転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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間が空くと書き方を忘れてぐだぐだになる。申し訳ない。






第二十九話・ルナツー攻略後

 

「失敗した」

「また言ってるのかい?」

 

ウルラ内部の冬彦私室に、冬彦とアヤメの姿があった。

士官学校時代から愛用している炬燵に差し向かいに座り、二人して難しい顔をして、天板の上に散らされた資料を睨んでいた。

 資料には、小難しい目にするだけでくらくら来そうな図やら数字やらが並んでいるが、二人にすれば特に問題は無いようだ。

ルナツー司令官代理、ワッケイン大佐の降伏から一週間。捕虜の処遇やら要塞基幹システムの書き換えやら、関係各所で担当者達は今なお煩雑な業務に忙殺されていることだろう。

一方で、一見すると二人には余裕がある用にも見えた。何せ炬燵に入っている位である。

冬彦が持ち込んだ私物の一つである炬燵だが、航行時の無重力状態でも仕えるよう、布団の端に磁石を仕込んで床から離れないようにしてある改造炬燵だ。

炬燵の脇には温水を入れたポットも置き、急須とお茶請けもその隣に一纏めにしてあって、しばらくは席を立たないことを想定したぬくぬく状態である。

更に二人ともが襟元が詰まって息苦しい上着を脱いで、代わりに軽く開放的な綿入れを羽織っている。

 それで良いのかと言われれば、連邦ならアウトだろう。

しかしジオンは服装に関してはやはり個人の裁量により認められる範囲が広い。

場所さえわきまえていれば、そしてそれが許される階級にあれば、何ら問題は無い。

そしてこの場は冬彦の私室である。

 作業効率も上がる。公的な場でもない。文句はどこからも出ないだろう。

 

もう完全に休憩室か何かのような状況だが、先に述べたように二人の表情は優れない。

 そんなリラックス全開な空間で何を悩むことがある、と言えば、それは冬彦の「失敗した」という言にある通り、ルナツー攻略戦時におけるある失敗に起因していた。

 

「結局、逃げたのはどの程度?」

「おそらくは、全体の五割方。六割に届くかも知れないね」

 

 普段なら冗談の一つ二つ嘯くアヤメにしても、珍しいほどに真剣だった。

書類から文字を拾う視線は忙しくあちらこちらを巡り、限られた情報から答えを見つけようと必死だ。

 冬彦にしても、口に出すことなく脳裏でぐーるぐると思考が巡る。

 ルナツー代理司令官、ワッケイン。彼の要塞の降伏宣言までは良かったのだ。

 冬彦隊にしても死傷者はおらず、コンスコンの主力もほとんど無傷で済んだ。要塞内に突入していたラル隊など、陸戦隊も多くが生還。悪いところなどなかった。

 しかし、ここで攻略軍に楽観的な思考が入ったというか、ワッケインに上手いこと騙されたというのか、けちがついた。

 

 防衛の為にルナツーから出てきた艦船の内、無事だった物の殆どが、逃げた。

 それはもう脱兎の如くと言わんばかりに、ジオン側の主力が到着する前に脇目もふらずに逃げ出したのだ。

 冬彦隊は降伏の報を受け戦闘を中止して母艦を待っていたため、逃げに入った戦闘艦に追いつけるほどの速力を稼げる段階にはなく、シャアの特務隊はゲート付近にいたため遠すぎ、結果殆どを逃がしてしまった。

 当然、コンスコンは怒った。冬彦は唖然としてこの時思考が廻っていなかったが、ことが起きたのは降伏が受諾され、戦闘が停止された後だ。

一部が命令に従わず逃げ出すというのはまあ戦場では良くある話だが、流石に降伏後に謀ったようにして組織だって逃げ出されてはお咎め無しとはいかない。

 被害こそ出なかったが、質の悪いだまし討ちを食らったようなものだ。

 

