星伽白雪が探偵科寮にやってきた!その日の夜は、どちらがキンジのプライベートルーム(二人部屋)で眠るかまたしても喧嘩になるという安心と信頼の騒動があったものの、結局はアリアと白雪の二人が使うことになった。ちなみにキンジはというと、寝袋を用意して風呂場で寝た。キンちゃん様にそんなことさせられません!とか言っていた白雪も、キンジが『寝ろ!』と命令したらアリアに殺気を放ちながらも渋々従った。そんな愉快な夜も明け、朝の5時半過ぎにはすでに心地好い陽射しが飛び込んでいる。日々の習慣でこんな朝早くの時間に起きた白雪は、
(……朝ごはんを作らないと)
すっかり若奥様気分で朝食準備にかかろうとする。とは言え白雪はつらいとは思わない。むしろいつもよりも楽だ。いつもは料理を用意して朝7時にキンジのもとに行き、一緒に朝食を食べるなんてことをしていたのだ。移動がないだけ楽といえる。(アリアを抜いて)四人前作るのも、一人分調理するのと大差はない。朝のメニューは何にしようかな、とか考えつつリビングに出た白雪は、自分の他にも起きている人がいることに驚いた。その人はリビングの席にて、コーヒーを入れていた。
「謙吾くん、おはようございます」
「星伽か。おはよう」
謙吾だ。
●
「ついでだ。星伽の分も入れておこう」
「あ、ありがとう」
感謝の言葉を口にしつつも、白雪は戸惑いがあった。
「謙吾くんはいつもこんな時間に起きてるの?」
「今日はたまたまだな。真人の布団で寝るのがいやだったからわざわざ一式持ってきたはいいが、環境が変わったせいか早く起きた」
鈴ほどではないにしろ、白雪にも人見知りの部分がある。
そんな白雪が謙吾のことを『謙吾くん』と呼ぶのには、やはりそれなりの理由があるのだ。
つまり、二人は昔からの知り合いにあたる。
白雪の実家な星伽神社と謙吾の実家の宮澤道場は親戚なのだ。
宮澤家は星伽の分家の一つ、というと、わかりやすいかもしれない。
(……えーと……)
だが、幼いころに何回か家の都合で会ったことがあるという程度の関係しか持たないゆえ、キンジのように白雪にとっては『幼なじみ』どころか『友人』と言えるかどうかすら危うい。だから思うのは、
(……何を話せばいいんだろう)
家の事情は知られてはいるものの面識が中途半端なのだ。だったら何を話せばいいのか分からないのも仕方のないことだろ。どうしようかと考える白雪とは別に、謙吾の方ははさして気にした様子もなく、
「ほら」
コーヒーを差し出してくれた。温かかった。
「うまいか?」
「うん」
「俺が相手だからって『星伽』のことなんか気にしなくていいさ」
「いいの?」
「巫女は人を斬れないんはずなんだが……この部屋の状況を見たら今更じゃないか?」
そうかも、て白雪は苦笑いする。その様子を見た謙吾も微笑んだ。
「どうしたの?」
「星伽は神崎と仲いいんだなと思ってな」
白雪は何を言われたのかが理解できなかった。だけど反応は反射的に、
「悪口はいいたくないんだけど……アリアってうざい。キンちゃんのことだって何も分かってないし……キンちゃんに失礼な態度ばらりとって……私はキライっ!」
「……本当にそうか?俺には生き生きとしているように見えたが」
白雪の言葉にも、謙吾は平然と返す。
お前はそうは思ってないだろ、と。
「俺は真人といつもちょっとしたことですぐ喧嘩ばかりしているが――――嫌いではないんだ」
「……」
「だからかもしれないが、喧嘩ばかりしていることが仲が悪い証拠だとは思えない」
「……確かに、謙吾ちゃんと井ノ原くんは仲が悪そうには見えないけど……」
「俺にはお前らもそう見えている」
謙吾の発言を受けて、白雪はそうかもしれないと思っていた。
確かに、私とキンちゃんの世界に銃弾のように真っすぐに踏み込んできたアリアはすごいと思う。
しかも、自身の全力をもってしても一歩も引かなかった。でも、だからこそ、
(……キンちゃんを取られたくはない)
アリアが魅力的なのは分かってる。
キンちゃんのチームメイトとしてこれから絆を深めていくのだろう。
(……幼なじみ……か……)
自分とのつながりを考えてみる。チームメイトと幼なじみ。
彼にとってはなにか違うものなのだろうか?
