八つ当たりという言葉がある。意味は関係のない人間に対し怒りをぶつける、という意味だ。
ぶつける方はストレス発祥できるかもしれないが、ぶつけられる方はたまったものではなく、
「本当に腹が立つっ! 遠山キンジっ!」
アリアの
アリアという
(……遠山キンジさえいなければっ! 遠山キンジさえいなければっ!!)
当然、思考はこんな感じになるわけだ。間違っても敬愛する先輩を責めたりはしない。
「あかりさん。私は八つ当たりするアリアの人間性にも問題があると思いますよ」
「人格者のアリア先輩が怒るほどの原因をつくる方が悪いの!」
何がなんでも敬愛するアリア先輩の悪口はいわない。戦妹とはこんなものである。
「あかりさん。とりあえず私の家でおいしいものでも食べて元気出しましょう!」
「……いいの?」
「もちろんです!」
「ありがとう志乃ちゃん!」
あかりがキンジヘの不満を口にする一方で、間宮あかりの大親友を自称する(事実だが)
(アリアなんているからっ!アリアなんているからっ!!)
八つ当たりの被害を受けたのは志乃も同じだ。探偵科の生徒ゆえにどうしてアリアが怒っているのかを把握した結果、パートナーたる遠山キンジとの方針の違いにより大喧嘩したらしい。つまり、後輩たる自分達には無関係のことで被害をこうむった。あかりと志乃の二人は寮生ではないがゆえ、二人で仲良く文句をいいながら帰宅していた。文句を言い続けた結果、何だかんだで前向きな二人は、
(遠山キンジのようにはなるもんかっ! 私はアリア先輩みたいな立派な武偵になるの!)
(私はアリアみたいにはなってたまるもんですか! 私はあかりさんの大親友としてあかりさんのためになる人物となるっ!)
今後の自分達の目標を明確にした。人間は目標ができるとやる気になる。よし、やってやるぞと思っていたそんな時、二人は見た。
『おい、金だせよ』
『お嬢ちゃんかわいいね。どうよ、俺たちと一晩遊ばない?』
『それどこの制服?見かけないね、修学旅行かなにか?』
一人の可愛らしい女の子が、柄の悪い連中に囲まれているのを見た。
次の瞬間。顔を見合わせたあかりと志乃は八つ当たり的に不良どもへ突撃を開始した。
●
勝負にもならなかった。怒りとは怖いもので、
『来んな!来んなよな!』
『お、俺達は別におまえらが恐くて逃げるわけじゃないんだからね!』
『た、頼むからその銃と剣をしまってくれ!』
不良どもはさっさと逃げていった。武偵という組織が結成されるほどには治安が悪くなっているこの世の中、一般高校の不良とはいえ拳銃を持っていたとしても正直驚くに値しない。
「大丈夫でしたか?」
安否を確認する。恐怖がしみついてトラウマになることもあるのだ。怪我をしたら手当てをすればいいかもしれないが。、メンタルのダメージはそうそう回復するものでもない。もしもそうなったら大変だと心配したが、
「もちろんですよ! あったりまえじゃないですか!でも……ありがとうございました」
ああいった恐喝みたいなものすら珍しくもないのが今の世の中だ。だから武偵なんてものが生まれたわけでもある。武偵高が立地する東京でも起きたということが事実であると物語ってる。あかりは、からまれていた少女を見て、
(……修学旅行生?)
