Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission65 研磨派のスパイ

 生徒会長星伽白雪の朝は早い。

 『魔の正三角形(トライアングル)』だなんて呼ばれるような才能と可能性に満ち溢れたどこぞの産業廃棄物とは違い、彼女は教務科(マスターズ)からの信頼も厚い模範的な優等生である。白雪は今、探偵科の部屋を大破させてしまったお詫びということでキンジのここしばらくの朝食の準備をすることにしていた。でも、

 

「…………」

 

 白雪はどこか上の空であった。キンジの朝食を作ることが憂鬱なのではない。そんなはずはない。むしろ彼女にとってはご褒美である。直枝理樹と井ノ原真人という邪魔な……いや、本来の部屋の住人が不在のためにキンジのためだけに料理を作ってあげられる。珍しく白雪がボケーっとしているのは昨晩アリアから聞いた話が原因だ。

 

 アリアの母親の免罪の一つが、取り消しになったらしい。

 それ自体は非常に喜ばしいことには違いない。いくらアリアが気に食わないと思っていたとしても、家族が不孝になっていく姿を見て喜びを感じるような心が冷たい人間ではないのだ。ただ、免罪となっていた事件の内容のことが気になるのだ。

 

(真犯人が見つかった?しかも、アリアのお母様の裁判ではもうこれ以上は取り上げない?)

 

 ご丁寧なことに、アリア宛の書類の中に司法取引の書類もあった。

 今後一切あの事件についてはなかったものとし、公の場に公表してはならないという内容にて機密を知った罪を取り消すというのだ。黙っているだけで犯罪を無効にするというのは司法取引の条件としては破格の内容であることは間違いはないけれど、そもそも前提条件が間違っている。

 

(どうしてアリアが罪に問われるの?真犯人って、いったい誰?)

 

 三枝一族皆殺し事件。別名四葉(よつのは)公安委員会殲滅事件。

 公安0に最も近いとまで言われた四葉公安委員会がたった一夜にして壊滅させられたのだ。

 信用問題にかかわるとして政府がこれを隠ぺいするというのはわからなくはないのだが、それにしたって疑問が多すぎる。

 

(……そもそも。そもそもの問題として、どうして三枝一族に生き残りがいないだろう?)

 

 襲撃を受けた、というだけならまだしも生き残りがいないということに白雪は初めて事件のことを知ったときに驚愕したものだ。

 三枝一族が強力だと言われていたのは一重に一族に宿った超能力が強力だから。

 彼らは瞬間移動(テレポート)だなんて呼ばれる超能力を有する高速戦闘能力に長けた集団だ。

 もし誰かからの襲撃を受けたとして、どうして逃げられなかった?

 物理的な壁として機能する結界でも張られていたのだろうか?

 その場合は三枝一族を皆殺しにした実行犯とは別に、強力な結界を這ったやつが別にいると考えるのがセオリーだ。いくら魔術を極めたとしても、一人で何から何までできるようになるわけではない。最低でも二人、少なくとも組織レベルの人数が必要となる。

 

(今度、そんな強力な超能力者が現れたら私は勝てるのだろうか)

 

 魔術を受け継ぐ星伽神社の一員としては、あの事件は無関係だとは言っていられない。

 今度いつ星伽神社が標的(ターゲット)になるか分かったものではないのだ。

 アドシアードではジャンヌを返り討ちにすることができたけれど、今度はもっと大物が来るかもしれない。もしも三枝一族を滅ぼすほどの大物がやってきたとして、率直で正直な意見を言わせてもらうとすると、

 

(勝てないだろうね。でも戦う)

 

 きっと白雪は勝てないだろう。まだ正体すらロクに分からない相手だけど、勝負にすらならずに殺される未来が容易に想像がつく。だけど、一つだけわかっていることがある。自分のたったひとりの大切な幼なじみがアリアの味方をすると決めた。三年前、星伽神社が襲撃されたことがある。だから今後もそんなことはないとは言い切れない。だったら私も覚悟を決める必要がある。どんな敵が来たって、キンちゃんだけは今度は自分が守ってみせると。

 

『――――――――白雪(・・)。そこをどけ』

『ダメ。通せない。星伽神社の総意として謙吾君に行かせるわけにはいかない。古式みゆきさんのことはほかの人たちを信じて任せましょう』

『そこをどけと言っているッ!!ジャマをするなッ!!』

 