「ねぇ謙吾くん。幼なじみってどう思う?」
●
宮沢謙吾は聞かれたことの意味が理解出来なかった。
だから聞き返す。
「何が聞きたいんだ?」
「ほら、人間関係にもいろいろあるでしょう? 友達、幼なじみ、恋人、夫婦、家族。幼なじみってどんな存在なのかなって。キンちゃんの中で私はどんな存在なのかなって」
(……どんな存在なのか、か)
自分の場合はどうだろう?
謙吾は自身の幼なじみのことを考えてみる。
真人、理樹、鈴、そして恭介。リトルバスターズ。
理樹は家族だと思ってると言っていた。なら俺は?
最近メンバーになった来ヶ谷はあいつらと何が違う?
すぐに答えは出なかった。
「星伽にとって遠山はどんな存在だ?」
「キンちゃんは私のヒーローだよ」
とりあえず聞いてみた感想は、まぁそんなだろうな、というものだった。
「キンちゃんは昔から私のことを知っていてくれて。それが私にはとっても幸せ。星伽神社から出たことがなかった頃のことから、ぜんぶぜんぶ、覚える」
「小学生の時に父に連れられて星伽神社に行った際、星伽が話すことは全部遠山のことだったからな。今更聞かなくても覚えてる」
「そうだっけ?」
「『キンちゃんが花火大会に連れていってくれた』とかよく話してくれた。人に話すということはよほど嬉しかったんだろうなっ思って俺は聞いていたからな」
小学生のころに聞かされたのは仲良しの友達の話。神社から出てはいけないという決まりゆえに外の世界を知らない女の子を外の世界に連れ出してくれた男の子の話。
「楽しかったんだろ? 嬉しかったんだろ?そんな思い出は忘れるものじゃない。それだけじゃ不満か?」「そんなことないよ」
「ならいいじゃないか。そんなことで悩むのは」
そうかな、と考えている人を励ますように謙吾はこう言った。
「ほら、なら遠山のためにうまい朝ごはんでも作ってやれ。昨日の晩飯の時に分かったが、俺には全く分からないが、星伽はあいつの好物は知ってるようだからな」
うん!と白雪はコーヒーを飲みきり、エプロンを装備した。
●
白雪がキンジの部屋に来て数日がたった。
だが魔剣は今日も現れない。アリアの努力は空回りする一方だ。
『魔剣はあたしのママに冤罪を着せている敵の一人なの。迎撃できればママの刑が残り635年まで減らせるし、うまくすれば高裁への
と、アリアは言っていた。魔剣とは超偵ばかりを狙う誘拐犯だがその存在が疑われている都市伝説みたいな存在であるが、アリアにとって魔剣とは単なる都市伝説では済まされない。最近のアリアは魔剣の情報収集に勤しんでいるが、頼ろうとした数少ない友人が別件で忙しくて頼れない状況ゆえに自身であちこち動かざるをえなかったらしい。しかし、アリアの相棒たる少年、遠山キンジはというと、
(……魔剣が実在するとは思えないんだよなぁ)
アドシアード準備委員会の末席にて、することもないからそんなことを考えていた。
アドシアード準備委員会は国の組織の『委員会連合』と開催場所の『東京武偵高生徒会』のメンバーでほぼ構成されている。白雪は東京武偵高生徒会長ゆえ、準備委員会の長とも言える。勿論、キンジがここにいるのは白雪のボディーガードのためだ。
(……早く終わらないかな)
実際の所、委員会連合からはなんの介入もないため、会議は生徒会のメンバーだけで進んでいた。
来賓扱いでPlateが置かれている『風紀委員長』『放送委員長』『整備委員長』の三つの席は実際空席だし。大丈夫かこの学校?
