転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第二十四話 暗闘の始まり

 

 宇宙要塞、ソロモン。

 

 冬彦の戦隊が帰還したときには既に本隊は帰還しており、艦船の整備や補給の為に、そこかしこでノーマルスーツを着込んだ整備員が飛び回っていた。

 

 その一角に、戦隊の船も並んでいた。同型艦でありながら他とは異なる装備とシルエットに整備員達の目も向きがちだが、そこはプロである彼らだ。休憩中や手の空いたときに視線を送ることはあっても、作業をしているときによそ見をして手元を狂わせたりはしない。

 戦隊の艦を整備する開発局所属の整備員も同様であり、時折遠くのグワジン級やザンジバル級を眺めたりしているが、いずれも手が止まっているときのみだ。

 

 そんな彼らも、常に働き続けることができるわけではない。緊急時であればドリンクや固形食料片手に二徹だろうと三徹だろうと平気な人間が多いが、通常時のシフトであれば普通に仕事の合間に休憩だってちゃんととる。

 

 気密が確保された室内で壁にもたれかかったり、あるいは宙を漂う彼らの姿は、ヘルメットを外し、ツナギの前を空けた楽な物。室内には、十人からの人間がいて、いずれもが開発局に属する者達だ。

 その中で、煙草が似合いそうながたいの良い男が、隣で窓硝子越しの「ウルラ」を眺めていた男に声をかけた。こちらは、どちらかといえばパイプや細巻たばこの方がよく似合いそうな、線の細い男だ。

 

「――そういや、お前。あれ聞いたか?」

「あれって……何を?」

 

 どちらもタバコが似合いそうな枯れた面構えであるのだが、生憎とこの場に限らず要塞の大半は火気厳禁。喫煙などもってのほかであるため、どちらも非常に口寂しい。

 

「中尉だよ。パイロット辞めるかもしれないんだってな」

「どこの中尉だよ。一杯居るだろ、中尉と言っても」

「どこも何も独立戦隊のMS部隊で中尉と言ったら一人しかいねえだろうが」

「……まさかフランシェスカ・シュトロエン中尉か!?」

「詳しくはしらねえが、しばらくは副官としての任務が主になるんだと。一応、パイロットとしての席は残すそうだが、予備パイロット扱いになるって『ウルラ』のブリッジ勤めの奴が言ってた」

 

 話のネタに食いついたのか、線の細い男は隣にいるガタイの良い男の方を見る。表情は懐疑的で、余り信じていないようにも見える。

 

「……信頼できる筋か?」

「おう。間違いない」

 

 言い切ったことで、男の方も思案顔になる。第六開発局は半ば戦隊に付ききりであるから、あまりごたごたされて被害が出ると、影響は開発局にも及びかねない。

 

「となると……どうなるのかね。あの人、部隊の次席だろう? 指揮はともかく、MS隊が艦隊をカバーしきれなくなるぞ」

「さあなぁ。また外から誰か招聘するのかもな。少佐、ドズル閣下に何かプレゼンするっつって、局のアーカイブでファイル山のように積んでたし。それに合わせてよ」

「あー、ヴィーゼ教授みたいにか? あの人技術大学の教授だったのに、よく引っ張ってこれたよな」

「いやまったく。技大の名物教授だろうに」

 

 二人の話を遮るように、室内に電子音が響き渡った。セットしてあったタイマーの音だ。

 

「さって、それじゃあ働きますかね」

「おう。今日も安全第一な」

「当然。忙しいが、まぁぼちぼちな」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 一方その頃、ソロモンの奥まったところにある、ドズルの執務室。本国のサイド3にある公邸にあるものと同規模の広さと権力者らしい豪奢な内装が施された室内には、数人の人影があった。

 上座に座るのはもちろんドズルである。その両脇をラコックやコンスコンと言った腹心と数人の幕僚が固める形で、プレゼンを行う冬彦は一番の下座だ。年齢、階級共にこの場にいる人間としては最も低いため、それ自体は何らおかしいことではない。

 そう、この場で最も階級が低いのは冬彦である。フランシェスカでは、無い。

 というのも、副官とはいえ尉官が触れるにはまずい話もするということで、隣の部屋で他の将官や佐官の副官と共に待機している。

 

 フランシェスカがMSパイロットを辞めるかどうかについては、冬彦預かりと言うことで一時保留になった。

 しばらくは戦闘には出ないですむようにしつつ、いつでも復帰できるよう予備パイロットとして席を残すという形に落ち着いている。本人の意向も“辞めたい”ではなく“辞めようか悩んでいる”だっために可能となった措置でもある。

 話を聞けば、コロニー落としの被害と、その後も続く戦争に、正しさを見いだせなくなりつつあるらしい。

 フランシェスカに限らず多くの軍人が今なお悩ませられる問題であるが、その迷いが特にここ最近はふとした時にも考えるようになってしまい、そのため一瞬の油断が大事故につながるMSを、実際に何かやらかす前に降りようか、というのが本人の談だ。

 

 この問題については、流石に朧気な原作知識を持っているとはいえ冬彦が答えを出すわけにもいかなかった。

 こればっかりは、どこまで行っても本人が納得しない限りはどうにもならない、自分で答えを出すしかない問題だからだ。一応それっぽい事は言えないでもないが、本人がまだ悩んでいるうちに妙な事を言って下手にこじれると目も当てられない。

 

 結局、冬彦の答えは、気が済むまで悩めと言った後、判断として保留を言い渡したのみだ。

 

