Scarlet Busters!   作:Sepia

57 / 124
今回は理樹が登場します。


Mission57 手帳の落し物

 

 

「ついに僕が動く時が来たようだね」

 

 最近すっかりご無沙汰だった主人公はそんな言葉を口にした。

 真人と謙吾との三人で円を組むようにして座り、彼はただいま真剣な表情で謙吾の持つ二枚のカードを凝視している。何ということはない。絶賛トランプ中である。

 

「理樹っち! アドシアード以降、テンションが微妙にズレちまった謙吾の野郎に一泡吹かせてやれ!」

「もちろんだとも!!怪我人相手に何回も負けてあげるほど僕は優しくなんてない!」

「ふっ。この程度、ちょうどいいハンデだ。理樹、お前がそこの脳筋とタッグを組んだところでこの俺は倒せない」

 

 もちろんトランプの強さと実際の腕のケガにはなんの関係性もないのだが、そんな当然のとこにツッコミをいれるような人間は三人の中にはいなかった。無粋なことは言わないというよりは、関係がないということを理解している人間が純粋にいないような気もする。

 

「それはどうかな?これだッ!!」

 

 主人公は謙吾の持つ二枚のトランプのうち一枚を選択して『運命の選択(デステニードロー)』を行った。真の決闘者(デュエリスト)の決闘は必然。ドローカードすらも想像できるという。さぁ、直枝理樹(主人公)が持てる己の運命力にて引いたカードは……

 

「僕が引いたカードは、ジョーカーだ!!」

 

 ジョーカー。

 ポーカーや大富豪においては最強のカードである。

 だが残念。

 いま三人がやっているゲームはババ抜きだ。

 ジョーカーはあいにくだが外れということになる。

 理樹の番が終わり、今度は謙吾の番になる。

 謙吾は真人の持つ三枚のカードを引いて見事にペアとなる組み合わせを引き当てた。

 

「ふぅ。これで俺の33連勝だな。さぁ、次は何をやろう!?」

「……ちょっと休まない?さすがにつかれてきたよ」

「な、何ィ!?」

 

 探偵科(インケスタ)の寮はアリアと白雪の決闘により大破した。こいつが悪いと責任を押し付けった女子二名は二人して探偵科の部屋の修復をさせられている最中だ。しばらく止まる場所がないということで謙吾の部屋にお邪魔していたのだが、どういうわけか謙吾が遊ぶことに夢中になって妙なテンションになっていた。友達ともお泊り会となればテンションが上がることは理解できるとはいえ、それが何日も続くと疲れてくる。

 

(なあ、理樹っちよう。謙吾の野郎どうしちまったんだ?)

(さぁ? うれしいことでもあったんじゃない? どうせしばらくしたら元通りに戻ると思うから今はほっとこうよ。疲れる以外の実害はないんだしさ)

(それもそうだな)

 

 理樹と真人がアイコンタクトによる意思相通を図ったとき、部屋の扉がバンッ!!と強引にあけられた。

 ん?とそちらに視線を向けると、走ってきたためか息切れをおこしていた鈴がいた。

 

「おい理樹!!助けてくれ!!」

「どうたの?」

 

 鈴にも探偵科の部屋の惨状と結末は伝えていたため、ここに理樹と真人がいることは知っていたはずだが、理樹自身は来ないだろうなと思っていたため純粋に驚いた。最初は鈴も入れた幼なじみ四人で遊んでいたのだが、

 

『あたし、もうこいつについていけない』

 

 とか言って野郎二名を見捨てて逃げ出したのだ。

 まさか、帰ってくるだなんて全く思ってもみなかった。

 

「おう鈴。やっぱりお前もまた一緒に遊びたくなったのか?しょうがないやつだなあ」

「うるさい。お前には用はない。理樹、ちょっとこい」

「なんでまた?」

「いいかた来い」

「了解、じゃ、ちょっといってくるよ」

「おう、待ってるぜ!」

 

