Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission85 天才科学者の昔話

 

 

東京武偵高校はれっきとした教育機関であるため、当然テストというものが存在する。

 外部からの依頼(クエスト)を受けることによって単位を得ることもシステム上はできるものの、そんなものは本来救済措置としての制度でしかない。簡単な仕事では何日もの欠席を帳消しにすることはできず、単位が足りずに留年してしまうという間抜けな状態に陥ってしまうのだ。強襲科(アサルト)のエースのアリアのようにSランクでも取れるような実力をすでに有しているのならまだしも、普通は真っ当に授業に出てテストをちゃんと受けなければ進級するだけの単位はもらえない。依頼だけ受けて卒業できる人間なんて、数えられる程度しかいないのだ。もちろんテストの点数は能力を判断する基準の一つとなるため、点数が良ければ良いほど仕事をするのに有利であることには間違いない。寮会からはいい仕事を紹介してもらえるかもしれないし、先生たちから武偵ランク昇格試験の推薦をもらえるかもしれない。なのでやる気を出す人は出すものであるが、

 

(――――――――――こんなことしている場合じゃないのに)

 

 どうやら葉留佳のテストに対する意気込みは低いようであった。

 午前中ぶっ続けで行われた一般教科のテストは解きこそはしたものの集中していたのかと言われると肯定することはできないし、マークテスト式の英語の長文問題なんて鉛筆を転がした。完全に投げやりになっていることも、そうなってしまった理由も葉留佳は自分自身で分かっている。

 

(そりゃ、たかが一年ちょっと武偵というものに関わっただけで、お姉ちゃんに追いつけるなんてことは微塵も思ってはいなかったけどさ)

 

 昨日、佳奈多との力の差というものを散々思い知らされた。佳奈多がこの東京武偵高校に復学してから約半年、佳奈多が何をしていたのかは明確につかんでいる。佳奈多はただ、学校では寮会の仕事を手伝って依頼(クエスト)を紹介し、後輩たちの能力の育成に励んでいただけだ。別に佳奈多自身が剣や銃を持って戦っていたことはない。昔に公安委員として働いていた頃とは違うのだ。特に身体を動かすようなことはしていない。それなのに、半年前にコテンパンに叩きのめされた時と何も変わっていなかった。

 

(やっと、やっとつかんだ手がかりなのに、ただ待ってるだけっていうのも嫌だな。それに、こんなことをしている暇が合ったらお姉ちゃんを探しに行きたいのになぁ)

 

 昨日理子がイ・ウーのメンバーであったことを知って、佳奈多との力の差というものを思い知らされた。そこだけならまだいいが、問題は他にもある。電話がかかってきたかと思うと戦闘を一方的に切り上げてどこかに行ってしまった。

 

(……まあ、昨日はお姉ちゃんとちょっとだけ話すことができたし、それでよしとしとこうか)

 

 悲しいことに、今まで葉留佳はロクに佳奈多と話をすることもできなかった。

 忙しいだとか、そんな都合上のものではないく、単に葉留佳は怖かったのだ。

 話をすれば話をするほど、自分の知っている姉の姿が消えていきそうに思えて怯えていたのだ。

 だからちょっとだけ会話できただけでも葉留佳にとってはうれしく思えてくる。

 本当はそんなことで喜んでいたらダメだと分かっているのだが、そう思っている事実は変わらない。

 

(姉御も姉御でやることができたとといってどっかいっちゃうしなぁ。まあ、いいけどさ)

 

 そして、ようやく佳奈多に関する手がかりを得るための手段を手にした。理子の存在だ。一緒にドロボーをやろうと理子は言ったらしいが、それは窃盗罪で前科一犯つくことになる。アメリカにおいてホテルに侵入した時には何も問題視されなかったが、どこまでがグレーゾンでどこからがレッドゾーンになるのかの判断が付かない葉留佳は信頼のおける姉御に相談したかったのだが、しばらく待てとの連絡がきたっきりで会えてすらいない。理子との交渉に関しての準備はこっちの方でしておくからしばらく待ってろと姉御は言っていたけど、姉御は今、何をやっているのだろうか。

 

 ―――まあ、我儘をいってばっかりもいられない。私は私で、今やれることをやろう。

 