ふと違和感を覚えた。東京の学校の制服はある程度職業柄把握しているが、見たことがなかったからだ。でも、修学旅行生にしては疑問がある。危険にさらされた後の状態とは、普通は怯えているか、怖がってしまうものであるが、この少女にはそんな様子はない。それに、彼女が背中に担いでいるのはギターの箱のように思える。
「全く! この私ユイにゃんが余りにもかわいいからってナンパは困りますよ!これでも彼氏持ちなんですからねっ!あ、改めてまして助けていただいてありがとうございましたっ!私、ユイっていいます。どうかよろしくお願いしますっ!」
「ユイちゃんだね。私、あかり。間宮あかり。こっちはお友達の志乃ちゃん」
「佐々木志乃です」
しかも、自己紹介までしてきた。
かなり元気だ。雰囲気的にはお転婆娘、といえばわかりやすいかもしれない。
「やっぱりどこ行ってもあんな連中はいるもんですねー。私が武偵だからよかったものの、本当に可愛いだけの娘だったらどうなっていたんでしょうね?」
「え?ユイちゃん武偵なの?」
「気づいていたんじゃないのですか?」
「そうなの志乃ちゃん?」
「私はなんとなくは。不良にからまれて平気な表情をできるのは武偵か不良のどっちかでしょう。少なくてもユイさんは不良には見えませんでしたから」
「うれしいですね、そう言ってもらえるなんて」
ユイはアクセサリーをたくさんつけていた。でも、ワルというよりは単に可愛いという印象を受けるだけだ。はぁ、と曖昧な返事したできないあかりに対し、彼女はこう言った。
「これもきっと何かの縁なのでしょう。あのー、よろしければ東京案内してくれません?」
●
あかりは志乃の自宅で美味しいものを食べるという予定を変更し、あかり、志乃、ユイの三人で公園のベンチに座り、屋台のクレープを堪能していた。いちご、ティラミス、プリンとより取り見取りだった。
「ユイさんはどこの所属なんですか? 私はその制服は見たことないのですが」
当然といえば当然だが、武偵高ごとに制服は違う。例えば名古屋女子武偵高校の制服はへそ出しであることが有名な場所だ。学校ごとに特徴があるので、大半は見たら分かるはずだが、志乃は分からなかった。左肩にかかれているエンブレムには『SSS ‐rebel against the god‐』とかかれている。GOD、つまり『神』という単語を使うからには、キリスト教系だろうか?
「私は
「え? ユイちゃん
「はい! 私は純粋な武偵と呼ぶには自分でも違和感がありますからね」
「でも、うちはかなり特殊な組織なんで気にしないでください。民間の武偵企業なんかに就職してるというイメージだと大きく違ってはいないと思いますよ」
「はぁ」
「今回も、依頼か何かで東京に来たとども思っていてください。まぁ依頼なんですけど」
いろいろ気になる所はあるが、二人はスルーすることにした。
変なことがあったとして、武偵にはよくあることだ。
ちょっと変わってたっていちいち反応していられない。していたら疲れるだけだ。
「そういえば依頼はいいの? 待ち合わせ場所とかあるなら案内するけど」
「大丈夫です。私は単なる付き添いですから」
「付き添いですか?」
「私の
「ユイちゃん
あかりに変なSwitchが入った。
「ねえユイちゃん!ユイちゃんの戦姉ってどんな人?」
聞かれた途端。ユイも何かSwitchが入った。
ユイは急に目を輝かせ、口調はまるでファンクラブが語りだすような感じで早口になり、
「えっとー、私の戦姉はまずかなりの美人で大人びているんですけど、本人は全くの自覚がないんですよ」
「美人系! 私の戦姉は可愛い系です!」
「性格の方はかなりの天然が入ってますね。天然というか興味のないことにはかなりの無頓着といいか。着飾ったら絶対綺麗なのに『興味ない』と一蹴して」
「分かる! 分かるよその気持ち!!」
「しかも頭がかなりいいんです! うちはリーダー代理すら頭が悪いという残念な連中なので、いっそう輝いて見えます!」
「学力! やっぱり勉強ができる人には憧れるよね!」