 謙吾の個室部屋の玄関から寮の廊下に出たところで、理樹は要件を聞いてみた。

 

「頼む理樹! お前も一緒にこい!」

「だからどこに?」

「こ、こ……」

「こ? こって何さ?こ……こ……古典?古典のノートなら真人に貸出し中だから見せられないよ。ごめん鈴」

「古典のノートなんてどうでもいい!!」

「じゃあどうしたのさ」

「こ……こま……」

 

 棗鈴は重度の人見知りである。

 けど、一度身内に認識されればズバズバものを言ってくる。

 幼なじみである彼らの間には遠慮という言葉が存在しない。

 だから、鈴が顔を真っ赤にしてまで言いよどんでいることなんてそうそうない。

 あるとしたら……

 

「まさか、小毬さん?」

「……」

「まさか、まだ名前で呼べていないとか言わないよね?」

「……」

 

 返答は無言だった。

 しかし、この場合の無言は肯定と同意味である。

 理樹の視線は完全に呆れ果てたものへと変わり果てた。

 一体何をやっているのかと。

 

「名前で呼んでって言われているんだから、呼んであげればいいのに」

「う、うるさい!あたしにだって心の準備というものがだな」

「どーせ心の準備なんかいつまでたってもつかないんだから、準備なしで呼んでみればいいじゃないか」

「それができれば苦労しないんじゃ……ボケ」

「全くもう……」

 

 今までの鈴ならば名前で呼んでみたいということを思うことすらなかっただろうと思うと随分とした進歩であるが、ここで甘やかしたらいけないだろう。でも、ちょっとくらいのきっかけをつくってやるくらいならいいだろう。

 

「わかったよ。この僕に任せといて」

「ほ、本当か?」

「うん、今から小毬さんに鈴が名前で呼びたいのに恥ずかしくて悩んでいるということを伝えてくるね」

 

 次の瞬間。ドガッ!!という音が廊下に響き渡った。なんの音かと確認しに出てきた筋肉さんは、自身のルームメイトが頭を壁にぶつけて目を回している姿を確認した。蹴り飛ばされて壁に叩きつけられてあとはいえ、理樹の筋肉は思ったよりタフのようで、意識はまだあるようだ。

 

「り、理樹ィいいいいいいいいいい!? おい鈴、てめえ、オレの理樹になにしやがる!?」

「いつから理樹はお前のものになったんだ?」

「ずっと昔からだ!」

「具体的には?」

「ずっと昔からだ!」

 

 真人と鈴の言い争っている最中に、理樹は意識だけは完全に回復していた。

 身体はまだ動かないが、会話する分には支障はない。

 

「……そういえば、一緒に来いって言ってたね。どこに行けって言おうとしていたの?」

「――――――老人ホーム」

「……なんでまた?」

「流れ星……一緒に……景色……」

 

 ポツポツと鈴の口から出てくるのはあくまで単語であり、今一つとして言いたいことがわからない。

 直接聞いてみた方がいいと理樹は判断した。理樹は携帯電話を取り出して、実況通信を立ち上げる。小毬をなんとか呼び出してみたけど反応がない。

 

「……出ないね。ひょっとすろと今忙しいのかな」

「……屋上で寝てる」

「は?」

「今、一般校舎の屋上で寝てる。さっき声かけようとして寝てたからやめた」

「……」

 

 これは進歩と言ってしまってもいいのではないだろうか?あの鈴が、人見知りも大概にしろといいたくなることすら多々ある鈴が、自分から人を訪ねていった。この事実は理樹の両目を驚愕で染め上げてしまう。さすがに寝ているところを起こすのはまだハードルが高い行為のようだけど、このままだと次第に大丈夫になってくるような気がした。今は恭介も多忙の身で鈴のプライベートまで構っている時間が対して取れないため、レキにしろ来ヶ谷にしろ鈴自身が必要に迫られた場合のコミュニケーションは意外となんとかなることは分かっている。なら、ちょっとくらいはサービスしてあげてもいいと思うのは甘やかしなのだろうか。

