少年、直枝理樹は屋上でタンクの下の空間になぜかいた女の子と出会った。
理樹はお星様のリボンを二つつけているこの女の子を知っている。
「……えっと……とりあえず大丈夫?」
「その声は……なおえ……くん?」
神北小毬。理樹のクラスメイトだ。
小毬は先程頭を打ったからか涙目で声も震えている。
「ちょっと待ってくださいねー。今出てきますから」
小毬はなんとか出てこようとしたが、
「どうしたの?」
「困りました!出られません!」
「へ?」
「直枝くん引っ張って――」
筋肉の活きるときがきた。フン!と引っ張るがびくともしない。
(何か挟まってるなこりゃ)
そうでないと彼の筋肉は見かけ倒しだということになる。
何が引っかかっているか原因を理樹は確認してしばし無言になり、
「スカートが引っかかってるよ」
直後。バカは女の子に悲鳴を出させてしまった。
●
あうぅうぅ、とスカートを押さえながらも神北小毬は給水タンクからの脱出に成功した。
脱出したのはいいが、
(……見られたかなぁ?)
パンツを見られた危険性がある。だから、
「……アリクイ?」
「あ、あれアリクイなんだ。アルマジロかと思ったよ」
「うわぁーん。み、見られたー!」
パンツを見られたけとが確定した。
(大丈夫! まだ許容範囲だよ!)
だが隣の男の子は平然と、おそらくはフォローのつもりで、
「大丈夫!可愛いかったから」
「うわーん!もうお嫁もらえない」
「大丈夫!いざとなったら女装するから!」
「直枝くんは変わった人なんだね」
小毬はアハハと苦笑いして、
「直枝くんに迷惑かけるわけにはいかないし、頑張っていいお婿さんもらうよ」」
言っててなんか恥ずかしい。こういう時の対処法は……そうだ、あれがある。
小毬はパンツを見た相手をまず指差して、
「よし! 見なかったことにしよう。オッケー?」
「オ、オッケー」
今度は自分を指差して、
「見られなかったことにしよう。これで万事解決だね」
「解決なの?」
「うん。だから直枝くん」これからはお菓子タイムGOなのです」
●
「せっかくなので、ワッフルをどうぞ〜。お茶もあるよ」
「ありがとう」
直枝理樹はなんとか変態にならずに済んだと一安心していた。クラスメイト達が変態の集まりと化して逃げてきたのに彼も変態の仲間入りしたらなんだか負けたような気分になる。あいつらと一緒に『変態』として一くくりされたくはない。
(神北さんが優しい人でよかった)
鈴なら問答無用で蹴りをしかけてくるだろう。
来ヶ谷さんから脅迫してきそうだ。
アリアさんなら命はないだろう。
二木さん? 彼女は考えたくもないね。
「そういえば聞いたよ直枝くん」
「何を?」
「ハイジャックを解決したんだってね」
「ああ、それ?」
「私はあの時武偵高の外に出ていて駆け付けられなくてごめんね。バスジャックが起きた時までは武偵高にはいたんだけど……」
どうやら一連のことは聞いたらしい。
(それにしてもいい子だなぁ……)
ホント、村上くんたちとは大違いだ。あいつら駆け付けなかったし。
「……」
「ど、どどどどうしたの直枝君!? 無言で涙なんか流して」
「クラスメイトが……まともだっ」
「それは泣くことなの!?」
優しい神北さんには僕の気持ちなど分かるまい。
彼女にはFクラスの狂気にさらされないでほしい。
「えーと、甘いもの食べて元気だそ」
「……うん」
理樹は手にしたワッフルを一口食べ、おいしいと口にした。
「えへへ。ちょっとは元気が出たね」
「……そうかな?」
「うん!甘いものを食べるとちょっとだけ幸せな気持ちになれるよね。だから甘いものは偉大なのです」
「そうかも」
涙もろいバカは「元気だそ、ゆー」という言葉を受けてちょっとだけ元気になった気がした。
ちょっとだけ元気になったバカの様子を見て、小毬も幸せそうに笑う。
「誰かが幸せになると、こっちもなんだか幸せな気分になるよね」
「嬉しそうだね、神北さん」
「うん!あなたが幸せだと、私も幸せ。私が幸せだと、皆も幸せ。ずっとずっと回ってほら、幸せスパイラル」
(……幸せスパイラル……か)
そんな考え方を持てる人は今の世の中にはそうはいないだろう。
「ところで直枝君は何しに屋上に来たの?」
「それは……現実から目を背けに、かな?」
でも、
「でも、神北さんと話したらなんだか元気が出たよ。ありがとう」
「えへへ。こちらこそありがとう」
ありがとうの礼にありがとうを返す。それは素敵なものに思えた。
「直枝君とこうして話すのは初めてかもしれないね。クラスは一緒だけどいつも直枝君は井ノ原くんたちといるから」
「幼なじみだしね。そういえば神北さんって依頼を受けることが多いよね? 普段教室にいないような気がするんだけど……」
「ほら、私は衛生科だから」
武偵活動の現場における、医療・救助活動を習得する学科だ。
つまり、
(――――意外なところで候補者発見っ!)
