「小毬の様子はどうだ?」
流れ星を見るとか言って夜に屋上に行った後、帰ってきた小毬は気を失った。
もう朝になるが、いまだに小毬は目を覚まさない。
ずっと小毬は眠ったままである。
真人と謙吾の二人は鈴に聞いてみるが、鈴は首を振るばかり。
その場にいた鈴でさえ、いったい小毬に何があったのかを理解できていない。
嫌なことを思い出した。分かっているのはそれだけだ。
この老人ホームの設備の一つである個室のベットにて小毬を休ませていて、老人ホームで働いている先生方があわただしく動いている。ただ、その中でいない人物が一人。鈴はその人物に恨みがましくつぶやいた。
「ところで、理樹はこんな時に一体どこで何をやっているんだ」
「理樹はやることがあるらしいぜ」
「真人はなんか聞いてないのか?」
責めるような鈴の視線を真人は言い訳するでもなく、正面から受け止めた。
真人だってこの状況でいない理樹にひとつやふたつくらい言いたいことがある。
なにか理樹が抱えていることがいい。
けれど、それを言ってくれないことが残念であった。
力を貸せといわれたら、迷うことなんて何一つとしてないのに。
『真人。お願いがある』
けれど、井ノ原真人はそれ以上に理樹を信じている。
理樹が何も言わないということは、自分の筋肉の出番はないということだ。
言いたくないことがあるのなら言わなくてもいい。
それならわざわざ真人は聞きはしない。
「オレは理樹が帰ってくるのを待っているさ。あいつが今の小毬をほったからかしにしてでもやることがあるのだとしたら、それはそれ相応のことなんだろうよ」
●
直枝理樹と朱鷺戸沙耶。
積極的にしろ消極的にしろ、この二人は解決すべき問題を抱えている。
具体的には東京武偵高校に潜伏している魔術師の排除。
本当だったら理樹だって倒れてしまった小毬のそばにいてやりたい。
それができないのは、理樹が狙われている身の上であることには変わりのないからだ。
謙吾は腕をケガしているし、小毬なんて一日たってもいまだに目を覚まさない。
もし相手が人質でも用意しようと考えたら真っ先に狙われるのはなんの抵抗もできない小毬だろう。
「小毬さん、大丈夫かなあ」
「あそこは『機関』のアジトの一つなのだから、もうこれ以上はそうそう手を出してはこないはずよ。それより目の前の問題に集中しましょう。小毬ちゃんのお見舞いに堂々と胸を張っていくためにもね」
「……そうだね」
沙耶の逆探知の魔術には欠点がある。『縁』による結びつきの術式を使ったため、相手の居場所をつかんだと同時に自分の居場所が相手にもばれてしまうのだ。でも、それでもいいと沙耶は判断した。あの老人ホームが『機関』の手がかかっているということをそれとなく伝えることができれた以上、そうそう手は出してこないだろう。あの老人ホームにいる限り、倒れている小毬はもちろんのこと腕がまだ完治していない謙吾だって無事でいられる。狙われる心配はないといえる。残る問題はと言えば、
「さて、どうやって
匿名で
「誰かに協力を頼むのが一番なんじゃないかな」
「……誰に?あたしは理樹君には協力を得るために『機関』のエージェントだという身分を明かしたけど、
「そうだね……協力者がいた、とか?」
「そう考えるのが妥当なところよ。おそらく教務科の教師の中にも魔術師とつながっている奴がいるはずよ。いくら『魔術』が絡んで専門外の分野になってしまうとはいえ、そうでもないと百戦錬磨の教師陣が気づかないわけないもの」
あくまで沙耶の仮定であるが、教務科にあるのは錬金術師がアジトとしている場所への入り口なのだろう。沙耶の逆探知の魔術により出てきた座標は地下を指していた。どうやったかわからないが、地下基地を作るために手引きした奴がいることだけは間違いない。そうなると、下手に