 葉留佳は普段、来ヶ谷の委員会の仕事の手伝いをしている。

 来ヶ谷と違って別にイギリス清教の一員というわけでも、彼女の委員会のメンバーということで書類上に葉留佳の名前が書かれているわけでもないのだが、葉留佳の超能力を実践レベルで使えるように鍛えてくれたのは来ヶ谷だし、何かと一緒に仕事をすることが多い。いつも何かと世話になっている以上、来ヶ谷からの頼みごとを理由もないのに無碍に断ることはできないし、そんなことをするつもりもない。だから今は、頼まれたことをしっかりとこなしておくことにする。

 

「確かここだったよね?テストも受けてないだろうし、ひょっとしたらもう来ているのかな」

 

 来ヶ谷唯湖からの頼み事。それはある人物に協力してサポートに回ることであった。

 本来なら来ヶ谷がやるはずだったことの代役である。

 葉留佳は待ち合わせ場所となっている車輛科(ロジ)のドッグへと行って呼びかけた。 

 

「牧瀬君、いるー?」

 

 牧瀬紅葉に協力する。そのはずになっていたのだが、肝心の牧瀬は呼びかけても返事は返ってこない。テスト期間ということもあるのか、他の人からの返答もない。誰もいないのかとか思いながらドッグを見て回っていたら、葉留佳は中で作業している人を見つけた。彼はどうやらバイクの部品を整理しながら点検して最中のようである。一つ一つの部品をよし、と確認しながら整備していた。なんだいるじゃん。そう思いながら何回か呼びかけたが何の返答もない。バイクを整備する真剣な様子を見ている分に、無視されているのではなく気が付いていないのだと判断した葉留佳が牧瀬の背後から頭部に手刀を全力で振り落とした。

 

「―――――イッタッ!?何しやがる……ってあれ三枝?お前が来るのは昼からじゃなかったっけ?」

「もう昼だよ牧瀬君」

「マジか?まあ許せ。研究者なんてこんなもんだ。没頭すると時間を忘れてしまう」

「わざと無視しているわけじゃないみたいだし、別にいいよ。それで、私に協力してほしいことって何?姉御からは具体的な話は何も聞いてなくて、何したらいいのか全く知らないんだ」

「その前に少しいいか?」

 

 いきなり本題に入りだそうとした葉留佳であったが、牧瀬は深刻そうな顔でそれを遮った。

 

「昼ごはんにしていいか?昨日の夜から何も食べてないんだ」

 

 牧瀬紅葉が今にも空腹で倒れそうなほどフラフラの状態になっていたため、結局話の前に一緒に食事をとることとなった。異性と一緒に食事と言えば聞こえだけはロマンチックになるが、実際のところは購買で買ったおにぎりを同じベンチに座って無言でもくもくと食べているだけだという。

 

「あー、生き返る。なんかやったら久々にまともなものを食べた気がする」

「もうちょっと生活習慣に気を配ったらどう?あのまま作業続けていたら倒れていたかもしれないよ」

「大丈夫だ、問題ない。ホントに倒れたとしても、人間早々死ぬもんじゃない。ソースは俺」

「前も倒れたことがあったの?」

「徹夜で作業していて力尽きてぶっ倒れた場合でも、たいていの場合死ぬ前には誰か来てくれる。俺の相棒であったり、案外心配性な姉さんであったり。同じ委員会の仲間であったり」

「牧瀬君にはお姉さんがいるの?」

「ああ。といっても血のつながりなんてこれっぽちもないし、書類上の家族関係なんて何もないけど俺はいい姉さんだと思っている人がいる」

「……そういうのって、なんかいいね」

 

 ――――――ああ、まただ。またちょっとしたことで、佳奈多のことを考えるようになってしまう。

 

 別に仲のいい家族というものは格別珍しいものではないはずなのに。ちょっとでもそういうものにお触れてしまうたびに、自分の家族と比較してしまう。お姉さんと仲がいいとか、妹のことを大切にしているだとか聞いてしまうたびに、どうしようもなく悲しくなる。

 

 アメリカでの一件からずっとそうだ。

 

 理子は母親の形見の銃(デリンジャー)を取り戻したいといって、私たちに協力を求めてきた。

 失ってもなお、家族のことを大切に想っている理子の姿を見てからずっと頭にちらついてしまう。

 そのせいで、両親に久々に会いにいこうだなんて普段なら考えられないことを実行してしまった。

 虚しいだけだと分かっていたのに、代用品を求めてしまった。

 きっと今度も理子が取り戻したいと思っているものは家族に関わるものなんだろうな。

 だからこそあんなにも必死で、私にイ・ウーのメンバーだったと打ち明けてまで協力してほしいとなりふり構っていられなかったのだろう。

 

 ―――――私の家族(かなた)を狂わせておいてッ!よくも今までおめおめと私に接していたなッ!!

