「アンタ、あたしの奴隷になりなさい!」
少年、直枝理樹が聞いたのはそんな声だった。
アリアという
念のため、理樹は警察に通報しておくことにする。
危険を察知したら警察に連絡することは市民の義務だろう。
少年は無言で携帯を取り出して1、1、0とボタンを押すが、
「もしもし警察ですか」
ガッ!(理樹の携帯がアリアの銃で撃たれ、破壊される音)
「ああああああぁぁぁぁぁ 僕の携帯がああああああああああぁぁぁぁ!」
「ほら! さっさと飲み物ぐらいだしなさいよ! 無礼な奴ね!」
理樹の携帯電話は無残にも破壊された。震えてまともに声も出ない理樹を平然と放置して、アリアという名の独裁者は早速恐怖政治を開始した。傍若無人というのはこのことだろう。恭介や真人も勝手といえば勝手な人物ゆえ、対変人経験値の高いはずの理樹であったが、携帯が大破したことに呆然としてしまい、しばらくは呼びかけてもうんともすんとも反応しなかった。無残な姿を見せるルームメイトの姿を見て、一体無礼なのはどちらなのだろうかとキンジは思ってしまった。
「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 1分以内!」
こんなことは無視してやってもいい。
方法は簡単だ。『そんなもの知りません』と言い張ればいいだけのことだ。
実際キンジは珈琲になんてこれっぽっちの興味もないため、そんなものなんて用意できるはずもない。けど……、
「ああ、はい。お客さんにはお出迎えしないとね……」
「お、おい直枝……」
「ええ、分かればいいのよ」
虚ろな目をしたままの理樹であったが、ふらふらとした足取りのままキッチンへと向かい、しばらくすると三人分のコップを持ってテーブルに着いた。
「はい、どうぞ」
そう言ってアリアの前に飲み物を差し出した。
「ん、ありがと」
これまた当然のようにアリアは受け取る。この女、理樹のことを召使か何かだとでも思っているのかもしれない。事実、理樹の従順たる姿勢に満足していたアリアであったが、差し出された飲料を口にした瞬間、余りの味にすぐに吹き出すこととなった。そこには主人の優雅さなんてものは皆無であった。
「なによこれ!?」
「真人特性、マッスルエクサザイサードリンクだよ。アリアさんは中学生だから、もっと体が成長するように、僕なりに気を使ったんだけど……」
理樹は満面の笑顔を浮かべながらそう答える。
彼としては気を使った結果なのだろう。ゆえに、達成感に浸っているため理樹は気づかなかった。キンジの顔が引きつっていることに、彼はまだ気づかない。
「わ、わたしは中学生じゃないわ!」
「ああごめん。勘違いしてたよ。失礼なことを言ってしまってごめんね」
理樹は割と素直な人間だ。変にプライドが高いような人間ではないため、悪いと思ったことは素直に謝ることができる。大人っぽいとは一般的には褒め言葉であるが、誰もが褒められていると感じるとは限らないのだ。ひょっとしたらアリアちゃんにとっては侮蔑の言葉だった可能性もある。ここは年上の大人らしく、誠心誠意の謝罪しておくべきだろう。
「ああ、ごめん。インターンで入ってきた小学生だったんだね。けど、高二に飛び級しているなんてすごいじゃないか!ごめんね、アリアちゃん」
「……こいつッ!」
その後、
怖かったよう、と防弾ソファーの影に隠れて始めた理樹は使い物にならないと判断したキンジは一人で話を進めることにした。どのみちアリアの目的は自分だろう。
「今朝助けてくれたことには感謝してる。でも、なんでだからってここに押し掛けてくる?」
「なんか食べ物はないの?」
せめてルームメイトの理樹にはこれ以上の不安を与えまいとしたキンジだったが、現実は話すら聞いてすらいない。前途多難だ。
「――――あ、あるよ!!」
「あんたは黙りなさい!」
「………………はい」
●
さて、ことの顛末から述べておこうか。
直枝理樹は遠山キンジは二人仲良く
(……な・に・が『分からず屋にはおしおきは必要だわ!』だ!頭おかしいだろ!)
