Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission37 水と氷

 

 ジャンヌ・ダルクは氷を操る超能力者(ステルス)である。

 氷を操る超能力の神髄は、物を冷却することにある。

 さて、ガード不能の剣と言われたらどのような剣を想像するだろう。

 絶対的切断力を持つ剣?

 圧倒的速度を有する剣?

 

 実はいろいろあるが、ジャンヌの剣もガード不能の剣と呼ばれる類のものであった。

 

 正確には『触れてはならない剣』。

 

 超能力により冷気を纏った聖剣デュランダルに触れたものは銃であれ剣であれ人ですら凍らせてしまう。

 故に剣士などジャンヌの敵ではない。

 ジャンヌを攻撃しようとして、冷気を纏った聖剣デュランダルに触れてしまった場合、剣が凍りついてしまう。凍りついた剣など、切断力もなくただの棒に過ぎず、空気との接触面積の関係からどうしても剣を振る速度を鈍らせてしまう。

 

 だから、謙吾が力の限り打ち込もうとするのを見て愚の骨頂だとジャンヌは思った。

 

(……バカめ。この聖剣デュランダルを持つ私に剣で勝負を挑もうなどと)

 

 宮沢謙吾とジャンヌ・ダルクの勝負は、謙吾の剣がジャンヌの持つ聖剣デュランダルに触れた瞬間に勝負が決する――――はずだった(・・・・・)

 

「…………?」

 

 けど、そうはならなかった。

 謙吾の剣は凍りつかなどしなかったのだ。

 

「不思議そうだな」

「チッ! なにかしたな!!」

 

 ジャンヌは今までに剣士との相対経験がないわけではない。むしろ、常人よりも経験豊富であろう。だが、勝負になったことなどなかったのだ。剣士と剣士の戦いにおいて、互いの剣を一度もぶつけず勝利を修めるには実力差の歴然なる差が必要だ。しかし、銃弾すら見切る人物同士ではその差はない。今までの相手はジャンヌのデュランダルに触れた瞬間に自滅する運命を辿っていた。切れ味皆無の刀など恐ろしくはないからだ。

 

 けれど一度のみならず、謙吾は迷うことなく剣を振るう。

 剣が凍るかもしれないことなど微塵も気にした様子もなく迷わず攻制にでる。

 謙吾は凍りつかないことを確信していたからだ。

 

(……謙吾の持つ剣は名刀『雨』。確かにいい刀ではあるが…………名刀止まりの刀だ)

 

 『雨』は名刀とは言っても剣としてのランクはジャンヌの持つ聖剣デュランダルに及びはしないし、第一、聖剣デュランダルと同じランクの刀となるとイギリス一の天才に与えられたという宝剣でも持ち出してくるしかない。

 

(……しかし、謙吾はどういう魔術を使っているんだ?)

 

 水を操る能力者と氷を操る能力者では相性の優越が存在する。

 水を操る能力者は、氷の能力者を前にしたら空中の水分を増やすという結果になる。

 

(……だからこっちが一方的に魔術をしようできるはずだったのに)

 

 正体が判明している物と判明しないものでは、明らかな脅威差がある。

 ジャンヌの場合は謙吾の使っているトリックを理解できたら後は対処すればいいだけだ。

 幸い宮沢謙吾という人物に対する前情報はある。

 

(……私が調べた結果、星伽神社の分家の宮澤道場に伝わる魔術には実用性がないはずだ)

 

 宮澤道場に伝わる魔術は『火を消せる水を生成する』のみだ。いくらなんでも使える状況が限定的すぎるだろう。水を作ったところで、肝心の水を操る特別な技術は存在しない。あるのはSSRの授業で習うような一般的なものだ。『厄水の魔女』のように自在に操れる魔術は持たないはず。

 

(……空気中の水が増えるということは、私にとっても優位になる)

 

 ジャンヌは火を使う超能力者(ステルス)ではないので本来謙吾の魔術の出番はない。そして、水なんて作ればそれだけ空気中の水蒸気が増えてジャンヌは氷をつくりやすくなる。だから、謙吾は魔術など使う機会がなく、ただの剣士になってしまうはずなのだ。

 だから、この戦いは選ばれた超能力者(ステルス)によるワンサイドゲームのはずだった。

 

「……こんなものか?」

「クソッ!」

 

 実際は、ジャンヌは謙吾の剣に押され始めていた。

 ジャンヌは今まで超能力を用いることで剣士を名乗る相手を瞬殺してきた。

 だから単純な剣士としての相対経験がほとんどない。

 

 対し謙吾は実家の魔術が役に立つことなんてほぼないからひたすら剣技を磨いてきた。

 謙吾が自身を魔術師ではなく剣士と名乗ったのがその事実を明らかにしている。

 超能力を関係なしとした場合の、単純に剣にかけた年月の差が生まれ始めている。

 

 超能力者が世界を動かすと思うジャンヌ。

 バカが世界を動かした方が楽しそうと言う謙吾。

 

 もとは同じ『火』へのメタとしての存在なのに、いつからこう食い違ってしまったのだろう?