「遠山くんなんてどう? 彼ならきっと力になってくれるよ」
「とりあえず様子見をしてからかしらね。
「そう。じゃあ行こうか」
「潜入する方法を思いついたの?」
「思いついたというより、聞いたという方が正しいかな?」
アドシアードにおいて二木佳奈多はイギリス清教の要人来ヶ谷唯湖の護衛に、神崎・H・アリアは星伽神社の要人星伽白雪の護衛にそれぞれついている。佳奈多の場合は寮会からの指名という形であったがアリアの場合は寮会からの依頼ではなく自分でその仕事をもぎ取っている。なんでも教務科に呼び出された白雪の弱みを握ろうとして忍び込んだ結果、なりゆきでそうなったらしい。白雪の料理という豪華なごちそうに運よくありつけておいしくいただいていたときはこいつら度胸あるなあと感心していた理樹であったが、まさか自分が実行する羽目になるとは思わなかった。
深夜、だれもかもが寝静まったころを見計らって理樹と沙耶の二人は教務科へと忍び込む。
天井のダクトを通過して匍匐前進にて移動しているが、どこの部屋にて下りるかはまだ決めていない。
幸いにも地下が怪しいということだけわかっていたので探索するのは一階の部屋だけという絞り込みはできているものの、そんなものはあってないような優位点だ。先行してダクト内部を進んでいた沙耶は一つの部屋の前で止まり、通気口を蹴破って部屋に降り立った。
「ここね」
「どうして分かるの?」
沙耶が降り立ったのは空き教室。大体20人くらいは入ることができるだけの容量を持ち、机と椅子もそれだけ並んでいる。とはいえ教室としては使われていない。机だってきれいなものではなく、いつ業者さんが回収に来るのかを考えるくらい使い倒されたものばかり。物置として使用されているみたいだった。
「まだ確証はないわ。でもあやしいと思わない?
物置みたいなところに教師たちが直接やってくるだろうか?いや、否だ。物騒な教師たちはこの場所に自分で机を運び入れるなんてことしない。授業の罰とかで、生徒たちにやらせるに決まっている。もし何か変わった変化があったとして、生徒たちは教務科内部のことだと思って関わりたくないと思うし、教師たちはそもそも来ない。
「入り方は?」
「それをいまから調べるの。ここが正解かどうかも未確定だしね」
ぱっと空き教室を見渡して見えるのは机と黒板。教室ならあって当然の設備のみ。
沙耶に続こうとして理樹もダクトから飛び降りる。着地した瞬間、沙耶は怪訝な表情を浮かべた。
「どうかした?」
「今理樹君が飛び降りた時、なんだか地面が傾いたような……」
「ほら、あれじゃない?蘭豹先生の伝説の一つ。震脚でこの学園島の角度を変えてしまったというやつ。この部屋でやったから地盤が緩んでいるんじゃない?」
「いくら地盤が緩んでいたとしても人間一人の体重くらいでそうそう揺れるもんですか。なにか仕掛けがあるわね」
加わる力がキーワードということで、二人並んで移動しながら部屋の様子を探ってみる。
方や
二人は部屋の仕組みをすぐに明らかにした。
「どうやら床が沈むことはわかったけど……場所によって沈む量が違うね」
床を押してみる。
指摘なれなければ気がつかなかったような変化であるが、床のタイルが少し沈んだ。
すべてのタイルを押して回った結果、、教室の中心が一番力が必要だった。
逆に外周はたやすく沈む。外に向かうにつれ、その傾向がある。
考えてみよう。まず、特徴を挙げるとすると、
・外周の正方形は同じ圧力で沈む。
・中心に近付くにつれ、その正方形を沈めるには徐々により多くの質量を必要とする。
と、言ったところか。
(……そうか! なら床の高さを均等にすればいいんじゃないか!)