キンジはアリアと名乗った少女に憤るものの、事実として男二人して一人の少女に部屋をたたき出されたというのは情けない醜態をさらすこととなったのだから文句を言っても悲しいかな、負け惜しみにしか聞こえないのだ。理樹だってそのことが分かっているからなのか、考えているのはアリアに対する文句ではなかった。彼が今考えていることといえば、
(……どこで寝ようかな)
寝場所の確約であった。
今はまだ4月。冬場は過ぎて春の季節になったとはいっても外で一晩過ごすのは勘弁したいのだ。最悪公園のベンチででも一晩過ごそうと思えばできるだろうが、そんなホームレス生活なんてしたいわけがない。
「遠山君」
「なんだ」
「いままで楽しかったよ」
「おい!見捨てるな!」
アリアがやってきたそもそもの原因は隣の男にあると決めるけて、理樹は決める。
とりあえず真人を見つけだして、謙吾のところに止めてもらうことにしよう。
遠山君は星枷さんのところがあるだろうし、教室で寝ても大丈夫だろう。
恭介に提案して、テントを張って野郎四人で野外活動もいいかもしれない。
案外、理樹は部屋から追い出されたにも関わらず、そんなに後ろ向きなことは考えてはいなかった。むしろ、楽しいことでもできるかもしれない。そんな風にすら考えていた。
●
結局、野郎4人を集めてテントを張ることとなった。
「そうか、災難だったな、理樹」
「うん、ありがとう、謙吾」
謙吾が同情してくれた。心の友だ。
「なんだよ、理樹。このオレに言ってくれたら、オレが追い払ってやったのによ」
「真人、僕は平和的に解決したいんだ」
真人が暴れたらそれこそ寝床に苦労する。
「なるほどな、部屋でバカが戦闘なんかしたら、跡形も残らないだろうな」
「てめえ、謙吾!!一体どういう意味だ!?」
彼らは割とのんびりとしていた。
なにしろこれは遠山キンジの問題であり、理樹と真人は巻き込まれたに過ぎないからだ。
向こうのターゲットはキンジのようだし、サポートはしてあげようとかそう思いながら、夕食のバーベキュー(もちろん無許可)を楽しんでいた。
(……ああ、いつも通りの平和な光景だなあ)
理樹はつかの間の安らぎを感じていたが、この変態!と聞き覚えのある声がどこかから聞こえてきた。気のせいだろうか、問題となっているの部屋の方から聞こえてきた。
●
遠山キンジは困っていた。困り果てていた。
友人直枝理樹が裏切り、一人でどこかにいってしまった以上はどこで寝るかという問題が発生する。井ノ原?あの筋肉は放置プレイで大丈夫だろう。
(どこ行こうか? つか、直枝はどこ行ったんだ?)
遠山キンジにも不知火といった心の優しい友人がいることはいるのだが、
(せめて、直枝や井ノ原に迷惑のかからないようにはするんだ、それだ目標だ)
今キンジが住んでいる部屋は元々は直枝と井ノ原の二人の部屋である。
入れてくれた恩がある以上、迷惑はかけられない。
そう思って帰ってきたら、勝手に浴室を使っている女が一名。
自信の研ぎ澄まされたの防衛本能にのっとり、武器を没収しようとする。つまり、風呂場に走る。
風呂の途中に帰ってきたのがバレたら殺される。
普通に考えて、彼はさっさと外に逃げればよかったのだ。しかし、焦りは判断を鈍らせたのだろう。風呂に駆け込みアリアの制服が入ったカゴに手を突っ込んだ瞬間、風呂場のドアが開いた。
「…………」
「…………」
それは、アリアは目を合わせることを意味していて、沈黙は発生すると同時、時は止まる。
(……ああ、いい匂いがするな)
場違なことを考えている場合ではない。
ツインテールをほどいてロングヘアーになっていた全身壁のごとき絶壁のアリアは、
「へ、変態!」
ばっと右手で胸を左手でお腹の下を隠した。
そして、制服に突っ込まれてるのを見て鳥肌を立てている。
(……ヤバイ!!!)
さて問題だ。
女性の下着に手をかけている男性を当事者の女性が見たら、どう思う?
「ち、ちが!」
弁解しようと手をあげる。日本刀の鞘にパンツ、ホルスターにブラ、小さなトランプのマークがいっぱいプリントされた子供っぽいものであった。この状況は、
(…………うん)
死刑は、免れない。
「死ねぇ! ド変態!」
この『ド変態』という叫びは大きすぎて、多くの人に聞かれることとなる。