「それではこれより、アドシアードを開催したいと思います」
GWという連休も終わり、アドシアードがついに始まった。東京武偵高校生徒会長、星伽白雪による開会式の宣言がマイクにより各地に響く。
アドシアードの開会式場にいるのは、各国から集められた優秀な選手達や、国家のお偉いさん達。
ここでの主役はあくまで選手たち。キンジのように競技に参加しない一般生徒達はチケットのモギリをやったりして運営に携わっている。そして、東京武偵高校の生徒のくせ来賓席に座っている人物が二名がいた。
「……なぁ。聞いていいか」
「私にこたえられることなら」
「どうして私がこんな場所に座らされてんだろうな?」
「あなたはここにいるだけで、それだけでいいと言われているのですから、何もすることがないことに文句言わないでください来ヶ谷さん」
「やはりあの野郎の仕業か。私はカメラ片手にハイアングルからいろいろ撮影するつもり満々だったものを……。まぁいい。それは村上少年を中心としたFクラスの同士達に期待しておこう」
来ヶ谷唯湖と二木佳奈多だ。二人の関係は同僚とも言える。
二人とも若くして自分の委員会を持つことを認められた実力者だ。
プロであっても委員会を持つことは難しいため、学生でありながら委員会を持つのは疎まれることもある。そのため、立場的には微妙な所もあるのは否定できない。境遇が近いせいもあって、二人はちょっとしたことで一緒にお茶をすることがあるのだ。少なくとも、ビジネスライクな関係を築き、険悪な空気になったことは今までなかった。
「あなたもヒマな人ですねぇ」
「君だってそう変わらないんじゃないか?本来予定がなかったからこそ、今私と二人でここにいることになったんだろうに」
「どのみち誰か護衛につけないといけないなら、私がやるしかないじゃないですか。あーちゃん先輩からもお願いされましたし、何より、あなたの護衛をろくに実力も知らない人にやらせても意味がない。それなら葉留佳でも連れていればいいんですよ。今のあの子なら問題ないしょう。それができないのは、イギリス清教から来ているあなたの立場に釣り合うのが私くらいだったからでしょう。立場としては牧瀬でもいいかもしれませんが、荒事なら私の方が向いている」
「そもそも、単純な戦闘能力で君に勝てる人はこの東京武偵高校にはいないからな。……先生方を含めたとして、君がいる限り私の安全は保障してくれるんだろう?」
「確か来ヶ谷さんは神崎さんとは知り合いでしたよね?星伽さんに護衛という先約がなければ、神崎さんでもよかったとは思いますが、あいにくと彼女は手が離せないようで……。ところで、花火大会の時に魔術師に襲われたそうですが、それが寮会で依頼していた『バルダ』という奴で間違いないのですか?」
「多分。確率論になってしまうが、あいつの一礼はローマ式のものだったから、ほぼ間違いないだろうな」
面接試験を受ける際に、一般に挨拶一つで人物像が分かるとされる。
軍隊のような教育を受けさせられていた昭和の戦前ならともかく、今の世の中挨に生きる人間は挨拶一つをろくにできないやつは大勢いるのだ。野球武所属の生徒がすぐに分かるように、一瞬で分かるものだ。
「一礼を見ただけでだいたいの教養が分かる。ローマ貴族だということは間違いないし、だとしたらバチカンの連中が情報を公開したくなかったことにも合点がいく」
「来ヶ谷さんはイギリス貴族でしたね」
「くだらない世界だが一応は。私の家は、元々イギリス王室補佐なんかやっていたところだ。父さんや母さんには悪いことをしたと思ってるよ。ところで、私たちの依頼はどうなってるんだ?」
来ヶ谷からの疑問の依頼とは寮会からの依頼についてだ。内容は『アドシアード期間中に現れる魔術師の迎撃』。外交上の大義名分ができるレベルなら何でもいいらしい。外交問題なら佳奈多より来ヶ谷の方が詳しいが、今後どうするかは依頼主たる寮会に一任だ。
「私が接触した時点で寮会からの依頼は達成したとも言える。交渉士としても悪名高い私がやれば文句を言わせないこともできるだろうが、これからどうしたらいい?」
「……バルダは貴女に仲間になれと言ってきたそうですね」
「そうだ」
「私の意見としては、来ヶ谷さんが私の委員会に入ってくださるなら、他の誰を無視してでも来ヶ谷さんを口説きにかかるのは当然のことです」
「お、モテモテだな。照れるじゃないか」
「事実でしょう。単に銃を持って戦う能力が高いやつよりも、頭脳が優秀な人間の方が役に立ちますから。私にできることなんて、せいぜい向かってくる相手を蹴散らす程度のことしかできませんが、最低限の仕事はやってみせましょう」
「随分と気合い入ってるんだな。白雪姫に関しては拉致られても奪い返すプランがあるから問題ないとか言ってることを考慮したら破格の対応だ」
風紀委員長が直々に護衛してくれるとなれば、それは頼もしい。
