お待たせしましたぁ!!
鎮座するリックドムⅡを前に、エイミー・フラットは難しい顔をして端末を叩いていた。
小型の液晶モニタに並ぶ情報群は、今も機体に取り付く彼女の同僚によってリアルタイムで更新されていっている。
並ぶ数値は、軒並みグリーン。消耗はもちろんあるが、取り替えが必要な部品は殆ど見あたらない。
「…どういうことなの?」
モニタの明かりを反射するレンズの向こうで、エイミーの目が訝しげに歪む。
与えられた情報が、彼女の予想と大きく異なったものだからだ。
数値に間違いは無い。
同僚達の技術は確かであるし、使用している機材も相応の物。加えて言うならここは前線である地球でなく本国サイド3であり、機材が足りないと言えばすぐに取り寄せることもできる。
で、あるならば。
最新鋭の機材と、およそ一流であろう彼女の同僚達の仕事の成果は、正しい数値であるはずだ。
しかし、どういうわけか導き出されたその数値は、彼女らの経験からすればどう考えてもおかしい物だ。
曰く、機動と各部位の消耗が会わない。消耗した分から逆算するに、かかった負荷が軽すぎる。
そこに当てるべき正しい機材を、そうするべく正しい所定でもって操作して、そうして導き出された数字だけが、経験から導き出される、そうあるべき予想と異なっている。
最新鋭の機体であるからザクとは勝手が違うとか、そういう話ではないのだ。
機体の重量、強度、構成などから、およそ負荷というものは察しがつくし、そもそもアンバックを最大限利用するMSと言う兵器の特性上、機体強度の計算というのは絶対にミスなどあってはならないものだ。
例えある部位に想定以上の強度があったとしても、そのせいで他所に負荷がかかってはまるで意味がないのだから。
何か致命的な物を見逃しているのか、それともそうあるべき前提が間違っているのか。
おそらくはそのどちらかなのだろうが、どちらであるにしろ、必要とされるのはその数値が正しい事の証明であり、そのためには、情報が必要だ。
「曹長、スキャン更新しまーす」
「はーい、お願いしまーす」
リックドムⅡの足首部分の関節周りに取り付いていた整備部員から声がかかり、同時に、端末にはNow Lordingの文字が浮かぶ。
ほんの数秒だけ待って、反映された情報はやはり思っていたのと違う物。
「どうしてこんなに消耗が少ないのかしら?」
米神の辺りをペンの頭をかいてみても、答えは出ない。
予想と合わない数値というのは、技術の領分にいる人間にとってはどうしても無視できないのだ。
「中佐の機動はアレとしても、最後だけはそこらじゅう壊れていてもおかしくない。それなのに各部位の消耗が軽すぎる。関節部の摩耗係数は、そう計算しても…」
「曹長―、やっぱりスキャンデータはこれ以上やっても変動なさそうでーす」
「はいはーい」
さて、さてと端末の縁を指で叩いて、思案する。
答えを導き出すために必要になるのは新たな情報。
そのために必要なのは、新しいアプローチ。
「…“バラす”しか、ないかしら?」
他の誰かに聞かれないように口の中で噛みつぶした言葉は、他に手がない状況でなくても、彼ら彼女ら、そしてエイミーにも馴染みのあるやり方だ。
そう、一旦全部ばらして、通常のスキャンではわからないところまで徹底的に調査のメスを入れるのだ。
MS開発の黎明期から今に至るまで、事故が起きる度、あるいは何かしらの試験が行われた後には当たり前に行われてきたこと。
ジオニックやツィマッド、ジオン公国軍造兵廠など、官民問わず当たり前に行われてきた“それ”だ。
「曹長、とっととバラしませんか? 埒があきません」
「んー、それが速いんだけどね…」
近くにいた馴染みのメカニックが彼女に言う。
一等兵の階級章を付けた彼は、ジオニックの下請けから出向して、そのまま軍へ移った変わり種だ。
そんな彼の言葉は現状では最適解に近い。近い、のだが…
「ヘタにバラすと、機密がね…」
「ああ…そういえばそうでしたか」
実は一度、この機体リックドムⅡが納入されてすぐに確認のために一度バラしている。
しかし、その時は何カ所か機密指定のシールが施された箇所があり、いじれなかった部分があるのだ。
