さて問題。
東京武偵高校第二学年が誇る筆頭問題児『
東京武偵高校の生徒でこの質問に答えられる生徒はほとんどいないと言ってもいいだろう。三人全員似たり寄ったりだからではない。単純な才能のみを評価しようにもそれぞれ分野が違うし、第一人間性を評価する以上は必要となってくる『三人全員と面識を持つ』という最低条件をクリアすることが難しいからだ。知らない人間を正しく評価できるわけがない。寮会で仕事の仲介をしている二木佳奈多ならまだしも、残りの二人と接点を持つことはほぼ皆無だ。
まず、来ヶ谷唯湖。
ハイジャック事件の後、すなわち彼女がリトルバスターズの一員となった後ならば姿を見かけることぐらいはできるようになったが、一年生の時はクラスメイトだった謙吾ですら指で数える程度しか顔を合せなかった。重度の気分屋の彼女の最近のお気に入りは、授業時間帯に自分の委員会が経営するコーヒー専門店に赴いて超高級コーヒー『
次、牧瀬
鳳凰院
『今はまだ俺が動く時ではない』
とか
『レイヤーの娘が運動神経抜群のアウトドアになるのは例外中の例外に過ぎない。ネラーの息子が運動音痴のインドアになるのは本来当然のことである。部屋から全く出たくないと俺が思うのは全く持って自然の摂理と言えるだろう。ゆえに、俺はアドシアード期間中においては絶対に部屋から出ない。出ないと言ったら出ない。……で、出ないんだからな!!』
とは彼の弁。
自称、動く時がまだなニートである。
そんなでも科学者としての知名度がそれなりにはある科学者なのだ。
悲しいかな、これが『
知らなければミステリアスなんていう素敵な言葉で着飾ることができるのに、知ってしまえば三人中二人がニート。すごいものだ。これはヒドイ。腐っても教育者たる
二木佳奈多。
委員会連合への加入を認められる委員会を形成している若き風紀委員長。知名度だけなら生徒会長の星伽白雪よりも高い。風紀委員というのは法律を専門として扱う武偵を指す。弁護士のような典型的知識職においたとしても、暴力団やマフィアといった裏勢力が絡んでくる場合には武力が必要になってくる。世の中、正論を言いたくても暴力という名の脅しをかけられて何もいえなくなるなんてことがざらなのだ。
なら、風紀委員という人たちは相手の武力というカードを無視して正しいことを言うことができる人間と言えるだろう。
今、若き風紀委員長二木佳奈多は新宿警察署を訪れていた。この場所は以前アリアが母親である神崎かなえとの面会に訪れた場所でもある。面会の旨を受付で伝え、面会用待合室で待機していると、五分ともかからずにやたらガタイのいい男の警察官二人がやってきた。
「二木佳奈多様。お待ちしておりました。では、こちらへどうぞ」
当然のことではあるが、お役所仕事が五分とかからずに終わるはずがない。面会の人数や時間、一日の面会の数、差し入れできるものなど厳しい規定がある中で、このスピード対応はありえない。けど、それは真っ当な面会の場合だ。事実。佳奈多が案内されたのはアクリル板つきの面会室ではない。
取調室。
椅子が二つに大きな机が一つ。
陰湿だと思われるくらいに部屋は暗く、それゆいに蛍光灯の光すらまぶしく見える。
「それでは、ごゆっくりと」
佳奈多が取調室へと足を踏み入れたら、案内役の警察官二人は部屋から出ていった。通常、面会には警察官の立ち合いが必須であり、面会の最大時間は15分と定められている。ごゆっくりととは、これまた掟破りにもほどがあるだろう。別に佳奈多とて、政治的圧力でもかけて面会時間を無理やりに引き延すだなんて優遇措置を依頼したわけでもないのだから。佳奈多は先に取調室にと入れられていた人物を見る。そこにいたのは純銀製の手錠をはめられて椅子に座らされている少女だった。
「お久しぶりね、
「……佳奈多か」
かつてはその存在自体が都市伝説とまで言われていた
先日のアドシアードでは星伽神社の巫女である白雪を誘拐しようとしたが失敗し、逮捕された人物でもある。その正体は冷気を操る『