 今なら理解ができる。昔はどうしようもないものだと思っていた。どれだけ現実味がなくたって、どれだけ非合理的であったとして、どれだけ絶望的であったとしてもそれだけでは割り切れないものは存在しているのだ。自分にも命に代えても守りたい大切な人がいたはずなのに、どうしてそんなことを分かってあげられなかったのだろう。

 

 だから、今度こそは絶対に―――――――

 

「白雪?どうした?」

「――――――――ひゃう!? キ、キンちゃん!? お、おおおおはようございます!!!」

 

 気が付いたらキンジが背後に立っていた。

 置時計の時間はすでに7時を指している。起きてきたのだろう。

 硬直している白雪を放置して、キンジはそのまま白雪の額に手を乗せた。

 

「よかった。熱はないようだな」

「キンちゃん?」

「お前が暗い顔をしていたから、何かあったのかと思って心配したんだぞ」

「―――――――分かるものなの?」

「途中にブランクがあるとはいえ、何年の付き合いだと思っているんだよ。お前のことならすぐに分かるさ。……いや、分かるようになってきた、が正しいかな。兄さんが死んだと聞かされてから、何事にも目をそらしてきた俺だけど、お前のことぐらいはちゃんと向きあおうと思ってな」

 

 キンちゃんのお兄さん。

 遠山金一さん。

 白雪もあったことがある。

 そもそもキンジが星伽神社へとやってきたのは兄に連れられてやってきたからだった。

 キンちゃんはお兄さんが大好きで、昔はよく兄との思い出を話してくれた。

 けど、去年お兄さんが事故にあってマスコミにスケープゴートにされてからは全く話さなくなった。

 もう、やめてくれ。

 徐々に心を閉ざしていく幼なじみに対して特別なことは何もしてあげられなかった。

 

「もう……大丈夫なの?」

「武偵はやめる。そのことは変わってない。けど、俺は兄さんのようにはもうなれないよ」

 

 キンちゃんがあこがれた正義の味方。

 私にとってはすでに正義の味方だけど、キンちゃんが言っているのはそういうことではないのだろう。

 

探偵科(インケスタ)に移籍して、この部屋で暮らすようになって。俺は憧れている人を目指してずっと頑張っている人間を同じ部屋で見てきたんだ。そして、気づいた。もう俺は兄さんのようには頑張れない。兄さんを悪く言った世間の連中のためになにかしてやろうとは思えないんだ」

「キンちゃん……」

「兄さんはすごい人だった。金なんかもらわなくても正義のために戦う正義の味方にふさわしい人だった。おにぎり一つで立てこもり事件を解決して、富豪の依頼で得た大金で貧しい地域に病院を建てたこともある」

 

 これは兄さんから直接聞いたわけではなく、じいちゃんから聞いたことだ。

 そんな偉大なことを誇り気に語るでもなかった兄さんのことは素直に尊敬した。

 けど。心のどこかではわかっていた。俺は兄さんのようにはなれないだろう。

 

「なんかキンちゃん……変わったね」

「そうか?」

「うん。ちょっとだけだけど、明るくなった。これもアリアのおかげなのかな」

「バカを言うな。誰か一人だけのおかげなんてことはない。ルームメイトとして同じ空間で寝食を共にした直枝や井ノ原だってそうだし、白雪、お前もそうだ。いつもは言わなかったけど、この際だから言っておく。いつもありがとう」

 

 どうしてだろう。白雪は涙がこぼれどうだった。

 私にとってキンちゃんはかけがえのない人だ。そのことだけは昔からよくわかっている。

 けど、逆はどうだ?

 

 キンちゃんにとって私はどんな存在なんだろうか?

 

 その答えがどうしても出せないでいた。聞くのが怖かったというのもある。事実、キンちゃんを大きく変えられるだけのきっかけを作ったのはアリアだ。私はそれができなかった。けど、大切だと言ってくれた。そのことがたまらなくうれしい。

 

「ほら、ボーッとしていると卵が焦げるぞ。たまには一緒に朝食でもつくろうか」

「え、でも、そんな……悪いよ。これはもともと謝罪のつもりなんだし」

「謝罪するのは本来なら直枝と井ノ原の二人にだ。俺はお前の幼なじみなんだし、遠慮はいらないさ。じゃあ俺は……料理には自信がないからこっちの味噌汁でも見てることにするさ。残りは頼んだぞ」

 

 一緒にやるかとかいいつつも大したことは出来ないキンジであったが、白雪は笑顔で頷いた。

 それじゃあ一緒に何か作ろうか、という時になってキンジのケータイの着信音が鳴った。

 

『部屋に戻ってきているのなら、僕の予備の制服とパンツシャツ着替え一式出しておいてもらえる?』

 

 このメールを見てキンジは思う。

 あいつ、今どこで何をやっているんだ?