 艦隊が逃げた後、目が向けられたのは要塞の司令代理であり、降伏を宣言したワッケインその人だ。

 コンスコンの通信越しの詰問に対して、ワッケインは銃を突きつけられながらも飄々と返したという。その内容というのが、ざっくり要約すると以下のような物だ。

「ルナツーに属する要塞と艦隊、将兵は私の命令によって降伏した」

「ならばなぜあれら多くの艦隊は命に従わず逃げ出したのか」

「私の職責が及ぶところは、先に述べたルナツーに属する将兵と、その艦隊である。これらは連邦の第一連合艦隊であって、命に従わず逃げ出したのは第二連合艦隊の部隊である。私は第一連合艦隊の司令長官であり、ルナツー本来の司令であるティアンム少将閣下の代理であって、第二連合艦隊の彼らとは指揮系統が異なり、残念ながら命令権が及ぶところではない。彼らは彼らの指揮系統に従い出撃し、また撤退したのだろう」

 ……要は、逃げた奴らはルナツーに間借りしていただけであって、指揮下に無い部隊なので降伏も彼らは含みませんというそれはもう酷い屁理屈をぶち上げたのだ。

 誰が聞いても八割方嘘だとわかるが、残されたルナツーのデータは大半が破棄されており、ワッケインの言葉が嘘だという証拠もない。既に逃走も完了している。逃げた者勝ちである。

 

 この結果、ルナツー要塞を得たものの、連邦の残存艦隊のおよそ半数の行方がわからなくなると言う面倒極まりない問題を抱える嵌めになったのだ。

方々へ散っていったが、向かった先は中立宣言をしたL4方面か、ほとんど完成していないサイド7か、それともどこぞの秘密基地か……行方はようとして知れない。

 

「まあ、しょうがないんじゃない? ルナツーは手に入ったんだし、まるきり目的を達せなかったっていう訳でもない。良かったと考えよう」

「どうしてこう最後にいつも何か決め手にかくのかね。もう勘弁してくれ」

「どうこう言ってもしょうがないものはしょうがないよ。事実を覆せるわけでもない」

「ぐむむ」

「それよりも、これはどういうことか説明して貰おうか」

 

 ぴっと散らばる書類の中から一枚を抜き出し、冬彦へと突きつけた。

 それは、二人が何度か目にしたことのある物で、人事の異動や昇進などの書類だ。

 内容は、まあ目出度い物だ。

 冬彦の昇進について書かれている。けちがついたとはいえ、ルナツー攻略は成功を見たのだ。その功によるもので、いよいよ中佐である。

 だが、後半がよろしくない。こちらはある種の任命書だ。

 

「独立戦隊が、いつのまにやらドズル閣下直属の独立試験隊に変更されてる。どういうことかな? え? どういうことかな?」

 

 とっとっと天板を叩くアヤメ。事前に情報を知らされなかったことが不満らしい。

冬彦のほうを見てくる。

 

「いつの間にやら肩書きが中佐になってるし、目出度うございますなあ」

「目出度かない……面倒が増える」

「何言ってるのさ。出世は出世だろう?」

 

 中身を飲み干し、底を晒した湯飲みを見つめ力なく返答する冬彦。

 

「で、説明は?」

「もう少し待て、あと二人呼んでるから」

 

 不機嫌なアヤメに対して、消沈気味の冬彦。

 自身の湯飲みに茶を入れて視線を炬燵の上に戻せば、目の前にはアヤメの湯飲みが置かれていた。

 もちろん中身は空で、入れろという事なのだろう。

 同じようなやりとりを二度ほど繰り返し、十五分ほどが過ぎた頃。

 

《少佐、フランシェスカです。ササイ大尉もいらっしゃいます》

 

 扉をノックする音と共に、スピーカーから聞こえてきたのは来訪者の声。

 フランシェスカと、ササイ大尉。

 およそ戦隊の首脳部が集まったことになる。

 

「失礼します、少佐。……ええと」

「細かいことは気にしないで良いから、空いているところに座って。ああ、靴は脱ぐように」

 

 きびきびと入室したフランシェスカだが、見慣れぬ炬燵に面食らって戸惑っていた。

 一方のササイはというと、珍しい物を見たという風だが、特に戸惑うと言うこともなくさっさと腰を下ろして背を丸めた。

 その間に、冬彦も新しい湯飲みを取り出して、湯気の立つ茶を入れていく。

 

「さて、それじゃあ……話を始めようか」

「やっとか」

 

 こほん、と咳払いを一つ。

 

「近日中に、要人奪還作戦が発動される」

「それは聞いた」

「話の腰を折らないでくれ。……場所は、グラナダだ」

「奪還対象は?」

「マハラジャ・カーン閣下の第二息女、ハマーン・カーン様。グラナダのNT研究所から強奪する形になる」

「……正気?」

「閣下直々の命令だよ」

 

