Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission53 コッド岬の美女

 

 強襲と潜入は全くの別物である。

 成功条件がまるで違うのだから当然だろう。

 強襲は武力を用いて敵をひたすら倒して行けばいい。

 一方潜入は必要な情報を入手できればいい。

 

 でも、一般的にどちらが難しいとは安易に断言することはできはしない。

 

 例えばマフィアや暴力団を相手にしたとする。

 

 元イギリス公安局所属の公安委員の強襲科(アサルト)Sランク武偵であるアリアならば、他人を寄せつけないレベルの戦闘能力を用いて直接武力壊滅させるだろう。

 聞きたいことがあるなら壊滅させた後に尋問科(ダキュラ)にでも放り込んで無理矢理にでも吐かせる。

 ちなみに諜報科(レザド)の生徒は強襲科(アサルト)のこのやり方を頭でっかちの脳肉だと嘲笑していたりする。

 

 『魔の正三角形(トライアングル)』の一角に数えられる現役風紀委員長であり、中学時代に諜報科(レザド)Sランクを取ってる二木佳奈多ならば内部壊滅させる方法をとるだろう。

 暴力団関係者にでも接触して情報をかき集めて組織内部の信頼感をうまく破壊して人間不信からの内部崩壊に追い込むだろう。

 これは武偵というものが警察のように正義で動く正義の味方ではなく金で動く何でも屋であるという身軽な立場ならではの方法だ。もし警察のトップや官僚政治家が高級寿司屋あたりで暴力団やマフィアと会談していたことがバレたら翌日の新聞の朝刊の第一面を飾るスキャンダルになりそうなものだが、武偵に限ってはそうはならない。スパイとして潜り込む潜入調査すら合法化されている時代なのだ。

 こんなやり方を行う諜報科(レザド)の人間を、強襲科(アサルト)の生徒は人道無視の卑怯者と軽蔑していたりする。

 

 強襲科(アサルト)の人間は組織を外部から潰してから必要な情報を集める。

 諜報科(レザド)の人間は情報を集めてから組織を内部から崩壊させる。

 

 犯罪者は許せないというような近しい目的を掲げたとしても、強襲科(アサルト)諜報科(レザド)では根本に存在する考え方が違うのだろう。元強襲科(アサルト)所属の遠山キンジは諜報科(レザド)所属の後輩を戦妹(アミカ)にしているという事実もあるものの、諜報科(レザド)の生徒と強襲科(アサルト)の生徒の中は一般的にはあまりよろしくないみたいだ。

今回のパトラの一件に関しては、諜報科(レザド)のやり口に近い……というより強襲科(アサルト)からはあまりにもほど遠いみたいだ。

 

 戦争を起こそうとまでした国際犯罪者であるパトラを野放しにはしておけない。

 必ず自分達で捕まえて罪を償わせてやるんだ。

 

 ただでさえ面倒な性格をしてる『魔の正三角形(トライアングル)』二人を抱えてるため協調性という点に関しては不安要素しかない四人パーティーではあるが、そんなこと善良なことをを考えていないという点で無駄に一致団結しるようだった。

 四人は今、理子が借りたボストンにあるマンションの一室に集合している。

 床には大量の女性向けファッション雑誌が転がっていた。

 ファッション雑誌に囲まれる中でも牧瀬紅葉と峰理子の二人は地味にチクチクと布に糸を通していた。

 裁縫である。

 なんてことはなく、ただ防弾繊維で服を作っているだけだ。

 潜入なんていう目立たないことが最優先される作戦において東京武偵高校の制服なんて目立つ格好は論外。 かといって私服では心許ないので防弾繊維から防弾私服を作っているわけだ。

 防弾繊維で作られた服を取り扱っている店くらいアメリカならあるのだろうが、デザインと好みの関係上自分で作った方が好都合という結論にいきついた。

 

 理子は自分の制服をロリータ改造しているくらいだから裁縫くらいは余裕にこなすだろう。

 ただ、意外なダークホースだったのは牧瀬紅葉にやたら高い裁縫能力があったこと。

 自分で裁縫に挑戦しようとして針に糸一本通すのに5分かかった葉留佳とは大違いで、来ヶ谷は牧瀬の慣れた手つきを見て素直に感心した。

 