「ヒダカ……俺はコンスコンから貴様が命令中断の理由を聞きたいと聞いたのだが……何だそれは」

「上申書です。閣下。立案書とも言いかえることができますが」

「全てか?」

「はい。全てです」

 

 机の上に並べられたファイル。数は、僅かに三冊。そう厚い物でもない。

 

「……良いのか?」

「はい。それよりもこちらをお願いしたく」

「ルナツーの攻略か」

 

 ファイルにそれぞれ同封されていたメモリーディスクは、既に端末に差し込まれている。

 机に埋め込まれたモニターに映るのは、航宙図である。

 地球を中心にして、設けられた基準点は五つ。月と地球の間にあるL1。その延長線上であり月の向こうのL2。L1、L2とは地球を挟んで反対側にあるL3。L3を北に置く、やや位置がずれるが東に来るのがL4。西がL5だ。

 この内、ソロモンはL5方面にあり、L3方面のルナツーまでは少し距離がある。

 

「ルナツーを攻略できれば、制宙権をより強固な物に出来ます。地球への資源の流れも断つことができ、地上の戦線への間接的な掩護にも繋がる物と考えます」

「閣下。ティアンムも無能ではありません。何か妙なことをされる前に、叩ける内に叩くべきです」

 

 同席しているコンスコンからも掩護が飛ぶ。コンスコンに対しては、冬彦は前もってこの場でルナツー攻略の為の立案を行う事を伝えてあった。

もし案が採用された場合は、攻略対象とそれに動員される自軍の数、作戦全体の規模から考えてコンスコンが艦隊指揮を執ることになる線が濃厚であるし、ルナツー攻略の重要性も理解している。

 

 だが、ドズルの表情はいま一つ優れない。ザビ家の中にあっては軍事には強いはずだが、どうもルナツー偵察任務の中断と中央との動きに乱れがあるように思えてならない。

 

「……編成を急いだとして、どれほどかかる?」

「はっ。動員する艦隊の規模にもよりますが、どれほどかかっても四月中には作戦を発動できるかと」

「ぬぅ、四月か……」

「閣下、本国で何か動きがあったのでしょうか?」

「……本国では、近日中にも第二次、第三次の降下作戦を予定している。主力は変わらず突撃機動軍だ。しばらくは地上での勢力圏拡大を主とするというのが本国の決定だ」

 

 腕を組み、鼻息とともに言葉を吐きだしたドズルに対し、室内にいる誰もが思案顔になる。

 あわせて、脳裏で物資の流れを大まかに逆算する。本国やグラナダでは地上用の改修が行われたJ型の開発も進んでいるというし、第一次降下作戦が行われたオデッサの基地、及び資源採掘能力の拡張のために、特殊機材などもそちらに優先されるだろう。

 

「しかし、その件だけでルナツー攻略に戦力を回せないというのは早計ではないでしょうか。降下を済ませてしまえば突撃機動軍も自衛はできるでしょう。ならば、そこからはこちらが独自に動くこともできます。前回は弾薬の消費も機雷の除去に用いる程度でほとんどありませんでしたし、降下作戦と並行してソロモンから直接ルナツーへ部隊を動かせば二方向からの挟撃も可能です」

「それに、制圧が不可能だとして、要塞の機能へダメージを与えるだけでも、十分な効果があります」

「それは俺とてわかっている。だがな……」

 

 話を持ってきた冬彦は当然として、この場にいる多くの人間はルナツー侵攻に前向きなようだ。だが、肝心のドズルが言葉を濁した。

 

 やはり、何かおかしい。豪放磊落を体現したような男が、どうにもこうにも指針を明確にしたがらないように見えてしかたがない。

 もし何らかの理由があり駄目だと言うなら、それならそれではっきり駄目だというのがこのドズルであったはずなのだが。

 

「……閣下、本国で、何が起きているのでしょうか?」

 

 口にしたのは冬彦だが、皆同じことを聞きたげな顔をしている。事実、片方だけ目を剥くという器用なことをしてぎょっとした表情を見せたのは、この場においてドズルだけだ。

 幕僚も皆、ドズルの態度に何か起きている、というのはわかっているのだ。何せ、兄弟と違い腹芸ができないのがこの男なのだから。

 

「……絶対に口外するなよ。この場にいる者の胸の内にだけ納めておいてくれ」

 

 やがて、腹を決めたのか、ドズルの表情がきりとしたものに変わる。普段通り、迫力満点である。静かな分、士官学校時代にガルマの件で呼び出された時でも感じなかった迫力がある。

 

「これは最悪の想定だが、そう遠くないうちに――」

 

 誰もが、ドズルの言葉に耳をすませる。

 

そして、歴戦の将校達が、表情を凍りつかせた。

 

 

 

 

 

 

「――姉貴。否、キシリアと、事を構えることになるかもしれん」

 

 

 

 

 

 

 





 おそらく今年最後の投稿です。くりすます? いヴ? ハァ? なんのことだか、わからないよ。

 それはそうと皆様にお願いがあります。感想での先の展開予想、今回については勘弁してくださいませんかね。感想にはかならず返信する主義ですが、先読みがどんぴしゃだと返信に困るのです。

 ちなみにフランシェスカ中尉の家名のシュトロエンは“無限航路”の空母からとりました。この空母は下手するとバグで一つのカセットから二度ととれなくなることがあります。わたしのことです。セーブスロットなぞとうの昔に全部埋まってました。ふふ……

 それでは来年も、願わくばお会いできることを祈って。よいお年を。

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