《出やがった。一つ目野郎だ!》
ユーラシア大陸南東部沿岸。
生い茂る木々や藪に紛れるようにして、何人もの人影が息を潜めて獲物を待ち受けていた。
彼らが獲物と定めたのは、機械式の双眼鏡でもって彼方に見える、トラックの車列とその周囲を護衛する巨人の影。モビルスーツ。
誰もが元は薄いベージュであった制服を泥でよごし、頭から草を被って耐えていた。
彼らの多くは対戦車戦を想定していたロケット弾を装備していたが、中には強力な発射台から打ち出す有線式の物を装備した者も居る。
「情報より、数が多いな。何機だ?」
《五、いや六。まだいるかもしれません》
「……少し待て、中隊長に判断を仰ぐ」
大木の影に隠れた男から、道沿いのくぼみに隠れている男へと通信が飛ぶ。
彼らの正体は、連邦のアジア方面軍の生き残りだった。より正確には、南北に分断されたアジア方面軍の内、より被害の大きかった東南アジアの部隊から抽出された、対MS特技兵。
アジア方面の部隊はジオンの降下作戦で大きな被害を受けた。だがけして全滅したわけでは無く、組織的な戦闘を行うことができるだけの規模は確保していたのだ。
ただ、それでも被害は大きかった。戦線の後退、連邦の勢力圏にある北部部隊の南下など立て直しが急がれているものの未だ完全ではなく、その戦力には穴がある。
とは言え欧州や北米もジオンの攻勢にさらされている今、東南アジアの部隊だけが息を潜めているわけにはいかなかった。軍である以上は戦力が少ないなら少ないなりに、戦うことを求められるのだ。
そこで、南下してくる援軍を待つ間、反攻作戦の前に司令部が実行に移したのが、陸路で移動するジオンの補給部隊への攻撃だ。
正面切ってMSを相手にするのは難しい上、少なくない犠牲を強いられる。それに比べれば、一撃離脱での夜間の奇襲戦は消耗も少ない。今の連邦東南アジア方面軍にすれば、他にとりようがないほど適した戦法だった。
《……作戦続行。ただし、先にMSをやる。関節や頭を》
「了解」
道路を通る物から見えぬよう隠れて吸っていた煙草を握り潰し、小隊長は影から顔を出した。すぐ傍では、部下がリジーナと呼ばれる有線式誘導弾の照準にかかりっきりだ。
中隊長の通信と共に、潜んでいた兵士達が改めて照準を合わせながら、その時を待つ。
前もって設定しておいたキルゾーンに、ジオンの補給部隊が進みきった、その時を。
「止まった……?」
しかし車列とMSは、あと少しというところで停止した。
丁度、攻撃予定エリアの境として設定していた橋の手前で、急に立ち止まったのだ。
《ばれましたかね》
「いや、その割には動きがないが……」
先頭のザクは、銃を前に向けたまま、棒立ちしている。
そこで、小隊長は気づいた。先頭のザクのメインカメラが二つあり、やたら輝くそれがしきりに動いていることに。
だから、小隊長は気づけなかった。先頭の角のついた旧式のザクこそ動いていないが、後方のザクの持つ大砲が、自分の方に向けられつつあることに。
それに気づくことができたのは、砲口が火を噴いてから――
「……総員、てっ――!」
撤退と。小隊長は、命令を最後まで伝える事はできなかった。マゼラ・トップ砲から掃き出された砲弾が直撃した後には、小さなクレーターができていた。
兵士達が見たのは、それまで小隊長がいた所から土煙と炎が上がった瞬間だった。夜間でもよく見える暗視装備は、痛いぐらいに炎を捉えた。
《隊長がやられた!くそったれ!》
潜んでいた連邦の兵士達も敵がこちらに気づいていることに気づき、仲間の仇とばかりに構えていた武器を発射するが、大きな成果を出すことはできなかった。
《ちっ、外した! 妙に動きが良い!》
《盾持ちが仕事をしてやがる! リジーナを盾で逸らしやがった!》
もしも狙いがトラックなどに向けられていたのなら、多少なりとも成果を得ることもできたのだろう。しかし先の命令もあって、狙いは多くがMSに向けられていた。