理樹の人探しの候補者だ。
クラスメイトが非常に残念な以上、彼女がダメならクラスメイト達は全滅だ。
「か、神北さんっ!」
「な、なに!?」
急な大声にびっくりしたほんわか少女に、バカは聞いた。
「アドシアード当日って仕事ある?」
「アドシアード? うーん、どうだろ?まだわかんないや。私は武偵高に帰ってきたのがついこの間だし」
来ヶ谷唯湖は視聴覚室に集まったのは「依頼でそもそもいない人物を除いた全員」だといっていた。だから小毬は視聴覚室におらず、屋上でのんびりしていたのだろう。そして、アドシアード当日は全員何かしらの仕事をする義務があるが、それすら分からない、と。
「どうして?」
「僕のチームがアドシアード当日の事件対処チームとして行動するんだけど、医療技術がある人が欲しいっていう話になったんだよ」
「そうなんだ。でもごめんね。私がやれたらいいんだけどすぐには返事出来ないや」
「いや、気にしないで」
アドシアード当日の予定が空いているのならこのFクラスの狂気に染まっていない優しい女の子に頼ろうと理樹は考えていると、屋上に来る新たな人物がいた。
「ここにいたのか、理樹」
謙吾だ。謙吾を見て思い出すのは、
「あ、しまった!星伽さんの引っ越し手伝いがあるんだった!ゴメン謙吾。忘れてたよ」
「手伝ってくれと言ってきたやつが忘れるんじゃない。まあいい。早く行くぞ」
うん、とバカはすぐに返事をして、
「じゃあ、またね神北さん」
「うん。直枝君も宮沢君も頑張ってね〜」
挨拶をしてDashした。
●
武偵は金さえもらえば何でもやる何でも屋である。何でもやるから武偵の違法行為というものが現実には存在し、ゆえに風紀委員会が組織されたのであるが、武偵の仕事にもPopularという仕事がある。ボディーガードだ。大抵は護衛対象の家に住み込みで行われるが、護衛対象の強い希望により、逆に護衛対象がやってくるという事態が発生していた。そして、今は絶賛引っ越し中だ。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ!」
「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
そして、本来の部屋の主たる直枝理樹と本日からの住居者星伽白雪は互いに見事な姿勢でのお辞儀を繰り出していた。
「こ、これはつまらないものですがっ!」
「お、ありがたく頂きます」
理樹と星伽の二人が典型的謙遜日本人の平和な会話を繰り広げているのを見て、まるで理樹は大家さんだな、とか謙吾は思う。
「理樹。とりあえず星伽に部屋の説明をしておいたらどうだ」
「そうだね」
理樹は立ち上がり、白雪はついていく。
「星伽さんは知ってると思うけど、この探偵科の四人部屋は元々僕と真人の二人で使ってたんだ」
「キンちゃんから聞いてるよ。確かキンちゃんが強襲科から探偵科へ転科するときに受け入れてくれたのが直枝君と井ノ原君だって」
「まぁそうだね。だけどこの部屋は元々僕と真人には広すぎたから、四人部屋をReformして二人部屋が二つ、という配置になってるんだ」
例えば、と理樹は自身の部屋を見せる。
二段ベッド一つと勉強机二つとみかん箱があった。
「こんな感じの部屋が二つあって、それ以外は誰でも使える大広間としてるんだ。いわばここはプライベートルームみたいなものかな?」
「あの、直枝君。リフォームしたなら私はどこに住めばいいの?」
「ん?遠山君のプライベートルームだけど」
!!と白雪は迅速なるを反応した。
「プライベートルームは厳密な部屋の持ち主としてるから、この僕と真人の部屋には遠山君は入らない。同様に星伽さんが探偵科寮で暮らすのは遠山君の都合だから遠山君のプライベートルームについてる二段ベッドで寝てほしい。ダメだった?」
白雪は固まった。
「数日後真人が仕事から帰ってくると思うけど、僕も真人も星伽さんが泊まる部屋には入らないから安心して」
白雪は硬直からとけて、天国だと言わんばかりに、
『キンちゃんと私の二人のプライベートルーム』
『直枝君と井ノ原君の邪魔は全く入らない』
『これは神様が与えてくれたチャンス……』
と呟いた。
「理樹。遠山の部屋は確か……」
「あ、そうだった」
謙吾に言われて何かを思い出した根本的なバカは爆弾発言を平然とする。
