転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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久しぶり過ぎて書きづらいッたらない。





第五十四話 彼女は

 ジオン公国の航空機、ドーラ。ドップに似た形状をした中型機で、中小規模の兵員や物資の輸送などに使われる機体だ。

張り出したコクピットの下に位置するキャビンは軍用機の割に意外な程快適だった。

 幾ら何でも航空機の中ということでそう広くはないが、ほんの数人でその一室を占有するとなれば、足ものばせるし、やろうと思えば寝転がることだってできる。

 贅沢だ。文句を付けるとするならば、少々エンジンの音がやかましいことと、それこそ外の景色を見る為の窓が無いことくらい。

 備え付けの椅子に座る私の目の前には、壁から引き出されたテーブルの上に置かれたカップと大きな缶。中には焼き菓子が色々と詰まっている。

ひょいと焼き菓子の中から一つをつまみ上げて、口の中へと放り込む。

もとから小さな菓子をちまちまと食べるのは、趣味ではない。

 

「おいしい……」

 

丸い形をした薄い焼き菓子は、しっとりとしていて、口の中ですぐに形を崩す。

甘みはあるがくどくない。バターの香りも申し分ない。形を崩す間も、舌の上に焼き固められて硬くなった小麦の塊が残るようなこともなく、均等に溶けて消えて行く。

せいぜい指の第二関節から指先程度の直径しか持たぬ偏平な焼き菓子を、確かに美味と感じた。

軍人ではあるが、当たり前の婦女子でもある。

目の前に甘味が、それも普段であれば手が出ないどころか、目にする機会もないような上質な品があれば、もう一つ、あと一つとつい手が伸びてしまいそうになる。

ギョクロという名前のグリーンティーの茶請けにと出された何種類かの焼き菓子は、相手が自慢するだけの味を、いっそ気品を備えていて。

 つい、引き締めていた口元が綻んだ。

 

「コホン」

 

 わざとらしい咳払いが一つ。

口元が緩んでいたことにはたと気づき、さっと右手で口元を隠す。

頬が赤くなっていやしないだろうか。

 

「……失礼しました」

「気にしなくてもいい。私の分も食べてくれてもかまわない」

 

 目線を焼き菓子の缶から上げれば、じっとこちらを見る目がある。

 黒に混じった若白髪。時代錯誤な瓶底眼鏡。しかし鋭い目をした男。

フユヒコ・ヒダカ。

 余り表に立たない為に一般兵には余り知られていないと言うが、耳ざとい者や同じMSパイロットなどは“梟”の名と共にその戦歴を噂するという直属の上官だ。

 開戦前からのMSパイロットで、二度のコロニー落としを巡る会戦や宇宙攻撃軍の威信をかけたルナツー攻略戦で頭角を現した人物。ソロモン宇宙攻撃軍司令官ドズル・ザビに見いだされ、出世の階段を駆け上がった一方で、シン・マツナガなどとは違い余り表での露出がないために、白狼のようにドズル閣下の“懐刀”ではなく“匕首”などと揶揄されることもある男。

連邦でも知られたエースの一人と言えるはずだが、本人は有名どころには勝てん、と否定する。けれど私の様な普通のパイロットと比べれば、やはりその差は戦績に現れている。

特に顕著なのが対艦成績だ。いつも一人で一小隊分くらいはマゼランやサラミスを落としては当たり前のような顔をして帰ってくる。カスタム機に乗っていたと言っても、最初はザクⅠのカスタム機。ザクⅡと比べてもどっこいの性能で出した戦果だ。文句は言わせない。

 

そんな中佐は、今一人称で私と言った。

普段は気の知れた部下の前では大抵俺と言う。

 士官学校の、三年先輩。まだ三十代には届かず、二十代の半ばであるから、俺と言う一人称を用いていてもそれほど違和感はない。

でも、今は私、と外向きの言葉を使った。

口元を上向きに歪めて私を見ている。

吊り目がちな細い目を伏せ、珈琲のカップを両手で持って。

 笑っている。

 けれど、笑っていない。

 それくらいは、わかる。

私で無くても、戦隊のMS隊や整備員くらいに、日頃から話をする機会のある人間であれば、誰でも。

 不機嫌、ではないと思う。何か警戒しているのかも知れない。笑いながら。

 

 原因は、女。

 変な話、浮気とかではない。

 中佐には、いわゆるいい人はいないらしいから。

 

