転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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キキの出番は次回以降。


第五十話 来るものども

 

 とれかかった車輪がくるくると回っていた。

 ヴィーゼルと呼ばれるジオン製の装輪装甲車の物だ。

 兵員輸送以外にも偵察における斥候の足として多目的に使われる頑丈な車体が今は横転し、腹を晒して煙を噴いている。

 側面には、大きな凹み。貫通こそしていないが、その大きさはバスケットボールほどもある。

 乗員は、いない。車体後部のハッチから全員が既に脱出している。だが、無事というわけではない。

 

「動くな! 両手を頭の後ろで組んでじっとしてろ!」

 

 彼らに突きつけられたのは、銃口。ヴィーゼルを横転させた襲撃者達の物だ。それも一つ二つではなく、ぐるりと乗員を囲んでいる。

 よく日に焼けた肌が袖の無いシャツから覗く、農作業に従事していても何らおかしくない格好で、彼らは銃を持ち、それをヴィーゼルから這い出たジオン兵達に向けているのだ。

 

「おのれ貴様ら、我々を誰だと……!」

「黙ってろよ」

「ぐっ」

 

 にやついた男にマシンガンの銃口を間近に突きつけられて、一度は気勢を上げた下士官らしき兵士も引き下がり、俯いてしまう。

 その間に何人かが縄で兵達を拘束し、一列に繋いで歩かせていく。

藪を分け入った先には、荷台が幌のトラックが二台止まっていて、片方には鉄板が貼られている。

ジオン兵は鉄板がない方のトラックに一纏めにして乗せられた。暴れたり逃げたりしないように、銃身を短く切ったマシンガンを持った男が監視として最後に乗っている。

 

「さーてっと、もう一発試しておこうか」

「おい、遊ぶな」

「すぐにすますよ。見てろって」

 

 男と兵士達が全員トラックに乗り込んだ後に、先ほどマシンガンを突きつけたゲリラだけは、何を思ったかまたトラックから降りてきた。

 その手にあったのは、マシンガンではなく、対戦車ロケット弾。

そう古い物では無く、連邦の制式の物とかわらないもの。これこそが、ジオンのヴィーゼルを吹き飛ばした正体だった。

 

「へへっ、良いモン手に入れたぜ」

 

 照準もそこそこに、男は引き金を引く。

 打ち出されたロケット弾は装甲を貫通し、ヴィーゼルを今度こそ爆発させた。

 

 残されたのは、残骸と轍だけだった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ゲリラの対処を任されたと言っても、その範囲は広大だ。指定エリアは島嶼部を除いた東南アジアほぼ全域がその範囲で、現地の軍の協力を得ることは許可されたが、大きく動かすことは許されなかった。

 東南アジア地域で反ジオンを掲げるゲリラは、連邦兵の残党であることもあるが現地の住民であることの方が多い。よって、その組織は村ぐるみ、地域ぐるみであることも少なくなく、規模も大小様々。

装備は対戦車ロケット弾がせいぜいだろうが、その数と、地形をよくしる現地民だからこそ密林に紛れて動ける強みがある。

手元の戦力は戦隊のザクと地上に降りてから用意した航空機が少々。とてもではないが、全てのゲリラを狩り出すなど不可能だ。

 

ならばどうすると頭を捻り、冬彦が取った方針は物資による懐柔である。

 

 現地民によるゲリラ行為はジオンの侵略に対しての反抗であり、必ずしも連邦に味方し、連邦の為に戦っているわけではない。

 連邦から物資の支援を受けジオンに敵対している村もあれば、ジオン連邦双方と距離を置いている独立心の強い村もある。どちらともほどよく距離を置き、仮初めの平和を享受している村もある。

その辺りの舵取りはそれこそ地域単位でばらつきがあり、横の繋がりはあっても縦の繋がりと言う意識は希薄でそれぞれが物資を融通しながら自分達の拠点を中心にその周辺で活動しているのだ。財布事情にも、ばらつきがある。