「今あの部屋にはアリアさんが住み着いているんだった」
「!?」
「でもこれは遠山君と星伽さんの問題だから星伽さんの方でどうするか交渉しておいてね」
「は、はい!分かりましたっ!」
白雪は荷物から日本刀を取り出しつつ、理樹に寒気がするくらいの満面の感謝の笑みを浮かべながら頷いた。そして言う。
「それじゃ、今からアリアと交渉してくるね!!」
●
星伽白雪の護衛を担当することになったSランク武偵、神崎・H・アリアは魔剣対策に向けて部屋の要塞化を行っている最中だった。その最中のことだ。護衛対象の巫女が目を充血させて刀を振りかざして突進してきたのは。
「な、何すんのよ白雪っ!!」
「アリアなんか天誅に遭えばいいんだっ! そしたら私とキンちゃんは二人だけで暮らして行けるっ!」
「また頭が狂ったのっ!?」
『お、五千円で買った花瓶が割れた、七千円で請求しよう』とか言って被害を呑気にメモしているバカを無視して、アリアはついに覚悟を決めた。
「来るならかかって来なさいっ!受けて立つわ!」
●
遠山キンジが部屋に帰ってきたのは夕方近くだった。アドシアードでは武藤、不知火といった友人たちとバンドを組むことになっていたため、その練習があったからだ。帰り道に武藤に『星伽さんがお前の部屋に住むとはどういうことだ!?』と突っ掛かって来るのを回避していたら意外と遅くなってしまった。
(……帰って来ちゃったよ。嫌だなぁ)
今は自室は安全地域ではない。ただいま、と言って部屋に入ったキンジが見たのは壮大に破壊されたリビングだった。下駄箱なんかガムテープで補強されている。
「あ、お帰り遠山君」
「直枝。またアリアと白雪が揉めたのか?」
「うん。そしてこれが今回の被害総額ね」
ルームメイトに当然とばかりに手渡されたのは請求書。
「……これ」
「ヨ・ロ・シ・クッ!」
バカは満面の笑顔だった。
『おーい理樹!夕飯が出来たぞー!』
悲惨なことになっているであろうリビングから声が聞こえてきた。
借金が増えて泣きたい気分のキンジに理樹は何一つ気にした様子もなく、
「謙吾も呼んでるし、夕飯食べよ。今日は星伽さんが腕によりをかけて作ってくれたんだよ」
リビングには中華料理の皿がズラリと並んでいた。
カニチャーハンにエビチリなミニラーメンといった中華メニューのオンパレードだ。
「まだあるの? 食事運ぶの手伝おうか?」
「直枝君も謙吾君も座ってて」
理樹は白雪の手伝いを買って出るが拒否された。
(しかし、すごいメニューだな)
見れば、制服エプロン星伽さんはお盆にジャスミンティーも運んで来て、そしたらようやく席に座った。これで理樹、謙吾、キンジ、アリア、そして白雪の五人が全員テーブルについたことになる。
「さ、食べて食べて。全部キンちゃんのために作ったんだよ」
「何かごめんね。遠山君のために作ったのに僕らまでご馳走になって……」
「そうだな。俺なんて理樹とは違いこの部屋の住人ですらないのにな」
「直枝君も謙吾君も引っ越しの手伝いをしてくれたからそのお礼だよ。ありがとう」
なんか申し訳ない気分になっていた理樹と謙吾の二人であったが、そう言ってもらえるとうれしい。
「「「いただきまーす」」」
野郎三名で合掌し、白雪の料理に手をつける。普通に美味しい。
「お、美味しいですか?ですか?」
「うまいよ」
「……うれしい。あなた……」
白雪はキンジの『うまい』発言により幸せの絶頂とばかり頬を緩めるが、対称的にヒクヒクこめかみを震わせる人物がいた。アリアだ。
「……で?なんであたしの席には食器すらないのかしら?」
アリアの席にはなに一つとして置かれていなかった。
ちなみに野郎たちは無視して最高の料理を食べつづけている。
「アリアはこれ」
あ、忘れてた、と大袈裟なReactionをした制服エプロンは白飯を出した。ワリバシが刺さってる。
「なんでよ!」
しかもワリバシは割られてすらいない。
「文句があるならボディーガードは解任します」
「下手に出てやればっ!」
「喧嘩なら受けて立つよ。私、まだ切り札を隠してたもん」
「あ、あたしだって二枚隠してたわっ」
「私は三枚隠してましたっ」
「いっぱい!!」
不毛なやり取りが女同士で行われている間、男どもはというと呑気に料理を食べつづけていた。
平和な光景ですねぇ。