Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission66 狐の仮面

 私はイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイ。そいつは理子の声で高らかにそう名乗った。

 おそらくそのことは間違いではない。

 理子とジャンヌの声で会話ができる時点でイ・ウーの関係者だということはだけは間違いはないだろう。

 

(……しまった。敵は錬金術師だけじゃなかったのか)

 

 理樹が授業中に堂々と睡眠をとっていたのは、錬金術師の砂の化身は学校の授業中という人目に付くところでは使ってはこられないだろうという判断のもとの行動だ。しかし、今理樹を拉致したのはイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗った。朱鷺戸さんがちょっただけ教えてくれたイ・ウーの話ではイ・ウー内部にも研磨派(ダイオ)主戦派(イグナティス)という二つの派閥があるらしい。錬金術師が関連しているのは主戦派。なら、研磨派を名乗るこの人物はまだ交渉の余地を残しているかもしれない。

 

「ぼ、僕をどうするつもり?」

「ごめーん!質問するのはこの理子りんだよ!理樹君のターンはないの!これからはずっと理子りんのターンッ!!ドローッ!モンスターカードッ!よってもう一度理子りんの質問だよ」

 

 偽物だとは分かっている。

 けど、目隠しをされていることと相手の話し方のせいで相手の特徴が一体つかめない。

 相手の性別すら判断できないけれど、男が理子の真似をしている……というのはネカマっぽいから考えないことにする。相手は女。そういうことにしておこう。女装だとしたらこのスパイもよくやると言わざるを得ない。

 

「さて、簡単な質問だよ。理樹君が主戦派(イグナティス)の魔術師のアジトの扉を見つけたことはくらい、理子りん把握してるんだからねー。その扉はどこにあるの?その開け方は?」

 

 ここにきてようやく目的と立ち位置についてのある程度の推測が可能となった。

 こいつが錬金術師とグルという可能性はほぼないと言っていいだろう。

 それどころか錬金術師と敵対までしている可能性すら浮上した。

 敵の敵は味方だというのなら、ここは正直に話してもいいのだろうか?

 いや、まだだ。まだ情報が足りない。

 もうちょっと粘るべきだ。ここは偽の情報を吹き込んで錯乱させるんだ。

 

「……仕方ない。正直に言うよ。実は扉には普通の人には気づかないようにと魔術的な仕掛けが施されているんだ。超能力者(ステルス)や魔術師ならともかく、一般の武偵だとしたら教務科(マスターズ)の先生ですら気が付かないと思う」

「ほほう。それで?」

「……セブンイレブンさ」

「セブンイレブン?コンビニのこと?」

「ああ、セブンとイレブン。つまり午前7時から午後11時までの間にしか開かない秘密の扉があるのさ」

「それ、ほぼいつでもどうぞってことじゃない?」

「……痛いところを突いてくるね。午後7時から午後11時の方が信憑性がありそうだな……しまった」

「ねえ、バカにしてる?」

「本気さ」

 

 真顔で言ってやった。

 目隠しされているせいでドヤ顔がしっくり決まっていない気もするが、そこは無視しておく。

 

「うーん。理樹君がこんなバカだとは思わなかったなぁ。こんなの誘拐しても意味がなかったかな」

 

 言い手ごたえだと思った。相手は完全に惑わされている。

 無事に解放されるには理樹自身の人質とての価値を下げてやればいいのだ。

 正直心が痛い。

 

「なんていうとでも思った?下手な時間稼ぎはやめてよね。理樹君が自分から痛い目にあいたい生粋のドMなら仕方ないけどさ、理子りんは素直に話した方がいいと思うのです。なに、理樹君を傷つけると本物理子りんだってきっと悲んでくれると思うから、さっさと吐いちゃいなよ、ユー!!」

「……君は自分のことをイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイだと堂々と名乗った。一件君の正体は僕には全く見当がつかないけど、実はそうでもない。アドシアードでの一件でイ・ウーの一員が逮捕されているのだから、そいつに聞き出せばいいだけの話なんだ」

 

 今の理樹は朱鷺戸沙耶という仲間がいるのだ。もし理樹に何かあった時、どのような立場の人物が理樹を襲ったかなんて容易に想像がつくだろう。その場合に真っ先に疑われるのはこいつのはずだ。

 