幸いにもこの部屋にはおあつらえ向きに机と椅子がたくさん置いてある。
この教室の完成した構造を頭の中でイメージしろ。さっきの特徴から考えて、
「太陽の塔だ」
「え、なんの塔?」
「ほら、太陽の塔だよ。それがここにそびえたったなら」
「なら?」
「……きっと屋上まで突き抜けていけるね?」
自信満々で行ったがゆえに、朱鷺戸さんに呆れた顔をされた
。
「よくわからないけど、塔ならそうなるんじゃない?。で、あなたの言いたいことは?」
「ごめん、忘れて」
そういえ会えてしまっては何も言えない。落ち着くんだ、直枝理樹。
お前はやればできる奴のはずだ。落ち着いてもう一度考え直せ。
「ローソンさ」
「え、ローソン?」
「コンビニだよ」
「ああ、コンビニね。で、それが何?ローソン型って、ただの単なる直方体よね?」
「そうだよ」
「どこからその自信が出てくるのか分からないけど、そんな直方体なんて単純な解答じゃないはずよ」
「で、でもローソンなんだよ!?」
「いやに粘るわね……だから違うってば」
またまた一蹴された。
理樹だって途中から薄々と気が付いていた。
(……そうだよ、ローソンなはずがないじゃないか。僕はいったい何を考えているんだ)
そのまま否を認めるのが嫌で食いついてしまった。
朱鷺戸さんが好きなのはローソンではなくきっと、
「ファミマだ」
「え!? ファミマ!? なにそれ」
「え、知らないの? ファミリーマートの略。こっちもコンビニ」
「それも単なる直方体よね?」
「そうだよ。でも、ファミリーマートなんだよ」
「また根拠もなくプッシュしてくるわね。違うわよ」
「うん。時間の無駄だったね」
冗談はほどほどにしておこう。残った選択肢は一つしかない。
「ピラミッドだ」
「え、なに?」
「机といすを組み合わせて、教室の床一面を覆い尽くすくらいの大きなピラミッドをつくるんだよ」
「へぇ……ローソンだとかファミリーマートだとかコンビニをあれだけ推していた人物からの発言とは思えない。意外ね」
二人でせっせと椅子と机を並べていく作業はシュールなものに思えてきた。こんなことなら筋肉担当も呼べばよかったかなんて思ってしまうがちょっと待ってほしい。理樹の筋肉だってバカにしてはいかん。いかんぜよ!
「何か変化はあった?」
「ええ。後ろの黒板に変化があったわ」
朱鷲戸さんが黒板に近付いていき、それを両手で押し上げてみせた。
コンクリートの壁に、穴が開いていた。
一人なら、這いながら通れそうな狭さ。
光も何もない本当の暗闇だ。まさか自分がはいっていくなんて想像もしたくない。
「行くわよ」
「ねえ、やっぱり僕も行かなきゃだめ?」
「当然じゃない。あなたはあたしのパートナーよ?」
「やめたいんですけど……」
「じゃ殺す。ここで殺す。いますぐ殺す」
「しんがりでも特攻隊長でもなんでも任命下さいっ!!」
気分が変わった。
それはそうと人型使い捨て装甲板作戦を実行する前に確認しておきたいことがあった。
「ねえ、このままいくの?いくらなんでも侵入者対策でもしてあるんじゃない?もうちょっとなんかないの?ほら、気づかれないように侵入するための作戦とか安全に敵を倒す方法とか」
「何よ。ならあなたには何か作戦があるっていうの?」
「ちょ!?本当にこのままつっこむの? いくらなんでもここは学校なんだから見つかったときのために万が一のための罠があるって考えるのが普通じゃない? ようするにテロリストが立てこもっているビルに正面から突撃をしようなんてものでしょ!?」
「ダイジョブジョブ。地下で銃なんかつかったら居場所がばれる可能性があるから、トラップがあったとしてもみんな魔術的なものよ。そんなもの、理樹君の右手の超能力の敵ではないわ。大体私はすでに魔術しか警戒はしていないんだから。あ、それから先に言っておくことがあるわ」
「何?」
「あたし、もう魔術は使えないから魔術的なのサポートとかは一切期待しないでね。私たちに残された武器は理樹君の超能力とコンバット・マグナム。それにあたしのコンバット・コマンダーだけよ」
朱鷲戸さんは本当に何も考えていなかった!!!
愕然とする理樹に対して、沙耶は自信満々に答える。
「ダイジョブジョブ。理樹くんがそうそう死なないから」
「なんだそんなこと言えるのさ!?」
「世の中にはね、幸運みたいな概念じみた力を持つの
「いくわよ」
「い、いやだ行きなくない!死んでしまう!」
「この私がついてるんだから死なないわ!行くわよ!」
問題点だらけのコンビはこうして道の迷宮へと続く暗い穴へと飛び込んでいった。