプは大体が航続距離の増加を目的としたプロペラントタンク付きの海兵隊仕様や、主にエース機用で機体ごとに細かい差違も多い髙機動パックなどだ。

ある意味、“改修”案としては王道と言っても良いだろう。

 

 次に、武装系だが、これは現状の武装を改造、あるいはパーツを流用して新造しようというものだ。マゼラトップ砲などはこれにあてはまるのではないだろうか。

 ザクⅠ用に配備されている武装は、初期型の105ミリザクマシンガンや炸薬の強さで肩を壊してしまうことで有名な初期型バズーカ、あとは閃光弾やクラッカーなどだ。防御用の兵装もあげるなら、ショルダーアーマーとナックルシールドも一応そうだろう。

 これらを改造してなんとかザクⅡに付いていこうという考え方だが、そもそも武装の種類が多くは無いためどこまでできるかは疑問符が付く、しかし逆に、本体に手を加えるよりはまだ安上がりかつ手軽にできるため、計画にもっとも沿った案と言えなくもない。

 実際に提出された案はやはり欠陥のあるバズーカ関係が多く、バズーカ本体の新規設計、新弾頭の開発などが上がって来ているが、一部にはマゼラアインの主砲を流用したキャノン砲の案もある。

 

最後に、ザクⅠ本体の改造だ。最初に手に取ったファイルにあったような脚部へのスラスター追加のような、各所へのスラスター追加や、装甲の増加、カメラサイトの増設。さらには胴体部分を一回り大きくすることでザクⅡの動力を積み込もうという案さえある。

 計画の概要を聞いていたのかというような案が多いが、例えばコクピット前面、ハッチの左右にスラスターを追加しようという案は、後のR型系列(髙機動型)やザクフリッパー(偵察特化)などとどこか外観が似通っているなど、後の機体が計画書越しに透けて見えるのだ。一概に切って捨てるには、惜しい。

 

 順に、本命、対抗馬、大穴というところだろうか。

 

 それらにひとしきり目を通し終えた冬彦は、無言で天井を仰いだ。

 

「…………」

「どうなさいました」

「内容が、濃い……疲れた」

 

 どれもこれも、制約がなければ実現が充分に可能、おまけに後の歴史と照らし合わせると結構な戦果が期待できそうな辺りが判断を難しくしていた。

 しかし、エイミーは思ってもないことを言う。

 

「まだまだましな部類だと思いますが」

「うそだろ……」

「本当です」

 

 しばし、互いに無言になる。

 

「うん、歓迎会に行こう。そうしよう」

「了解しました。それではご案内します」

 

 そうして冬彦は、頭痛のタネになりかねないファイルの山を部屋に残したまま、後にした。

 

 

 

 歓迎会といっても、あくまで簡易なものに過ぎず、工廠内部の食堂で行われた。やっていることはガデムの時と同じだが、コロニー内の軍施設ということで料理の種類が多く、その分酒類が無かった。

 

 挨拶を終え、音頭を取り、一通りこれからプロジェクトを共に進めていく仲間となる者達と言葉を交わした冬彦は壁際に逃れてきていた。

 その理由は、手に持った新たなファイルの束である。計六つ。この場ですらも、火が付いた技術者に手渡された物だ。

 この場にいる技術者は皆軍属だが、白衣やつなぎのものも多い。そんな彼らが、どういうわけか皆新参であるはずの冬彦に笑顔で寄ってくるのだ。そして、ファイルの中身を見せ、その中身を語ってはそれを押しつけてくる。

 

「……ほとんどが初めて会うと思うんだけど、やたら親しくされるんだが、何でだろう。伍長、わかる?」

「同類に見えるのではないでしょうか」

「何ですとっ!?」

 

 冬彦が、エイミーにぐっと詰め寄るが、エイミーは特に慌てることもなく答えた。

 

「どういうことさ!?」

「私から見ても、結構親近感がありますよ。若白髪とか、後は……」

「何さ!」

「とくに、その瓶底眼鏡ですとか」

「こ、これが原因かっ……! あの新しい眼鏡のままにするべきだったか?」

 

 彼が震えていた理由は、きっと本人にしかわからない。

 

 

 

 

 

 

「それで、結局どうなさるので?」

「改修案のこと? 気になるか」

「もちろんですとも。私とて分野は違えど技術屋です」

 

 歓迎会が終わり、卓上ランプのみが照らされた暗い執務室。ファイルの山は崩れたが、無くなったわけではなく、机の上か、あるいは床に乱雑に散らばっている。文字通り積んでいたのを崩したせいだ。

 白熱電球では無いはずだが、黄色みがかったランプの灯り。その中で、男女が二人同じ部屋。何が起きるかと言えば、案外何も起きなかったりする。

 

「まぁ、隠すほどのことでもないんだけども」

「でしたら、ぜひ」

「……とりあえずは、これら四つ。あとは随時検討していくし、私からも案を出すから、それも検討して貰う。しばらくはつきっきりで頼む」

「まあ。熱いお誘いですね」

「……減らず口もたたけんようになるぞ。そのうちに」

「望む所です。鉄火場はなれていますから。楽しみにしていますね」

 

 話が終わり、エイミーが退室する。

 冬彦が落とした視線の先にある、四つのファイル。

 

 計画の要項を満たしつつも、機能向上を狙えると踏んだ四つの案。

 

 やがて来る地獄のような一年戦争を乗り切るための、彼が選んだ小さな小さな原作改変。

 

 

 

『要所への装甲追加。及び、既存の物を流用した大型シールド作成案概要』

 

 一番上のファイルには、そう書かれていた。

 

 

 

 




 やっぱり魔改造してやろうかしら。ザク1.5とか。ザクアイズとかではもちろんない。

 装甲追加とシールドは、予告編で出したのでネタ晴らし。あと三つは次回で。
 ジオン驚異のメカニズム。これで大体は片が付く。すばらしい。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々、何かありましたらよろしくお願いします。それでは。

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