転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第二十三話 其は誰の考えか

 

 

「……それは、また、どういうことなのでしょうか?」

 

 独立戦隊旗艦「ウルラ」の艦橋にて、冬彦は珍しく硬質な表情で応対していた。

 艦橋の大型モニターに映し出されているのは、本隊の指揮をとるコンスコンである。

 

《どうもこうも無い。任務は中止だ。直ちにソロモンへ帰還しろ》

 

 告げられたのは、突然の任務の中断である。それもコンスコン直々に、だ。

 

 艦橋の雰囲気は、余り穏やかでは無い。戦隊の現在地はL3の目と鼻の先。逃げる連邦の部隊をつかず離れず捉え続け、もうしばらくすればルナツーの補足も可能となる位置にいるのだ。

 幾ら大打撃を与えたとは言え、連邦宇宙軍のことごとくを討ち倒したわけではない。

地上へ質量弾攻撃を続けていた月のマスドライバー基地が破壊されているし、軌道上に機雷敷設を続けている部隊も居る。

 幾ら命令とはいえ、そんな中をそろりそろりと神経を尖らせて尾行を続け、目的地まであと一歩、というところで「やっぱり辞めた」というのは現場の人間としては看過できるものではない。

 

「命令であるというなら嫌はありません。しかし、理由をお聞かせ願いたい」

 

 故に、冬彦の言葉は当然の物である。この場における最高位の責任者は他ならぬ冬彦であり、自身が言わねば他の誰もコンスコンに対し疑問を呈することなどできないのだから。

 

《……わからん》

「……は?」

《だから、わからんと言った。儂も要塞に到着されたドズル閣下からの命令を貴様に伝達しているに過ぎんのだ》

 

モニターに映るコンスコンをしげしげと眺めて気づいたが、作戦の中止を告げるその表情は、いささか憮然としているようにも見えた。

 ルナツーへの強行偵察。その重要性を、ソロモン要塞司令代理であり、艦隊司令として宇宙攻撃軍を預かるコンスコンがわからぬはずがないのだ。

 連邦宇宙軍最後の拠点であるルナツー。ここさえ潰せば、宇宙における連邦の命脈を絶ち、制宙権をほぼ完全な物にできるのだから。

 それでも、ドズルからの命令であるが故に、渋々、ということなのかもしれない。

 

《儂からも既に作戦続行を具申したが却下された。諦めてとっとと戻ってくることだ》

「……了解しました」

《それとな、少佐》

「何でありましょうか、少将殿」

《どうしても理由が気になるというのなら、閣下本人に尋ねてみるといい。だがな、閣下が理由を仰らぬということの意味をよくよく吟味してからにしろ。……閣下なりにお考えがあってのことだろう。それでもというのなら、場は整えてやる》

「はっ……ありがとうございます」

《……以上だ。貴官の速やかな帰投を期待する》

 

 それっきり、通信は切れた。艦橋に沈黙が流れ、艦橋に詰めていた者達の視線が自然と冬彦へと集まる。

 ある者は盗み見たり、またある者は身体を冬彦の方へとしっかりと向けていたりと様々だが、待っている物は同じだ。通信が切れても直立不動のままの冬彦の命令を、待っているのだ。

 上からの命令がどうであれ、彼らの直接の上官は冬彦である。だからこそ、冬彦が命令を実行するのか。それとも、“逆らう”のか。その決断を、待っている。

 

「――艦長」

「はっ!」

 

 開発局からの出向組である、五十がらみの艦長がきびきびと答えた。

 

「……戦隊各艦へ通信。司令部からの命令により、現行の任務を放棄。敵部隊の追跡を中断。『アクイラ』と『パッセル』の合流を待って、ソロモンへ帰還する」

 

 絞り出すような、声だった。

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょー、やってられるか畜生め」

 

冬彦はザクの中にいた。

 

足を前に投げ出し、毒づくばかりだが、することが無いので問題は無い。忙しくなるのはこれからだったはずなのに、それが無くなったために暇になった。

 

 特に何かを持ち込むわけでもなく、コクピットの中で愚痴をたれる。誰かがいては言えない事を、言わずには居られないから一人になった。

 

 軍人である以上、命令は絶対。独立戦隊であろうとなかろうと、直接命令を伝えられては突っぱねるのは難しい。

 いや、突っぱねたところでどうなったか。ルナツーの艦船用ドックの位置を確認して情報を持ち帰っても、待っているのは命令違反に対する処罰だ。

 部隊もバラバラになるかもしれない。連携の取れた、気心の知れた部下を失うのはよろしくない。

戦争序盤の二つの会戦をせっかく部隊全員無傷で生き延びたというのに、自分の自棄でそれを失うというのも耐えられない。

 

