転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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あけましておめでとうございます。

遅れて申し訳ないです。短いです。ご勘弁ください。
あと、昨年お約束したBF編は休み中に円盤を買い忘れるというミスを犯したためしばらく待っててください。忘れたころに投下します。


第六十話 ハマーン様も昔は最近流行りのツインテールだった。

 

 

 冬彦の姿を探してフランシェスカが食堂室を訪れたのは、艦内時間で昼を少し回ったところだった。

 ちょうど昼食をとるシフトと重なり、それなりに混み合った食堂を見渡すが、冬彦の姿はない。普段から副官として冬彦に付き従うフランシェスカにとって、どこを探しても冬彦の姿が見えないというのは珍しい事態だ。

 

「……困りました」

 

 思いつくところは一通り、既に回っている。

 冬彦の私室、艦橋、会議室。行き違いにならぬよう、メモや当直の兵に言づてを残しつつの捜索であるが、結局こうして出会うこともなく、食堂までついてしまった。

 そしてやはり。この食堂室にも見知った仲間の姿はあれど、冬彦の姿はない。

 フランシェスカの仕事はMSパイロットでもあるが、主としては副官としての方に重きが置かれている。現状、冬彦からの指示もなく、手持ち無沙汰のまま艦内をぐるぐると回っているだけ。問題である。

 もっとも、目つきと眼鏡以外は若白髪くらいしか特徴のない冬彦である。軍服も特別あつらえた物では無いし、案外人の影に隠れているだけではないかと、フランシェスカはなお入念に食堂で冬彦の姿を探す。が、やはりどれほど探しても、探し求める姿はない。

 

「やや、中尉殿。中尉殿も昼食ですか」

 

 そんなフランシェスカに、背後から声がかかった。

 

「え? ああ、貴方たちですか」

 

 声のした方を見れば、男が二人。MS隊の中でも、冬彦に付き従うことの多い二人。つまりはフランシェスカとも戦列を並べる機会の多い二人である。ピートとゴドウィン。階級は少尉と准尉で、食堂で見かけることの多い二人だ。

 彼らの手には、適度な環境に保たれた艦内においてまだ湯気の立つできたての料理が載ったトレーがあった。彼らも、これから昼食なのだろう

 

「中佐を捜しているのです。朝はいらしたのですが、それからさっぱりで……どちらか、見ていませんか」

「中佐ですか?」

「ええ」

「……もしかして、聞いておられないのですか?」

「何のことです」

 

 フランシェスカの言葉に、二人は顔を見合わせた。

 

「中佐なら、新型のMSと新任のパイロットの試験をすると聞いていますが……」

「……知りません。艦橋にも行ったのですが、そんな話は聞いていない」

「伝達ミスでしょうか?」

 

 思わず天を仰ぐが、見えるのは無機質な天井とカバー越しの照明の光だけである。

 仮にただの伝達ミスであったとしても、余りに酷い。ティベ型は、三百メートル近い全長を誇る。それをただの伝達ミス一つであっちへ行きこっちへ行きと彷徨わさせられたのだから、誰の不手際かはっきりさせねばフランシェスカも気が済まない。

 だが仮にただの伝達ミスであったなら、腹立たしいことにかわりはないし、中尉にすぎないフランシェスカがいうにはおこがましいことではあるが、まだ許せるのだ。

人のすることである以上どんなことでもミスは起こりえる。

 ただ、仮にこれが誰かの作為によるものであったとしたら……一抹の不安が残るが、それよりも今は冬彦の居場所を特定する方が大事だ。

 

「それで、今中佐は?」

「MSの試験ですから、格納庫では? 確か専用のモニター機材があるとかで、艦橋ではなくあちらでモニターするとか」

「中尉、本当にご存じないので?」

「ええ、まったく。ではそちらへ向かいます。教えてくれてありがとうございました。それでは」

 

 言うが速いか、フランシェスカは踵を返した。

 この頃になると、花形とも言うべきMS隊の人間が三人も集まっていると言うことで周囲の注目も集まっていたが、三人の中では一番階級が上のフランシェスカが動くと見えて、皆そそくさと彼女に道を開けた。

 やがてフランシェスカの背が自動ドアの向こうへ消えたあと、同じ方向を見ていた二人は顔を見合わせた。

 

「なあおい、ゴドウィン」

「なんだ」

「どう思う」

「さてなァ」

 

 彼らもまた、名は知られずとも一角のMS乗りである。多少なりとも勘の鋭い所があり、フランシェスカが冬彦の居場所をしらないという事態に当然違和感を覚えたのだ。

 

「他の連中にも知らせておくか」

「そうした方がいいだろう。流石におかしい……まあ、それはそれとして」

「うん?」

「席が……」

「……ああ!」

 

 昼飯時の食堂室で、いつまでもまごまごしていたらどうなるか。

 いつまでも空いている席などあるはずもなく、尉官が二人、トレー両手に立ちぼうけである。

 

 

 

  ◆

 

 

 

《加速しろ》

 

 ヘルメットに内蔵されたスピーカーから、その人の声がする。

 低い声。至近距離での通信だからノイズなんてないはずなのに、不思議と少しどもって聞こえる。彼は私に、極々短く命令を伝える。

 命令を果たすために、スイッチをいくつか押して、操縦桿を前へ。

 鈍く固い感触。思うように前へと進まない。

 