 

 本当はそう叫びそうになった。

 家族の形見が大切だというのなら、目の前でそれを粉々にぶっ壊してやる。

 一度はそう思い、実際にそれをやろうとした。

 理子がどれだけ家族を大切にしているのか知っているからそこを許せなかった。

 けど佳奈多を目の前に見た瞬間、どうしようもない虚しさが私を支配した。

 超能力を使って理子になにかしようだんて思えなくなっていた。

 

「……どうかしたのか?なんかあるなら話してみろ。聞いてやる」

「ごめんごめん。何でもないから気にしないで」

「いいからとりあえず話してみろ。俺を誰だと思っている。俺はこれでもメンテナンスのプロの保健委員長だぞ。一時的とはいえ俺の助手として働いてもらう奴の心のケアぐらいはサービスでしてやるさ。だから言ってみろ。例えお前を騙してでも元気づけてやる」

「……騙しちゃダメでしょ。でも、ありがとう。内緒にしてネ」

「安心しろ。俺には友達がいないからな。プライベートのことを話すような奴は東京武偵高校(ここ)にはいない。―――――――ホント、一人も」

「あっ、泣かないで牧瀬君ッ!!」

 

 慰められていると思ったら、いつの間にか涙声になった牧瀬君を私が慰めていた。

 うつむいてブツブツと悲しいことを自白し始めるような人ではあったけど、今の葉留佳にはそれが逆に心地よく思えてきた。葉留佳にとって、実のところ相談に乗ってもらうという経験なんて皆無に等しいのだ。お姉ちゃんには迷惑はかけたくないと自己完結していたことも多々あったし、ツカサ君は黙って問いただすようなことをする人ではなかった。

 

 何か力になることができるかもしれない。困ったことが合ったらなんでも相談してくれ。

 

 今まで佳奈多しか信じることができずに育ってきた葉留佳にとって、大人たちのこんな思いやりのある言葉ですら偽善的に感じてしまう。

 

『葉留佳。困ったことがあったらなんでも言ってくれ。娘の相談にはいつでも乗るぞ』

『葉留佳。無理だけはしないでね。悩んだことや行き詰ったことがあったら、いつでも帰ってきていいのよ』

 

 両親からの温かいはずの言葉ですら、葉留佳は素直に受け取ることができないでいる。

 

―――――今まで迎えにも来なかったくせに。

―――――親族連中が死んだからって、今更何をしに現れたんだ。

―――――私の家族は佳奈多だけだ。いくら両親だからって家族面するんじゃない。

 

 自分のことを心配してくれているはずの言葉でさえ、なにか裏があるのではないかと考えてしまう。

 本質的には人間というものを信じることができなくなったからなのだろうか、一周して自分本位な発言が安心して聞くことができる。

 

「じゃあ、ちょっとだけでいいから聞いてくれる?」

 

 何かやってやるだとか、話すだけでも楽になると偽善的な言葉なんか聞きたくはなかった。どうせ何もできないのに、そんなことは言ってほしくはない。だからこそ騙してでも元気づけてやるということを言ったかと思うと、涙目になってしまった人物に何をやっているのだと笑いそうになり、少しだけ心を落ち着けることができた。

 

「私の家族のことなんだけどさ―――――――」

 

 詳しいことは話すつもりはない。そんな気は毛頭ないし、できもしないのだ。

 三枝一族の超能力者(ステルス)たちが皆殺しにされたことだって、知る者は当事者と国の役人くらいのものだ。

 三枝本家の近隣の住人は、情報の操作でも行われたのか一家心中ならぬ一族心中であるとされている。

 本当のことを言ってしまうと迷惑をかけることになる。

 だから姉御と慕っている来ヶ谷唯湖にも、葉留佳の口からは一族のことは言っていない。

 葉留佳が牧瀬に話したのは、ありふれた家族仲のこじれのようなものだった。

 

「……ちょっとした昔話を聞かせてやる。ある一人の天才科学者の話だ」

 

 葉留佳が一通り話した後、ずっと黙って聞いていた牧瀬の口から出たのはそんな言葉だった。

 可哀想だなとか同情でもされるかな、とか思っていただけに意外だと思ったものだ。

 

