謙吾が地味にピコピコと撃ってくる銀玉は、遠山キンジの団扇によってガードされる。
どうやらキンジは自分自身の防御に全力を注ぐ方針らしい。(理由がやる気がなさそうであるということは、この際伏せておく)
(……けど、十分だっ!!)
直枝理樹にとってこの勝負の最大の目的は真人と謙吾の喧嘩を止めることだ。
ゆえに、真人を止めることができるのならば十分といえるだけの結果だということができる。
「ニャー!」
ひっかく攻撃!
猫の攻撃範囲などたかが知れている。真人は両腕で猫をつかんでいるため、無防備だ。
このタイミングを逃さず、理樹は手に持った防弾仕様の爪切りでーーーー
「って、爪切りで勝てるわけがないじゃないか僕のバカぁ!」
理樹は思わず膝から崩れ落ちる。よく考えたら爪きりで戦えるはずがない。
(刃物は刃物だけさ……防弾爪切りっていつ使うんだろう?)
「「……理樹(直枝)」」
すでに頭が冷えているように見える謙吾と遠山君の視線が痛いと理樹は思った。
とりあえず、理樹は爪切りでできそうなことを考えてみることにする。こうなったら真人を深爪にしてやろうか。深爪は痛いぞ。しばらく何かの拍子にのたうち回ることになるかもしれない。
「こうなったら、爪切りでもやってやろうじゃないか!真人の筋肉が相手である以上、素手よりは遥かにましなはずだ!」
「こい。理樹」
「いくよ真人!!」
「来い。親友同士、正々堂々と勝負だ。おおおおおおーーーーーーー」
二人のバカの大声が食堂に響いた。
謙吾とキンジの二人は、バカ二名に対して呆れはてた視線を向けていた。
●
「こらあああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー」
野次馬の歓声を引き裂くように響く怒声が響く。今の状況に割って入り、こんな大声を出せる人物など理樹は一人しか知らない。事実、理樹と真人という愚か者二名はこの怒声を聞いて動きを止めていた。
「おお!我らが鈴様のご登場だ!」
野次馬が一気に湧き上がる。
その女子は、恭介の妹で
「よわいものいじめは、めっだ!」
「弱い者? 分かってないな鈴。プライドをかけた勝負に、弱い者も強いものもない」
「その通りだよ鈴。今真人と親友同士いいところなんだから邪魔しないでよ」
真人のいうことは正しい。少なくとも理樹はそう思っている。
神聖なる決闘の結果をもってきまった結末に文句を言える人間なんていないはずなのだ。理樹は真人とアイコンタクトを交わすと、彼自身が望んでいた返答が戻ってくる。
(……真人)
(安心しろ、理樹。オレは充分理解している)
真人を分かっている。笑っているのは、この勝負を楽しんでいるからこそだろう。
男同士の間の友情というものを鈴に邪魔される前に、一瞬で決着をつける。それこそ理樹と真人が互いに異論はない答え。
互いに視線で牽制しあい、最良の時を見計らって。
会場が勝負を見守るためか、静寂に包まれる。(今が朝3時すぎであり、うるさい方がおかしいことはこの際忘れておく)
----------サクッ-----------
「「!」」
静まり返った会場は小さな音すら響く。
たとえ、だれかがカロリーメイトを食べた音でさえも。
その音をきっかけに、状況は動いた。行動開始はこの後の動き次第ーーー!