「星伽先輩は美人だし、報道陣も好印象を持つと思います」
「あたしもそうおもうなー。武偵高、しいては武偵全体のイメージアップにつながるよ」
「今回なアル=カタの振り付けを考えたのも星伽さんですし、自分でもやったらどうですか?」
「は、はい。でも私はその――あくまで裏方で貢献させてください」
何でもいいから早く終わって欲しい。
「――では今日はこんな時間ですし、これにて会議を終了します」
そんな思いが以心伝心したのか会議は終了した。
アクビをするといい危機感0の行動を取りつつも、キンジは席を立つ。
「じゃあ、行こうか白雪」
●
夕焼けの道を白雪と並んでキンジは歩いていた。
会議をやっていたクラブハウスから男子寮は近い。
「きょ、今日はキンちゃんが見ていたから緊張しちゃった。私……どうだった?」
「みんなに信頼されてるんだな。いいんじゃないか?」
「……キキンちゃんに……ほ……ほめ……ほめられちゃった」
下級生から信頼されていた生徒会長は顔を染めていたら電柱に激突した。
「そういやお前、チアには出ないのか?」
「チアはもっと明るくかわいい女の子が……」
「チアなんか、やってるときだけ明るい演技すればいいさ」
「でも……」
「魔剣にビビってるのか?そんなもん、実在しないさ」
「分かってるよ。だけど……でも、ダメなの」
なんで?とキンジは聞いた。
どうせまた自分を卑下する悪い癖だろうな、と思っていたら、意外な答えが反ってきた。
「――――星伽に怒られちゃうから」
(……実家の星伽神社のことか?確かにあそこが白雪にいろいろ制約をつけているのは知ってるが)
「私は神社と学校以外には許可なく出ちゃいけないの。勿論義務教育とかもあるけど、それも最低限しかダメなの」
「どういうことだ?」
人権侵害じゃないのか、それ。
「星伽の巫女は
まるで独り言のようだった。
「でも、お前はいまこの東京武偵高に通ってるじゃないか。そんな習わし、守ることはない。なにいい子ぶってんだ」
「……」
「白雪?」
白雪はしょぼん、と視線を落としていた。
「私は小学校も中学高も由緒ある
「自信?」
「私は何も知らないから。テレビも、音楽も、流行も。……みんなとは理解しあえないの」
私はそもそも生きる世界が違うから、といわんばかりの白雪に、何とか反論しなければ、と思った。
「……宮沢がお前の親戚とか言ってたな」
「……」
「あいつもお前と同じ環境なのか?あいつが……あいつらがお前と同じことを考えているとは思えないんだが」
「……謙吾くんも昔はそうだったよ」
昔は。なら、
「なら、あいつは自分のやりたいようにやってるってことだろ。白雪も自分のやりたいことをやれないわけじゃないはずだ」
でも、白雪は首を横に振る。
「何があったのかはよく知らないけど、謙吾くんはちょっとだけ特別なだけ。キンちゃん、キンちゃんには信じられないかもしれないけど、魔術を受け継ぐ家系では私みたいのが一般的なんだよ。学校にも行かず、一族の秘宝を守りつづける存在なんて、キンちゃんが知らないだけで山ほどいる」
「白雪……」
「学校に行かせてもらえただけ私は幸せなの。それに、私にはキンちゃんがいる。キンちゃんが私のことを理解してくれる。本当の私を知り、いつも通りに接してくれる。だから、私には抱えきれないくらいの幸せをもう貰ってるの」
●
白雪の言葉を聞いたキンジは何も言えなかった。
(……白雪、お前)
思いはした。けど言えなかった。
(……お前それじゃ、あの頃と同じじゃないか)
兄さんが星伽巫女たちのことを哀れんでこう呼んでいた。
『かごのとり』、と。こんなに星伽神社からは離れていても、
(お前まだ、かごのとり、なのかよ)
でも、とキンジは考えてみる。白雪は宮沢もかつては自分と同じだったと言った。
『謙吾くんはちょっとだけ特別なだけ』
もしあいつも白雪と同じ『かごのとり』だったなら。
誰かがあいつを救って『かごのとり』から脱却したならば、
(俺にも、白雪を救うことができるのだろうか?)
白雪の友人として、幼なじみとして。
自分に何ができるかな、と彼は考えていた。