「あら、どうかしたの?お腹でもすいた?なんなら取調べらしくカツ丼でも買ってきてもらいましょうか。これは公式な面会ではないのだから、時間ならたっぷりとあるしね」
「……いったい何の用だ?」
「そんなことすら理解できないのだとしたら幻滅するわよ。あなた頭いいんじゃなかったの? 本当に分からないような役立たずには私は用はないの。あなたが今後の人生を楽しい服役生活で過ごしったいというのであれば私もとやかく言うつもりはないけれど、その場合はせっかく私が持ってきてあげた司法取引をなかったことにするわね。一応言っておくと、私はそれでも別に構わないわよ」
「……バルダとかいう奴が言っていた話か。それで、極東エリア最強の魔女様が一体私に何をさせようとしているんだ」
「皮肉が言えるくらい回復したようで何よりだわ。綴先生にいじめられていたときのトラウマはもう大丈夫……ではないみたいね」
綴先生の名前を出した途端に銀氷の魔女の瞳は光を失い、全身が震えだした。どうやらよほどひどい目にあったようだ。プライバシーの名の万能の盾により、少年武偵法では犯罪を犯した未成年の武偵の情報を公開することは禁止されている。そのプロフィールをやり取りできるのは仲間の武偵同士であっても禁忌とされ、知ることができるのは被害者と限られた司法関係者のみである。
そう、司法関係者なら知ることができる。
つまり、風紀委員長たる二木佳奈多にはGW前のハイジャック事件、それにアドシアードの一件の綿密な詳細を知る機会があったのだ。勿論、委員会連合に加入している風紀委員長という肩書があれば誰でも観覧できるわけではない。被害にあった星伽白雪と同じ東京武偵高校の生徒であることといった他の条件も考慮した結果だろう。
『そろそろ会えると思ってたよ峰くん。いや、「武偵殺し」って呼んだ方がいいか?』
『おいおい。そんな顔するなよ。誰から聞いたなんて分かりきっていることだろう?かわいらしい顔が台なしじゃないか。第一、君の方から声をかけてきたんだ。失礼だとは思わないのか?』
アメリカで理子に遭遇した来ヶ谷唯湖が理子のことを『武偵殺し』だと知っていたのも佳奈多からこっそりと聞いたとすれば合点がいく話だ。二木佳奈多にしろ来ヶ谷唯湖にしろ、国家機密レベルの脅威とされているイ・ウーの危険性は承知している。
「ジャンヌ・ダルク。あなたにやってもらうことがあるわ」
「で、私はこれからどうすればいい?」
策を巡らす銀氷の魔女がやたらと素直なのは、今が囚われの身であることからによる妥協だけではない。ジャンヌ・ダルクは目の前に立つ風紀委員長のことを佳奈多と名前で呼んでいた。つまり、この二人は以前からの面識があるということになる。二木佳奈多とて『銀氷の魔女』がどういった人物か全く知らないのならば協力させようとする行為はリスクが高すぎて使おうと思わなかっただろう。ジャンヌが裏切ろうものなら、責任問題として矢面に立たされるのは佳奈多である。ゆえに、佳奈多はジャンヌが自分を裏切ることができないだろうという確信して接触しているということになる。
事実、その通りである。
ジャンヌ・ダルクは二木佳奈多を裏切れない。策を張り巡らす魔女らしく佳奈多を裏切り欺こうとした場合、自分がどういう目にあわされるかをよく理解していた。どのみち今のジャンヌには佳奈多に従うほか選択肢はない。
「あなたへの大まかな要求は二つ。一つはバルダが言い残した情報にあった、東京武偵高校に潜伏しているイ・ウー
「……わかった。望むところだ。で、もうひとつはなんだ?」
イ・ウー主戦派と戦うことについてはジャンヌとて異存はない。自分一人でやる分には分が悪いが、佳奈多に協力という形ならリスクを軽減できる。例え武力絶賛主義のイ・ウー主戦派であったとしても、極東エリア最強の魔女とまで噂される人物と一戦を交えたくはないはずだ。司法取引の条件としては自分に不利はない。けど、次に佳奈多がジャンヌに告げたことは二つ返事はできなかった。
「―――――――――しなさい」
