ねぇ、人間の価値というものがいつ決められるか知ってる?
死んだときだと思う?
例えば、死ぬまでにいったいどんな生き方をしてきたのかとか、そんなことを判断材料にして自分自身の人生を振り返って決めたりするの。過去の自分を振り返ることでようやく自分の価値というものを知るの。偉大な功績を残すことができたとか、何の努力もしてこなかったとか。人間は死ぬときになってようやく自分の価値というものを知ることができるの。そういうのはどうだろう。それはそれでいいと思う。考え方の一つとしてはアリじゃない?
でもね、どうやらそれは間違いみたい。
人間の価値というのは生まれた時にすでに決められている、いわば運命みたいなものらしい。人間の価値というものは死ぬ時ではなく、生まれてきたときに定められている。夢のない話かもしれないけど、それは全く理解できない話じゃないと思う。
仮に、仮にだ。
悪の大魔王が世界を滅ぼそうとしているとして、世界を救うことができない勇者に生きている価値はあるのかな?そんな勇者は世界に必要だと思う?
誘拐されたお姫様を救いに行くこともなく、のんびりと世界が終わりを告げるその時まで仲間たちとゆったりと過ごしているような勇者なんて価値があるのだろうか。
いいや、そんな勇者なんていなくてもいい。必要ともされないだろう。
人はみな、使命というものを持って生まれてくるのだろう言う。
勇者の場合は魔王を倒して世界を救うこと。
その勇者がどれだけの努力を人知れず重ねていたとしても。
その勇者がどれだけの苦悩を抱えていたとしても。
その勇者がどれだけの信念を持っていたとしても。
結果、魔王を討伐できないのならなんの意味もない。
結局過程なんてどうでもいいのだ。結果が出せなければすべてのものは無駄となる。
使命を果たせないように生まれてきた勇者なんて、存在する価値もない。
そうは思わない?
同様に。
私には生まれてきた意味も、生きる価値もないらしい。
生まれ持った強力な超能力により公安委員会を構成している一族の中において、
兄弟姉妹が比較されて育つのはごく自然のことかもしれないけどわたしあいにくとその比較対象にすらなれなかったのだ。
どちらが早くしゃべれるようになったか。
どちらが先に歩いたか。
どちらがしつけやすかったか。
どちらが賢かったか。
どちらが丈夫なのか。
そんなことよりも明確に、現物として双子の片割れにはできて私にはできないことがあったんだ。
そしてそれは一族にとって決定的なまでの違い。
超能力。
そう、私には超能力なんて使えなかった。
こればっかりはどうしようもない。
頭が悪いというのなら勉強すればいい。
体力がないというのなら運動すればいい
けど、超能力が使えないからといって何をすればいいというの?
こればっかりは努力でどうこうできるものではないでしょ?
親族たちが言うにはね、双子の片割れに超能力は使えて私に使えないのは明白は理由があるんだって。
もし私達姉妹が遺伝因子の構成が同一である一卵性双生児だったなら私にだって超能力を使えただろう。
けど、私たちは二卵性双生児。科学的な名称では異父双生児というらしい。
分かりやすく言うと父親違いの双子。
何を言っているのか分からないと思う。私だってよくわかっていない。
でも、私達姉妹の父親のうちどちらかが、いわゆる愛人の娘とうこともでないらしい。
私達の母親には夫が二人いたのだ。
そんなの時代錯誤も甚だしい。笑っちゃうでしょ?けど笑えないのは、わたしたちがそうやって生まれてきた子供であるということだ。おかしいと考えた人は私のほかにもいたみたい。昔、時代錯誤のしきたりに我慢できなかった婿の一人、三枝
三枝一族の超能力は、路頭に迷っていた時に神様が預けれたものらしい。だから、三枝の神様の怒りをかった三枝昌の娘であるわたしは直系の娘であるにもかかわらず超能力を使えない。おかげでわたしは疫病神扱いだ。
三枝の面汚し、ロクデナシの娘、ゴクツブシの役立たず。
事業でうまくいかないときは私のせい。
寄り合いでかけ口叩かれるのも私のせい。
だから、一族で経営している委員会の評判が悪いのだってわたしのせい。
泥水に顔を押し付けられたまま、謝罪させられたこともある。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい迷惑かけてごめんなさい全部わたしのせいですごめんなさいごめんなさいごめんなさいもう二度と迷惑かけませんから許してくださいごめんなさい』
雲泥の差という言葉はよくできているものだ。姉が遠い雲の存在だとするのなら、わたしはまさしく泥であった。謝罪を神様が聞いてくれたら、無理やりに飲まされている泥水がお酒に変わるんだって奴らは言う。許しをもらえたのなら、わたしにだって超能力が使えるようになるのだという。