「僕になにかあったなら、少なくとも君の存在は明らかになる。それは君にとっても好ましくないはずなんだ。違う?」

「あらら。単なるバカじゃなかったんだね。そこまでの推測は出来ているわけだ。確かに私の正体は峰理子さんはおろか、アドシアードで星伽巫女誘拐に無様にも失敗した『銀氷(ダイヤモンド)の魔女』ジャンヌ・ダルクだけではなくて、イ・ウーに所属している人間ならだれでも知っているわ。その上二木佳奈多からジャンヌ・ダルクにもたらされた司法取引の内容の一つには『東京武偵高校の生徒には危害を加えず、逆にイ・ウーの手から守ること』となんてものもある」

「……司法取引?だったら」

「そう、あなたにもしものことがあれば私の仲間はあの魔女に腹いせとして無残にも殺されてしまってもおかしくはないわ。あの女が一切の手心を加えてくれるとは思えないしね」

 

 でもね、と目の前の人物は語りかけた。

 

「別に、あたしはジャンヌ・ダルクが二木佳奈多に殺されようが知ったことではないんだよねぇ。必要とあらばリスクも犯すし、荒事だってやる。なんならそれを今から証明してあげるよ」

 

 淡々と話すその口調に一切の躊躇はない。 

 そうなってくるともう、理樹に出せるカードはない。

 もう愛を叫んだり、セブンイレブンだとか答えたりしている暇はない。

 こうなったら別のコンビニでしのいでみるかという末期的な考えを浮かべている理樹であったが、

 

「――――――――けど、残念ね。どうやらタイムオーバーみたい」

「へ?」

 

 理樹はドンッ!!という何かが地面に落ちる音を聞いた。小さな物体が地面を二三回跳ねる音も続けて聞こえてきた。その音には心当たりがある。というか、理樹には比較的なじんでいる音である。

 

「誰だ爆弾なんか投げ入れた奴は!?」

 

 破裂音が響き渡った。

 爆風の被害は受けなかったけれど、不意打ち気味で対処ができなかった鼓膜がガンガン響いている。

 

「……ジャンヌ・ダルクのことはどうでもいいとか言っていたくせに、今理樹君を爆弾から守ったわね」

 

 ぷちっという音がして、理樹の手の拘束が解けた。ついでに目隠しも取られる。

 

「と、朱鷺戸さん!!」

 

 そこには『機関』のエージェント、朱鷺戸沙耶が立っていた。

 右手にコンバット・コマンダーを持ち、誘拐犯を油断なく見据えている。

 理樹もその相手を見据える。

 先ほどまで理子の口調と声で話しかけてきていた相手。

 いったいどんな人物なのかを確認しようとしたが、

 

(……なに、あれ?)

 

 こそにいたのは誰かに変装だとかいうわけでもなく、茶色いフードで全身を包んで身体全体を隠している見るからに怪しげな人物だった。顔には狐のような仮面をつけているため、性別もわからない。直枝理樹誘拐犯に対して視覚情報から正体につながるものは何一つ得られない。

 

「そうそう、これは返しておくわね」

 

 カランッという音を立てて何かが地面に落ちる。

 いったい何が落ちたのかを確認したら、それは理樹の携帯電話であった。 

 

「……理樹君の携帯電話のGPSを手掛かりにあたしがこの場所を探り当てるのは気が付いていたのね。あたしを誘っていたのかしら。しかも理樹君の目隠しもあっさり解くなんて、一体どういうつもり?」

「あら?わからないのかしら。あたしからしたら爆弾を投げてきた人間がどういう立場の人間かを把握しておく必要があったんだよ。このコンビニの愛好家の仲間なのか、それとも口封じでもしようと目論む第三者なのか。いちいち捕まえて尋問でもするくらいなら勝手に反応を見て判断した方が手っ取り早い。この男の反応を見る限り、あなたは理樹君の味方だという所かしら?」

「その答えよりも明白な答えがあるわ。あたしはあなたの敵よ」

「……それで?あなたはこれからどうしようというの?」

「決まっている。やっと見つけたあの組織(・・・・)への手がかりをみすみすと逃すものですか。あなたにはここで、知っていることすべてを吐いてもらう」

 

 『機関』のエージェントとイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイ。

 一件好カードのようにも思われるこの戦いは実のところ互いにハンデを背負っている。研磨派のスパイの方は茶色いローブを羽織り、狐の仮面をつけることによって正体の露見を避けようとはしているもののジャンヌ・ダルクはこの人物の正体を知っているのだ。どういう手段を使ったのかはわからないがアドシアード直後に存在が問題視されなかったこの人物も、実際に学校という名の教育機関で人死が出たとなれば話は別だ。直枝理樹と朱鷺戸沙耶がここで殺されようものなら、誰が殺したのかという頃はすぐにでもばれてしまう。そうなると狐の仮面の人物は相手を殺してはならないというハンデを背負っていることになる。それは沙耶とて同じことか。情報を聞き出したい以上は相手を殺してしまっては意味がなくなる。