更には、キルゾーンの手前で立ち止まっていた為に射点の多くから目標が遠く、近くからのものも事前に察知していたかのように盾で防がれた。
如何にMSとて流石に無傷ではないが、最初想定していた被害にはほど遠い。
奇襲は、完全に失敗だった。
《中隊長から各員! 反撃が来る前に撤収する! 繰り返す、撤収!》
《アイ・サー!》
中隊長命令を受け、慌ただしく連邦の兵達は前もって決められた合流ポイントを目指し、ジープやら小型のボートやらで散り散りに撤収していく。
ジオンのMSは部隊の護衛に徹しているらしく、散発的に砲撃を打ち込んでは来ているが、追撃はしかけてこない。それでも、数発に一度の割合で、味方の悲鳴が無線機越しに飛び回っていた。やはり、どうやっているのか相当な確度で位置を補足されているのだ。
「くそったれが……!」
悪態に答える者は、誰もいない。
◆
《お帰りなさい、中佐》
「ただいま、中尉」
基地まで辿り着いた補給部隊と、その護衛部隊。先頭には、連邦の奇襲部隊を察知したザクがいた。
茶と白のパーソナルカラーで迷彩が施された、通常一つのメインカメラを二つ積んだ奇っ怪なザク。ショルダーアーマーには、梟のマーク。
言うまでも無く、冬彦のザクだ。
ただし、ザクはザクでも、ルウムの後一度はお役ご免になり、修理した後予備機の枠に入れられていたザクⅠである。頭部だけは最新のものになっているが他はかつてのまま。増設していたスラスターも地上においては余り役に立ちそうにないが、そのままだ。
《いかがでしたか、久しぶりのⅠ型は》
「悪くない。ザクⅡに比べて動きが重いかと思ったが、地上では思ってたほど気にならないな。それに待ち伏せをくらったが、この頭部のおかげで助かった。初めてこの二つ目に感謝した気がするよ」
《それは良かったですね》
一度は懲りたはずなのだが、冬彦の頭に息苦しいヘルメットは乗っていない。相も変わらず、ヘッドセットとインカムが一体になったタイプの通信機だ。変わったところはと言えば、少々若白髪が増えたのと、また髪が伸びたこと。それと、瓶底眼鏡が新しくなった位か。はや三代目である。
「外に出るとやはり蒸すな」
ザクⅠのコクピットの縁から身を乗り出すと、熱帯特有の周囲を見渡せばここまで護衛してきた車列が続々と塀の内側へと入ってくる所だった。
この基地はラサ基地から見て東南東の方角に位置し、ギニアス・サハリン少将のラサ基地からは随分と離れている。
ノリス大佐との会談の結果引き渡されたのがこの基地で、元は連邦の航空基地を接収したものらしい。航空基地と言うだけあってザンジバルの離着陸が可能な滑走路が二本あり、設備の面でも問題は無い。本国からの補給物資も、ザンジバルが離着陸できる規模ならコムサイでも充分に着陸できるため、直接受け取ることが出来る。往還用のブースターがネックだが、ルークスで生産できないか検討中だ。
現在は監視網や防御・管制設備を始めとした各種設備の拡充に加え、連邦の航空機による偵察対策としてザンジバル用の半地下の格納庫の建造も行われている。
使い勝手は良いが、前線からも遠くは無い。戦線の後退次第では、最前線にもなり得る立地である。
殆ど見ず知らずの部隊に基地一つ預ける。ノリスからすれば賭の一面もあるだろうが、実力のある部隊であれば自軍の勢力を削らずに戦線の一角を構築できるという“うまみ”もあるのだ。
東南アジア地域は、太平洋方面と東南アジア島嶼部に加え、ジオンが押し切れていないユーラシア北東部からの侵攻もありえる難しい地域だ。
北にヒマラヤ山脈を望む形でジオンが布陣している以上、北側から連邦は大部隊を動かすことは出来ない。となれば、当然アジアのジオンを駆逐する為には、連邦は西か東のどちらかからか回り込む必要がある。この基地は、先に述べたように東側での最前線に化けるかもしれない。
できることは何もかも、逃げ支度さえできる内にやっておくべきと、冬彦は思っている。気が早すぎると、ガデムなどには怒られもしたが。