 

「だから、ちょっと行っておまえも行くって話をつけてきてくれ」

 

 けど、一つ言えることがある。野郎の理樹にとって、寝ている女の子を起こすという行為だって相当ハードルが高いのだ。口説き魔呼ばわりかつ強姦魔呼ばわりされるキンジとは違うのだ。直枝理樹という少年の心は意外に初心である。だから起こすことだけは鈴にやってもらおうとしたのだが、そのことを話す前に鈴は消えていた。逃げたのだ。

 

「……仕方ない、こうなったら小毬さんが起きるのを待って、いかにもちょうどやってきたみたいなタイミングで話しかけよう」

 

 どうやら直枝理樹という少年は、なんだかんだで面倒見もいいらしい。

 

            ●

 

「案の定というか何というか……相変わらず無防備な人だなあ」

 

 理樹が一般校舎の屋上に行くと、鈴の証言通り小毬は屋上で寝ていた。

 本日暖かなお日様が気持ちのいい昼寝日和。ただし、今回はへそが丸出しスタイルである。あまりに緊張感のかけらすら見受けられない姿は、とても武偵の姿のようには思えないが、よくよく考えてみたら武偵らしくない人物なんて山ほどいる。本職を戦闘においている人間ではないので別に構わないかもしれないが、仮にも健康管理系統の職の人間がおへそ丸出しで眠りこけていて風邪をひきましたというのはさすがにダメだろう。

 

(……いいか直枝理樹。そっとだ。絶対に起こさないようにして直すんだ)

 

 本格的に鈴を連れてこなかったことが悔やまれる。そもそも野郎に女の子の服を整えるだなんてイベントはハードすぎるのだ。HENTAIの烙印を押されないためにもなんとか切り抜けるしかない。では、いざいかん!!理樹は抜き足差し足忍び足。音もなくひっそりと小毬に近づいていき、小毬の腹部の服装をつかむ。ちょうどその時だったか?

 

「……お兄ちゃん、どこ?」

 

 寝ているはずの小毬がそんな言葉を口にした。理樹は前回の反省点を生かしていたためか、反射的に服を離して五歩くらい退避する。そして相手の機嫌次第では土下座も辞さない考えであったのだが、小毬からは激怒したような様子はない。でも、実際に小毬は怒っているというよりは……

 

「あの、小毬……さん?」

「ふにゃ?」

 

 単に目覚めで意識がしっかりとしていないようにも見えた。これならばとりあえず社会的な死が訪れることはないと安心した理樹であったが、

 

「あ……お兄ちゃん。待ってよお兄ちゃん。行かないで、死んじゃうよ……わたし、嫌だよ……」

「え、あの、その、小毬さん!? ちょちょ!? まッ!? アーーーーーーーー!!!???」

 

 ふらふらとした足取りのまま近づいてきた小毬に抱きしめられて、純情少年直枝理樹は脳のカイロがショートしてしまった。顔はタコさん顔負けなくらいには真っ赤になっているが、かと言って小毬を強引に引き離すという行動には移すことができないようだ。女の子に抱きしめられるという経験を一秒でも味わっていたいなんて下心すら考えられなくなるくらいにパニックに陥っている。もちろん、ここで理樹の方からも抱きしめるなんて選択肢はない。それができるのは口説き魔呼ばわりされた遠山君ぐらいのものだ。

 

「……ふぇ? あれ、私今何を……って、ふええええええええええええええええええええええ!?」

 

 しばらく理樹に正面から抱き付いていた小毬はしばらくしたら意識がはっきりとしていたらしい。自分の置かれている状況に気が付いたために慌てて理樹から離れようとするが、その際に理樹を押しのける形になってった。頭がショートしていた彼は、ブルァァアアアアアアア!!!!という謎の悲鳴を挙げながら頭から地面に倒れこんだ。

 

「ご、ごごごごごごめんなさーい!!」

「…………」

「あれ、理樹くん?……。よし、なかったことにしよう。OK?」

 