 

 

      ●

 

 

「あら、起きた?」

「ここは―――――――――――あれ? ここって外?」

 

 直枝理樹が目を覚ました時に見た光景は、所見で何もかもが目新しい地下迷宮のうす気味悪いレンガの壁ではなく見たことがある場所だった。しかも、お日様の暖かな朝の陽ざしを浴びることができている。現状をまずが把握しようとして、理樹は自分の服が変にしわができていることに気が付いた。一度水に濡れて、それが乾いたためにできたようなシワだ。目の前に広がっているのが東京湾であることから考えるに、僕は東京湾に落ちたのだろうか?でも、どうして? 理樹と沙耶は東京武偵高校の地下迷宮にいたはずである。どうして地上にいるのだろうか?理樹が自分でその答えを出す前に、沙耶が答えを言った。

 

「あの落とし穴は冷たい冷たい夜の東京湾へとつながっていたのよ。私たちは強制的に地下迷宮の外に排出されたってわけ」

「よく僕たち生きてたね」

「だから言ったでしょ?あなたはきっと死なないような強運の持ち主なのよ。ここはあなたを連れて地下迷宮へと向かったあたしの作戦勝ちということにしておきま――――――――ゴホッ、ゴホッ!?」

「大丈夫?悪い咳をしているけど」

「……夜の冷たい東京湾に二人して叩き込まれたことは事実だからね、風邪でも引いたのかしら」

 

 大丈夫、なんてことはないと沙耶は答えたけど、言葉とは裏腹に沙耶の顔色はとても悪い。

 沙耶の額へと手を当ててみたら、熱が出ているわけでも身体が冷え切っているわけでもないようだ。

 第一、体調管理の能力ならば諜報科(レザド)の衛生武偵である沙耶の方が高いはず。

理樹にわかる程度の体調の変化なら自分で自覚するだろう。

 健康を第一として休養を取りたいところではあるが、生憎とそうも言っていられない。

 理樹は砂の化身の襲撃を進行形で受けている身であるし、倒れたまま起きてこれない小毬のことを考えたらこの一件は早期決着をつけるべきだ。

 

「分かったことが一つだけあるわ。あの落とし穴が東京湾につながってたのだから、潜水艇でも使えば食糧とかの必要物資の調達も可能でしょうね。生憎私たちは流された口だから、どこに入り口があるのか分からないけど」

「これからどうしようか? 一度もあの老人ホームに戻るにしても、こうなった以上は錬金術師は問答無用で襲い掛かってくるんじゃないかな」

「そうね。あそこには一般のお年寄りも多いし、なりふり構わない襲撃の可能性を考えたらいくら味方が多かったとしても得策ではないわね。かと言って、次に素直に寮の自室や保健室なんかで眠ろうものなら次に起きた時に監禁されていてもおかしくはないわ」

「なら、いますぐもう一度行く?」

 

 そうは言ったところで問題はある。

 第一に沙耶の調子が悪そうだ。海に落とされたため銃のメンテナンスだってしなくてはならない。

 それに……眠たい。

 深夜に忍び込んで、ついさっきまで探索していたのだ。

 ずっと緊張続きだったために集中力も切れてしまっている。

 

「今すぐ行こうにも、また教務科(マスターズ)に忍び込むところから始めなければならないでしょ?まずは教務科(マスターズ)の様子を確認しておきたいところね。少なくてもそれからよ。だから今は……寝ましょうか」

「どこで?ここらで安全な場所なんかないと思うけど」

「人がたくさんいる場所があるじゃない。今は朝だから人もどんどん集まってくる」

 

 襲撃方法が砂の化身なら、存在自体がばれないようにするような方法で襲ってくることを意味している。なら、逆説的に言って人が集まっていれば襲ってはこれないことになる。その場所は、

 

「学校で授業を受けるの?」

 

 生徒たちの学び舎、学校。

 理樹の所属する二年Fクラスの教室。

 

「午前中の一般科目の時間帯に理樹君は休んでおきなさい。クラスメイトたちが大勢いる授業中には襲ってくることなんてできないでしょうからね。その間にあたしが教務科(マスターズ)に探りを入れてみるわ」