 

「……お前っ!! 宮澤道場の魔術以外にも魔術を学んでいるのかっ!?」

「人に聞くなんて策士が泣くぞジャンヌ・ダルク」

 

 謙吾の重たい一撃をガードしながら、トリックを考える。

 

(……私の氷は炎への対抗策として研究されてきた魔術っ! 本来炎にすら対抗できるのに、比熱の小さな金属が凍りつかないはずがないのだ)

 

 実際にも今まで銃や剣など金属を凍らせてきたし、熱された金属だって冷却できた。最も、金属は比熱が小さいからすぐに変化できるということもあるのだろうが。

 

(…………ん?)

 

 ジャンヌは何か引っ掛かった。

 

(……比熱?)

 

 よく思い出せ。比熱とはある物質一グラムをセルシウス温度にして一度高めるのに必要な熱量だ。

 一度低めるのに必要な熱量ともいえる。

 

「…………『雨』に水を纏っているだけだったのか!」

「バレるまでもう少しかかると思ってたんだがな」

 

 世の中には多種多様な物質が存在する。中には沸点が300度オーバーの物質もあるし、融点が−500度くらいの物質もあるだろう。水なんてたった100度で沸騰するし、0で呆気なく凝固する。100度なんてヤカンで辿り着ける温度だし、0度は冷凍庫に入れるだけで容易にいく。人間は呆気なく水の変化を人間の生活範囲内で目にできるので知られていないが、水は存在する物質の内最大の比熱を持つ。つまり、世の中に存在する物質の内最も冷えにくいのは水だ。

 

(……おそらくは、道場で学んだ特殊な水を見えないようにして纏っているな)

 

 沸点100度融点0度はあくまで純粋な水の話。

 砂糖水のように何かが水に融解している場合、蒸気圧曲線は単純な値を示してなどくれはしない。

 キンジを殺すための盾となった水はあっさり凍って固体となったが、あれは水はジャンヌの冷気の前には役に立たないということを印象付けたかったのだろう。おそらくあの時に使われたのは水道水のような変哲のない水。

 

 今の場合、謙吾の剣に纏っていた水に溶けているのは、

 

「物に何かを纏うタイプの魔術は珍しくない。水を見えないように纏い、その水に自分の魔力を通しているな?」

 

 おそらくは、それが宮澤道場の魔術の正体。

 元々星伽巫女たちの暴走を止めるために生まれた魔術と言われているが、実際問題として星伽白雪が宮沢謙吾に勝てないかということは分からないのだ。

 科学技術の進歩に伴い、銃という近代兵器の誕生とともに魔術なんかに頼らなくても科学でどうこうできることの方が多くなった。

 平安時代とかであるならば病気にかかった人がいるならば医術に特化した陰陽術士に頼らなければならなかったのだが、今の世の中は保険証片手に病院に行くだけでいい。

武装巫女である星伽巫女と戦うだけなら、昔ならともかく近代において拳銃という科学で対抗すればいいだけなのだ。

 

 そこで、唯一の取り柄たる魔術ですら効き目のない人物がいたらどう感じるものだろう?

 

 おそらくは、萎縮してしまうはずだ。

 

 星伽巫女に心理的な枷を作る。それが宮澤道場の魔術の正体だ。

 

「星伽神社の関係者がなんて呼ばれているか知ってるよな?」

「……『かごのとり』、だろ」

「俺の魔術はな、あいつらを縛り付けるカゴの一つなんだよ」

 

 まったく、嫌になる。

 謙吾はそう言ってから、『雨』に今度は目に見えるくらい大量の水を纏った。

 

「……火の魔術が効かない。俺の魔術には本来それだけの効果しかない。俺に効かないのは火だけでなく冷気のように熱全般だったみたいだが」

 

 魔術が効かない。

 はたしてそれはどれだけの効果があるのだろうか?

 直枝理樹という少年にはあらゆる魔術、超能力触れただけでを消す能力があるが、彼に宿る能力はどれだけの価値があるものなのだろう?