仕様書では何か会った場合、該当箇所を開かずそのままパーツごと交換するように指定されており、予備パーツも多めに運び込まれてきてはいた。
関節部というのは相当な重量を持つMSを支える箇所であるから消耗が激しくこまめな整備が必須であり、補給のしづらい地上などにおいては特にこまめに清掃整備が行われていた箇所でもある。
今回の数値の異常箇所はまさしくそこで、シールはそのままに外側からスキャンで何かしら探れないかと試しては見た物のやはり駄目。
これ以上は、このシールを剥がす必要があるのだ。
「まずいですかね、やはり」
「造兵廠の管轄なら伝手があるけど、これは駄目ね。技術廠の相当機密レベルの高いやつだから、どうしても開けるなら実戦の後で損失扱いにして完全に抹消してからじゃないと危険すぎる」
「しかし、この数値はどう考えても異常です。何かしらの技術革新でも無い限りはこんな数値は有りえません」
「わかってる。それは私もわかってるの。けど、やっぱり…」
「そうですか…」
難しい顔をして、スキャンを駆け続ける整備員達を見る。
彼らはこの、答えがすぐそこにあるのに見ることが許されない状況下でも、自分の職務に忠実に勤めている。
彼らの多くは彼女と同じ技術屋だ。
中には、その技術を見込んで民間から徴用された者もいる。
思う所も、あるだろうに。
「……わかりました」
たん、と端末を叩き、画面を切る。
明かりが消え、黒くなった端末を小脇に抱えて彼女は言った。
「機付き長として中佐に伺いは立ててみます。多分、中佐も上に掛け合うだけ掛け合ってはくれるはず」
「すいません、よろしくお願いします」
そういって、彼は頭を下げた。
民間に居たときの癖なのだろうが、敬礼に慣れたエイミーには少しおかしくも見えて、ふっと口元が緩んだ。
「ええ、それでは一旦戻ります。皆さんは現状のスキャンデータを纏めた後、規定に従って整備を行って下さい!」
「はい!」
そこらじゅうからかえってきた返答に頼もしさを覚えつつ、エイミーは冬彦に出す稟議書の内容を考え始めるのだった。
◆
エイミーが機密開示申請の稟議書に手を付け始めている頃、冬彦は一足先に自室に戻っていた。
上着とシャツを脱ぎ捨てて、肩と背中に湿布を貼って布団に転がる姿から誰がこの男を宇宙攻撃軍でも名うてのMSパイロットの想像できるだろうか。
「うあー」
「情けないなぁ冬彦。A型ですっ転んだ時だってそんなザマにはならなかっただろうに」
「うるさい。心構えのあるなしがどれだけ重要かわかるだろう」
勝手知ったる他人の部屋とはよく言った物で、起き上がれない冬彦を尻目にアヤメは急須で茶を入れて、羊羹を茶請けにくつろいでいる。
彼女にも一応冬彦の面倒を見る為に付いてきたという大義名分があるのだが、その割に湿布を貼り付けた後ものんびりとしている。
ちなみに、急須と茶は冬彦の持ち物だが、羊羹はアヤメが買ってきた物だ。
戦時中であり、嗜好品の類の中でも非常に高価なシロモノだが、そこは佐官が二人もいれば話は別だ。
話は戻るが、冬彦がこうして潰れているのは、先の模擬戦のせいである。
リックドムⅡがシャアの駆るザクの頭を蹴り飛ばした際、どれだけのGがかかったか。
急反転からの三角飛びもどき、そしてローリングソバット。はっきり言って、何の訓練もしていない常人であれば、死んでいてもおかしくはないGがかかったのだ。
冬彦をして、ムチウチで済んだが、MS乗りとして軍に属してから初めての経験である。
その割にハマーンはけろっとしていたのだから理不尽な話だ。
「ほら、君の分も入れたから呑みなよ」
「……ありがとう」
ぐったりと倒れ伏す冬彦の目前に、ストローの刺さった湯飲みが置かれた。
パイロット同士の確執やら、軍内部の軋轢やら……何も解決していない。
けれどまだ、問題が表に顔を覗かせる前の、少しばかりの休息だった。
深夜の120分一発書き一本勝負
次からは180分で4000字くらいをめどにしたいです
余裕があったら明日も投稿します(望み薄)
何かありましたらメッセージか感想まで
宜しくお願いします