ニャー(真人の猫がひっかく攻撃をくりだす音)
カチャ(攻撃をかわしネコの爪に、爪切りをセットした音)
ニャーーーーーーーーー!(ネコが凶暴化した音)
バタバタバタバタ(理樹と真人が二人して『乱れひっかき』の餌食となった顔を押えてのたうち回る音)
「……鈴よ。このような激しい戦いに参加せず、傍観を決め込んだ謙吾こそが弱い者なのさ」
「おい、笑わせるな。お前より格下に見られるだと?」
未だにのた打ち回る
真人の武器は、筋肉によってようやく捕えることに成功した、凶暴化したネコだ。
「ふん……果たしてこの戦いの後にも、同じことが言えるだろうか。いけえ!我が支配にあるネコよ!」
「ニャー」
「そのねこだーーーーーーー!」
ずがんっ! 鈴のハイキックが炸裂する。
首が間横にひんまがったままの状態で、真人が答える。
「あ、これね」
「それ、どうしたんだ」
「だれかが投げてきた」
「ああ、それ、恭介のやつが投げ入れてた」
なんだとこの野郎、と鈴は裏切り者へと視線を向けるものの、当の恭介はというと仰向けになっていびきをかいて寝ていた。見事なまでの倒れっぷりは未だに起き上がれない理樹といい勝負かもしれない。
「じゃあ、あたしのだ!」
鈴が真人から猫を奪い取る。鈴にとっては大切な猫を奪還したという認識だが、真人にとっては神聖な決闘のための武器を略奪されたという認識になる。ルールで決められた以上は武器がなければ勝負すら続けることができない。だから、真人が野次馬に要求することは、
「ああ、オレの武器っ!? だれか、あたらしい猫をくれっ!!一番凶暴なやつをだッ!!」
真人の宣言とほぼ同時、バキィ!!と、真人の顔面に鈴の蹴りがヒットした。
くっきりの足跡が残り、真人の首がおかしな方向に曲がってしまっている。
「猫を使うな」
「あい」
「で、喧嘩の理由はなんだ」
「ああ、聞け鈴。この剣道バカがオレに『目からゴボウ』という嘘のことわざを教えやがったんだ。おかげでこの間、何気ない会話の中で、『そりゃ目からゴボウだな』って使っちまったじゃねいかよ!」
かなりどうでもいい理由だった!
「馬鹿。思い出せ。お前から訊いてきたんだろうが、『目からゴボウ』ってどういう意味だって。 おそらく『目から鱗が落ちる』のことだろうから、『急に物事がはっきりと理解できることだ』、と答えたまでだ」
「なら間違ってるって先に教えろよ。なんだよ、目からゴボウって!」
「そんな義理は無い」
「なんだと! てめえ何年の付き合いだと思ってやがる。てめえには情ってものがねえのかよ!」
「これでどっちが悪いか、はっきりしただろう、鈴」
謙吾の方は完全に頭が冷えているようだ。銀玉鉄砲を投げ出して、戦意喪失をアピールしながら、退散を決め込もうとしていた。 迷惑そうな顔をしていたキンジも、安心しきった顔をしている。
「んだよう!逃げんのかよてめえ!」
真人の方はやはり簡単にはいかない。ちなみに、
(……ちくしょう)
理樹は爪切りを強く、より強く握りしめるが、いまだに動けないでいた。
真人は追いかけようとしたところで鈴に振りかえり、
「鈴。それがオレの武器なんだ。返せ」
「そんなこと、あたしが許さない」
「なんだ、やんのかよ、鈴」
「猫を弄ぶようなやつにはお仕置」
いつの間にか対戦カードが変わっている。鈴も雰囲気に乗せられてしまったのだろうか。
「恭介の妹だからって、容赦しねえぜ……」
「ふん」
雰囲気から判断して、その場の誰も介入できそうにない。
(くそ……猫にやられたダメージが消えていれば、爪切りでどうとでもできるのに!!)
「「てめえら(おまえら)武器をよこせ!」」
真人と鈴の周りに、武器が投げ込まれていった。
勝敗を決めるのはこの瞬間にかかているといっても過言ではない。
みんな準備をしていたのか、種類は様々なものだった。
「これだっ!」
鈴がつかみ取ったのは……三節棍!?
「じゃあオレはこいつだっ!」
対して真人がつかみ取ったのは……ビニール袋に入れられた、小さな和菓子。
浜名湖と遠州灘の豊かな水と自然が育んだ浜松の銘菓。
「う、うなぎパイだと……。で、お前はなんだよ。それ本物の武器じゃねっ!?」
カーーーーーーーーーーーーン!!