「……慣れたもんだな」

「――――――フ。伊達に昔、邪気眼発動してノリノリで闇の衣とか自作して母さんを真っ青にさせとら……」

「…………」

「――――はっ!?お前誘導尋問うまいな。ついうっかり全部しゃべっちまうとこだったぞ」

「まだ何も話していないんだが……」

「まぁ黒歴史の一つや二つや三つや四つや五つくらいなら公になった所で今更ダメージはないからいいか。イタかったのは所詮昔の話だし」

「黒歴史多いな……。あと自覚ないのかもしれないが、お前今でも充分イタいぞ。真名とか平気で言い出すやつが何言ってるんだ」

 

 グサッ!と傍で会話を聞いていた理子は心に何か刺さるのを感じた。

 

「イギリス清教なんていう魔術業界王手に就職してるやつには言われたかないな。、これでも父さんに比べたらまだマシらしい」

「君の一家はどうなってるんだ……」

「自分で言うのも何だがさ、一家の中では俺はまともな方だと思うぞ。母さんに父さんとの出会いを聞いてみたら『運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択により予め定められていた邂逅を果たした』なんて返ってきたからな」

「ドイツ語と英語が混在しているな。特に意味はないとは思うがどういう意味なんだ?」

「おそらくは運命だと言いたかったんだと思うぞ」

 

 運命の出会い。

 恋愛ドラマのテーマとしてはありふれたようで、しかしそれは王道を意味するものだ。

 ロマンチックだと絶賛する人だって少なくないはず。

 なのに、

 

「使った言葉のせいで一気に黒歴史臭がしてきたな……。ちなみに私の感想はそんな親にしておまえありみたいなもんだからな」

 

 あなたと私が出会うのはきっと運命だったのよ。

 これが運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択だよ。

 おかしい。

 同じ内容を言ってるはずなのに与える印象がまるで違うのはどうしてだ?

 ムムムと魔の正三角形(トライアングル)二人は聞き耳立ててる理子を巻き添いにしながら身内の黒歴史という名の地雷を踏みながら心に傷を負っていく中、葉留佳が一つ疑問を挙げた。

 

「……邪気眼って何ですカ?」

「え!? はるちゃんそれ聞いちゃうの?」

「りこりん分かるの?」

 

 説明を求む視線をうけて、理子は全力で顔を背けた。

 どうしてか分からないが理子は自分で説明したらメンタルダメージをくらう気がしたのだ。

 

「ああ、邪気眼ってのはな――――」

「あ、超能力の一種だとか?でもなんだかカッコイイ名前デスナ。名前からの推測ですが悪意を敏感にできる感知系の超能力だとかしたら便利そうですヨね…………あれ?どうして姉御と牧瀬君まで顔を背けるの?」

 

 代わりに説明しようとした牧瀬は、本物の超能力者(ステルス)たる葉留佳の素直な感想を前に何も言えなくなってしまった。

 説明することは小さな子供に大人の世界の現実を突き付けて夢を壊すようなものに思えてきた。

 汚れきった人間には小さい子供特有の眩しい瞳を直視できないのである。

 

「ほら、できたぞ」

 

 だから牧瀬は強引に話を逸らす作戦に出た。

 

 まだ仮縫いの段階であるが、服全体としては有名ファッション雑誌にでも掲載されていそうな素敵なものができあがっていた。

 ファッション雑誌からデザインを丸パクしたのだから当然である。

 いくら牧瀬の裁縫能力が予想外に高かったにしろ、普段着として制服の上から白衣を常に着用している人間のファッションセンスなど端から期待されているはずもなく、ファッション雑誌の外見をそのまま再現しろと女性陣に釘をさされた。部屋のあちこちに女性向けファッション雑誌が転がっているのはカタログの扱いしたからのようだ。

 

 理不尽に思えるかもしれないが、当の牧瀬紅葉からしたら自分のセンスでデザインすると色はまず漆黒がベースとなるため中学生男子には絶賛されても女子高生にはドン引かれることは経験から悟っている。だから素直にありがたいとすら感じていた。

 

「では葉留佳君。君はひとまず向こうの部屋で試着してくるといい」

「ラ、ラジャー!」

 

 試着のため別室へと移動した葉留佳を見送った後、牧瀬は理子へと視線を向ける。

 その視線は完全に冷めていた。

 

「――――――で? 俺が渋々ながらも地味にチクチクしている側でオマエは何やってんの?」

 