《立ち上がりが遅い。加速だ加速。暖機しているんじゃ無いんだ。これじゃあビームどころか単発のミサイルにだって当たってしまうぞ。勢いを付けろ。

……手が届かないなら身体を前に出して肩も使って操縦桿を押せ。それでも駄目なら、“お嬢さん”はずっと“後ろ”だ》

 

 言われた通りに身体を少し前へ倒し、肩を意識して力を込める。

 なるほど確かに操縦桿は前より楽に奥へとすべった。

 機体も、前へ。広いディスプレイに映る星々が筋になって、端へと消えて行く。

けれど、私を背後へと押しつける力も強くなる。前へ出した身体が押し戻されそうになり、加速が弱くなった。

 また、耳元から声がする。

 

《腰で支えろ。身体を前に出しても、腰をちゃんとシートの背につけておけば押し戻されることは無い。Gに負けるな。つっぱれ》

 

 返事を返して、シートの奥に身体をずらし、今度こそ思い切り操縦桿を前へ。

 丸いサブモニターに表示された数値が、ぐんぐんと上がっていく。

 前へ。前へ。機動はただ真っ直ぐ。ペダルには触らずに、ひたすら機体を加速させる。

 突っ張っている腰から背中に負担がかかり、声が漏れそうになる。

噛み殺して、我慢。

 

《意識はあるな》

「はい!」

《よし。楽にして良い。スロットルを戻して逆噴射。速度を百まで落とせ。まさかAMBACでとちるなよ》

 

 待ち望んだ言葉。随分な速度が出ているが、機体はまだ揺れもしない。

 操縦桿を前に出すのは止めて、ゆっくりと引いてゆく。

 全身をぐっと締め付けていた圧迫感がなくなり、楽になる。

 背をシートに預け、ふっと息を吐いた。

 熱の籠もった吐息でも、ヘルメットのバイザーは曇らない。

 

《とりあえずは合格にしておく。この速度を出せないと、少なくとも宇宙ではウチの部隊でやっていけない。まあ、立ち上がりの遅さはこれから直していってもらうが》

 

 少し手厳しい。そう感じた。

 事前に資料で調べた軍の教本の速度よりもずっと速いのに、これで最低限だと私の後ろで私を品定めするこの男は言う。

 戦えるのか、と。

 そもそも、戦場に立つことができるのか、と。

 ヒダカ。この戦隊の指揮官。随分と若い中佐。私の近くにいる若い士官では一番階級が上の人。

遠目に眺めていたソロモンの練兵教官のように怒鳴ったりはしないけれど、代わりにどこか。余り表にはしないけれど、私のことを、“お嬢さん”と呼んだり……会話の中に棘がある。

 

《それじゃあこれからもう少し自由に動かして貰う。今日中にお嬢さんがどの程度動かせるのか、それと癖をできるだけ把握したい。艦から離れない程度に好きに動かせ。まずいと思えば言うし、操縦もこちらで預かる》

「わかりました。好きに動かして良いのですね」

《かまわん。楽に行け》

「はい」

 

 基本的な動作は、ソロモンで既に学習している。このドムに比べれば鈍足のザクⅠでだが実機を動かした経験もある。

 彼は、最初からできるかどうか確認しなかった。

 自ら踏み込んできたのだから、出来て当然だと考えているのか。

 それとも、操縦できることを知っているのか。

 

「行きます」

 

 緩めていたスロットルを、操縦桿を前に突き出すことで一気に上げる。百を少し下回っていた速度計が、ぐんぐんとその値を上げていく。

 ペダルを蹴れば、脚部が反応して機体の向きを変える。Gが横方向にかかり、大きく揺さぶられる。

 ヒダカの声は、まだかからない。だから、好きに動かす。AMBACを使った角度の急なターン。仮想軸を据えての連続ロール。通常機にまして重装甲のこの“ドム”が、その重量を補ってなお有り余るツィマッド製の大出力エンジンが繰り出す桁外れの推進力に押されて、宇宙を飛びまわる。

 負荷が強くなっても、止めない。身体に痛みが走っても、まだ。

 ついさっきの速度をふりきっても、もっと先を目指して、スロットルを開き続ける。

 

 この閉じられたコクピットの中でさえ、私は私を縛り囲う柵から逃げられない。

 一つの柵を振り切っても、十重二十重に私を絡め取るそれらの全てから逃れられるわけじゃない。そのたった一つの柵さえ自分の力で取り払ったわけじゃない。

でも、柵が外れた分だけ、道が開ける。

道が開けなくても、進む方向くらいは決められる。遠くを見通すことだってできる。

 今感じている痛みは、きっとあの臨床試験場での痛みとは別のもの。

 自分で道を切り開く為の小さな傷。プラスになるかはわからないけど、ただ与えられるだけの無意味なものにはならないはず。

 お父様と、新しい義兄様となるドズル閣下にも無理を言って。

 だから、この痛みを耐えた先へ。

 このまま、彼らのいる場所まで。

 全ての柵を引き裂いて、星のように突き抜けることが出来たなら。

 

 

 

 




実は新しい一次創作のプロローグだけ完成したんですが、かつての失敗からきりのいいとこまで完成するまではうpしまいと決めてます。
しかし、例の如くプロットは適当なうえ、なかなか時間が取れず筆が進まず、むらむらします。
……うpしちゃおうかな。

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