佳奈多の要求に対して、銀氷の魔女の顔は血の気が引いていき蒼白になった。
瞳には自分に降りかかるものを考えたからか恐怖がありありと浮かんでいる。
「ま、待て。待て佳奈多!!そんなことしたら私は殺される!!!」
「どの道従わなければイ・ウーの魔術師ともども私がこの手であなたを殺す。昔あなたがちょっかい出してきたとき勝負にもならなかっらことをお忘れではないのでしょう?いくら私の超能力が弱体化しているとはいっても、私は超能力なしでも
星伽巫女を怖がらせた銀氷の魔女を震え上げさせるほどの明確な脅しだった。
佳奈多がジャンヌを見つめる瞳は恐ろしいほどにまで冷たいものになっていく。
銀氷の魔女をして、身体が凍り付いてしまうかと思ってしまった。
もしも第三者がいたとして氷の女王としてふさわしいのはどっちと言われたら誰もが佳奈多を選ぶだろう。
「私を敵に回すか。あの魔女を敵に回すか。選択肢は二つに一つ。別に難しいことを言っているわけではないでしょう?特攻隊の一員に選ばれたというわけでもあるまいし。あなたが神崎かなえさんにやったことを別の人物でやれと言っているだけなのだから。ちなみに峰さんは二つ返事で了承してくれたわよ」
殺すという言葉を言うだけならば誰にだって言える。けど、冗談だとかノリで言ってみただけだとかで済まされるはずである。しかしジャンヌは理解していた。二木佳奈多は言葉こそは冗談のように軽き言い、表情だって事務仕事でもしているような機械的なものである。それでいて冗談でもなんでもなく自分を殺すだろうということを知っていた。
「お前……そんなことができると思っているのか?」
「できる。そもそもなんで私の風紀委員会が一体何の為に存在しているのか考えたことがある?確かに今回のように司法取引関連の権利があるということもあるけれど。来ヶ谷さんのイギリス清教しかり、牧瀬の奴の……あいつの場合はいいか。ともあれ、たかだか高校二年生に過ぎない小娘風情が委員会連合に加入できるほどの委員会を持つためにはそれ相応のバックがついてるに決まっているでしょ」
「まさか、そのために風紀委員長なんかやっているのか?」
「さあね。所詮はどうでもいいことよ。気まぐれだとでも思ってくっればいいわ。でも、百パーセント悪い話というわけでもないでしょう?……あなたにとっても、ね?」
沈黙が二人の間を支配した。時間的には十秒もたっていないはずなのに、ジャンヌには10分にも近い時間がすでに経過しているように感じた。時間の経過とともに室温が徐々に絶対零度に近づいているような錯覚まで受けた。早く何か答えなければ。意識は先行しているものの、自分の口が震えていることにジャンヌ自身は気づいていない。いいだろう、と返事をするまでにどれだけの時間がたったのだろうか?
「……そう。じゃあ、しばらくしたらここから出してあげる。よかったわね、自分の自慢する超能力をいかせる機会がやってきて。精々その優秀と自称する頭脳でよからぬことでも考えながら待っていなさい」
もう用はないと言わんばかりに、じゃあねと一言だけ告げて佳奈多は取調室から出ていった。
佳奈多の姿が見えなくなったこと途端、ジャンヌは安堵の息を吐いている自分に気が付いた。
私はいったいいつの間にこんなに汗をかいているのだろうか?
(……優しい魔女? どこがだ? ひょっとしたら理子はいいように騙されるだけなんじゃないか?)
ジャンヌ自身の佳奈多についての感想は、高校一年生の時の理子から聞いた話とはとてもじゃないが一致しない。佳奈多自身の目的のためにうまく利用されているだけのような気もする。イ・ウー
二木佳奈多。
彼女はジャンヌらイ・ウー
イ・ウー
イ・ウー
答えは神のみぞ知る。
佳奈多&ジャンヌがこれより行動開始します。
理樹&沙耶のドジっ子コンビでは先を越されそうな気も……ガンバレ!!
さて、今回は答え合わせの回でもありました。
どうして来ヶ谷が理子のことを『武偵殺し』だと知っていたのかは、佳奈多から聞いたからです。
みなさんは分かっていましたか?
では!