 裁縫をしているのは理子も同じだったが作っているものが牧瀬のものとは明らかに違う。

 牧瀬が作っているのは葉留佳と来ヶ谷の防弾私服であるが、理子が作っていたのは普段着にすらなれないはずのものものだ。

 

「メイド服なんか作ってどうするんだよ。今度のコミマにでも参加するのか?」

「理子ってば、実はロリータ業界ではちょっと有名なデザイナーだったりするんだよねー!どう、似合うと思う?」

「お前が着ると学園祭のノリで着ているようなイラっとくるメイドコスにしか見えないと思う」

「モミジ酷い!!エリザベスは?」

「作り笑顔さえできればメイド喫茶の客なんて八割は騙せるから心配ない。ソースはAクラスでの君」

「こいつら正直者だなぁ……」

 

 理子は呆れたような声でそう言った。

 言いたいことをはっきりといえることは、一般的には美徳とされている。

 だが、悪くいえば自分勝手で協調性がないとさえいえる。

 

「ちょっと聞いときたいんだけどさ、モミジはどうして私に協力してくれるの?」

 

 牧瀬がアメリカには里帰りのつもりで来ていたらしい。

 牧瀬は絶対に理子のことを仲間とも友達とも思っていない以上、家族と会う時間を割いてまで理子に協力する理由はまずないはずだ。

 心当たりはある。

 エリザベスとの間にどんな密約があったのかはわからないが、こいつはパトラという言葉に反応していた。

 

「科学者が自分の時間を割いてまでやることなど一つしかない」

「何?」

「実験だよ。ちょいと実験(ため)してみたいことができた。だから正直に言うと、俺はお前に協力するつもりなんてさらさらない。偶然利害が一致して、それがお前にとって都合のいいものだったってだけだ。こんなドライな人間関係も悪くないだろ?」

 

 ドライな人間関係。

 その言葉は理子には不思議と腑に落ちた。

 

(……そっか。そういうことだったのか)

 

 おそらく来ヶ谷唯湖も牧瀬紅葉も理子のことを完全に信用していたわけではなかった。

 最初から疑ってかかっている。

 今まで辿ってきた人生がそんな懐疑的な性格を築き上げたのだろう。

 来ヶ谷なんてわかりやすい過去がある。

 外交なんて建前と守りもしないような口約束を並べる世界にいた住人には『信用』という言葉は冗談でしか使うことができくなってしまったのだ。

 素直に思ったことをいい合える。

 たったそれだけのことが来ヶ谷には眩しく映るのだろう。

 来ヶ谷が牧瀬と会話していてる時、理子には楽しそうにしてるなと思った。

 

 互いにボロクソ言い合いメンタルダメージを受けてはいるものの、そんなもの素直に思ったことを言える楽しさに比べたら大したことないのだろう。

 事情、言葉に排他的な棘など感じられなかった。

 

(……こいつらが私と協力できる理由がやっと理解できた)

 

 予め断っておくと、理子は自分が信用されるような人間だとは微塵にも思っていない。

 武偵殺しの正体であり、アリアの母親に冤罪をきせた。

 バスジャックでは東京武偵高の生徒を傷つけた。

 ハイジャックでは手を差し延べようとさえしてくれた人間さえ裏切った。

 

 こんな人間をすぐに信じられる人間なんてそうはいない。

 少なくとも理子ならばすぐに信じられないと思うだろう。

 今度いつまた裏切るかと疑心暗鬼になってもおかしいことはなにもない。

 

(……こいつら二人は、私がいつか裏切ることを前提に考えているんだな)

 

 裏切られるかもしれないだなんて全く不安がっていない。

 最初から裏切られるものだと諦めにも近い達観に行き着いている。

 だから、裏切られるかもしれないだなんて不安はない。

 

(……ったく。不器用な奴らめ)

 

 ひどいように思われているようにも感じるが、なぜだか悪い気はしなかった。

 断言できる。

 来ヶ谷も牧瀬も、こちらから裏切らない限りは向こうも裏切るようなことはしない。

 

 利用してなにかしようくらいは考えているだろう。

 でも、絶対に切り捨てたりはしないはずだ。

 人間の汚い部分を嫌というほど見てきてなお、人を信じてみたいと思ってるのだろう。

 裏切られるのが当然、だけど違ったらいいな。

 その程度にしか人間を信じられない。

 裏切られたとしても、あぁやっぱりかとしか思えない。

 そんな風に育ってしまっている。

 