「よーう、中佐。やはりザクⅠの方が似合っとるぞ」
「ガデム大尉。留守中に何かありましたか」
「何もないわい。全くもって退屈だ」
噂をすれば影が差すと言うが、ザクの下で待っていたのはガデムだった。ガデムとて暑いはずなのだが、服装はジオン制式の通常の長袖の軍服。本人は襟口を開いただけで平気な顔をして手を振っている。
「もう本調子か?」
「ええ。どうにかこうにか」
「まあ生きていただけ、褒めてやろう。それが一番必要なものだからな」
墜落から、一ヶ月。
冬彦もフランシェスカも、あの夜の話は他の誰にも話していない。
パトロール部隊のヴィーゼルに回収された後、ヘリに乗り換えてザンジバルに合流してからは即行で艦内の病室へとたたき込まれ、診察と治療が済むまでは何もさせてもらえなかった。
その間も、フランシェスカはベッドの横でつきっきりだった。
答えが出ないままに二人以外を巻き込みながら、二人だけの秘密になった問答を、二人っきりで話したこともあったが、まだ答えは出ていない。
復帰に向けて動く冬彦を副官の仕事と言っていつも傍に控えるフランシェスカと冬彦の態度を見て、二人に近く付き合いが長い何人かは何かあったかと勘ぐりもしているようだが、よくわかってはいないようだ。
「それはそうと中佐。何も起きては居ないが、面白い情報が宇宙から回ってきたぞ。ついに出たそうだ」
冬彦がワイヤー伝いに地面に降りると、ガデムが近寄り、耳打ちした。
「何がです」
「連邦製のモビルスーツ」
「ほう」
ついにきたか、と思いつつ、何が来たのかという疑問もある。
悪名高き白い悪魔は、サイド7で開発中のはず。資源や物資を運ぼうにも制宙権がほぼジオンにある以上、南極条約があるとはいえ輸送できる物資の量は限られる。
ジムが出てきたか、それともガンキャノンかガンタンクか。
「映像か何か、ありますか?」
「写真があるぞ。軍に長くいると、こう言うときに顔が利くのでな」
ガデムが取り出した、つるりとした一枚の紙。極々平均的なサイズの写真。裏面の指触りからは軍で使っている物では無く、民生品のようにも感じる。
「しまった……そうきたか」
冬彦は正面から望遠で取ったらしい、一部ぼやけた写真を見て目を剥いた。
ショルダーアーマーの形や、頭部や胸部など形状に差違はあるものの。
連邦のマークが塗装された、クリームがかった白とオレンジの巨人の姿は。
「ガデム大尉」
「おう」
「何に見えます?」
「ザクだ。白いがな」
「……まずは、数を揃えるところから始めるつもりか。連邦め」
「そういうこったろうさ。ま、MS同士ならやりがいもある」
ザクのコピー生産。それが、MSの独自開発が遅れている連邦の苦肉の策らしい。
頭部のモノアイの代わりに固定式のカメラが頭部のバイザー越しに見て取れる辺り、内部でもザクと違う部分は多いのだろうが、全体的なシルエット、特に腰のスカートアーマーから下はザクと違う所を見つけるほうが難しい。
ジムの姿はまだ無いし、ザニーとも違いほとんど色の違うザクといった様相だ。写真には、三機が映っている。
「これ、どこの写真ですか」
「北米戦線だ。南米との境目だけじゃなく、東側沿岸部でも何度か見かけた部隊がいるらしい。他に巨大な戦車もいるんだと。ガルマ様はてんやわんやだろうな。北米以外はどうかしらんが……こちらにもくると思うか」
「来るでしょうね」
「だな。おそらくは海からだ。儂とお前でⅠ型でも相手できるか試してみねば」
「勘弁して下さい……」
「貴様がどう思っていようと、周りはエースと見るぞ。やらんわけにはいくまいよ」
「はあ」
「気張れ、中佐」
「……気を引き締めないと」
連邦製の、ザク。その脅威は、いかほどか。
この間、艦娘型録見てて唐突に前に言ったのとは違う艦これネタが降ってきたので書こうとしたら、メインのPCで龍驤の驤が出せなかったので断念。
これが所詮エア提督に過ぎない私にとっての罰だというのか!