 ミレイア・セブンフォード。親衛隊の特務中尉。少佐相当の権限を持つ女。

 前に一度だけ戦隊を訪問したこの特務中尉は、どういうわけかサハリン少将からの要請書を持って戦隊のいる基地にこのドーラでやって来たのだ。

 

 平の中尉にすぎない私は、機密に触れることが出来ない。

求める情報に触れる術も、コネも持っていない。

 だから、どうして私と中佐が、ギニアス・サハリン少将閣下に呼び出されて、その道中を親衛隊と共に移動しているのかもわからない。

 戦隊各員は、MS共々基地に居残っている。

 私と中佐だけが引き離された。後の指揮は、イッシキ大尉が引き継いでいる。

 気さくな方だ。そちらに不安はない。

 

今この場に特務中尉殿はいない。けれど、盗聴機の類がないとは限らない。だから、中佐も外向きを取り繕っている。

 

「中佐」

「何かな」

「今度の要請は、いったい何が目的なんでしょうか」

 

 はぐらかされるとわかっていても、向き合う形でずっと座っていたのでは間がもたない。

 だからそれらしい問をして、少しくらいは会話をしたい。

 そう思って問いかけると、意外な事にすぐに答えが返ってきた。

 

「そりゃ決まってる。うちの持ってるデータだろう」

「データ……」

 

 何のデータだろう、と記憶を探る。

 思い当たることは幾らでもある。ソロモンから送られた金塊。独自運用のカスタムMS。積み重ねた戦闘データ。情報の端々でも、欲しがるところは多いはずだ。

 

「そう。データだ。連邦製のザク。コピーザクと言おう。うちの部隊は最前線にいて、格闘戦もやってる。ヴィーゼ教授のツインアイもあって、データの質、量共にうちが一番だ。それに、特務仕様っぽい奴とも戦ったから、それもあるだろう」

 

 コピーザク。防衛線で連邦が繰り出してきたMS。おそらくは情報が流出した物だと言っていた。勿論そっくりそのまま同じ物ではないから、今後の対MS戦に向けてそのデータは必須だ。

 しかし、と一つ前置きをした上で彼は言った。

 声を潜めることも、身を乗り出すことも無く、山勘で当たりをつけるように、気軽に。

 

「一番欲しいのは、“アレ”なんだろうな」

 

 何を示しているのかは、わかる。基地の中でも一段セキュリティレベルが高いところで保管、研究が行われている、戦隊がたまたま入手した戦利品。

ザクでも使えるビームサーベル。

その存在がもたらす衝撃は、どれだけこの武装の持つ重要性に気づけるかに比例するだろう。強力な火力。優秀な携行性。なにより、ビームを収束し一定の形で維持できるという技術力。その本質は、いよいよジオンのアドバンテージが消えつつあるのではないか、という疑念だ。戦争そのものの優位性に罅を入れかねない問題。

情報は、嫌が応にも広がっている。広がって、呼び出されたのだろうから。

 

「……どうするのですか」

「まだアレのことまでは嗅ぎつけていない可能性も高いが、欲を出すのは良くないな。独り占めはできないだろうさ。だがタダで何もかもくれてやるつもりはない。我々はソロモンのドズル閣下の麾下にいる人間だ。精々“綱引き”に使わせて貰おう」

 

 地球全土に根を張る連邦もそうだが、コロニーや資源衛星の幾つかを領土とするジオンでさえも、一枚岩ではなく幾つもの派閥にわかれている。

 ドズル閣下の麾下にいる、と彼は言った。

 その通りだ。地上に降ろされてなお、私達の所属は宇宙攻撃軍のままであり、地上に根を張るキシリア様やガルマ様の突撃機動軍や地球方面軍に編入されたわけではない。サハリン少将とも、協力関係にあっても指揮系統まで一元化されたわけではない。だからこそ今回も命令書ではなく要請書だった。

 

 けれど、中佐は気づいているのだろうか。

 

 私だけではない。ヒダカ独立戦隊と呼ばれる者達の多くは。

もしも中佐が旗幟を変えたなら、そのままついていく気でいることに。

私達が仰ぐのは、ドズル閣下やギレン総帥ではなく、貴方であるということに。

 少なくとも、MS隊は着いていく。艦隊は割れるかも知れないが、イッシキ大尉はそこに理があれば中佐につくはずだ。イッシキ大尉がつけば、他の艦長達も。そうすれば、小規模でも艦隊が組める。