ハッとした小毬の謝罪は、目を回したままの理樹には届いていてはいなかった。その後、直枝理樹が再起動するたために要した時間はおよそ五分かかった。

 

「と、とりあえず、ワッフルでもどーぞ」

「ありがとう小毬さん……」

 

 直枝理樹は自分の体たらくにほとほど自分で呆れるものの、人格者として完璧な小毬さんの対応には見事なものだ感嘆せずにはいられない。魔の正三角形(トライアングル)のように、他人に迷惑をかけないように他人には基本興味を示さない連中や、ことあるごとに銃や剣を振りかざすアリアさんや星伽さんのような暴走武偵とは大違いだ。もらったワッフルは砂糖過多のものではないはずなのに、やたらおいしいものに感じられた。前に屋上に来た時に小毬からもらったものと同じもののなずなのに、味が格段に違うものに思うのはどうしてだろう? 心が自然と満たされていく中、理樹は先ほどの小毬の様子を思い起こしていた。小毬さんは自分のことを兄だと勘違いして抱き付いてきた。別に純情を踏みにじられたなんてことを考えているわけでもない。兄妹仲がいいんだなと微笑ましく思うくらいだ。

 

『……小毬さん?』

『もね、私は一人っ子。兄弟とかはいないんだ。だから、夢の中にだけいるお兄ちゃん。両親のことだってホントはよく覚えてないんだよ』

 

 でも、それは実際に兄がある場合の話だ。以前に小毬さん本人から聞いたところによると兄はいない。前にそう聞いている。神北小毬は小学校の頃の記憶がなく、家族のことすら完全に覚えているわけではないとのことだったはず。兄がいたら、とか妹がいたら、なんて想像することな格別不思議なことではないだろう。理樹だって、恭介が本当の兄だったらと考えて妹である鈴がうらやましいを思ったことも昔はあったくらいだ。おそらく、よく覚えていないも家族を思い出そうとして現実が空想がごっちゃになったという程度のものだと考えていたのだけど、

 

(……でもそれは、僕を兄と間違えて抱きしめるような行動に出るくらいのものなんだろうか?)

 

 それにしては行動が具体的すぎる。行かないでワッフルさん!とかならまぁ小毬さんらしいなって笑い飛ばせるのに。どうして僕は、そんなもの単なる夢の中の空想にすぎないといいきることができないのだろう? 理樹は自分の不安を打ち消そうとして、自然と言葉は出ていた。

 

「また、お兄さんの夢を見ていたの?」

「うん、笑う?」

「いや、笑わないよ。小毬さんは素敵な人だって知っているから笑わない。でも、どんな夢を見たのか教えてもらってもいいかな? 行かないでとか言っていたような気がするけど……お兄さんってどんな人なの?」

 

 勿論、小毬さんの言うお兄さんというものは記憶喪失に伴う障害により生まれた空想の産物だと思っている。その場合、小毬さんの言う理想的な人物を聞いていることになるのでちょっと躊躇いはした。あなたの好きなタイプは何ですか?と聞いているようなものだと思う。でも、小毬さんはそのことに気づいていないのかすぐに答えてくれた。

 

「優しい人だよ。いつも陽だまりみたいなあったかい声で、私に絵本を読んでくれるんだ」

「絵本? かぐや姫とかシンデレラとか赤ずきんちゃんとか?」

 

ちなみに理樹の一番好きだった絵本はスイミーだ。かつては全文を暗記したまであるくらいには好きだった。でも、小毬さんが口にしたものは理樹が知らないものだった。

 

「ある一人の優しい魔法使いのお話だよ。流れ星へささげられた祈りを叶えていくんだ」

「流れ星?それなんて絵本?」

「よく覚えてないんだけど、確か実在した絵本だったと思うよ。確かにこの絵本は読んだことがあるような気がするしね。あ、そうだ!流れ星!!」

 

 小毬さんは自分で口にした流れ星という単語に反応した。同時に理樹も思い出す。そもそも小毬さんを訪ねて屋上にやってきた僕の理由はなんだっけ?