 室内が、静かになった。

 グラナダは突撃機動軍の本拠地であり、宇宙攻撃軍に所属する面々が何の用も無しに近づくような場所でもない。

 もちろん正規の作戦などではなく、完全に非正規な作戦だ。

 

「またどうして」

 

 最初に口を開いた……開かざるを得なかったのは、ササイだ。

 中央と深い繋がりがあると思われるこの男は、ザビ家の内紛ともとれるこの作戦に黙ってはいられないだろう。

 

「ドズル閣下、“やもめ”だったろう?」

「ええ」

「内密だったマレーネ・カーン様との関係を表に出すお心づもりのようだ。既にご懐妊されているとも」

 

こんどこそ、ササイの顎がかくんと落ちた。言葉も無い。

 

 事の発端は、ドズルの私的な事情である。

長らく“やもめ”であったのだが、ある夜会で出会った女性に一目惚れしたのだ。

口説いて口説いて口説き落としたその女性というのがある高官の娘であり、そこから話がややこしくなってきたらしい。

 最初はさして問題も無く、数年の交際を経て正式な婚姻に向けても話はほとんど纏まっていたのだという。しかし、あるとき綻びが起きた。

 戦争の最中にあってめでたい行事と言うことで、相手の家族も全員出席するかと思いきや、件の高官の次女が都合によってどうしても来られず、連絡もまともにつかないという。

 

 時に、ドズルが見初めた娘の名をマレーネ・カーンと言い、その父の名がマハラジャ・カーンと言う。

そして、要人奪還作戦の対象というのが、マハラジャの娘で、マレーネの妹。

ドズルがマハラジャに事の次第を問いただし、初めてその存在を知った、半ば強引にキシリアによってグラナダのNT(ニュータイプ)研究所に連れて行かれたその娘こそが、みんな大好き、未来の宰相、ハマーン・カーンである。

 

 これを聞かされたときの幕僚の表情がどのような物だったか、想像が付くだろうか?

 コンスコンやラコックを始め、普段は厳めしいドズルの何とも言えない困った顔に二の句が継げず、冬彦もまた同じ。何がどうなっているのやら。

これをドズルの私事と見るか、ジオン上層、中枢部の利害対立と見るかもまた難しい。

 

 そもそもマハラジャ・カーンというこの人物も難しい立ち位置にいるもので、本人は至って無害な温厚な人物なのだが、ジオン・ダイクンが健在であった頃からデギンと共にジオンの政治中枢にいた古参も古参。

二人の間で調整役に徹し、ダイクンが亡くなった後も政治の場に留まり、人となりから消されることもなく、デギンへ体制が移ってなお高官の地位に留まったというそれはまあ珍しい人物だ。

 ダイクン派の殆どが追放・排除される中で、表向きは中立だったことからデギンその人とも仲は悪くない。

 一方でギレンとの仲は険悪で、キシリアもそれに近い。

だが、現ジオン首相ダルシア・バハロやアンリ・シュレッサー准将などと違い、マハラジャ・カーンはデギンに近く、ギレンでも不用意には潰せないという大物だ。

 ここにドズルとマレーネとの関係が公式な物になった場合、カーン家はザビ家の外戚になる。

 それを嫌って表沙汰にならなかったのだが、懐妊に当たってドズルも腹を決めたのだ。

 ザビ家の枠に限らず、ジオン中枢の派閥争いに、大きな一石を投じることになるだろう。

 

「キシリア閣下は、ハマーン様の返還を求めるドズル閣下の要請を拒否なされた。作戦の決行は揺るぎようがない」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆オマケ

 

 

 

「まったく……酷い任務だけど、まあ“梟騎”殿のお手並みに期待しよう」

「なにそれ」

「俗称だってさ。連邦のワッケイン大佐が言ってたらしい。やったね冬彦、異名持ちだよ」

 

 冬彦、絶句。

 

 

 

 




◆今日のトピック

・大丈夫、ミネバだよ。
・冬彦の二つ名を読めなかったアナタは、読み方を調べなくてもいいし、調べてもいい。(次回の後書きで一応答え書きます)
・C.D.A.買えたので資料がちょっと充実した。

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