 

「あーらら。こんなつまらない戦いなんて理子りんはしたくないもんね。さっさと退散させていただきますか―――――――――と、言いたいところだけど。理子りんもそっちからまだ聞き出さなきゃいけないことがあるんだよね。理樹君は役に立たなさそうだからアナタを標的(ターゲット)として戦うけど……お願いだから死なないでね」

「舐めるなよッ!!」

 

 沙耶は狐の仮面の人物に自身の銃を、コンバット・コマンダーを向けた。

 コンバット・コマンダーはアリアの自動拳銃ガバメントの数ある派生形の中の一つ。

 装填数は七発とガバメントと変わりはないが、ガバメントの銃身が5インチあるのに対してコンバット・コマンダーは4.25インチとなっていてガバメントと比較したら少しだけ短いものとなっている。

 それでもその威力はガバメントと比べてもほとんど衰えはしていない。

 沙耶はパパンッ!!とまずは様子見として連続三連射を行った。

 

(……さあ、どう出る!?)

 

 朱鷺戸沙耶としては、あの全身に纏っている茶色いローブで受け止めるのかと予測していた。

 その場合は全身が防弾性のものを着こんでいるため弱点などないとしてダメージ覚悟の攻撃をしてくることを予測できる。

 

 けど、仮面の人物が取った行動は沙耶の想定外のことだった。

 

 ローブの中から取り出した二本のナイフ。片手に収まるような小さなナイフを両手に一本ずつ持ち、跳んできた銃弾を真っ二つへと切り落とした。

 

(……は!?)

 

 沙耶には驚いている暇はない。相手はナイフ。

 投げることも可能なナイフという武器は、近接戦闘において想像以上の力を発揮する。

 コンバット・コマンダーに残っている残りの弾丸四発を発砲するが、最初の二発はナイフで軌道をずらされ、後の二発は横に交わした。攻撃に対しての迎撃を回避を行っているにもかかわらず、近づいてくる速度には少しも変化は感じられない。むしろどんどん早くなってきている気がする。近づきながらも狐の仮面の人物が手にしたナイフを投げる。その目標はコンバット・コマンダーを持つ沙耶の右手。相手を殺すのは問題でも、死ななければ何の問題もないと言わんばかりの行動だ。毒でも塗ってあることを考慮したら刃に触れるわけにもいかず、沙耶に取れるのは回避の一つしかない。

 

「遅い」

 

 沙耶がナイフを回避したころにはもう、狐の仮面の人物はもう沙耶と密着するくらいの距離へと近づいていた。沙耶が握っているコンバット・コマンダーにはもう銃弾はなく、もう一度リロードしている暇などない。沙耶はコンバット・コマンダーの柄でそのまま仮面めがけてそのまま打撃を叩き込もうとした。人間、脳を揺さぶられたら行動が鈍ってしまう。スポーツなんかでは急所として扱われている場所を沙耶は躊躇なく攻撃したのだが、狐の仮面の人物はとんっと軽く手首を押すだけで勢いを殺さぬように沙耶の打撃を振り払った。

自分自身もその勢いのままその場で一回転し、攻撃がずらされてわずかに体制をくずされた沙耶へとそのまま回し蹴りを放つ。

 

「動きがワンテンポ遅れているように思えるけど、ケガでもしてるの?だったらさっさと休んでおきなさい」

「ほっときなさい」

 

 仮面をしているため、どういう顔でそんなことを言っているのかはわからない。

 けれど、倒れている理樹の方は沙耶の表情は見ることができる。

 はい、そうですかと素直に引き下がるものですか。

 

「ご忠告どうもありがとう。けど、あたしだって単に任務ということで嫌々でやっているわけじゃない。あたしにはあたしの目的があり、そのために引き下がるわけにはいかないのよ」

 

 回し蹴りをまともにくらい床へと叩き付けられた沙耶は、起き上がるのではなく四股を地面につけて飛びかかる。この近距離ならばそれにより立ち上がってから走り出す工程を無視できる。空中に跳んでいる僅かな間にリロードを終わらせた沙耶はコンバット・コマンダーの銃口を向けるが、その瞬間に狐の仮面の人物の姿が幽霊のようにぶれた。

 

「なら、こいつでどうよッ!」

 

 左側のホルスターから二丁目のコンバット・コマンダーを取り出して連射するが、どれも当たらない。

 沙耶の銃の腕前に問題があるわけではない。あったとしても物量でごり押しできるはずだ。

 それができていないのは、姿がぶれて見えるほどの速度で当たるものを回避しているからか。

 