頼もしいのだが、
「別に佳奈多くんの護衛はいらないぞ? 恭介氏たちと離れなければいいだけのことだし、私には書類上とは言え部下もいる。こんなでも慕われてるし頼めば快く引き受けてくれるはずだ。それは佳奈多くんが1番よく分かってると思うが」
「勿論です。ですが棗先輩たちにはアドシアードが終わるまでは何かあったときのために待機していてもらいたいですし、貴女には中途半端な護衛は足手まといでしょうから、私が任命されました」
そうかい、と来ヶ谷は納得しておくことにした。
マスコミ関係者への対応の仕事も入ってる関係でバスターズの面々とも1時別行動をとる予定もあるためにちょうどいいといえばちょうどいいからだ。無理して断るだけの理由もない。
「バルダは私と接触したのは偶然で、本来白雪姫を狙っていたみたいなことを言っていたが、どう思う?」
「魔術超能力を扱う一族ですからね。狙われる理由は尽きないでしょう。
「さあな。仮に関係あるとしたら姿を見せない噂話たる魔剣にはデメリットしかない」
「……
「……
「誰に嘘つき呼ばわりされれようが、来ヶ谷さんにだけは嘘は尽きませんよ」
「…………」
「気になりますか?」
「調べてくれ」
「了解しました。でも対して期待しないで下さいね。調べるにのは時間もかかりますけど、それでもいいでしょうか」
「じっくりでいい。その際に必要な情報はこちらで用意する」
「助かります」
●
親友同士、直枝理樹と井ノ原真人の二名は白雪の開会式における宣言を聞いた後は、二人で競技を見て回っていた。依頼を受けている身ではあるが、棗恭介という圧倒的カリスマ性を持つリーダーがいる以上は、緊急の指示には困らないために心の余裕があるわけだ。今は見回りも兼ねて競技を楽しんでいる。それで今は
「見てみて真人! 不知火君が出てるよ!」
「おっ。本当だな。アリアが辞退したから補欠で上がってきたんだっけか?」
「遠山くんがそんなこと言ってたね」
「真人は何か出たくなかったの?」
「オレは銃はどっちかというと嫌いだからなぁ」
「真人ってハンマー投げとか向いてそうじゃない?」
「あぁ!?『その筋肉はせいぜい弾を遠くに飛ばすことぐらいしか能がなさそうだなぁ』とでもいいたげだな!?」
「そうは言ってないさ」
真人は不知火たち強襲科の面々が行っている行動を見て、
「……理樹もガンシューティングならアドシアードに出られたんじゃないか?
お前、リロードと早打ちは得意だろ」
「空中リロードはまだできないよ。練習はしてるけどさ」
「ありゃ恭介が器用すぎるんだよ。気にすんな」
「それに、僕はできるなら強襲科みたいな戦う人じゃなくて、恭介みたいな勇気ある人として有名になりたい」
お前ホント恭介好きだな、と笑い合う二人であったが、ふと理樹は真人に疑問を問い掛ける。
「そういえばさ、Fクラスのみんなは今頃どうしてるのかな?」
「うちのクラス?」
「うん。クラスメイトのレキさんがアドシアードの狙撃競技の日本代表に選ばれたから、みんなで応援段幕作ってたじゃない」
あの時の気持ちは忘れもしない。最高の友達想いのクラスメイトたちだと思ったら、実はただの変質者集団だったことは。その筆頭はチームメイト来ヶ谷唯湖。
「さぁな。でもクラスメイトであるレキのことを大事に思ってるのは事実みたいだし、普通に応援していると思うぞ」
●
競技の無い生徒の仕事はシフト表に張り出されていたが、シフトは交代してもらったりで変更できた。
だから、彼らは集まることができた。
彼らは狙撃競技の会場の応援席に陣取った40名余りの集団だった。
「皆のものっ! レキ様のために集まらなかった不届き者はいないか確認せよ!」
「村上会長!村上会長! 直枝と井ノ原、宮沢と来ヶ谷がいません!」
ちなみに鈴と小毬はいる。
「……他には?」
「西園辺りがいないかと」
「あいつはそもそも武偵高に帰還していないはずだ。仕方あるまい。だが、二年Fクラス諸君っ。シフト変更できなかったという不届きものはいないなっ!!」「「「当然ですとも、村上会長っ!!!」」」
村上会長はレキの写真がプリントアウトされたTシャツを配り始めた。
「む、村上会長!? こ、これは!?」
「そうだ。我等二年Fクラスを母体として作り上げた、われら『レキ様ファンクラブRRR』製のオリジナルTシャツだ」
「村上会長!村上会長!流石ですっ!」
「よし、撮影班、準備はいいか!?」
「「「当然だ!!!」」」
「段幕班、準備はいいか!?」
「「「当たり前だ!!!」」
「よし、レキ様の出番は午後4時以降。今は午後2時だ。皆の集、いつものいくぞ!」
オウ!と気合いの入った返答が帰ってきた。
「我々は!」
『『『レキ様のストーカーにあらず!』』』
「我々は!」
『『『レキ様を愛でる宗教にあらず!!』』』
「そして我々は!」