「それは僕がやろうか?僕よりも朱鷺戸さんの方が顔色悪いし」

「探りを入れるのがあたしではなく、寮会にいる『機関』の協力者にやってもらうわ。あたしはそいつの正体は知らないから連絡をつけるまで多少は手間のかかることをしなければならないけど、どのみちあたしも少しだけ休まなければならないでしょうね。最も、半分起きて半分寝ているような半覚醒状態で睡眠をとることができるからちょっとだけの休みで充分よ」

 

 そういうことならば沙耶の言う通りにしておくことにする。

 今から寮に戻ってシャワーを浴びてから通学するとしても今の時間帯ならギリギリ間に合うだろう

 探偵科(インケスタ)の自室の修理が終わったからキンジは部屋に先に帰ってきているとメールで聞いているのでキンジに理樹の制服の控えを出しておいてもらうとする。部屋に戻るとキンジはもう通学したのか、探偵科(インケスタ)寮にはいなかった。リビングに理樹の着替え道具が一式おかれているのを見ると、邪魔にはならないようにと気を効かせてくれたのかもしれない。理樹はシャワーを浴びるとすぐに二年Fクラスの教室へと向かった。自分の机に座るが、いつもと違って隣に真人はいない。

 

(……授業を寝ているのがバレたら先生にしばかれるかもしれないけど、致し方ないか)

 

 特に眠そうと意識したわけではないのに、理樹は教室の自分の席に座るとすぐに眠りに落ちてしまう。

 徹夜というものは案外身体にこたえるものだ。それが命の危険だってあるなかでの緊張感ならその疲労は一気に重たいものとなる。教室に現代文担当の高天原先生が入ってきたところまでは覚えているが、それからの意識は完全にシャットアウトしてしまった。

 

 

 

        ●

 

 理樹が目が覚めたとき、顔に違和感を感じた。

 なんというか、視界が暗い。寝ぼけているのかとも思ったけれど、

 

「お目覚め?」

 

 背後から聞こえる声に、違和感はすぐに確信へとシフトした。もう意識は完全に覚めている。人間、どんな状況でも危機的状況に陥ればすぐにハッと目を覚ますものだ。間違いない。視界が暗いのはボケているのでもなんでもなく、何かで目隠しされている。感じる感覚から考えてどうやら座らされているようだが、身動きは取れなかった。

 

(椅子か何かに拘束されているのか!? マズイ、この状況では一方的で交渉もなにもない!!)

 

 ご丁寧に理樹をわざわざ捕まえることを考えて、相手の目的は自分を殺すことではないと判断する。

 となると、相手のペースに引き込まれたら負けだ。

 『魔の正三角形(トライアングル)』の連中を思い出せ。

 あいつらのように多少言動は滅茶苦茶でも自分のペースに持ち込めばまだ活路はある。

 だから、理樹は叫んだ。

 

「好きだ―――――――――――――ッ!!!」

「この状況で何を言ってるの?」

 

 あきれたような声が帰ってきた。

 それにしてもなぜだろう?理樹はこの声に心当たりがある。

 

「り、理子さん?」

「あっ!さっすがりっきくーん! よく声だけで理子りんのことがわかったね!」

「ほ、本当に理子さんなの?」

 

 一緒に探偵科(インケスタ)で授業を受けていた時のような明るい声が返ってきた。

 けど、すぐに別の声も聞いた。

 

「なら、私のこともわかるかな?」

 

 今度聞こえてきた声は、理子の陽気な声ではなく、凛と張りつめたような声。

 こちらも聞き覚えがある。

 アドシアードの時、地下倉庫(ジャンクション)で聞いた声だ。

 

「――――――――魔剣(デュランダル)!?まさか、そんな!?魔剣(デュランダル)は逮捕されたはず!!」

「そう、なら私の正体は分かるな?」

 

 理子ならまだしも、ジャンヌが今この場所にいるはずがない。

 となると、ジャンヌの声で話しかけてきている人物は銀氷の魔女本人ではなく。

 

「変声……術か!」

「正解せーかい、D☆A☆Iセ~カイ!!!」

 

 全くの別人ということになる。

 理子とジャンヌの声に代えられるということは、理子とジャンヌの共通点であるイ・ウーのメンバーだとしっている人物ということになる。

 

「なら、理子りんの正体もわかるよね!よね!!」

 

 そうだ。こいつは、

 

「はっじめまして理樹くーん!この場の理子りんの正体は、本物じゃないよ!偽物だよ!!わたし、イ・ウー研磨派(ダイオ)に所属するスパイ!!よろしくね」

 

 





アドシアードの頃からちょくちょくと話題には挙がっていたイ・ウー研磨派のスパイがようやく登場しました。

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