(……こうなったら贅沢は言ってはいられないか。あれ(・・)を使う)

 

 悔しいが狐の仮面の人物が言っているように。沙耶の体調はまだ本調子ではない。

 長期戦は不利になる。実際、今の沙耶ではこの人物を捉えるきることができないでいる。

 銃弾を難なく回避して急接近してきた仮面の人物により沙耶はそのまま蹴り飛ばされた。

 

「朱鷺戸さん!」

 

 理樹の悲鳴が響くが、攻撃を行った研磨派のスパイにはどうやら今の攻撃に違和感があったらしい。動きを止めて理子の声で訊ねてきた。

 

「あなた今、わざと攻撃を受けたでしょ。一体どういうこと?」

「どうしても発動条件を満たすには必要だったんでね。中途半端に手加減でもされえたら無理だったけど、元々の容態のこともあってこれで条件はクリアしたわ」

「あら?」

 

 そして、狐の仮面の人物は見た。

 朱鷺戸沙耶の持つ透き通るような空色の瞳が―――――――――緋色へと変わっていった。

 

「その瞳―――――そうか。あなたは超能力者(ステルス)とはまた本質からして違う超能力者ね。確か『機関』では超能力者(チューナー)なんて呼ばれていると聞く。ということはあなた、『機関』は有する後天的超能力者の一人なのね」

「だったら何?」

「それだけ分かれば十分よ。事前情報なしで超能力者(チューナー)と戦うのはさすがにリスクが大きすぎるし、わざわざあなたと戦わなくても理子りんの知りたいことを知るすべはできたからこれで引かせてもらうわ。なに、もう襲うことはないから安心なさい」

「そっちがどんな事情があるのかは知ったことではないけどね。あたしはあなたに聞きたいことがいろいろとあるのよ。だから、逃がさない」

「仕事熱心なのは構わないけれど、足元を見なさい」

 

 仮面の人物はいつでも不意打ちができるというような構えをとってはいないけれど、単なるフェイクの可能性も捨てきれない。3、2とカウントダウンを口に出して始めたことにより本能的に嫌な予感がして沙耶は言われたとおりに足元を見た。そこには何やら紙で出来たような白い塊が。その正体は、

 

「あ、それ!!僕の魔術手榴弾!!」

 

 魔術で爆発する理樹の手榴弾。

 ゼロ、というカウントとともに部屋一体に爆風が広がった。

 沙耶はとっさに床に拘束されたまま転がっている理樹を盾になるようにして難を逃れる。

 魔術による一品なら、理樹は右手の超能力のおかげで無傷でいられるからだ。

 けれど、爆風が収まったころには狐の仮面の人物はもうどこにも見当たらなかった。

 部屋の奥へと投げられたはずのナイフも無くなっている。

 もう、どこにも正体へとつながる手がかりはない。

 

(……どうやってナイフを回収した? それに、いつ手榴弾を地面に落とした?)

 

 コンバット・コマンダーによる銃弾をナイフでいともかんたんに両断した。単純な戦闘能力だけでも強襲科(アサルト)でSランクは固いだろう。ひょっとすると、Sランクのもう一つ上のランクへと届くかもしれない。あの狐の仮面の人物が今後は明確な敵として現れたらとんでもないことになる。朱鷺戸沙耶は素直にそう分析した。けれど、戦闘能力以上に気になることが出てきた。

 

(……あたしが『機関』の一員だとわかれば充分? そこから知りたいことを聞き出せる?)

 

 イ・ウーのメンバーであるなら裏組織である『機関』のことを知っていてもおかしくはない。

 けど、そこからどう繋がる?

 

(まさか、あいつは『機関』とのつながりがあるというの?)

 

 イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイはその存在を明らかにしてなお、謎ばかりを残していった。

 

 




ようやく登場させられたイ・ウー研磨派のスパイ。
同じくスパイという立ち位置にいる沙耶のかませになる……なんてことはありませんでした!

正体の露見といった謎の解明どころか謎が増えた研磨派のスパイですが、それは沙耶にも言えることだったり。

老人ホームで逆探知の魔術を使ったかと思えば地下迷宮に乗り込む際に魔術はもう使えないと言っていたり、今度は新手の超能力者だとか言われていたり。
沙耶が理樹とタッグを組む時に理樹の超能力の正体について言及していたりしているはこの辺が理由だったりします。
それに、そもそも『機関』とは何なのか?
謎の解明まではもうちょっと待ってくださいね。では!

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