まず最初に、打ち合わせがあった。
「キンジ!白雪!無事だったのね!」
キンジが白雪を連れて水没した部屋から脱出したすぐのことだ。
白雪を拘束していた鎖の鍵を
「アリア。敵は俺がやる」
「キ、キンジあんた……なれたのね?」
「ああ」
「それで、あいつらどこだ?」
「それが、分からないのよ。地下の水の音がうるさくて戦闘音も聞こえないし。この辺りはワイヤートラップが張り巡らされているから違うと思うけど、ともかく罠が多くてね」
謙吾は罠を突破して先に行った訳ではなく、氷によるマーキングをたどっていった。魔剣《デュランダル》が謙吾との直接対決の際に邪魔が入らないようにと謙吾に正解なマーキングをわざわざ残していたのだ。氷のマーキングゆえに、現時点では完全に消えている。
「……あっちだよ」
ふと、白雪が指を指す。
「あっちから微かだけど魔力を感じる。でもあれ……三種類?」
自信がなさそうに白雪は告げる。二つは
「
キンジと白雪は花火大会の夜に魔術師に遭遇している。あいつだろうか?
「……信じてくれる?」
アリアは不安げに尋ねてきた。先日『信じられるか!』と相棒に言われてしまったことがトラウマになっている。確かに今だって、気のせいだと言い切ることはできるかもしれない。
だが、キンジはこう言った。
「あの時の俺はバカだった、許してほしい。俺はアリアを――――生涯信じるよ」
「しょ、生涯!?」
「たとえ世界中がアリアの敵に回っても、アリアを誰も信じなくても、俺は一生アリアに味方する」
アリアはイチゴのように真っ赤になった。
「俺と白雪は花火大会の日に魔術師に出会っている。そいつの可能性が高いと思うから、俺と白雪で行く。アリアは
「キンジは超能力を使う相手との相対経験がないはずよね。私が戦ったほうがいいんじゃない?」
「俺は実際に魔術を眼で見てるし、いざという時のスピードならアリアの方が上だ。最終的に決めてとなるのはアリアだ。俺が合図したら、全力で攻撃してくれ。タイミングだが…………俺を信じられるか?」
一生信じるとさえ言ってくれた人を信じないわけにはいかないだろう。
勿論、とアリアは頷いた。
「わかった。合図をするまで絶対に出て来ないでくれ。いくぞ、白雪」
キンジは白雪が指差していた方向へと向かおうとする。
白雪はキンジを追う前にアリアに札を手渡した。
「アリア。念のため、これを渡しておくね」
「この札は?」
「貼付けると熱を燈す。超強力なカイロだとでも思っていて」
ありがとう、と受けとったアリアに白雪は微笑んだ。
「悪いけど、アリアの出番はないかもよ。私とキンちゃんでやるんだから。それと……お願いしておきたいことがあるの」
「あら。なにかしら」
「潜んでいる間に、
「刀が必要なら私の双剣一本持っていく?」
「私の超能力に耐えられるのは私のイロカネアヤメくらいだから。見つかったらでいいけど」
「じゃあ見つけたらね」
しばらく待つ。タイミングを外してから、アリアはキンジと白雪からワンテンポ遅れて付いていく。
決して存在を気づかれないように注意しながら様子を見る。
キンジがリズの仲間の危機を救い、一歩前に踏み出した所だった。
(さて、お手並み拝見といきましょうかキンジ、白雪)
●
彼は、頼もしさを感じさせる雰囲気を醸し出していた。
「白雪。下がってろ。まずは俺がやる」
キンジは一人、一歩前へ。背後の白雪を守るような立ち位置だ。
今の彼に、怯えはない。
「まずは、超能力者との戦闘経験がない俺からだな。白雪、お前は見てろ」
一般に、武偵では超偵に勝てないと言われている。
ならここは白雪が出る場面かもしれないが、相手が何が出来るかをその前に把握しておく必要がある。
万全の状態で白雪につなぐためにも、まずは彼の出番というのも分からなくはない。
何より、イロカネアヤメがないのは白雪には致命的すぎる。
(……できることなら、俺一人でケリをつけたいが)
そう甘くはないだろう。
左手にバタフライナイフを展開し、右手にベレッタを構えながら、キンジは前へ。
「花火大会の時とは雰囲気がまるで違いますね。何かありましたか?」
「あの時の俺と一緒にしないほうがいい。嘗めていると後悔するぞ」
今の彼は、弱虫ではない。一人の勇敢な戦士だ。
●
前に出たキンジと入れ替わるように下がった謙吾は、近くの壁を背にして座った。
疲労が溜まっているから、少しでも休んでおいた方がいいという判断だろう。
「よぅ星伽。生きているようで何よりだ」
「謙吾くん?……その、左肩……」
「折れてはいないはず。ヒビは確実だと思うがな」
「すぐに私が治療をっ」
「よせ。お前の回復魔術は体力を回復出来ても骨のヒビまでは治せない。痛み止めなら出来てるから気にするな」
謙吾は鎮静作用を持つ水を精製できる。
痛みを和らげることができるといえば便利そうな気もするが、強力すぎて鎮静されるのは痛みだけではないのだ。左肩付近に集中させたから身体全体としては問題はないが、左手には全く力が入らない。
(……肩の状態を抜きにしても全体の疲労度がヤバい。後一回でも魔術を使ったらそれこそぶっ倒れるだろうな)
謙吾と戦ったジャンヌも立とうとして今だ立ち上がれないのはダメージが大きいからではなく、全身に力が入らないからだ。
「俺は……いい。お前は俺を無視してでも、遠山だけを見てろ」
今、白雪の大切な幼なじみは戦っている。
バルダが何をしているかを見つけようとしているのだ。
(……ジャンヌのことはしばらく放置していても問題はないだろう。なら今は、バルダが何をしているか考えるんだ)
謙吾は今までの情報から考えうる考察をまとめる。
あいつは何が出来た?
