Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission26 来ヶ谷唯湖VS井ノ原真人

 

 

 昼の食堂は賑やかだ。事実、少年、直枝理樹の本日のお昼は静かなお昼だった。謙吾と鈴の三人でとる昼食は慌てる要素など一つもない。なんで落ち着いていられるのか、その理由は分かりきっている。ルームメイトの筋肉が調べ物でちょっくら海外までついて行ったからだ。

でも、静かな昼は今日までになるだろう。

 

「恭介達が帰ってくるのは確か今日だったな」

「もう武偵高には着いている頃じゃない?」

「あのバカ二人は帰って来なくてもいい」

 

 鈴が幼なじみを何だと思っているか不明なことを言うが、反論する前に彼らは声を聞いた。

 

『てめぇっ!謙吾ぉぉおおお――――っ!!』

 

 それは、理樹には聞き慣れた親友の声だった。

 

     ●

 

 外国から帰ってきての第一声。それは、ただいまの挨拶でなく、友人を怒鳴る声だった。

 

「なんだ騒々しい」

 

 謙吾も経験則により慣れているのか、格別大きな対応はしなかった。

 だからルームメイトたる筋肉さんに対し、とりあえずの感じで聞いてみる。

 

「どうしたの?」

「聞け! 実はな」

 

 では、真人の回想スタート!

 

         ●

 

 先日のことだった。単細胞とはいえ学ぶ意欲を(申し訳程度には)有している筋肉、井ノ原真人には分からないことがあった。極寒(ごっかん)という漢字を見て、読み方が分からなかったのだ。

 

「……えーと、これはなんて読むんだ?」

「お前はゴッサムとでも読んでおけ」

「へー。そうなのか。『今年の冬はゴッサムだねぇ』とか言うのか。よし、今年の冬に早速使ってみるぜっ!!」

 

         ●

 

 だが、と真人は憤る。

 

「向こうが予想より寒かったから使ってみたが、全くに伝わらない。だから気になって調べてみたが……こいつはっ!極寒(ごっかん)と読むらしいじゃねえか!」

「ふん。そんな漢字も読めん奴が悪い」

「あぁ?てめぇだって中等部の頃、美術の粘土細工の時間に『鞄』と『靴』を間違えて一人で靴を作ってたことがあっただろうがっ!」

「……何が言いたいんだ?」

 

 真人は、勢いをそのままに宣言する。

 

「てめぇの方がバカだってことだ!」

 

        ●

 

 宮沢謙吾は自分の頭に血が上るのを感じた。

 

(……なんだとう?)

 

 昔から真人とはちょっとしたことですぐに衝動していたが、いつでも正しかったのはどちらかと言えば俺の方だろう。だから、少なくとも、

 

「――――バカに、バカ呼ばわりされる筋合いはないっ」

 

 俺をバカと呼んだことを後悔させてやろう。立ち上がり、真人と向き合う。あわわ、と理樹がうろたえ出したが、心配することはない。安心しろ理樹。すぐに勝負はつく。見ろ、鈴なんて俺の勝利が分かってるから無関心にゼリーを食べているじゃないか。

 

「やる気か。受けてたつぜ」

 

 無言で真人と睨み合う。そんな時だった。

 

「邪魔だバカ」

 

 真人に背後から蹴りを叩き込み、崩れさすことに普通に成功している女が現れたのは。

 真人と言えば筋肉だ。

 その鍛え上げられた筋肉にダメージを与えることは容易ではないのだ。

 強襲科の生徒の一撃すら、格闘戦で真人に勝つには関節技にでも持って行かないと勝機はないだろう。

 それほどの筋肉を平気で吹き飛ばしたその女は、

 

「あ、来ヶ谷さん」

 

 来ヶ谷唯湖。リトルバスターズ新メンバー。

 

「てめぇ来ヶ谷ぁ! 何しやがる!」

「それはこっちのセリフだ。こんな場所で何してやがる」

 

(…………)

 

 来ヶ谷の介入で、場の雰囲気が変わる。つい反射的に対応した謙吾も一息いれることができた。

 だからなのか、

 

「興が冷めたな。ここまでだ」

 

 謙吾は落ち着くことが出来た。いつもの謙吾だ。所詮はバカにバカ呼ばわりされただけ。バカの言うことなど一々聞く意味はなかったと自己完結する。一方でまだ怒っている筋肉は謙吾を逃がさんとしているが、無視しておこう。食事も終わってるし、食堂を一足先に出ていくとしよう。

だが、友人のよしみとして置き土産を残しておこう。

 

「……これは忠告だ。真人、その女を舐めない方がいい」

 

          ●

 

 直枝理樹は自分のチームメイト二人の対立を見て、どうしようかと考える。

 真人と謙吾の喧嘩などいつも通りと言えばいつも通りだからさして気にすることでもないが、

 

(……止めるべきかな?)