 そう思えば牧瀬にも心当たりがある。

 『二世』だなんて呼ばれて、どれだけ努力しても『才能』だとか、生まれが違うとか陰口をたたかれる。

 

 それを考えたらリトルバスターズなんて安心できるだろう。

 裏切り裏切られるとかいう以前に、そんなこと考えるだけのオツムが足りない。

 情けない理由でも、無条件で人を信じられなくなってしまった人間が安らぎを感じることができる理由ではあった。来ヶ谷と牧瀬の二人が楽しげに会話できるのは、互いに本音だと感じているからだろう。

 

(……こいつらにも心の底から信じてもらえるような日が来るのだろうか?)

 

 普通なら信じてみたいとすら思ってくれない。

 人が人を評価するのは固定観念と印象だ。

 

 犯罪者という印象を持っている人間とは打ち解けることはできないだろう。

 

 例えば、葉留佳。

 東京武偵高では割と仲はよかった方だけど、理子がイ・ウーの関係者と知ったらどんな反応をするだろう?

 

(……きっと憎悪で顔が歪むだろうな)

 

 そこには友情だなんて言葉は失われているはずだ。

 もし仮に理子に犯罪を犯してまでやらなければならないような事情があったとしても事情なんか全く聞いてはくれないだろう。

 

 なら、事情を聞いて自分の問題のように本気で悩んでくれる人なんているのだろうか?

 

『私が今から助けてと叫んだら、助けてくれる?』

『もちろん』

 

 理子は一人ハイジャックで起きたことを思い出し、もしもの未来に思いを寄せる。

 

(……あの時、あの手を取っていたら何か変わったのかな?)

 

 後悔しているわけじゃないはずだ。

 どう考えても合理性はあの手を取らなかった今の未来にある。

 もしもの仮定なんて言っても仕方ない。

 でも。

 

(……なんでだろうね)

 

 今度はあの手を取ってみたいと思うのはどうしてだろう?

 

 

 

         ●

 

 

 作戦が実行に移される日になった。

 コッド岬。

 アメリカ合衆国、マサチューセッツ州南東部に位置する半島である。

 長さにして約105キロメートル、幅20キロメートルの逆L形の島で氷河堆積物から成り、砂質で潟や小湖が多い。沖合を寒流であるラプラドル海流が流れ、コッド(タラの別名)が採れたことからその名がついたとされている。寒流の影響で避暑地としての観光業(リゾート)もさかんである。ボストンからは一時間にも満たない船旅で行くことができる。

 

 砂礫の魔女パトラが現在拠点としている場所は、コッド岬のリゾートホテルの一室にあった。

 リゾートホテルは近くに砂浜もあり、お昼辺りからは海水浴を楽しむ客だっている。

 

 朝6時。

 本来ならばホテルのモーニングタイムすら始まっていないような早朝にホテルが経営する砂浜に足を踏み入れる人物がいた。

 

 早朝はさすがに冷えるのだろうか、真っ白なマントを羽織っている。

 姿からはイスラム教徒を連想させるが、イスラム教徒ならばメッカに向かっての一日五回の礼拝のうちの一回目をやっている時間帯のはずだ。少なくともこんな誰もいないような時間帯に砂浜にくるはずがない。

 

「……そろそろ出てきてもらおう」

 

 白いマントが服装を隠してはいるものの、顔はまる見えだ。

 ツンと高い鼻。

 恐ろしくプライドの高そうな切れ長の目のおかっぱ頭の美人。

 そう。彼女こそが砂礫の魔女、パトラ。

 

 パトラは海の浅瀬へと視線を投げる。

 ちょうどロケットを横倒ししたかのような金属が誰もいない砂浜へと海から打ち上げられるところだった。 オルクス。

 そう名付けられた、イ・ウーで好んで使われる小型潜航艇だ。

 砂浜に打ち上げられたオルクスから一人の少女が出てくる。

 

「……パトラ。あたしのお母様の形見の銃を返してもらうぞ」

 

 峰理子。

 彼女は一人でパトラと対峙した。

 

 

 




モミジの両親が確定的になりました。
息子に何教えているのでしょうねぇ……

次回、理子VSパトラ?


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