―――――そんな神様、いるわけないのに。
三枝の神様はわたしのことを助けてなんかくれない。それどころかその神様のせいでわたしは殴られる。わたしが左利きなのも神様からの罰を受けているんだって。右手より左手使った方が楽なんだから仕方ないじゃん。左をつかえば殴られて、右手を使って失敗しても殴られる。それもすべては三枝の神様が決めたこと。いいことなんて一つもない。
『なんでお前みたいのが生まれてきたんだ』
『超能力を使えないお前になんて何の価値もないんだよ』
『お前は実の親にすら捨てられた存在だ。恨みならせいぜい産むだけ産んで捨てた両親を恨むことだな。育ててやってる俺たちに感謝するんだな』
いいことの代わりといってはなんだけど、たくさんの罵声なら浴びせられてきた。
でも、
『はーるかっ!』
『はるか。甘いキャンディーが手に入ったの。あいつらに見つかる前に、さっさと一緒に食べましょう』
『何してるのはるか。早くこっちにいらっしゃい。いつまでもそんなところにいたら風邪をひくわよ』
わたしだって優しいおねえちゃんがいた。
おねえちゃんと言っても双子の姉妹だから誕生日は全く変わらないけど。
いずれ
わたしにだって、たった一人だけど家族と思える人がいた。
わたしは優しいおねえちゃんが大好きだった。
おねえちゃんの名前は、三枝佳奈多と言った。
●
超能力の有無は一族における私わたしたち姉妹の扱いを大きく分けた。おねえちゃんは一族が経営している四葉公安委員会の公安委員の一員となるべく分家の二木家に預けられている。銃や剣といった武器の扱い方、そして格闘術と言った戦闘における技術だけでなく、勉強だって英才教育を施されているらしい。対し、わたしはもうどうにでもなれというように、することも何もなく一日中家でじっとしているだけ。
私の日々の日課は、ぼんやりとお姉ちゃんが来てくれる日を楽しみにしながら待っていることだけだった。それまでつまらない退屈な時間を呆然と過ぎるのを待っているだけの日々だ。でも、今日はどうやらいい日のようだ。私に話しかけてきてくれる人がいたのだ。
「やぁ、元気?」
わたしに自分から理由もなしに話しかけてくれる変わり者は一族の中で、お姉ちゃん以外にもうひとりいる。というか、わたしと会話してくれるの二人しかいない。その一人が、
「あれ、ツカサ君?なんでいるの?今日は親族会議の日じゃないよね」
「ちょっと用事があったから来てるんだよ。そうじゃなければこんなところに来るものか。だが、ちょうどいいや。今はボクもすることもなくてヒマなんだ。少し話しに付きあってよ」
「いいの?私と話しているとまたなにか言われたりするかもしれないよ」
「もう遅いよ。ボクは四葉公安委員会現委員長である父を持ちながら、
「……でもツカサくん、わたしと違って頭いいらしいじゃん。それにツカサ君ってテレポートこそ使えなくても超能力を持ってるじゃん。ステルスってだけでわたしとは立場が違うじゃん」
「ボクの超能力なんて、テレポートみないなものと比べるのもおこがましいようなゴミクズのようなものだけどね。またなんか棘がある言い方だけど、今度はボクと比較されてまたなんか言われでもしたの?」
「…………」
「わかりやすい奴め」
きっとわたしはこの時ツカサくんに嫉妬していたのだろう。
この一族の中において、超能力を使えないという点においては何も変わらない。
それでもお姉ちゃんの役に立っているという点ではツカサ君に勝てていない。
一緒に公安委員として働いてお姉ちゃんの手伝いをすることができないにしても、他の何かで手伝ってあげたいのに、わたしは何もできないでいる。何もやらせてもらえない。
「ツカサ君がうらやましいよ」
超能力を仕えるわけでもないのに、お姉ちゃんの補佐役として指名されている。ツカサ君の能力が認められた結果ではなく単純なる血筋で選ばれたということを知っていてもなお、羨望の気持ちを抑えられない。
「せめて私も超能力を使えならなぁ……」
もし。もしも私は
お姉ちゃんと同じように、寝る暇も遊ぶ暇もないような英才教育を受けさせられていただろうけど、お姉ちゃんと一緒にいられたのではないだろうか。きっと私は物覚えが悪いだろうけど、お姉ちゃんがまた優しく教えてくれたりしてくれないだろうか。きっと辛いことがたくさんあるけど、少なくても今のように親族たちから苛め抜かれることなんてなかったはずだ。
「佳奈多のことがうらやましいのかい?」
「ううん。そうじゃなくてさ。私も
「うーん、どうだろうね。ボクの超能力は、みんなの持ってるテレポートのような分かりやすいものじゃないからさ、実際のところ超能力なのか体質なのかそれとも運命の神様にでも呪われてしまったのかよくわからないんだよね。でも、いいことばかりでないことも確かだよ。超能力なんてあるから、ボクは変に運命に振り回されているような気分になるし、父さんなんて息子のボクをほっといて佳奈多のことばかり気にかけるんだ。まぁ、テレポートなんて使えたとしてもどのみちボクの運動能力じゃ公安委員になるのは無理だったから考えても意味はないんだけどさ」