まず、花火大会からだ。
確かあの日、空中に風船のように浮いていたような光景を目にした。
風船の原理は浮力だ。
物質にかかる重力よりも浮力の方が大きくなると、その物質は浮く。
タンカーなんか、浮力を大きくするためだけに大きな空洞のスペースを設けているくらいだ。
(……重力操作?)
花火大会の夜に真人という筋肉を壁にして跳躍した来ヶ谷は追撃の蹴りを入れようとして失敗している。空中に浮いたバルダの足を掴み損ねたことが原因だが、来ヶ谷にかかる重力を増やして片手で支えきれなくした結果だと考えればどうだろう?とりあえずのつじつまはあうような気もする。保留。
次、さっきの相対。
名刀『雨』による打撃を完全に分散させて、魔術『水』による鎮静作用を吹き飛ばして技『燕返し』を回避した。
(……これは重力操作では説明できないな)
保留案消滅。
第一、身体に入らなくなった力を取り戻すにはそれ相応のパワーアップが必要だ。
先程考えたバリア案は鎮静作用が働いたことと燕返しを
何もかも防御できるなら、回避という選択肢は候補にすら挙がらない。
最後。
ローマ正教の連中が隠していた。
バルダというのがジャンヌによる作る話だったとしても、ローマ正教の連中が情報を開示しなかったのもまた事実。おそらく、ジャンヌが作り上げたバルダというのは目の前に現れた魔術師の話の真実を織り交ぜて作られた存在だ。嘘の中に真実に混ぜるというのは嘘をつく技術としてポピュラーなもの。花火大会までは実在はするけど現れないだろう、という意見だった。
(……なら、ローマ正教の連中が言いたくないことってなんだ?)
花火大会の日に元ローマ貴族だということは発覚した。
ローマ関係の暗部を知られているということかもしれないが、ヒントとなる可能性もない訳ではない。
(……身近な例で考えろ。例えば星伽神社にとって公表したくないことは何だ?)
星伽巫女の実態を明かされたら、どこかの教育委員会辺りが黙っていないかもしれないが、今は魔術絡みのことだ。何を思い付く?思い付かないから聞いてみた。
「星伽。星伽神社が公表したくないことと言ったら何が思い付く?」
「魔術の理論?」
「歴史的な話でだ」
「緋々……」
「?」
「いや、何でもないです」
このお利口さんに聞くのは馬鹿だったか。
こうなったら一般論で攻めて行こう。
例えば、一族皆殺し事件なんかは政府により存在自体をひた隠しにされた。そういう類で何かないか?
(……そういえば、星伽神社は陰陽術師を迫害したという話があったな)
あくまで噂話であり、星伽神社は否定している話ではある。どの道真実は分からない。
平安時代、則ち医学が神様仏様に祈るくらいしかなかった時代において、陰陽術師は活躍していた。
しかし、その時代くらいでしか陰陽術師の存在は確認されず、現代では生き残っている陰陽術師がいるのかさえ疑問であるくらいの存在だ。陰陽術師はとにかく何でもできたという話もあることから、有能さを警戒された結果抹消されたという説もある。
この陰陽術師抹消案が事実だとすると、そんなことができるのはどこかと問われた場合に消去法にて星伽神社となる。イギリス清教なんて歴史の浅い組織だからまだ誕生してすらいないし。
源氏物語において、
便利とは、優れているということだけを意味しない。優秀すぎる物は、時に恐怖の対象だ。
(……待てよ。有能さでローマで迫害された魔術?)
