東京武偵高校
白衣の少年はそう名乗った。
武偵の必須アイテムである銃を改造してもらう人が多いと聞くが、いかんせん銃というものをほとんど使わない葉留佳には縁がない所である。
(……
平賀源内という小学校の社会の教科書にすら出てくる江戸時代の発明家の子孫で、機械工作の天才児。
彼女は能力的に言えばSランクの能力を持っているみたいだけど、依頼料金の無駄な高さと時々の仕事のいい加減さが問題視されてAランクに留まっている。
そういえば、今年の二学年には
『
けど、そっちについてはほとんど知らない。
前にどんな人物か気になって
名前出しただけで避けられるなんて流石は『
なんて名前だったっけ?確かほ……ほう……ほ?
「それで?どこ行きたいんだ?」
『
姉御は姉御で頭おかしいし(バカとは言ってない)。
「迷子なんだろ?どこへと行き方が知りたいんだ」
地図を出す。
宿泊先のホテルは予め大きな丸をつけておいたからすぐに分かるようになっていた。
牧瀬君は周囲を見渡して現在地を確認すると、迷わず地図に指先を伸ばした。
「現在地はこの場所だ。向こうが地図の東側。だからお前が進むのはここから見える歩道橋の方面だ」
「あ、ありがとう」
「そうか。それじゃあな」
そして、牧瀬君はやるべきことはやったといわんばかりにあっさりベンチから立ち上がり去っていこうとする。
「ちょ!ちょちょちょちょっと待って!」
「……まだ何か?」
「私英語読めないしできれば案内を頼みたいなー、なーんて……」
●
20分して。
牧瀬君は露骨に嫌そうな表情を一瞬は浮かべたものの、文句は何もいわずにきちんと案内してくれた。
宿泊先のホテルはもう見えている。
「見えター!」
「そりゃあな。地図あって間違う方が間違っている」
「でも、牧瀬君は全く迷わなかったよネ」
歩いている際牧瀬君は地図すら全く使わなかった。
おそらく、一度歩いたことがあるのだろう。
「牧瀬君はアメリカに地理感覚があるの?」
「俺はアメリカに実家があるんだ。アメリカといってもボストンじゃないけど、この町には何度か学会で来たことがある」
「……学会?」
今この人ものすごく頭よさ気な発言をしなかったか?
学生でありながらも大学に講演を依頼されたことがあるのは姉御の例で分かってる。
ひょっとして、この人実はすごい人なんだろうか?
「そう言えば牧瀬君は何か予定あったの?ここまで送ってもらってなんだけどサ、用事あったならゴメンネ」
「別にいいさ。今日でないといけない急な用事だったわけじゃないし、明日に回してもいいし、なんなら今からでも時間的には何の問題もな――――――ッ!!」
急に牧瀬君は足を止め、すぐ近くにあったホテルの名前がかかれた看板石に身を隠す。
反射的に私も真似をして隠れてしまったけど、どうして隠れなきゃいけないのか分からない。
何があったのか確認するために牧瀬君が見ている方向を確認したら、見覚えのある顔があった。
「あれって……
東京武偵高
海外の大学を飛び級で卒業したとかいうエリートで、どうみても二十歳くらいにしか見えない遺伝学者である。
東京武偵高では一般科目の生物の授業を担当している。
「……小夜鳴先生も私と姉御が宿泊しているホテルに泊まっていたんだね。偶然ってあるもんでスネ」
「偶然というほどでもないだろうよ。小夜鳴教諭は生物学では名の知れた天才だし、ボストンは大学が多い学術都市でもあるからな。おそらくこの辺で生物学の学会でもあるんだろう。お前らが宿泊しているホテルは武偵企業のスポンサーにもなっている武偵御用達でもあるし、寮会に宿の手配を手配を頼んだのだとしたら宿が被るのは必然だろう」
「詳しいんだね。……ところでさ、何で隠れたの?」
禁句ワード『結婚』を聞いてやさぐれた先生の八つ当たりなんて誰だってくらいたくはないし、気まぐれで余計なメンタルダメージは負わされたくはない。
けど、相手はあの小夜鳴先生。
性格は聖人のように優しいときてる。
しかも礼儀正しく、誰にでも敬語で喋るため武偵高教師にしては珍しい人材だ。
『王子』というあだ名まであるくらいだから出会って困るということはないはずだ。
女子だったら迷わず声をかけていてもおかしくない。
……私?