 

 真人と謙吾なら二人とも話を聞かない体力バカだから止められるとしたら恭介くらいだ。

 でも真人と来ヶ谷さんの二人なら何とか話し合いには持って行けそうな気もする。

 

「てめぇ来ヶ谷!よくも邪魔しやがったな。謙吾を逃がしちまったじゃねえか」

「それはなんだ?私に喧嘩を売ってるのか?」

「脅してんだよ。お前に売るには喧嘩は勿体ねぇ」

「ほほう。このおねーさんを泣かせられる男などそうはいないぞ。君はどうかな、真人君?」

 

 いけない空気だ、と理樹は思う。来ヶ谷さんがすごい人であることは認めるが、

 

(……来ヶ谷さんって強いの?)

 

 恭介がイギリスに留学していた一時期の間にできた面識の関係で引き込んだという話は聞いている。委員長を勤めていることからもただ者でないことは分かってるが、だからと言って安心する要素にはならない。

 

「オレが勝ったら……今後お前のことをらいらいだにと呼ぶぞ」

「……なんだそれは?」

「二年のクラス分けのときの名簿で来ヶ谷さんの名前の漢字を見て素でそう読んだんだよ」

 

 呆れ顔の来ヶ谷さんに解説する。

 野次馬どものアホだ、というざわめきもあり、空気が穏やかなものに一瞬でChangeした。

 

「オレは己の間違いも、この拳で真実に変えてみせるぜ」

「なら私が勝ったら、ブログにて『本日の井ノ原くん』という貴様の恥ずかしい行為を赤裸々に公開するコーナーを設置してくれよう」

 

 一瞬で笑えない状態にReturnした。

 

「望むところだぜ」

「望まない方がいいと思うよ」

 

 真人の自信がどこから沸いてくるのか理解不能だが、もうどうでもいいかと考えていると、すぐ隣から声がした。

 

「オー。おもしろいことになっているみたいデスね!」

 

 いきなりの声に反応が遅れる。その声の持ち主は、

 

「うわっ!さ、三枝さん。いつからここに?」

「……今?」

「なんで疑問形?」

 

 三枝葉留佳。頭にQuestionMarkを浮かべているのはこちらの方だろうに。とは言え、

 

(……僕が気づかなかった?)

 

 勿論、食堂には多くの人がいるため、三枝さんが食堂に入ってくるのには気づかなかったというのなら分かる。だが、理樹が気づかなかったのは隣の席に座られたことだ。いくら戦闘は専門外だとはいえ、尾行、追跡は探偵科の技術だ。

 

(……そういえば、来ヶ谷さんにも突然背後に回られたことがあったな)

 

 それを考えるひょっとしたら僕がザコなだけなのだろうか?

 もしそうだとしたら何だか悲しくなってきた。

 

「しかし、姉御と真人くんの勝負ですカ」

「止めなくていいの?」

 

 確か三枝さんは来ヶ谷さんのことを『姉御』と呼んで慕っていたはず。

 なら、心配しないのかと思ったが、

 

「え?何で?」

 

 素で聞かれた。

 

「だって来ヶ谷さん、危険じゃない?」

「あ、ひょっとして理樹君は姉御の方を心配をしてる?」

「姉御の……方?」

「はるちんは真人くんの方を心配するべきだと思うのです。だって姉御は――――強いから」

 

           ●

 

 謙吾に忠告されるまでもなく、真人とて来ヶ谷を舐めるつもりはなかったな。

 何しろ恭介が引っ張ってきた女。嘗めてかかれば痛い目を合うのはバカでも分かる。

 

「さて、やるか」

「せいぜい私を楽しませてくれよ、真人君」

「ぬかせ!」

 

 真人も来ヶ谷もリトルバスターズ。なら、決闘方法はやはり、リーダーが決めた方法だろう。つまり、

 

(投げ込まれた武器で、本来の使い方を使って戦うっ!)

 

 前回は武器がうなぎパイになったために敗北したが、今回は違う!

 

「これだっ!」

 

 来ヶ谷さんが野次馬達を煽り、武器が投げ込まれる。

 

(……先手必勝っ!!)