「あ、言っておくが俺の話じゃないからな!!確かに俺は天才科学者だけど俺の話じゃないからな!!」

「なんで二回言ったの?」

「大事なことだからだッ!!――――まあいいか。その天才のそもそも科学者になろうとした理由ってのは、当時科学者であった父親のことが大好きだったかららしい。父親がやっていることに興味を持って、いつしか力になってあげるんだと科学者の道を歩み始めた」

「……素敵な理由じゃない?」

「ところがだ。ちょっとした問題が起こり始めるんだ。その子は天才すぎたんだよ。小学生の時点で大学教授である父親を完全論破してしまうほどのぶっちぎりの天才だったんだ。子供ながらの無邪気さが抜けていなかったせいで父親の論文の矛盾点をひたすら挙げていって否定してしまい、父親の自尊心を気づ付けていることすら気が付かなかった。そしていつしか家族仲はほぼ断絶状態になった。この幼い科学者がどんなに家族を愛していても、一方通行の家族愛でしかなくなった」

「それは……」

 

 悲しい話だなと思った。

 力になってあげたくて、努力した結果待っていたのはすべて失うなんてことになった。

 その科学者はいったいどんな気分だったのだろうか。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうかと嘆いていたのか。

 それとも今の私と同じように、何も気づいてあげられなかった自分を責めているのだろうか。

 

「気が付いたときにはもう遅かった。何をしようにも疎まれる。頑張って何かを成し遂げても素直に誉めてもらえない。挙句の果てには、才能への嫉妬が原因でナイフで殺されかけた」

「……それからどうなったの?」

「その時は偶然通りかかった奴に命を救われたらしい。少女マンガに出てくる王子様のようなかっこいい登場の仕方はしなかったらしいけどな」

 

――――――やめろッ!!

 

 な、なんだ貴様はッ!?

 

――――――フハハハハハ。混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者。そして、お前の野望を打ち砕く者。

知りたいか?我が名は、

 

「その科学者は親になった時、自身の父親とのことみたいなことが起きないか不安になったらしい。愛しているのに、それが一方通行の愛でしかなくなってしまうことが怖くなった。だから息子が科学者になりたいと言ったとき、素直に応援することができなかったみたいだ」

「それは、仕方のないことなんじゃない?」

「そうだ。悲しいことだけど仕方のないことなんだ。でも結局、天才科学者が父親のことを嫌いになれなかったように、息子は精一杯の愛情を注いでくれた母親のことを大好きという気持ちは何があっても変わらなかったらしい。その、つまり……なんだ?」

 

 牧瀬君は口を顔を背けた。

 言いたいことをうまく言えないというわけではないみたいだった。

 照れくさくてできることなら言いたくない。そんな感じに見えた。

 頭をかいて、そっぽを向いてちょっとだけ恥ずかしがりながらも牧瀬君は言った。

 

「お前が家族との間にどんなものを抱えているのかを俺は知らないが、お前は家族のことを大切に想うことができる人間だ。今後どんなことがあったとしても、そのことだけは誇りを持つべきだと思う」

「私は、間違っていないのかな?」

「何が正解で何を間違いだと思っているのかは知らん。けど、お前が家族を大切に想う気持ちだけは何があっても間違いじゃない。そんなことあってたまるか」

「そっか。……ありがとう」

「ふ、フフフ。そうか。ころりと罠にハマったわ。これでお前は作戦に支障をきたすことなく行動できる。計画通りというものよ。それもそのはず、この鳳凰院喪魅路に不可能はないのだからなッ!!」

 

 さっきまでの優しく語り掛けるかのような雰囲気とは一転し、牧瀬君は顔を合わせずにふざけたようなテンションで話し始める。言動だけならひどいようなことを言っているが、葉留佳には一種の照れ隠しのように思えた。

 

「では、さっそく作戦を説明する。いいか、これは重要なミッションだ。失敗は許されないぞ」

「うん、何をすればいいの?」

「その前に確認だ。まず、生物学者の小夜鳴教諭を知っているな?」

「うん、私は選択科目で物理じゃなくて生物を選んだし。小夜鳴先生がなにか関係あるの?」

「無論だ。では本題のミッションの説明の入ろう」

 

 牧瀬君がこっちに振り向く。いつの間にか牧瀬君の顔はイケメンを台無しにするくらいに瞳を充血させて、口をアヒルのように尖らせる歪んだ顔芸を披露していた。

 

「俺とお前で、あのクソイケメンの化けの皮を剥がしてやるッ!!!」

 

 嫉妬に狂ったような顔を見て、私は牧瀬君に感謝する気持ちがなくなった。

 

 


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