私は小夜鳴先生には会いたくないね。
なぜなら、
「牧瀬君『も』生物のレポート出してないの?」
「お前出してないのか……単位落としてもしらんぞ」
「ヤハハハ」
「俺はそもそも物理選択者だから生物の授業は受けてない。なんなら卒業単位持ってるから学校の授業に出てないまである」
「じゃあ何で?」
「分からないのか?そうか。なら教えてやるが――――――イケメンは基本男の敵だからだ」
なんかすごいことを言ってきた。
イケメンが敵?
確かに小夜鳴先生はイケメンと言えるだろう。
眼鏡をかけている姿は知的の印象を与え、スラッとした細身で長髪が似合い、背も高く、鼻も高く、ベランドもののスーツにネクタイを決めていて、足だって長い。
クールさをメインにおくファッション雑誌のモデルとして採用されていても不思議はない。
「あんな砂糖加多なトレンディードラマの主人公みたいな奴の前に立ってみろ。不知火みらいにモテる奴ならともかく、大抵の奴は挨拶一つで本能的に負けを認めてしまう。そんなの惨めな思いなんてしたくはないからな。ゆえに、俺は戦略的撤退を選択したまでのこと」
「……え、えーと。あは、あははは」
卑屈だ。卑屈過ぎて苦笑いしかできなかった。
この胸につかえる微妙な気持ちは何だろう?
同情とも哀れみとも違う。
(……なんか懐かしい感じだなぁ。ツカサ君みたいなこと言う人だ)
とりあえずフォローしなければと思う。
あのクソイケメンめがっ!と傍で亡霊のようにぼやく牧瀬君がブサイクだとは思わない。
むしろ、顔立ちは整っている。
黙っていればいいのにとすら思う。
あとクソイケメンという表現は、けなしているつもりかもしれないけど悪口になってないと思う。
「ほ、ほら!牧瀬君だって顔はそうは悪くないんだし、まずはその変なファッションをどうにかした方がいいって!」
「変?どこがだ?」
「いや、制服の上に白衣ってどう考えたっておかしいと……いや、似合ってないとは思わないけど白衣は外出時に着るものじゃないト……」
「おかしなことを言う奴だな。お前だって制服着てるじゃないか」
どうしよう?
清々しいまでの純真無垢な瞳で疑問視された。
牧瀬君が何言ってるか全く理解できない。
経験から判断してこの手のタイプは前提としているものからして食い違ってる。
話が理解できないのは私のせいではないととりあえず信じておこう。
私は悪くない!!……はず。
「……制服?」
「当然だ。高校を卒業するまでは制服を外出時も着ていても変じゃないだろう?」
「……その白衣、制服のつもりなの?」
「当然だ。研究機関に所属している人間にとっては白衣こそがユニフォームだと俺は教わった。勿論、防弾繊維で作られたれっきとした防弾白衣だ」
なんだか頭が痛くなってきた。
変わった人のような気はしてたけど姉御クラスの変人の可能性がある。
頭を押さえている間にどうやら小夜鳴先生は去ったようだった。
「まぁ、イケメン云々の冗談はさておくとして……」
「冗談に聞こえなかったんだけど……」
「気のせいだ。ともあれ、小夜鳴教諭はいい噂を聞かないのも確かだ」
「どんな?Aクラスには幼なじみの女の子に朝ご飯と晩御飯を毎日作らせておきながら別の女とイチャついてるヒモがいるって噂なら聞いたことがあるんだけど……」
「そいつ誰だ!? 絶対許さないっ!!」
牧瀬君はクワッ!と目を見開いた。
目はいつの間にか充血していて、薬物中毒者のような危ないオーラが漂い始めた。
「ヒモだと……!?なんてやつだ…っ!?いや、専業主夫でないだけいいのか……?」
このままでは危険だと思い、話題をAクラスのヒモから小夜鳴先生に戻す。
「そ、それで小夜鳴先生の噂ってどんなもの?」
「ん? ああ、小夜鳴教諭が間借りしている研究室からフラフラになった女子生徒がいるとかなんとか。きっと小夜鳴教諭は武偵高講師という立場でありながら邪悪な研究に見入られて、巨大な陰謀を企てているに違いないっ!」
