転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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冬彦を中佐にしたのを少し後悔。少佐でも良かったような……

あと、ラルさんとか黒い三連彗星とかより階級高いんですけど、そちらは気にしません。
政治的に対立してたり、スタート地点がそもそも低かったんだと思います。ちなみに白狼は後者。


第三十一話 下拵え

 

 

 突然だが、実はグラナダの基地司令はキシリアではない。

 

 意外に思われるかも知れないが、キシリアの立場は突撃機動軍のトップであって、グラナダの司令は別にいる。

 というのも、キシリアにもザビ家の一員として、あるいはそれ以上の野心がある。

その為に、日夜謀略を練っている。

ジオンも一枚岩ではなく、兵を都合したり、資源を回したり、利権を分捕ったりと政治的な根回しの為にはどうしてもグラナダから離れる必要も出てくる。

ジオン本国のあるサイド3と、月の裏側に位置するグラナダ。それなりに距離もある。

長く留守にしている間に、敵対派閥に基地の有力者をすげ替えられた……などということにでもなれば目も当てられない。

実際にそういうことが起きるとは誰も思っていない。しかし、幹部の一人二人を暗殺するという程度のことなら充分起こりうる。

繰り返すが、今はまだ表面化していないとは言えジオンは一枚岩ではない。

 グラナダが突撃機動軍の本拠地とはいえ、例えば突撃機動軍の中にもギレン派はいる。それどころか、どこの派閥であっても、十中八九別の派閥の人間が混ざっている。確かなのは、それぞれの本拠地においてはその派閥が絶対的多数であるということだけ。

 そして、暗殺などと言う物は、手間暇を惜しみさえしなければ少数であっても充分に可能なことである。

 キシリアの留守中それを防ぐのが、グラナダの基地司令の仕事というわけだ。

 

 ちなみに、宇宙攻撃軍の場合で言うと、今のソロモン基地司令はラコックである。

 

 とにかく、キシリアがいない間、ジオンの一大拠点の一つ。グラナダを取り仕切る基地司令はルーゲンスという男だ。

 さて、このルーゲンス。今何をしているのかと言えば、冬彦にたいする“歓迎会の様なもの”の準備をしていた。

 ドズル派の中核の一人と目される冬彦が、キシリアのいないタイミングで来たという報告。様子見ともとれるが、ルーゲンスには何らかのアクションがあるように思えた。

それに対処するために、ある程度動きを封じ込めるのと、情報収集、さらには勧誘と多くの目的を兼ね備えた立食形式のパーティーを用意した。

ルーゲンス自身が出席すると成れば、中佐の冬彦では断りづらい。

 冬彦自身をスカウトするのは難しくとも、あるいは引き連れているMSパイロットの下士官なら一人二人引き抜けるかも知れない。そんな思惑もあってのことだ。

 危険も付きまとうが、確実に状況に対する一石にはなる。

 

 キシリアの幕僚にあって本拠地グラナダの基地司令と高い位置にいるルーゲンスが無能なはずもなく、粛々と参加者のリストを造る間、知らず微笑が浮かんでいた。

 本来であれば部下に投げる仕事だが、先のルナツー攻略の成功もあって情勢は微妙。

 端末の画面をスクロールするのももどかしい。

 しかし面倒だと階級の高い準から選んでもそれでは立ち行かなくなる。

 間に入り、自身を“つなぎ”としてでも物事を思ったとおりに“上手く回すの”が何よりも楽しいのだ。

 そのための手間などどうということはないのだ。

 

「閣下」

「どうしたかね」

「先ほど、宇宙攻撃軍のチベとムサイがグラナダに入港しました」

「おや、もう着いたのか。存外早かったな。迎えはやったが」

 

 部下からの報告に、ルーゲンスは一度手を止めた。ペンを持つ手を顎に当て、ふむ、と一言呟いた。

 

「そういえば、彼らの船は随分と手が入っているらしいな?」

「はっ。その様に聞いております。特にチベは再設計型の試作艦とか」

「可能な限りデータを取っておいてくれたまえ。それとなくな。艦船については、当分マイナーチェンジが主となる。あの船のデータがあれば、助けになる」

「では、そのように」

 