 そこに物資をばらまくことで、まずは交渉の席を作る。あとは、そこでさらなる物資供与の提示を行い、寝返るとまではいかなくとも連邦寄りから中立へ。できればジオン寄りに舵を切ってもらい、最悪ギニアスがMAアプサラスの降下・飛行実験をする間だけでも大人しくしてもらえれば任務は成功だ。

 このための資金源は、ドズルが冬彦に寄越した金塊から。勢力圏を拡げ後々の繋ぎをつくることにも繋がるので、全体から見れば微々たる物とはいえ冬彦は使用に踏み切った。

 時間と労力、金はかかるが、その分武器弾薬の消費と、何より人員の損害は抑えられることを見込んで、結果的にこの方策は概ね上手くいっていた。

 

 上手くいっていた……のだが、それも冬彦が一本の凶報を受け取るまでになってしまった。

 

「なんだと?」

 

 その報告を受けたとき、冬彦の眉間にきゅっと皺が寄った。眼鏡のおかげで幾らか増しとは言え、キツイ目つきの冬彦が眉根を寄せて相手を見れば、それはもう本人の意志にかかわらず睨んでいるのと変わらない威圧を相手に与えてしまう。

 哀れなことに、この日冬彦に通信指揮所からのメッセージを伝えに来た当番兵は元から基地にいたギニアス麾下の若い通信兵。

 戦隊の所属であればもう慣れた物で例え一等兵でも特別怯えることはないが、他所のとなるとまた別だ。

所属も微妙に違う上、何だかんだで武勇伝もある見た目の怖い中佐にきっと睨まれれば、それは肝の縮む思いがするだろう。

 

「え、ええっとですね、その」

 

 まどろこっしい。そう思った。

冬彦は椅子から立ち上がりつかつかと歩み寄ると持っていたバインダーを奪い取る。

 

「ひっ」

「これは、確かか?」

「はっ、はい!」

「……戦隊首脳部を会議室に集めてくれ。通信指揮所にいる士官の誰かに聞けばわかる。それと、MS隊にも呼集をかけろ」

「了解しました!」

 

 厄介なことになった、と冬彦はいつも以上に表情を険しくする。MSを駆って出撃している時でもそうそう見せない、鋭い眼をしていることは、本人は気づかない。

 

 

 

 会議室に人が揃ったのは、通信兵が冬彦のいた格納庫の一室から飛び出て十五分ほど経った頃だった。冬彦をトップに、フランシェスカやアヤメにガデムと戦隊に馴染み深い面々が揃っている。

 彼らは誰も彼も入室すると、冬彦がいつにもまして怖い顔をしているのを見ては足を止め、また何か起きたなとあたりをつけて怖々としていた。

 しかし、席に用意されていた詳細な資料に眼を通すと、皆似たような顔をした。

 

「被害が出た? ゲリラ相手に?」

 

 人が揃って最初に発現したのは、ガデムだった。

 室内ということもあって、鉄メットは脱いでいる。

 

「儂は交渉する為に方々へ人をやっていると聞いていたが、違ったのか」

「違わない。全く持ってそのとおり」

「で、失敗したのか」

「交渉に出向いてそこで何か、ということじゃないらしい。どうも帰りがけに襲われたようで、急いで別の部隊を向かわせたらヴィーゼルが二両黒こげだったそうだ」

 

 ちなみに冬彦からガデムへの敬語が無くなっているが、これは療養中に見舞いに訪れたガデムに良い加減周りと合わせろと怒られた為である。

 中佐の冬彦が大尉のガデムに上官に対応するような言葉遣いをしていたのは配属されたての頃の印象が強かったからで、半ば身内のような戦隊の中だけならともかく、基地にはもとからいたギニアス麾下のアジア方面軍の兵もいる。

 ようはけじめをつけろ、ということだ。なお、この変化は好意的に受け入れられているようだ。

 

「どうするんだ?」

「無論、奪還する。ここで甘い対応をすると他との交渉も上手くいかなくなる」

 

 冬彦が描いていたのは、とりあえず交渉と取引ができるだけの関係だ。

 舐められては、それに支障をきたしてしまう。

 