そうであって欲しいという願望が含まれているような気がした。
なんてコメントしようか悩んでいたら、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「楽しそうな意見だな。今度検討してみるとしよう」
「……姉御?」
大学から帰ってきたのかと思って振り向くと、そこにいたのは姉御だけではなかった。
顔見知りが一人。峰理子ちゃんこと通称りこりん。
「あれ、りこりん? りこりんもアメリカに来てたの?ヤハー!」
「ヤハーはるちゃん! 」
姉御とりこりん。珍しい組み合わせだと思う。
怪訝な表情を浮かべてしまったのはどうやら私だけではないようで、牧瀬君は苦虫を噛んだような今すぐに帰りたそうな表情を浮かべている。姉御とは目をあわせようともしない。
「知り合いが来たんならもう大丈夫だな。じゃあ」
「待て牧瀬」
牧瀬君は自然なタイミングでの離脱を図ったが、姉御に肩を捕まれて失敗した。
「姉御、牧瀬君と知り合いなんデスカ?」
「こいつは牧瀬
「嘘ぉ!?え、だってこの人『は』案外まともデシタよ!?」
「……君が私をどう思ってるかよく分かった。今晩じっくり話し合おうじゃないか」
「Oh…………しまった……」
失言だったか、と後悔する葉留佳は理子が驚いているのに気がついく。
視線は牧瀬に向いていて、唖然とした表情を浮かべていた。
「……誰だお前?」
「どしたのりこりん?」
「いや、私が知ってるモミジとは雰囲気が全然違っていて。モミジって素はこんななんだ……」
「あ?お前だって俺と似たようなもんだろ。普段からあんな薄っぺらい笑顔振り向きやがって素を隠してるやつに驚かれる筋合いはない」
「……薄っぺらい笑顔?」
葉留佳は牧瀬が何をいっているのか理解できなかった。
峰理子は二年Aクラスの人気者だ。でも、それが本来の姿ではないとでも言っているのだろうか?
「まあまあ。おい牧瀬、協力しろ。私と君の仲なんだからいいだろ?」
「おい待て。お前と俺に今までどんな接点があったというんだ?」
「私たちは教務科からは『
「お前にしろ、二木にしろ、確かに俺の知り合いではあることは認めよう。だが!俺たちに格別な仲間意識なぞありはしない!友達かといわれたら違うからな!」
仲間でないと言われても、姉御は楽しそうに笑っている。
「悪いようにはしないから安心するといい。そういえば、お前どうしてここにいるんだ?お前は病気で療養中と聞いていたが」
「え!? 牧瀬君病気って大丈夫なの!?」
「心配ないさ葉留佳君。こいつの病気は癌だとか肺炎だとか命にかかわるようなものじゃない。……いつものあれはどうしたんだ?」
「アメリカには里帰りのつもりで来てるからな。アメリカではやらないって決めてるんだ。……病気のことがバレたら母さん絶対泣いちゃうし」
「マザコンなのか?」
「マザコンだけは否定してもらうぞ! 知り合いにシスコンがいるから分かることだが重度のシスコンはマジでヤバイからな。あんな愛が重すぎる連中と同じにだけはされたくないな!」
「そうか。とにかくお前も手伝え」
「……何するつもりですカ?」
葉留佳は嫌な予感がした。
牧瀬君は巻き込まれまいと奮闘しているが、私の場合はすでに参加確定となっているはずだ。
人事ではない。
姉御は『ちょっとそこのお茶取って』の気軽さでとんでもないことを言う人なのは知っている。
さて。何を言い出す?
案の定。
姉御はとんでもないことを。
「私に葉留佳君。それに峰君と牧瀬科学者の
さらりとのたまった。
このアメリカ編はブラド編とパトラ編に入る前の前置きくらいのつもりです。
ふと思ったんですが、一度できたことは次から何回でもできる風潮にある『緋弾のアリア』という作品において、パトラって今どれくらいの強さなんでしょうね。
少なくともアリアが勝てる相手ではないと思っているのですか……みなさんはどう感じているのでしょうね?
では!