 ルーゲンスは、去りゆく部下の背を満足げに眺めていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あの……中佐、イッシキ大尉を置いてきてよろしかったのですか?」

「かまわんのだよ中尉。誰も彼も居なくなっては、留守の時に何かあったら困るだろう。土産は用意するつもりだから問題は無い」

「あのー、我々は……」

「荷物持ちだな、悪いが。一食奢るから勘弁してくれ」

 

 冬彦達は、既にウルラを脱してグラナダの市街に入っていた。

 グラナダというのは月面に造られた基地であると同時に、地下には拠点としての機能を支えるだけの経済活動を行える広大な都市が広がっている。

 無論そこに住むのは軍属だけということはなく、一般人も多い。だが、やはり宇宙突撃軍のお膝元とあって軍人も多く目に付いた。

 そんなグラナダ市内の雑踏に紛れるようにして、冬彦達はいる。

 冬彦を先頭に、フランシェスカ、クレイマン、ピートと続く。先にあったように、アヤメの姿は無い。

 服装はジオンの制服で、流石にパイロットスーツではないが、一様に上に一枚コートを引っ掛けている。

 制服のまま歩き回ることも多いのだが、今船を出ているのは私用であることを考慮してのことだ。

 

 今回、任務の表の顔は新型装備を持ったMSの輸送である。既に作業は始まっているし、手続きも済ませてある。

 よって、空き時間をどう利用するかも自由である。本来は自由では無いし、佐官ともなれば現地司令部に顔を出すのが普通なのだが……今回は任務の性質もあって、無視を決め込むことにしていた。

 冬彦も、そうと決まれば動くのは早い。

 普段から外出時に連れて行く副官としてのフランシェスカ以外にもパイロットの下士官二人、クレイマンとピートも連れて、早速街に繰り出したのだ。

 初めての呼び出しとあって、二人はすわ何ゴトかと慌てたのだが、冬彦曰く荷物持ちらしい。肩すかしではあるが、一食奢るという冬彦の言で、とりあえずは文句も言わずについていく。

 

「さて、色々回る予定ではあるけど、もう一人と合流しよう」

「このグラナダで、合流する方が……?」

「そうだよ」

 

 冬彦が、地図を片手に先頭を行く。

 そして、軍人の多いこの街でそれなりに視線を集めていた。

 何故かというと、いつかのギレンとの会食から手を入れていない白髪交じりの髪は野放図に伸び、今は束ねてさえいないため、今の冬彦の風体は眼鏡と合わせてそうとう怪しい。

 そのため、時折街角に立つ警邏の兵士が声をかけようかとこちらを向くのだが、決まって襟の中佐の徽章を見てはぎょっとした表情になり、黙って元の姿勢に戻っていった。

 何せ中佐である。変に言いがかりを付けて問題になったらどうなるか。

 彼らからすれば職務に忠実にあろうとしたらまさかの将校だったということで、将校なら将校らしくもうちっとマシな格好をしろ!と言いたいところだろう。

 しかし冬彦からしても、ちゃんと徽章は中佐の物を付けているのだし、制服も正規の物。改造もしていない。なるべく楽な格好をしたいのが本音であるから髪型くらいは……と、特に改めるつもりもない。

 

 最初に兵士を悪質なトラップに引っ掛けそうになってから、一時間ばかり。

 地図を頼りに歩いた結果、一行は一件の店の前までたどり着いた。

 その店は、赤い煉瓦の壁でできた古風な外観をしていた。

 看板などは無いが、緑の塗料で塗られた窓の無い扉には確かにOPENと書かれた札がかかっている。

 

「中佐、ここは?」

「偉い人御用達の、隠れた名店っていう奴だ。まあ、中へ」

 

扉を開けると、からんからんとベルが鳴る。

 足を踏み入れた先は、そう広くはなかった。しかし棚が天井近くまで伸びており、商品が隙間無く埋められている。

 並ぶのは、茶である。様々な銘柄の物が、安い物から高い物まで、種類を選ばず並べられているのだ。中には、地球産の銘柄も見て取れる。

 いつぞやササイが持ってきたように、茶葉というのは運送の手間もあってそれなりに高級な嗜好品で、地球産の、しかも名の知れた銘柄ともなればその価格は地球では信じられないような物になる。