むしろ、とツカサ君は訂正して告げる。
「あえて誰かを羨ましいと言うのなら、はっきり言ってボクはキミのことが羨ましいかな。そう思ったのは佳奈多が原因だけど、ボクは佳奈多よりもキミのことが羨ましいよ」
「へ?」
わたしのことがうらやましい。言われた意味が全く分からなかった。
親族たちからは褒められたことなんて一度もなく、私に人がうらやむようなものを持っているなんて今まで考えたこともなかったからだ。私が持っているものなんて何もない。私のすべてはかなただけだ。
「なんで?」
「この屋敷の裏口にある小屋に行くといいよ。そしたら分かるかもね」
「……ひょっとして伝言を頼まれていたの?それなら素直に言えばいいのに」
「それじゃ面白くないんだ。それにボクは見て見たいのさ。人の愛情の輝きをね!」
ツカサ君がいったい何を言いたかったのかはよく分からなかったけど、私は言われたとおりに裏口近くに行ってみる。そしたら突然左ををつかまれて引っ張られた。歩いている最中だったからそのまま流されるままに小走りをしたが、すぐにすぐに自分の手を引いているのが誰なのか悟った。こんなに優しく私の手を握ってくれるのは一人だけだ。
「かなたおねえちゃん?」
「静かに。誰にも見つからないように」
おねえちゃんに手を引かれたままやってきた場所はだれもいない倉だった。
「ここなら誰もいないわね。邪魔者もいないし、葉留佳と話をすることもできる」
「どうしたのお姉ちゃん。今日はここに来る日じゃないはずなのに」
「そうね。あまり時間はないから、ツカサが親族連中相手にへたくそながらも時間を稼いでいる間にことを済ませてしまいましょう」
お姉ちゃんはポケットから四つの髪留めを出した。
ビー玉のような丸い形をしている、ピンク色の装飾がある髪留めだ。
「昨日、
「おかあ、さん?」
「四つあるから半分個にしましょう」
私達にはお母さんもお父さんもいない。顔だって見たこともない。私たちは捨てられたのだと、望まれて生まれてきたのではないとずっと言われてきた。超能力を使えなかったことで三枝の神様からも見捨てられた疫病神とすらされた。だから、
「お姉ちゃんが全部持っててよ。きっとお姉ちゃんに送られてきたんだから」
自然とこんな言葉が出てきた。
もしも両親がくれたものだとしたら、それはきっとかなたに対して送られてきたものだろう。
決してわたしにたいして送ってきたものではないだろう。
「ねぇはるか。もうじき何の日か分かる?」
「何かあったっけ?」
「私の、そしてはるかの誕生日よ。これはきっとお母さんから私達二人への誕生日プレゼントだと思う」
誕生日。それは私たちが生まれた日のこと。
でも今までおめでとうなんて言われたことはない。
今ではむしろ、うまれてきたことを咎められている。
「誕生日、プレゼント?ならもっと、かなたが持つべきだよ」
「お姉ちゃんは、独り占めなんてしないものなのよ。いいから二つ持っていなさい」
おねえちゃんは四つあるビー玉の髪留めのうちの二つを私に差し出してきた。
受け取っていいものかと手を伸ばしたのに受け取れないでいたけれど、お姉ちゃんは私が手に取るのをずっと待っていてくれた。そして、かなたは笑顔でわたしに言う。
「はるか。誕生日おめでとう」
わたしはお姉ちゃんに抱き付いた。
どうしてかわからない。この時のわたしは無性にかなたを抱きしめたくなったのだ。
おめでとう。なんて素敵な言葉なんだろう。
今まで言われたこともなかった言葉。生まれてきてありがろうと、そういってもらえた気がした。
ありがとうを言いたいのはわたしのほうのなのに、わたしはなにもいえていない。
「誕生日おめでとう、おねえちゃん」
「うん。ありがとう。ねぇはるか。今の私達にはなんの自由もない。住む場所だって別々だし、毎日おはようって挨拶をすることも、おやすみなさいっていうことすらできない。でも、私は四葉公安委員会を継ぐつもりはないの。一緒に生きていくならあんな親族たちじゃなくって、私たちを家族だと思ってくれる人たちとのほうがいいでしょう?」
「……うん」
ただ頷くしかできないでいるわたしに、おねえちゃんは自分の夢を語ってくれた。
「いつか二人で一緒に、私たちの両親に会いに行きましょう。そして家族で仲良く暮らしましょう」
「うん」
いつか二人、手をつないで。
今は離れ離れにしかいられない私たちだけど、いつかはきっと。
そんな未来がやってくると、この時のわたしは信じて疑わなかった。
葉留佳過去編がようやくスタートしました。