 

 理樹自身は魔術が全く使えなくていい迷惑だと思っているかもしれないが、魔術しか取り柄のない人には怖くて怖くて仕方がないだろう。

 かつて恭介は理樹にこう助言した。

 

『理樹。お前の右手に宿る能力のことはリトルバスターズの仲間意外には誰にも言うな。学校の先生達にも、仲良くなった友人にも、俺達以外の全員にだ』

 

 この助言は正しいことだと謙吾は思う。

 何せ、理樹の超能力は魔術について詳しい謙吾にも説明が全くできない。

魔術師と超能力者(ステルス)の定義にも、何に注目するかで分類が変わってしまう。ジャンヌ・ダルクは謙吾を魔術師よりと言ったが、ジャンヌの使う定義とは別の視点に着目すると謙吾は超能力者《ステルス》になる。|

 

 視点なんて体質、魔術、由来、なんでもあるが、それでも理樹の能力は説明の方向性すら見えないのだ。そもそも本人の意思によらない自動発動の時点で魔術かどうか怪しく、体質としか言えない。

 

 そんな理樹の超能力が公になれば、間違いなく大きな問題になるだろう。

 そして、今この場にいる氷の魔術が効かない脅威は宣言した。

 

「お前は今までその氷の超能力で多くの人間を倒してきたのだろうが、効かない人間がいることを理解しておけ」

 

これからは、選ばれた超能力者(ステルス)と選ばれなかった人間のワンサイドゲームではなく、

 

「これからの戦いは純粋な剣と剣の戦いだ」

 

 

           ●

 

 

 アリアとキンジの二人が真っ先にすることは捕われた白雪を解放してやることだった。

 

「アリア。さっきの氷……」

「超能力よ」

「うん。あれ……国際分類でいえば種超能力者(クラスⅢステルス)だと思う」

「ありえねぇ」

「一流の武偵は驚かないものよ。私はローマ武偵高経験者だから分かるけど、経験則から言って鉛弾の敵じゃないわ」

 

 そういうアリアの言葉に返すようにしてズズン、というくぐもった音が地下倉庫に響き渡った。

 

           ●

 

 剣と剣の戦いをジャンヌと繰り広げながら、宮沢謙吾は階下で何かあったような音を聞いた。

 

「何をした!!」

「お前が悪いんだぞ謙吾」

「?」

「我が超能力は効かないとなると、単純な剣な勝負となるが、ある程度の時間がかかる。その間に増援がきたら面倒だからな」

「お前っ!!」

「白雪は殺すことにした。お前が手に入るなら私としては充分だよ」

「単純な剣で俺に勝てると思ってるのか?」

「まともにやれば、勝ち目が薄いことなど先程から百も承知。だが、私は策士だ」

 

 つまり、

 

「時間が迫る、体力も減る、いつ超能力を使って攻撃されるかも分からない。星伽神社の役割に準じて死んだ奴を知ってるお前に、こんな悪条件でどれだけ戦えるかな?」

 

 ジャンヌの冷気が効かないとはいっても、謙吾のトリックは魔術を使ったただの科学現象だ。理樹のように自動発動ではないため、つねに水を纏う必要も出てくる。そして、魔術を使うとなると体力も普段の倍消費される。

 時間に迫られると人間は本来の力を発揮できないとも言われる。

 これだけの悪条件を突き付けられながら謙吾は宣言する。

 

「……お前さ、やっぱり根本的にズレてないか?」

「どういう意味だ」

「根本的に言うとな、俺では星伽を助けることなんて不可能なんだよ」

 

 そもそも謙吾には白雪のために命をかける理由は存在しない。

 知った顔が殺されて気持ちのいいはずはないが、謙吾と白雪の関係なんて友達かどうかすら怪しいのだ。

 

「俺はあいつ(・・・)との『約束』があるから駆け付けた。それだけだ」

 

きっと星伽白雪という人間を宮沢謙吾という人間では助けられない。理樹でも、アリアでも、きっと恭介でも無理だ。

 

「星伽白雪という人間(・・)を救えるのは世界でたった一人だけだ」

 

それは、

 

「遠山キンジ。それが星伽を広い世界へと導く案内人だの名前だ。覚えておけ」

 

 

        ●

 

 地下倉庫に何かが壊れるような音が響き渡った瞬間に変化はあった。

 床にある排水穴から排水ではなく逆に水が出ているのだ。海水だ。

 水量はみるみるうちに勢いを増し、一分もたたずに噴水となる。

 

 いくら体育館のように広い大倉庫といったところで水没までに時間がない。

 そして、キンジはそのない時間で白雪を救いださなければならない。

 一刻を争うのでアリアを謙吾の加勢に行かせたがそれでも多分、間に合わない。

 