「そうは言うが、簡単じゃあないぞ。MSで制圧となるとヘタすると兵も巻き込む」

 

 一番軍歴の長いガデムがそう言うと、誰もが難しい顔をした。

単に軍歴が長いと言うだけでなく、ジオンが公国に変わる前後のごたごたとしていた時期に、実際に反ザビ家の活動家やデモに対してザクⅠで鎮圧に出ていたこともあるガデムだ。専門では無いにせよ、どの方面のことにもにもある程度の見識がある。

 他の面子は冬彦のようにMSパイロットであったり、アヤメのような艦隊の指揮官であったりとMS運用に関わる人員が多い。そのため、安易にガデムの言葉をひっくり返せない。

 

「戦隊の人員を割いて陸戦隊でも組むか? ヘリがあるから降下急襲作戦できなくもないぞ」

「野戦経験の無い隊員にヘリボーンなんてできるか」

「なら、付近の部隊を動かすか。陸戦用の装備も豊富だろうからな」

「それも考えたが……フランシェスカ、あれを」

「はい」

 

 机の上に地図が拡げられる。彩色の入った紙の地図だ。所々に赤や黒のインクで書き込みがされていた。そしてその書き込みは、海岸線付近に集中している。

 フランシェスカは更に凸型の駒を幾つも地図上に並べていく。プラスチック製で、色は赤と青。青がジオンで、連邦が赤だ。

 

「先日、東の旧日本列島にいる友軍が太平洋を渡ってきた連邦の輸送艦隊を補足した。艦隊は列島東部で部隊を幾らか下ろしたあと、更に西進してこの東南アジアで大陸北東アジアの部隊と合流を目指しているらしい」

「ほう、規模は?」

「護衛も含めた艦船が一昨日までに二十七、加えて潜水艦が八。こちらに向かう艦隊を列島の友軍が撃破できたのはこのうち輸送艦が六で潜水艦が一。ミデアやガンペリーの動きも慌ただしいらしいから、まだ追加が来るかもしれない」

「ここしばらくで一番の規模か。となると、反攻作戦だな。押さえがいる」

「ザンジバル、発進準備はしておくよ」

 

 冬彦がもたらした情報に、ガデムは顎髭をかきながら、アヤメは眼鏡の位置を直しながらそれぞれに答えた。

 

「ギニアス・サハリン少将への報告もノリス大佐を通して行った。兵の奪還と連邦の反攻作戦の対応を一度にやる必要がある。更に……」

 

 赤ペンを持って、海岸線から内陸へ向けてきゅっと線を引く。

 

「これが、連邦の予想されるメインの侵攻ルート。でもって……」

 

 もう一度、今度は丸を書く。丁度、線の先だ。

 

「ここが兵がいると思われるゲリラのねぐらだ。どう思う?」

 

 背もたれに身をまかせ、出席者の顔を見回して、冬彦はそういった。

 最初に発言したのは、やはりというか、アヤメだった。

 

「連邦が他のルートをとる可能性は?」

「海岸線からだと他は十中八九、無い。海側からの攻勢正面だ。もたもたしてると北から南進してくる部隊と挟撃される」

「見捨てるわけにもいかんしなあ。結局どうするのだ」

「どうもこうも無い。まず兵を奪還する。後は防衛線を構築して、少将からの援軍を待つ。ついでに防衛戦を下げすぎると少将からの指定エリアに接触しかねないから、なるべく押し込む必要もある」

 

 赤いペンが忙しく動き回り、円やら弧やらをどんどん書き込んでいく。

 それを見た出席者達はげんなりとした顔をした。思いの外、状況が悪い。

 

「補給線がゲリラの勢力範囲を突っ切るのか……」

「しかも、二方面作戦じゃないか」

「なんであれ、やるしかない。話を通せればなんとかなるさ」

 

 冬彦が席から立ち上がった。地図へと落ちていた視線が集中する。

 

「作戦名は“グレイッシュ”とする。詳細は追って連絡するが、先発隊の出発は今夜だ。各員、準備を急いでくれ」

 

 

 

 





もうちょっとザクⅠで頑張ってもらうんじゃよ。

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