 艦隊を組んで、そこからどうなるかは私にはわからない。

 貴方の判断に、私達は導かれるままついていく。

 

「――お気に召したか? 中佐殿」

 

 キャビンの扉が開き、人が中に入ってくる。

 件の、ミレイア・セブンフォード特務中尉。赤い軍服の上からなお鮮やかな赤髪を後ろに流した姿は、親衛隊におらずとも目を引くだろう。付き人のように佇む背の高い茶髪の中尉の姿もある。

 所属が違うとは言え、階級は相手が上になる。立ち上がり、敬礼をする。

 中佐はそのままだ。ドーラに乗り込むときに一連の応答は一度済ませてある。二度目は不要と判断したのだろうか。

 

「ああ、堪能させて貰っているよ。セブンフォード特務中尉。よくもまあ玉露なんて用意できたものだ。私などでは目にする機会も無いのだが」

「それは良かった。本国から持ち込んだ嗜好品の一つで、私の私物だ」

 

 特務中尉は、壁の前の開いていた三つ目の席に座った。私は立ったままだ。

 

「何かご用かな」

「少々伺いたいことがある。何でも、中佐の隊が敵性技術の一端を手に入れたとか」

「ええ、確かに。先日の戦闘で、敵機の残骸は回収した。それが何か」

「それは、例の連邦製のMSだろうか?」

「その通り」

「具体的に、どんな物か教えていただきたい。回収した残骸の状態も、詳しく」

 

 どちらも口に笑みが浮かんでいるが、目は冷たい。

やはり壁越しに話を聞いていたのか、防衛線には出ていなかったはずなのに、斬り込んでくるのが素早い。特務中尉の交渉術は、牽制ではなく最初から正面から殴り合うスタイルのようだ。

 コピーザク。その存在は早々と本国にも知れ渡っているらしい。

 

「……完品は無いな。パーツを寄せ集めれば、連邦の武装込みで一機分位は形になるかもしれない。今も開発局から出向している第六局が調査している所だ。終わり次第、データとしてお送りする形でよろしいか?」

「いや、できれば物が欲しい」

 

彼女は机に両肘をついて、身体を中佐の方に乗り出している。

 顔が近い。それと、机で胸が潰れて形を変えている。あからさまな色仕掛けだが、中佐に効果は薄いはず。自慢ではないが、綺麗どころが傍にいるのだし。

 

「どの程度」

「出来うる限り、何もかも」

「欲張ったところで宇宙へは打ち上げられないだろう」

「本国からザンジバルが来る。打ち上げもラサ基地のカタパルトを使わせてもらえるよう交渉済みだ。凄いだろう。地上の一地域にザンジバルが四隻も揃う」

「それは、親衛隊から宇宙攻撃軍所属の我々に対する命令か?」

 

 中佐の目が、硝子のレンズの向こうで輝いた。特務中尉はその輝きを呑み込んで、なおも深く斬り込んでいく。特務の肩書きは伊達ではないのか。

 けれど、中佐が言ったのを聞いていたはずだ。根こそぎにはさせないと。

 

「要請だ。今はまだ。すぐにでも供出命令にできる」

「物があれば、それも有効だろうが……物が無ければどうする」

「私が聞いた。しかとこの耳で。それがないとなれば、手を入れるのもやむを得ないだろう。なにせ、戦時下にあるのだから」

「そうだな。戦時下というのは、厄介だ」

 

 その瞬間に、中佐と特務中尉の間の不穏な物が決定的になった。

 怒声が響く。声の主は特務中尉と共に来た中尉の物。

 けれど、彼が二人の空気に呑まれていた分、私の方が一瞬速い。

私は、いつだって中佐の傍にいたのだから。

 

「親衛隊に、銃を向けるのか。中佐」

「お互い様だよ。特務中尉」

 

 そう、お互い様だ。現に私の方が速かったが、相手の中尉も、手がホルスターに伸びている。

 このアジアという地域は前線だ。やろうと思えば、どうにでもできる。

 

「悪いな特務中尉。うちのが優秀なようだ。続きはギニアス少将を交えて、フェアにいこうか」

 

 そして中佐は、いつものように笑うのだ。

 

 

 

 




内容にまったく関係ないけど、レコンギスタ?のHGの出来が気になる。
関節とかいじりやすいと塗装が楽だから嬉しいのだけれど。

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