「キンちゃん……もう行って」

「俺はお前を助けに来たんだ!おいて行けるはずがないだろう!」

「……わたし、嬉しかった。キンちゃんが来てくれたことがなによりも嬉しかった」

 

 けなげな笑顔だった。

 幼なじみのキンジにはそれが作り笑顔だとすぐに分かった。

 白雪は語り出す。

 

「ねぇ、キンちゃん。私ね、人を見捨てたことがあるんだ」

 

 中学生の頃。

 まだ私が星伽神社にいた時の話。

 

「星伽神社は男性禁制の神社。入れるのは星伽の関係者だけ。でもある日、一人の男の子がやって来たの」

 

 その少年は、たまたま迷い込んだ少年ではなかった。

 星伽神社がどういう場所か知った上でやってきた少年だった。

 何か大切な話があってやってきたのだろう。

 

「でも、星伽神社は『掟』だからと話すら聞いてあげなかった。その子、多分私達の同い年くらいの子で魔術も何も知らない子だった。多分助けを求めに来たんだと思う。星伽神社は何日も追い返し追い返し追い返し一ヶ月が立って――――ようやく話を聞こうとした時には、もういなくなっていた」

 

この話を謙吾くんにしたらきっと激昂するんだろうな、とか物思いにふける。

 

「……その子はきっと星伽神社を怨んでる。ううん、その子だけじゃない。あんなことがあって、謙吾くんだって本当は星伽神社が憎いはずなの」

「神社なんてどうでもいい!俺は白雪のため(・・・・・)に来たんだ!」

 

「星伽の巫女は、守護(まも)り巫女。誰かのために身も心も捧げるのが定め。キンちゃんはまだ逃げられる。もう避難して」

 

白雪はキンジが来たときも逃げろといった。

あの時とはすでに状況が違う。海水はすでに口元まできている。バカでも分かる。これ以上この場にいるたら死ぬ。

 

「私は、いいの。私が死んでもきっと誰も泣かないから。私のことを本当に好きな人なんてきっといない。星伽巫女としての超能力(ちから)が持ち上げられていただけで、私自身に価値はない。今までだって、星伽の役割に順じた人だって実際に私は知っている。私は報いを受けるだけだから……あぷっ……」

 

 すでに泳がないと持ちこたえられない状態だ。

 

「ボディーガードの依頼は…………取り消します。……生きて」

「白雪! ああ、チクショウ……俺のせいで……こんなことに……」

「キン……ちゃんは――――悪く、ない」

 

 白雪はその言葉を最後に目を閉じたまま、水面下に沈んでしまう。

 

(……白雪っ!)

 

 白雪はおそらく、誰かに対し引け目があるのだろう。誰かは分からない。

 謙吾かもしれないし、星伽神社を訪れた名前も顔も知らない少年かもしれないし、星伽神社の役割に順じた人にかもしれない。

 ひょっとしたら俺かもしれない。

 

 だけどな、

 

(だからと言って、白雪が死んでいい理由にはならねぇだろうが!!)

 

 今すぐに白雪が死ねばさしものキンジも水から避難するだろう。キンジは覚悟を決める。

 

 キンジには奥の手がある。

 ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 

 幼なじみの白雪にすら隠してきた忌まわしき力。

 ルームメイトのバカ二人が怪しんで大量のエロ本を部屋に送り付けるぞコラという脅しに屈し、バカ二人には説明したことがあるが、兄さんを死に追いやった原因の力を好きになれない。

 そんな力を使う理由は、責任の上ではないはずだ。

 白雪は逃げろと言ったし、護衛も解除すると言った。

 逃げたければ逃げられる。ハイジャックの時みたいにキンジは命の危険はない。

 だから使うなら自分の意思で使うことになる。言い逃れはできない。

 

 彼は大きく、大きく、大きく息をすいザブンと潜る。脱力していた白雪の両肩をつかみ、白雪を抱きしめ――――――キスをした。

 

 通常ならキンジの全防連認定錠に対する鍵開けの時間は平均12分。

 しかし、ヒステリアモードへと覚醒した彼は一分とかからずすべてな錠を解除した。

 二人はそろって水面に顔を出す。

 

「間に合った」

 

 天井に頭がぶつかりそうと言えど、大倉庫はまだ沈没していない。

 キンジは海水で濡れた手で白雪の耳から頬にかけてをそっと撫でてやる。

 

「白雪、泣いている時間は終わりだ」

 

 これからは反撃の時。

 


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