転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第五話 呼び出し

 冬彦が408輸送隊に着任して、数ヶ月の間は何の問題も無く過ぎていった。

 日夜物資の輸送に勤しみ、サイド間の長距離輸送任務が主だったが、時折かり出される治安維持のための暴徒鎮圧任務も問題無く遂行できていた。ザクⅡがぼちぼちと方々へ配備されつつある中、相変わらず乗機はザクⅠのままだったが、それでも比較的充実した日々を過ごせていた。

 

 そう、過ごせていた。過去形である。

 

 好事魔多し。今この瞬間、冬彦は今後の未来を大きく左右する分水嶺にあった。

 

 冬彦は珍しく、正装であった。普段の制服でも冬彦のように士官クラスになれば充分に正装としても使えるのだが、其れよりも一段上の黒い礼服を身に纏っていた。

 若白髪の混じる黒髪は後ろになでつけられて、おまけに、モビルスーツ搭乗時でもそのままだった瓶底眼鏡までも、レンズ周りにフレームが無く四角く細長いレンズのスリムなタイプに変わっていた。

 これらは皆、冬彦が自前で用意した物ではなく、某所より用意され、身に付けるようにと“命令書付き”で渡された物である。

 着慣れぬ衣装に身を強ばらせている間にも、事態は進んでいく。

 

 また一つ、目の前に見知らぬ料理が並べられた。肉の上に香味野菜が添えられた、見るからに高そうな料理である。

見る人が見ればまた違う感想を持つのだろうが、冬彦では“高そう”くらいである。

 

冬彦が居る部屋は、ともすればパプアのブリッジよりも広いかも知れない部屋だった。

 サイド3の某所にある、何重ものセキュリティの先にある一室。

 その中央に配置された、向こうの端が随分と遠い長机。白いクロスが敷かれ、その上に並べられた白磁の器に銀食器。

 幾らするのかもわからない壺やら絵画やら、絢爛豪華と言った造りの室内で、視界の端にちらつく黒いスーツの護衛官。

少尉である冬彦が着席しているにもかかわらず、室内の隅で立っている数名の佐官。

 

 一言で言えば、異常である。何もかもが、通常と異なる好待遇。過ぎたそれは、冬彦の胃に深刻なダメージを与え続ける。

 

 そして、その様子を観察する男。この男こそが、冬彦の胃にダメージを蓄積している張本人だった。

 

「どうした。かまわず手をつけてくれたまえ。この場は公式な物では無いのだ。そう緊張する必要も無い」

 

 冬彦の向かいに座る男。その名をギレン・ザビ。ジオン公国総帥の地位にいる男である

 

 怖れていた、“呼び出し”である。

 

「ふむ、まぁ、そうは言っても一介の少尉にこの場で緊張するなと言うのも酷な話か。だが手をつけてくれねば話が進まん。食べたまえ」

「はっ、はい! そ、それでは……」

 

 半ば命令口調になったのと、ギレン自身が食事を始めたことで、冬彦もおっかなびっくりといった調子で食器を取る。

 士官学校でも多少はマナーの講義も受けるが、それにしたってこんな場所で使うとは思わずそこまで真剣に受けていなかったためせいぜいナイフとフォークは外側から、くらいしかはっきりとは覚えていない。あとはうろ覚えだ。

 

 しかし、一体どうしてこんな状況を想定できただろうか。何せ、ギレン・ザビである。

 一応対外的には公王であるデギンが最高権力者であるが、実質的には実務を取り仕切るギレンがそうだ。

 そんな相手が、わざわざ一介の少尉を指名して何の用件があるのだろうか。

 そんなもの一つしかないに決まっている。

 数ヶ月前の、士官学校での下級生鎮圧の件だ。

 

「……今回呼び出した理由についてだが、少尉、君の士官学校在籍中のことだ」

 

 ぴたり、と冬彦の手がサラダにフォークを突き立てた形で氷付く。端から見れば滑稽だろうが、当人からすれば死刑宣告まで秒読み様な状況であるから、気が気ではない。

来るだろう来るだろうとは思っていたが、それでもどちらかといえば小心者な冬彦であるから、食器を取り落としていないだけを褒めるべきだろう。

 

「そ、それは……」

「ああ、勘違いしてくれるな。責めるつもりは無い。むしろ賞賛したくて君を呼んだのだよ。少尉」

 

 こともなげにギレンは食事の手も止めずに言うが、冬彦の方はいよいよ比喩表現抜きに心臓が止まりそうになっていた。

 室内にいるギレン以外の何人かが気の毒そうにしているほどだ。

 

「時に少尉。少尉は今のジオンの現状をどうとらえているかな? 忌憚なく言って良い」

「は、え、その……随分と、きな臭くなってきているかな、と」

「ふむ、きな臭く、か。確かにその通りだ」

 

 ここで、ギレンの食事の手が止まる。ナイフとフォークを皿の縁にかけ、胸の前で指を組みフユヒコの事を見定めるようにじっと見る。

 