 ならば、今は機を待つしかない。例え今はルナツーに手を出すことができなくても、そのうち機会は巡ってくる。

 それに、命令違反を犯してルナツーへ向かったとして、隔壁の位置の確認以外でどれだけのことができていたか。重巡洋艦一隻。軽巡洋艦四隻。モビルスーツ十二機。それで要塞を無力化できるのか。とてもじゃないができやしない。

 できるのは、せいぜいが要塞表面の砲台を破壊するか、最高に上手くいってドックの入り口の隔壁の破壊できるかどうかだろう。

 それにしたって無駄と捨て去るには余りに大きいようにも思えるが、今は捨てるしかない。

 

今は、待ちだ。それはしょうがない。だが、待ちすぎても手遅れになる。放置して、ジャブローに並ぶ工廠として機能されてからでは遅いのだ。おまけに、ルナツーにはジャブローのような打ち上げの手間も必要無い。

 

「……くそ。あんな有名負けフラグ放っとくわけにもいかんのに……」

 

 ソロモンへ戻ったら、宇宙攻撃軍主体によるルナツー攻略戦でも立案できないか考えてみる。

 地球降下作戦は護衛に宇宙攻撃軍もかり出されたが、降下部隊そのものの大半は突撃機動軍で構成されている。

 その間、宇宙攻撃軍は半ばフリーとなる。兵站さえ確保できれば、ルナツー攻略戦も不可能では無いように思える。

 全体での戦力差があろうと、ルナツー単体で見れば叩くことも不可能ではないはずだ。だが、失敗すればどうなるか。それ以前に地球侵攻が何より優先されている中で、宇宙攻撃軍の大部隊を動かすだけの兵站を、果たして確保できるかどうか。

 要塞の機能全てを破壊し尽くす訳にもいかないので、陸戦隊を手配する必要もある。それも、要塞の要所各部を制圧できるだけの数を。何部隊必要になるのだろうか……そもそも陸戦隊に相当するような部隊が宇宙攻撃軍にいたかどうか……

 

「なんにせよ、一度ドズル閣下に会わんとどうにもならんか」

 

 ぐっと身体を起こして、ザクのコクピットハッチをオープンにする。そうと決まれば、用意すべき事は幾らでもある。ソロモンへ帰還するまで時間もたっぷりとある。

 C型兵装が南極条約で使えなくなった今、継戦能力の強化ではなく火力を重視した拠点侵攻用の装備も必要になる。

陸戦隊のような部隊がいないなら、設立の為に上申書を用意する必要もある。

 

 ルナツー攻略作戦。どの程度進められるかはわからないが、やらねばジオンに先はない。降下させられることはないだろうから、宇宙を戦場にする自分にとってはこれができうる最大限だ。

尉官から佐官になっても、配置が換わったわけではないので対外的にできることはそう変わらない。だが、佐官ともなれば影響力も馬鹿にはできない。コンスコンが用意すると言った場、精々有効に利用させて貰おう。

 

「と……あれ。どうした」

 

 外に出ると、整備員の他にフランシェスカが待っていた。表情は、フランシェスカにしては珍しく厳めしい物だ。

 

「ルナツー行きの任務が中止になったと聞きました」

「ああ、そうだ。司令部の判断だ」

「……折り入って、お話があります」

「ここではできない話か?」

「はい」

 

 ヘルメットのバイザー越しには、フランシェスカの考えは読み取れない。

 周囲の作業員の視線も、先の命令の中止を受けて二人に集まっている。

 

「――わかった。場所を変えよう。部屋で良いか?」

「お願いします」

 

 連れだって、格納庫を後にする。冬彦の私室兼執務室へ向かう間も、特にこれといった会話は無い。

 ただただ、沈黙が続く。時折すれ違うクルーも、普段とは雰囲気の違う二人に黙って道を空けるのみだ。

 

 部屋に着き、扉をロックした上で、着席を促し、自身はフランシェスカの向かいに座る。

 

 いつものように飲み物を出すこともせず、ただフランシェスカが口を開くのを待った。

 

「実は……」

「うん」

 

 

 

「MSパイロットを辞めようか、と考えています」

 

 

 

 




 辞めないんだけどね(酷いネタバレ)

 前回の投稿の後、むつかしい物理の解説を感想でくださった方がお二方ほどいらっしゃいました。
 私は物理はさっぱりなのですが参考になりました。
 それと、毎度減らない誤字脱字に指摘をくれる方もいらっしゃいます。
 皆様、ありがとうございます。


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