 

 真人は『あおひげ危機一髪!』を手にした。

 

         ●

 

 理樹は己の親友が掴んだ武器を見て、見なかったこととしてもう一方を見た。

 

「オー。流石姉御!運も実力も並ではないですネ!」

「うむ」

 

 来ヶ谷さんが手にしたのは、

 

「……それ、本物?」

「本物を投げるやつはいないさ。模造刀さ。ただ……殴られるととても痛いだろうがな」

 

 あおひげVS模造刀。勝負ありだと思うが、

 

「へっ。上等だぜ」

 

己の親友は不敵に微笑んで見せる。

 

「あーあ。真人君にもまともな武器がきていれば面白い勝負になったのになー。ま、はるちんは姉御がどっちにしろ勝つと思うけど」

「……どこからその自信が湧くの?」

「知らないなら今から分かるよ」

 

 葉留佳が呟いたとほぼ同時、二人が動いた。

 

          ●

 

 真人の取れる戦闘手段はたった一つ。あおひげの本来の使い方。つまり。

 あおひげにおもちゃのナイフを突き刺し、飛び出したあおひげを当てることだけだ。

 

「この武器で不可能を可能にする男の名をほしいままにしてやるぜ!」

「どうやって?」

「不可能を可能にしてだっ!!」

 

 やることは一つ。ゆえに迷わず手にしたおもちゃのナイフを全部あおひげの樽に突き刺すが、

 

(……ん? )

 

 出てこない。

 

「……」

 

 一瞬沈黙が食堂を支配した。

 

「なら、こちらから行かせてもらおう」

 

 来ヶ谷が動く。真人には筋肉というオートガードが働いているが、当たると痛いものは痛い。だが、交わし続けたら向こうの体力はなくなり、あおひげの一撃も当たりやすくなる。だからまずはせまりくる来ヶ谷の刀の打撃を交わし続けようと思ったが、

 

「……ん?」

 

トラブルが発生した。敵を見失った。来ヶ谷は正面にいたはずだ。常識的に考えて見失うはずがないのに。

 

「こっちだよバカ」

「っ!!」

 

 本能的な危機を感じた筋肉は即断の反応で数歩前に出た。来ヶ谷がさっきまでいたはずのスペースは空いている。そこに転がり込んで逃げ込んだ。

 

(いつ後ろに回り込まれた!?)

 

 疑問にはするが考えている暇はない。

 

「まだまだ。行くぞ」

 

 一撃目は回避した。でも、二撃目は回避できない。追い込まれた筋肉さんではあるが、

 

(……昔恭介にやらされて散々練習したんだよ!)

 

 回避できないならできないですることがある。

 

「――――ふん!」

 

 真剣白羽取りだ。理樹から遠山が最近白羽取りの特訓をしていると聞いたが、真人は昔随分と練習したから動きは自然と身についている。第一、真人のライバルは謙吾なのだ。いくら来ヶ谷の動きが素早く、対処できていないとはいえ、

 

(謙吾の一撃に比べればたいしたことはない!)

 

 今の姿勢で白羽取りに成功している以上、次もやろうと思えば出来ないことはないと思う。とある事情で特訓に特訓を重ねた技だ。動きは忘れはしない。だから真人は負けることはないと核心し、宣言する。

 

「お前の攻撃はこのオレには通用しねぇ。お前の体力とオレの体力。どっちが続くかは分かってるよな。手加減できるかはわからねぇ。降参するなら今のうちだぞ来ヶ谷」

「ここの期に及んで手加減とは片腹痛し。貴様こそ、泣いて喚いて哀願すれば許してやらんこともないぞ」

 

 よく言った、と真人は思った。オレのチームメイトならば、これくらいのことは言えるべきだとも。

 だから、真人も全力で応じてやるのが礼儀だとも。

 

「へっ。悪いがお前の勝ちはない。なぜなら、お前は今このオレの最後のリミッターを外しちまったのさ。――――今、このオレの怒りが有頂天に達したぁ!」

 言ってやった。

 

「頂点だよ真人」

「頂点に達したぁ!」

 

 言い直してやった。

 

「……分かったから君は有頂天でひゃっほうとでもやってろバカ」

 

 ものすごい勢いでバカにされている気もするが、気にしないでおこう。

 今大事なのは、

 

「くらいやがれっ!このオレの怒りを込めたあおひげの一撃をっ!!」

「……何万発当てるつもりだ?」

「勝つまでだ!」

 

 勝つまでオレを止めることは出来はしない。

 根性で負けるはずがないし、後は時間の勝負だなと考えて余裕の笑みを真人は浮かべた。

 勝ち誇った笑みとともにあおひげを放つ真人であったが、

 

「……私がリトルバスターズに入ったのはバカをやるためでもあったんだが――――正直付き合ってられん」

 

 来ヶ谷はこともあろうに飛んできたあおひげを模造刀で遠くに弾き飛ばした。

 カーン!という綺麗な音がする。

 

「Nooooo――――!なんてことしやがる!あれ一個しかねぇんだぞ!」

 