 嗜好品と言うことで地球に比べてそもそもの絶対量の少なさもあってのことだが、こうなっては天然物のブランド品など庶民では手が届かない。

 しかし、このグラナダにも、そういった高級な嗜好品を好む権力者は居る。

 彼らは軍のまずいコーヒーで妥協などできるはずもなく、大枚をはたいてでも自らの欲求を満たそうとする。

 そんな彼らが贔屓にするのが、この店なのだ。

 

「いらっしゃい」

 

 かけられた言葉に身振りで返し、店の中を見回した。

店内にいたのは、カウンターの向こうに座した店主と思しき老人と、棚の向こうから顔を覗かせた軍人が一人。

 はねっけのある黒髪に無精髭。珍しい白い制服に身を包んだこの男こそが、冬彦の尋ね人であった。

 

「やあ、初めましてマツナガ中尉。待たせたかな」

 

 後にソロモンの白狼と呼ばれるシン・マツナガである。

 

 

 

 

 

「私はこういうものの善し悪しはわからないのでね。助かったよ」

 

向かいに座るシンに対し、冬彦は礼を言う。その傍らには大きな紙袋があった。中身は新しい茶葉である。

一行にシンを加えた後、やって来たのはグラナダのとあるレストラン。予約を必要とし、プライバシーに配慮した……盗聴や尾行を防ぎ、ちょいとした内緒話ができる、そういう高官御用達のお店だ。

先の茶葉の専門店といい、薄給ではまず来れないような場所だが、今回は上から予算が出ているので気後れすることもない。

人工光の照らすテラスに用意されたテーブルは二つ。片方は冬彦とシンが対面で座り、もう一方にフランシェスカ達部下組が。

既に料理も届いており、クレイマンとピートがそれぞれピザと肉料理を切り分けている。

 

「……なんのご用でしょうか」

「うん。ドズル閣下からの伝言があってね」

 

 余裕のない目で、シンが問う。

 その返答は、一通の手紙。懐から封筒を取り出し、机においてすっとシンの方へと押し出す。

 

「これは……」

「中身は私も知らない。メッセンジャーに過ぎないからね」

 

 事実である。冬彦は手紙の中身に関してはドズルから一切知らされていない。おそらくは、私信である。

 シンが手紙の封を解いて読み進める間に、冬彦は出されたオレンジジュースで口をしめらせる。

 伝えるべき事は、まだあるのだ。

 

「それと、中尉にもう一つ。中尉に極々近いうちにソロモンへの帰還命令が出る……既に上で話が通っている」

「な……馬鹿な!」

「色々と、動いているんだよ。中尉がくすぶっている間にも」

 

 シン・マツナガ。白狼の異名を持つ、一年戦争におけるジオン側の名の通ったエースの一人。

階級こそ中尉だがドズル個人の友人ということもあって、宇宙攻撃軍の中ではある意味一番の有望株と目されていた人物で、ラコック大佐から特務を任せられる辺り期待の表れが見て取れる。

それに中尉と言っても、このシン・マツナガの場合開戦時に一等兵だったのが中尉まで駆け上がったというのを知れば、その凄さがわかるだろう。

 

しかし先日。大失態を犯した結果、突撃機動軍に軍籍が移された。

 その失態というのは、数ヶ月で戻れるような物では到底無い。あるいは戦局そのものを左右するような、首が飛んでもおかしくないような失態であったのだ。

 本人もそのことをわかっているからこそ、急な話に不審を抱いたのだろう。

 

「私が帰るのと合わせて、ソロモンへ移動になるだろうね。私物はまとめておいてくれよ」

 

 この後、事の次第を問いただそうとするシンに、既に食事を始めた冬彦は何も答えなかった。答えるだけの情報を、持ち合わせていなかったから。

 

 部下の手前、不敵に微笑むのが精一杯だった。

 

 

 

 




シン・マツナガのことシンって書くとすごい違和感があります。種死のせいですね。
なんていっても主人公でしたからね、シン・アスカ。

……主人公でしたからね(意味深)

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