だれかがわざわざ持ってきたのか、コングの音。勝負開始の合図が響き渡った。
●
鈴が三節輥を振り回す。
反応速度という点で鈴に分があるため、先に動いたのは、当然というべきか鈴だった。
しかし、真人は回避しようとしない。
(真人はあえて一撃を受けて、鈴をうなぎパイでめったうちにするつもりなのか)
真人の行動を見て理樹はこう思う。頭がいいじゃないか、真人。
猫と爪切りといったリーチの差ならともかく、うなぎパイと三節輥では、工夫が必要だ。三節輥の一撃は普通の人間ならば一撃でKOだが、逞しい筋肉をもった真人ならではの方法だ。
「しねっ」
真人は鈴が振り回した三節輥を受け止た!
「今度はこっちからいくぞ!」
真人の反撃。理樹は親友の勝利を確信していたが、
ポキッ!! (うなぎパイが折れる音)
「うああああああああああああーーーーーーーーっ!
うなぎパイがああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
(なん・・・だと!?)
真人の作戦は距離をつめ、反撃されないうちに、うなぎパイによる連続攻撃で一気になぎ倒す、というシンプルなもの。すなわち、一気に倒せなかったら、今度は鈴の連続攻撃をくらうということを意味する。しかも三節輥なのだ。いくら真人が筋肉だといっても、さすがに耐えられない。
「うわあああああああああぁぁぁーーーーーーーーーーーー」
真人の声が響いていた
●
今も鈴をたたえる喝采が続いている。結果的に何の役にも立てなかった役立たずの少年、直枝理樹はひとり輪から離れて事の成り行きに茫然と立ち尽していた。こんな非日常な光景はこれが初めてではなく、今日に限ったことでもない。幼いころに出会い、彼らとつるむ様になってから、ずっと繰り返されてきた日々だった。
(……ああ、いつも通りだな)
目の前の騒がしい光景を見て、理樹は静かに思い出す。
一番つらかった日々。
両親を亡くしてすぐの日々。
毎日ふさぎこんでいた日々。
そんな僕の前に、四人の子供たちが表れて、僕に手をさしのばしてくてた。
「強敵があらわれたんだ!きみのちからがひつようなんだ!きみの名前は?」
「…………なおえ……りき」
「よし、いくぞりき!」
一目でリーダーと分かる少年は、一方的に手をつかみ、僕を引きずるように走り出した。
「ねぇ、きみたちは!?」
こけないように、転ばないように。
当時の僕は掴まれた手を離すまいと握りしめて。
必死に付いて行きながら、そう聞いた。
「おれたちか?悪をせいばいする正義の味方。ひとよんで『リトルバスターズ』さ」
歯をにやりとみせ、そう名乗った。
敵は、近所の家の軒下にできた、大きな蜂の巣だった。
まさしく強敵だった。
何度も返り討ちにあった。
くじけそうにもなった。
そのとき、一番大柄な男の子が突然上着を脱ぎ捨て(なぜかは今もわからない)、なぜかハチミツを素肌にべったりと塗ると、
「後は、頼んだぜ」
そう言って、仲間たちに親指を突き上げ見せた後、果敢に敵陣へと突っ込んでいった。
当然のように無数の蜂に群がれる。そこへ残るひとりが殺虫スプレーの先を向け、もう一人が噴出口の真下にライターを添えた。
「まさと、おまえのぎせいは忘れん!」
声と同時にスプレーから火が放たれ、大柄な子の体がぼぅ!と燃え上がり、火柱と化す。
「うおおぉぉおおぉぉーっ!んなこと頼むかあぁぁぁーーーーーーっ!!!」
燃えながら突っ込みを入れるあの姿は今でも目に焼きついて離れない。
直後、後ろでつまらなさそうにしてた子が、燃え上がる男の子を一蹴りで卒倒させ、さらに地面を転がるようにけり続けていた絵も忘れられない。(結局そのおかげで鎮火し、彼は助かった)
その後、消防車と救急車が駆けつける大騒ぎとなった。
学校では校長室に呼び出され、叱られたりもした。
そこで僕は彼らの名を知った。
真人を蹴っていた鈴が女の子だと聞いて驚いたことも覚えている
それが、僕らの出会いで、そしてそんなお祭り騒ぎのような日々の始まりでもあった。
ずっと、そうして彼らと生きていたら、僕はいつの間にか心の痛みも寂しさも忘れていた。
ただただ、楽しくて・・・
いつまでもこんな時間が続けばいい。
それだけを願うようになった。