『『『己のすべてを彼女のために!!!』』』
「故に我々は!」
『『『レキ様を影から支える騎士である!!!』』』
「その名も」
『『『レキ様ファンクラブRRR!!!!』』』
彼らはレキの出番までレキのことを考えて集中力を高める作業に入った。
●
「白雪、おつかれ」
「あっ、キンちゃん」
白雪の護衛役、遠山キンジは缶ジュースを手に生徒会の仕事をしている白雪の元に訪れていた。
「仕事、うまくいってるか?」
「うん。マスコミとかの報道陣には放送委員長の来ヶ谷さんがうまいこと対応してくれてるし、お偉いさん方の案内は風紀委員会の人達が頑張ってくれてるし」
「委員会連合もちゃんと仕事してくれていたんだな。打ち合わせの時は空席だったのに」
「あの人たちはすごい人たちの集まりだから、面倒でやってられなかったんだと思うよ」
白雪と会話をしながら、キンジはこう思っていた。
このまま何も起こりませんように、と。
そう言い切ってアリアと喧嘩したキンジではあったが、花火大会でもことが危機感が生んでしまった。
『星伽の巫女が狙われる理由など今更考えるまでも無い』
宮沢はこう言った。
『ふーん。元々は私をつけてたわけではないな』
遭遇した魔術師に来ヶ谷はこう言った。
「来ヶ谷はどうしてるんだっけ?」
「寮会から護衛に二木さんをつけさせられたみたいだよ」
学校側としては、Sランクの武偵を護衛につけておけば問題ないと、Sランクを全面的に信頼する方針みたいだ。風紀の長がついているなら来ヶ谷の安心は保障されたようなものだろう。でも、白雪は?
俺がアリアというSランクを追い出してしまったせいでこんなEランクが護衛になった。
「白雪の今後の予定はどうなってるんだ?」
「へ? あぁ、私の予定ね……」
「どうしたんだ?気分でも悪いのか?」
「な、なんでもないよ。私の生徒会長としての仕事は閉会式までは事務的なものばかりだよ」
「ということは一人の時が生まれてしまうのか?」
花火大会まで、キンジはこれっぽっちも不安なんて抱いていなかったため、シフトの変更ができなかったのだ。白雪が開会式の挨拶をしている時間帯辺りで仕事を入れられればよかったのだろうが、二年Fクラスの連中が全員シフト変更したとかでこれ以上の変更は受け入れてもらえなかった。
「俺は午後の3時から武藤と入れ替わる形でモギリの仕事がある。しばらくはつきっきりで一緒にいられない。白雪、俺のいない期間はどうしてる?」
「心配しなくて大丈夫だよキンちゃん。
自分で言った言葉がこれ程無責任に感じるのはどうしてだろう。
「私もは来ヶ谷さんと二木さんに協力してマスコミ関係の接待でもしていようかなと思う。人も多いから安全だよ」
「そうか。なら安心だな」
その時、キンジのケータイに電話が入る。
『キンジ!もうじき時間だから早く来いよな!』
「悪い、今行く。じゃあ白雪、また後でな」
「うん。いってらっしゃい」
キンジはここで白雪と別れてしまった。
彼は後にこのことを後悔することとなる。
●
「ひゃんっ」
「ほら、飲み物買ってきたぞ」
「い、岩沢さん! 驚かさないで下さい!ビックリするじゃないですか」
「驚かすつもりはなかったんだが……まぁ悪かった。ほら、どっちがいい?」
天然水とミネラルウォーターだった。
「どっちも同じじゃあー!」
「そんなことはないぞ。値段は……」
「違うんですか?」
「値段は同じだったな」
「……じゃあなんですか!」
「商品の名前が違う」
「んなもん見りゃわかるわぁ!!」
「……怒りっぽいユイにはカルシウムたっぷり牛乳の方がよかったかな。なら、こっちのミネラルたっぷりの方で」
差し出されたのは天然水だった。
「……もういいです」
この
「岩沢さんって、天然入ってますよね」
「ミネラルウォーターだし天然なんじゃない?」
「……自覚なし、と」
これが私の組織の女性陣のリーダーなんだから驚きだ。カリスマ性がヤバいのは認めるが、ひさ子先輩が苦労するのもよく分かる。そして、天然ボケ同士あの麻婆豆腐先輩と仲がいいのも何となく分かる。
「私たちの予定はどうなってるんですか?」
「何にも連絡入らなかったら何もない。じゃ、お休み」
岩沢さんは観客席の椅子に座ったまま眼を閉じ、眠りはじめ――――
「え? あの、岩沢さーん!」
「ZZZZZ」
●
この日、アドシアードに関わる人々はそれぞれ思い思いのことをしていたのだ。
一人は連れてきた戦妹をほったらかしで眠りだし、あるクラスはクラスメイトの応援に盲信的なまでに団結し、筋肉さんたちは筋肉していたりして。
けれど、この後送られる周知メールにより、彼らの行動の変更を余儀なくされる。
そう。
ケースD7が発生したというメールが着たからだ。それはつまり、星伽白雪の失踪を意味していた。
草薙先生ごめんなさい。
それはそうと、ユイの戦姉が判明しました。
予想通りでしたか?