「私なんかよく勉強教えてもらっちゃって……英語とかペッラペラでしゃべれるんですよ!!!」
「私のアリア先輩は帰国子女だから、私にはどこの言語かも把握できないいくつもの言語を簡単につかうんですよ、カッコいいですよねぇ」
「カッコいいといえば、私の大好きなあの人は時間あればギター弾いて歌ってるんですよ!その姿が格好よくて格好よくて!!」
「ひょっとして、ユイちゃんが背負ってるそれってカモフラージュのためのものじゃなくて……」
「正真正銘のギターです!私も始めました!まだまだ下手くそですけどね」
あかりとユイの二人は、憧れの存在が戦姉いるという共通点ゆえかシンクロした。
しばらくの間マシンガントークを繰り広げ、
「ユイちゃん!」
「あかりちゃん!」
即座に意気投合した二人であったが、
「「それに比べて私は……」」
即座に二人して落ち込んだ。
「だ、大丈夫ですよあかりさん! あかりさんは立派な武偵になれますよ!」
先程まで置いてきぼりをくらっていた志乃がフォローする。
フォローをうけた
「……しかし、この辺屋台が多いですね。祭か何かが近いのですか?」
「あ、ユイちゃんは知らないのか。志乃ちゃん、プリント持ってる?」
「持ってますよ」
志乃から差し出されたプリントをユイは見る。
「……5月5日、東京ウォルトランド・花火大会……一足お先に浴衣でスター・イリュージョンを見に行こう……?」
「思えば、大規模な花火大会が近いから祭の雰囲気にあわせて屋台の数が増えてるのかもしれないね。葛西臨海公園もここからだと近いしね」
花火大会、と聞いてユイはしばし考えてみた。
(……花火大会かぁ)
もともとユイは付き添いでこの東京にやってきたのだ。アドシアード当日は素直に武偵オリンピックとまでいわれるイベントを楽しむとしても、アドシアード当日までは特にすることもない。東京に来たのが初めてだったから、東京の観光でもしようかとも考えたが、一人だとやはり味気ない。いくら東京に来たのが今回が初めてだとはいえ、都会に大騒ぎするほどの環境で過ごしてきたわけでもない。
(……一緒に行ってくれるかなぁ)
自身の大好きな存在のことを考え、『興味ない』とか言われそうだと思ったけれど、ここは前向きに考えることにした。何しろ自分の取柄はとにかく『元気』なことなのだ。多少のことでめげるものか。
「私は自分の
「そう? よかったら一緒にと思ってたんだけど」
「あ、あかりさん! 私とも一緒に行きましょうね!!!」
「もちろんだよ志乃ちゃん。ユイちゃんも、困ったことや聞きたいことができたら素直になんでも聞いてね、、もう私たち友達だから」
一緒に行こう。そんな風に誘ってくれる友達ができてうれしい、と素直に感じた。ユイが所属している組織には先輩は多くいるが、同級生などほとんどいなかったから、新鮮な気分になる。
「はい! また機会があったら私が敬愛する人を紹介しますよ!!!」
「あたしも機会があればアリア先輩を紹介してあげるね」
二人は笑いあう。
同じことを考えている友人ができてうれしいのだろう。
三人はメアドを教えあい、また会おうと約束して、
「ユイちゃーん! あたしもあなたも、目標に向かって頑張りましょうねー!!!」
ユイは大きく手を降り、去っていく。
バイバーイ!、と昔からのお友達のような気軽さで。
「あかりさん。うれしそうですね」
「そう?」
あかりの志乃。二人は八つ当たりの被害による不機嫌さから解放させていた。
親友二人は笑いあい、それぞれの目標を再確認する。
「私たちにはそれぞれ目標があって、やらないといけないことが多いけどさ。……まずは花火大会を楽しもうか、志乃ちゃん」
「うん!」
アドシアードの前に、すぐイベントが迫る。
この花火大会は、目標を持つ人たちにとってアドシアードという大会の前の休息になるのだろうか?
『白雪、一緒に花火大会に行くぞ』
それとも、何かが変化する予兆となるイベントになるのだろうか?
前回に姉御が言及した『ユイちゃん』が登場しました。
さて、ユイの戦姉とは誰でしょう? すぐわかると思いますが。