 

「そうだ!理樹君も来ませんか、流れ星!!」

「そのことなんだけど、流れ星って何のこと? 鈴が小毬さんに誘われたって言っていたんだけど、恥ずかしがって今いち容量を得なかったからさ。老人ホームがどうこう言ってもいたし」

「私が薬剤師としての拠点としてるのがある老人ホームなんだよ。そこの屋上は、きれいな星空を見ることができるんだ。だから、今度来る流星群をそこで一緒に見ようって言ってたの」

 

 鈴は誘われてうれしかったんだろうな、と思った。あの人見知りが無理だと即答しなかったということは、鈴はなんとかしてでも参加したいということだ。

 

「よかったら謙吾くんもどう?謙吾くんの骨のレントゲンも取りたいし、理樹くんだってトロピカルレモネードで脱臼してるでしょ?私の老人ホームで検査してあげるよ」

「じゃあ真人も一緒にかな。一人だけハブにされたら落ち込むだろうし」

 

来ヶ谷さんはアメリカだし、恭介は今どこ行ったのかも分からない。全員とはいかないけど、参加可能なリトルバスターズメンバーは全員行くことになるだろう。理樹の脱臼は喫茶店トロピカルレモネードの店長の治療は肩に違和感なんて感じていないベテランのものだったけど、万が一ということもある。悪い話じゃない。

 

「それじゃ、僕らも行かせてもらうね。いつ流星群がくるのか知らないけど。楽しみにしているよ」

「うん!」

 

 一番楽しみにしているには小毬さんだろうなと、そう思わせてくれる笑顔を僕に見せてくれた。でもどうしてだろう。今の小毬さんの現状が好ましいものだと無邪気に喜ぶことができなかった。空想の産物たる架空の兄がいることを痛々しいことだとは思ったりなんかしない。何を心の支えとしているかなんてのは他人がどうこう口出ししていいものではないはずだ。亡くしてしまった記憶がこうだったらいいなという願望のまま自身の理想の家族を作りあげる。責められるものではない。

 

「……理樹」

 

なのに、どうして心に引っかかるのだろう。どうして軽く流すことができないのだろう。考えてみたらその正体に気が付いた。小毬さんが言った絵本。優しい兄が読み聞かせてくれたという、優しい魔法使いを主人公とした実在している絵本。この説明が具体的すぎたことだ。夢なんてものは曖昧なもの。色んなものがごっちゃになっても不思議じゃない。知恵が浮かばない案山子。心を持たないブリキ。勇気が沸かないライオン。オズの魔法使いで知られるこの三人が、きびだんごで仲間になって竜宮城へと鶴の恩返しをしに行くようなハチャメチャ物語になっても夢なんだから疑問はないと思う。

 

「……おい理樹!」

「あ、ごめん真人。次が僕の番だけ?」

「いや、今回はお前の負けだよ。これから次のゲームだ」

 

 探偵科(インケスタ)の寮の部屋が大破して以降、居候している謙吾の部屋では深夜からの野郎三人によるトランプ大会が恒例と化していが、どうやら考え事をしていたせいで身が入っていなかったようである。真剣勝負ができなかったせいか謙吾がしかめっ面を浮かべていた。……謙吾ってこんな奴だっけ?

 

「何か心配事でもあるのか?このオレの筋肉でなんとかしてやるぜ」

「ありがと真人。でも、何でもないよ。ちょっと外に気分転換がてら飲み物でも買ってくるね」

「じゃ、オレはプロテインだ。謙吾っちは?」

「俺も真人と同じでいい」

「え、謙吾もプロテイン飲むの?」

 

 なら僕もプロテインでいいかなと一瞬思ったけれど、やっぱりプロテインだけというのはちょっと嫌だ。近くの自動販売機で炭酸飲料でも購入したあと、理樹はプロテインの回収のための東京武偵高校へと向かった。超能力調査探究科(SSR)の男子寮からの距離は往復で二十分。散歩だと考えたらちょうどいい時間だ。深夜特有の冷たい風は理樹の心を落ち着かせるのには十分すぎるくらいであり、二年Fクラスの教室へとたどり着くころには考え事はしなくなっていた。理樹と真人の机の中には、健康飲料の要領でビンの真人特性プロテインが置いてある。プロテイン三人分を手にし、さて帰ろうかとか考えていなときに、理樹ののんきな思考を打ち砕く事態が発生した。

 

――――――バァン!!!