 さっきまで勝者の笑みを浮かべていた男とは思えないくらいうろたえた筋肉さんは四つん這いモードに変形してサーチを開始した。

 

「あおひげよー!お前の帰る場所はここしたないんだぞー。帰ってこーい!!」

 

          ●

 

 理樹や鈴、葉留佳といった見物人達はコメントに困っていた。

 

「あおひげよー。どこだー。オレにはお前が必要なんだー!」

 

 彼らが見ているのはあおひげを四つん這いで血眼になって探す筋肉さんと、筋肉さんを後ろから模造刀でズバズバ攻撃している姉御の姿だった。シュールだ。そしてなんと言っても、

 

「「「哀れだ」」」

 

 それ以外の感想が出てこない。あえて言うとしたら、

 

「タフだね真人」

「あのバカはそれだけが取り柄だからな」

「それでも異常なんじゃない?」

 

          ●

 

 姉御こと来ヶ谷唯湖もなんだか面倒くさくなってきた。1番嫌いな言葉は『努力』で次に嫌いな言葉は『責任』であると普段から公言する彼女である。当然、『面倒』も嫌いな言葉に入る。模造刀は切れないとはいえ当たると痛いことには変わりない。にも関わらず、

 

「あおひげよー! オレを置いていくなんてあんまりじゃないかー!オレ達は一蓮托生で来ヶ谷を倒すと誓った仲じゃないかー!!」

 

今もとりあえず模造刀をぶつけてみるがびくともしていない。理由は単純で、真人がキチガイじみた体力バカということだ。

 

(……模造刀なんかでは無理か)

 

もちろん本気でやろうと思えば今よりも強烈な一撃を放てるだろう。だが、それをすると模造刀は折れてしまう。比較的折れやすい模造刀での攻撃はこれが限界だ。それで勝ったとしての刀が折れたならそれはそれでなんだか負けなような気がする。

 

(……状況的には私が勝ったと思うんだけどなぁ。いつの間にか体力勝負になってるなぁ)

 

 もうめんどくさくなってきた。

 

「……いつまで続ける?」

「オレが勝つまでだ!」

「ならが、楽しいお仕置きタイムといこうか」

 

 来ヶ谷は蹴りをぶち込んだ。遠慮も容赦もなかった。

 

       ●

 

 模造刀での攻撃ではびくともしなかった真人ではあるが、蹴りを入れられたらDownした。

 

「真人!真人!! 大丈夫!?」

「……筋肉……いぇいいぇーーい」

 

 返事がある。ただの筋肉さんのようだ。

 真人をただの筋肉さんにした張本人はというと、

 

「おっと。武器以外の攻撃は禁止だったな。私の負けだよ真人くん」

 

 そう言うと去っていった。姉御ー、待ってくださいヨー、と三枝さんが来ヶ谷さんを追いかけていったため、無関心と鈴と筋肉さんの親友の理樹だけが取り残された。

 

「真人の勝ちだって」

「……畜生っ! あれだけ虚仮(こけ)にされてオレの勝ちのわけあるか」

 

 床に倒れている真人に対し、なんて声をかけるか迷っていると、不意打ち的に声をかけられた。

 

「みーつけたっ!」

 

 それは、気が抜けるほどのんびりした声だった。その声の持ち主は、クラスメイトの

 

「神北さん?」

「探したよ。でも騒ぎがあったから見つけやすかったよ」

 

 理樹の所属する二年Fクラスの良心、神北小毬さんだ。

 

「前に頼まれてたやつあったでしょ?私、それ、やるよ」

「アドシアードでの仕事?」

「うん」

 

 日だまりの様な笑顔だった。

 

「メンバーってどうなってるの?」

「恭介をリーダーに、僕と真人に謙吾、そして鈴と来ヶ谷さん」

 

 神北さんはすぐに鈴の方を向いた。満面の笑顔に人見知りは恐怖し逃げ出そうとしたが、神北さんが詰め寄る方が早かった。

 

「棗さんもメンバーなんだね!一緒にガンバロー!」

「ぇ……ぁ……」

 

 鈴の手を握り、やる気を見せる神北さんと人見知りで縮こまる鈴の二人は対照的だった。

 

「とりあえず、仕事頼んでいい?」

「うん。何でもいいよ〜」

 

 せっかくなら、最初にやって欲しいことは、

 

「……きん……に……」

 

 とりあえずは、真人の手当を手伝って貰おう。おもにメンタルケアを。

 




そういうわけで、小毬ちゃんもアドシアードまでは仲間になります。
今のところは来ヶ谷とは違い、リトルバスターズの正式メンバーではなく、アドシアード終了までの臨時雇用です。アドシアードが終わってからどうするかは、また楽しみにしていて下さい。

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