「少尉も士官学校にいた身だ。今のサイド3の“空気”をよく知っているだろう。実際に“事”が起こるまでは、まだ数年の有余があろう。しかし、だからといって今問題を起こしていいわけではないのだ。その点で私は君のことを評価している。よくガルマの無謀を止めてくれた」

 

 ギレンが臭わせたそれは、当然ジオン独立戦争。後の人が言うところの一年戦争のことだ。

 

「連邦はモビルスーツの事をまだまだ宇宙の玩具だと侮っているようだが、確かにザクⅠからザクⅡへの更新、配備は軍全体から見てもそう進んでいるわけではない。たとえ侮られたままであろうとも、感情にまかせ突発的に戦端を開くわけにはいかん。未だ完成を見ぬ兵装もある。連邦にはむしろもうしばらく侮っていたままでいてもらわなくては困るのだ」

 

 この時代、ジオンがモビルスーツ、ザクを切り札、ある種の決戦兵器として開発に注力していたのに対し、連邦ではモビルスーツをそれほどの驚異としてはみなしてはいなかった。

 ジオンが余り露出させなかったことや、目立った戦果が無かったこと。そう多くない実戦もコロニー内部での暴動鎮圧などがほとんどだったことなどから、宇宙戦闘ではそう脅威にはならないと判断していたのだ。

 もちろんそれはギレンの想定した通りのことで、ジオン側は限度はあるだろうが、ある程度までなら数の優位をモビルスーツなら跳ね返せると踏んでいた。

 むしろ、跳ね返せねばジオンに勝つ道は無いのだ。大艦巨砲主義がいまだ蔓延る連邦であるが、それを裏付けるだけの艦船と、それに裏打ちされる火力が連邦宇宙艦隊には確かにある。

 ジオンにも艦隊はある。だが、その数倍の規模の艦隊を連邦は有している。ちまちまとやっていたのでは局地的に勝てようとも、大局的には磨り潰される。工業力の差の開きも時間と共に如実に表れてくることだろう。それは、ジオン首脳部も痛いほどわかっている。伊達や酔狂で公国を名乗ったりはしないのだ

勝つためには乾坤一擲の大勝負、総力戦に近いに決戦に勝ち、一度の戦闘で一気に連邦の戦力を根こそぎ削り取るしかないのだ。その為の準備にほころびがあっては、大事を成すことはできなくなる。

 だからこそ、その綻びとなりうる“芽”を潰した冬彦を、ギレンはこうして呼び出したのだ。

 

 本人が有り難がるかどうかは、また別の問題であるが。

 

「そっ、それは、過分な評価をば……自分は監督生として忠実にあろうとしただけでありまして……」

「卑下しなくとも良い。……まぁ、確かにドズルや父上はやりすぎだと怒っていたがな」

 

 その言葉に、少しほっとしていたのが一転して、冬彦の喉からうめきとも何とも言えない音が出た。それを見て、ギレンが笑う。小さく、短くであったが確かに笑ったのだ。

 よほど珍しいことであったのか、佐官の一人が持っていたファイルを取り落として慌てて拾い直した。

 

「クク、父上達も末っ子のガルマが可愛いのだろう。だが安心したまえ。少尉の行動には何ら罪にとわれるようなところは無かった。そのことははっきりさせておこう。

それにサスロなどは手放しに君のことを褒めていたぞ。私も同意見だ。先の理由から、大局的に見れば、君の行いは候補生でなければ昇進させたかったほどのものだ。まぁ、不当に貶めたりなどはさせんよ」

「あ、ありがとうございますぅ……」

 

 もう、泣き出しそうになっていた。無論、男である冬彦が泣いても誰の得にもならないので誰も助けようとはしない。

可愛くともなんとも無いし。仮に、彼が男の娘だったらまた違ったのかも知れないが、残念ながらそんな事実はない。

 

 

 

「さて、そろそろ本題に入ろう。実は、今日呼んだのは賞賛するためだけでは無いのだ。流石に、私もそれほど暇という訳ではないのでな」

 

 ギレンが、一つ指をパチンと鳴らすと、壁際にいた、先ほどファイルを取り落とした佐官がすっと冬彦の前に件のファイルを置いた。

 何の装飾もなされていない無機質な印象のファイル。色はある意味見慣れた濃緑で、特に題名などは書かれていない。

おなじみと言えばおなじみのジオンのマークと、禍々しい赤色で、英語でもって『極秘』と判が押されているだけだ。

 知らず、ごくりと唾を飲む。冬彦は逆にまだ唾が出たことに驚いた。

 

「先日の演習、見せて貰った」

「士官学校との、模擬戦闘のことでありましょうか」

「そう、それだ。少尉、君とその僚機はザクⅠ、それも特にカスタムが成されていない機体だった。にもかかわらず、士官学校の候補生相手とはいえ、ザクⅡAを含めた倍する敵を無傷で全滅させたわけだ。無論、僚機がベテランだったことを加味しても、これは充分評価するに値する。

……それを開いてくれ」

 

 言われて、ファイルを手に取る。薄いこともあり、重さはほとんど感じない。

 