 

 銃声が聞こえたのだ。現時刻は深夜を回っているため、本来は校舎に人は誰もいないはずだ。もちろん今の理樹みたいな例外もあるけれど、事件の可能性もあるわけだ。

 キンジがアリアを怒らせて発砲されただなんていう平和(?)な光景が広がっているのならいいが、それなら何らかの声も響いてきてもいいだろう。誰もいないということは、それだけ音もよく響くということだからだ。愛銃のコンバット・マグナムを取り出し、万が一戦闘になったとしても対処できるようにしながら感覚で方向をつかみ、銃声の発生源へと近づいていく。でも、誰もいない。人一人見つけることもできない。どこにいったんだろう? そう思った直後には、直枝理樹は床に頬をなすりつけられていた。

 

(……バカな!? いつのまに!?)

 

 背後からの奇襲になすすべがなく、理樹が状況を把握した時にはすでに襲撃者との勝敗は決していた。背中をおさえられ、片腕がうねられている。見じろぎ一つするだけで、脱臼させられそうなほどの殺気が背中から伝わってくる。喫茶店トロピカルレモネードでも体験しているからわかるが、脱臼はとても痛いのだ。だから理樹が無抵抗のまま余計なことは何もしなかった(できなかったでも可)は仕方ないことだと信じたい。

 

「この学校の生徒だな。なぜこんな時間にいる」

 

 意外なことに、聞こえてきたのは女の声。この時点で、深夜に学校を徘徊している生徒を武力成敗する教師のお仕置きではないということは確定した。質問に答えなければならないが、プロテインを取りに来たなんて信じてもらえるのだろうか。

 

「教室に忘れ物を取りに来たんですが……」

「…………」

 

 静寂が訪れる。

 答えをあやしんでいるようだったが、どうやら向こうもどうやらこんなことで時間をかけたくはないようであり、決断は早かった。

 

「振り返らずに廊下をを走り切り、正面にある非常口から外に出れるか?」

「非常扉の解除に戸惑うかもしれませんが……」

「普通に開く」

「ご丁寧にどうも」

「手を離したらスタートだ。いいな」

 

 手が離れた。すぐに理樹は立ち上がり、言われた通りに駆けた。下手に振り向いていいことなんてない。

 非常口までたどり着くとノブを捻って表へ出る。

 背後でドアが閉まる。いったいなんだったんだろうか?

 好奇心は猫を殺す。そんなことは分かっている。

 けど、理樹は非常口から出た後もすぐに真人と謙吾という心強い仲間が待っている部屋には戻らなかった。

 深追いはするつもりはないが、どこから襲われたのだろうと非常口から先ほど襲撃された地点を見る。

 当然のように証拠品は何も残っていない。

 

「いったい何だったんだ?」

 

 ここにいても危険だと判断しさっさと帰ることにした理樹は、非常口の近くにある落し物の存在に気が付いた。暗かったため最初はなんだかわからなかったそれは、東京武偵高校の生徒に支給される武偵手帳であることに気づく。こんな大切なものを落とすだなんて、とんだうっかりさんだと思いながら手帳を開いてみた。そこには名前が記されている。

 

 諜報科(レザド)二年 朱鷺戸(ときど)沙耶(さや)

 





現時点で判明しているのは、イ・ウー研磨派のスパイが一人。バルダについて探っていたスパイが一人ののべ二人がいることがわかっています。そのうちの筆頭候補がようやく登場ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。