バルダの名乗った魔術師の魔術は正体不明とは言え便利そうに見える。
どういう理屈かまだわからないが、衝撃を分散させ、今見てる分には力を増強し――――
「……待てよ」
「どうかしたの?」
「気になることがある」
●
ヒステリアモードのキンジの戦闘能力は高い。
ハイジャックの際には銃弾をナイフで切る銃弾切りという技を披露している。
だが、相手は魔術師。
銃弾を不意打ちの様に浴びせても効果がなかった敵だ。
普段防弾制服を着用している武偵であっても剥き出しの顔面に銃を突き付けられたら降参のポーズをとるしかないが、魔術師はそれでも怯まない。
キンジが近距離から銃弾を浴びせても、全く効果がなかった。銃弾はバルダの身体に触れた瞬間に力を失い、重力に従い地面へと落ちていく。どういった魔術をつかっていか今だ不明だが、銃という近代兵器が通用しない相手であることには変わらなかった。
キンジの武装である違法改造のベレッタ・M92F、三点バーストどころかフルオートも可能な
けど。
それが彼、遠山キンジが敗北することに繋がることを意味するわけではない。
「――――おおおおおおおおおおおおおぉぉらっ!!」
バルダを殺す、というのならば難しいことかもしれない。
けれどキンジは武偵だ。殺し屋ではない。ただ、相手を制すれば彼の勝ちなのだ。
(銃が効かないから効かないで、やりようはあるんだよっ!!)
キンジは今、銃もバタフライナイフもしまっていた。素手だ。
(……真正面からの打撃が効かないなら、関節技に切り替えるまでっ!)
正面からの打撃も、斬撃も無効なら、間接的なものはどうだ? バルダという魔術師は炎を出したり雷を出したりするようなわかりやすい超能力者ではなく、身体自身に何かしているタイプ。つまり、動き自体は一般人のものと変わりなどしない。
「…………このっ!」
バルダは武器を持たず、魔術により戦う人物。
キンジが回避して壁にぶち当たったバルダ拳は壁に亀裂を走らせる。
破壊力抜群だ。おそらく、魔術で力を増幅している。
当たれば内臓から破壊しかねない拳でキンジを殴るが、今のキンジはヒステリアモード。
銃弾を対応する彼に通用する拳ではない。
「井ノ原のバズーカみたいなパンチに比べたら、どうってことないんだ……よっ!」
キンジは恐れない。
彼は拳を最小限で回避して、カウンターの要領でバルダの顔面に蹴りを入れた。
キンジとってはそれは牽制にすぎないものだったのだが、
「――――ぐっ!」
効いた。
(……ん?効いた?さっきまで効果がなかったのに?)
すぐに蹴りの衝撃が消されていき、バルダの拳が飛んでくるが、再びカウンターで二度、三度と確実に打撃を与えてみる。そのすべてが有効だった。
「――――がはっ!」
再び効いた。
バルダはつまった息を吐き出すような悲鳴を上げる。
(銃弾が効かないのに、俺の拳が効いた?)
どういうことかと考えて、ふと思う。今のキンジの攻撃はカウンターによる物。なら、
「……お前の魔術、いくつも同時に使えないんだな」
弱点を見つけた。
カウンター限定とはいえ勝算がついた。
とはいえ愛銃ベレッタを取り出して戦うことはしない。
カウンターを狙うのならば、確実性充実で徒手で挑むべき。
「この無能力者!邪魔しないでいただきたい!!」
殺気が発っせられた。
先程まで余裕の表情で飄々としていた魔術師が、弱点が見つけられたことで焦っているのだろうか?
「焦れば焦れるほど、拳にキレがなくなるぞ魔術師!」
破壊力満天だとはいえ素人さが残る拳と、カウンター狙いのキンジの拳。
一撃必殺の拳を持ちながらキンジを捕らえられないというのは、ある意味では必然なのかもしれない。
だって、キンジは武偵であり、バルダは所詮魔術師だ。魔術師というのはそもそも戦闘のプロではない。魔術という便利な技術によりとりあえず戦いも可能というだけで戦闘訓練を受けている訳でもない。バルダの拳に素人さが残るのはそれが理由。
対しキンジはこんなでも元
最愛の兄の死亡を聞くまでは、憧れを実現するための努力を惜しまなかった人。
ヒステリアモードという強力な力を持っていることを無視したとしても、戦闘訓練を受けてきた少年。
そして、
憧れの兄と一緒に悪と戦うという夢はもはや叶わないけれど。
もう、武偵なんかやめて一般高校に転校して一般人になると決めてはいるけれど。
もはや叶わない夢に捧げた時間は、決して無駄にはならないのだ。
「うおおぁぁあああああああああああああっっ!!!」
決して、無駄なんかじゃ、なかった。
武偵高退学くらってからのキンジをみて、からは素でもそこそこいけると思いました。
努力の成果、という形ですね!