 ――感じない、はずなのだが、どういうわけか手に重さを感じていた。これが、プレッシャーなのか、と一人変なところで納得していた。ある種の現実逃避かもしれなかった。

 

 しかし、ここまで来て冬彦にもやっと恐怖以外の何かが芽生え始めていた。それは興味、つまりは、好奇心である。

 何せ、なぜ小心な冬彦が若白髪をこさえてまでも士官学校に入りモビルスーツパイロットを目指したか言えば、ザクに乗りたいからである。

 このタイミングでの、新しい計画。きっと、ジオン驚異のメカニズムの一端に直に触れられる何かがあるはずなのだ。

 

 それは、冬彦の眼に再び光を灯すのに充分すぎる物であり、それを見たギレンの笑みに凄みを増させる物だった。

 

「その計画の、テストパイロットに貴官を任命する」

「――第一次ザクⅠ改修計画、でありますか」

「そうだ。便宜上第一次、と振っているが、結果によってはその限りではない。

おそらくそう遠く無い内に主力はザクⅡに移る手はずになっているが、ザクⅠを遊ばせておくわけにもいかん。かといってリソースをそう多く振ることも出来ん。資源は有限であるし、何より貴重だ。連邦の眼を欺きつつ付けるためにも、外観を大きく変えることも出来ん。

そこで、今の内に小規模な改修と仕様の変更、運用方法の刷新で、ザクⅡに勝らずとも、並びうる程度の戦果を得ることが出来るようにしたいのだ。

無論実戦投入される状況はザクⅡそのものよりは限られるだろうが、その分そこに配備されるはずだったザクⅡと人員を他に回すことができる。

……閃光弾を利用した強襲戦法を実践した貴官の手腕に期待してのことだ。できるか?」

「全力を尽くします」

 

 今までとは打って変わった、食いつかんばかりの獰猛な視線で冬彦は答える。その様子の変わりように、またも周りの佐官は眼を向くことになるのだが、一人ギレンだけは笑みを深くしていた。

 

「なら、任せる。一応、責任者が別にいるから、貴官は案を出す方に傾注してくれ。階級は据え置きのまま転任という形になるが、結果を出せば当然反映しよう。くれぐれも、期待している。

私はこれで席を外すが、貴官は食事を続けてくれたまえ。帰りの車は用意している。それではな」

 

 そう言い残し、ギレンは佐官を引き連れ退室した。

 

 残された冬彦は、今頃になって冷静になったのか若干顔が青くなっていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「閣下、よろしかったのですか? あのような新米の少尉に任せて」

「別にかまわんよ」

 

 腹心である佐官の一人の問に、ギレンは歩みを止めることもなく答えた。

 

「ザクⅠの改修計画は、失敗したとしても問題は無い。ザクⅠのままでも使えるのだからな。成功すれば儲け物、といったところか」

 

 この時のギレンの頭の中には、ザクⅠの改修案の先があった。ザクⅠの改修案そのものも嘘では無い。ただ、ザクⅠへの小規模の改修でできることなら、当然、既存のザクⅡA、そこから先の制式機のコンセプト案として生かすことも容易なはずなのだ。

流石に今からMS06系統のザクⅡの基幹設計にまで影響を及ぼすことは難しいだろうが、バリエーションパックの一つを用意するという意味でなら、充分に期待がもてる。

 

「いえ、そうではなく」

「んむ?」

「人選の方です。彼でなくとも、ベテランは幾らでもいます」

「ああ、そちらか」

 

 数ヶ月前の演習で確かに冬彦はモビルスーツパイロットとしての力量の一端を発揮して見せた。しかし、もっと勤務歴が長く、実績あるパイロットなど幾らでもいるのも事実だ。

 408輸送隊でも、冬彦以外は皆ベテランと言っていい。艦長も兼ねるガデムなどその最たるものだ。

 

「だからこそ、だ」

「と、仰いますと?」

「ベテランは、あれで中々扱いづらい。軽々しく異動させるわけにもいかんし、大体皆いずこかの派閥にいるからな。ダイクンの信奉者も少なくない。ラル家など最たる物だ。

それに、派閥の眼を気にせず独自の判断で動ける人間もある程度必要なのだ。使い勝手のいい人間はできれば手駒として欲しいところだが、ドズルやサスロなども眼をつけている。ぶら下げておくのが良いだろう。ザビ家の末席に名を連ねるガルマ相手に物怖じせず動いた辺り、胆力はあるのだろう」

「それは……そうでしょうか」

「私の目を疑うか?」

「そういうわけでは。しかし、会食での様子を見ますと、どうしても」

「……確かにな。だがまあ、奴の出した結果に間違いは無いのだ。せいぜい期待して待っていよう」

 

 

 

 ギレンの言葉は、どこか楽しげであった。

 

 

 

 




というわけで魔がつかない程度の微改造フラグ。

あとそろそろ話数のナンバリングとタイトルちゃんとしようかなと思ってます。他所様とかぶりそうな気がするので。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他ありましたらよろしくお願いします。

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