バカがいた。
ハイジャック犯を救おうとしたバカがいた。
『ねぇ、きみ達は?』
『俺達か?悪をせいばいする正義の味方……ひとよんで、リトルバスターズさ!』
昔救われたように、僕も誰かを救っていきたい。
そう願った純粋な少年は、差し延べた手を掴んではもらえなかったという現実を突き付けられて床に倒れていた。
「……」
恭介のようにできたと完全に油断しきったため、まだ床から起き上がれてもいない。
「…………」
棗恭介。
理樹は憧れの姿を追いつづけ、今まで生きてきて、努力もしてきたが、
(……失敗した)
救えなかった。
恭介みたいにできなかった。
現実の自分と理想とする自分との差を思い知らされた。
だが、それがどうした?
直枝理樹という少年はこの程度ではくじけない。
「……あの野郎」
彼にとって、憧れの姿はそう簡単に超えられるものではないと、恭介みたいになるのは簡単ではないことなんて分かりきっていたことだ。ちょっと失敗したからって、たった一度のミスでくじける理樹じゃない。だってリトルバスターズなんてバカな名前を名乗っているのだから。
「――――こうなったら、無理矢理だろうがなんだろうが、あの手を掴みあげてやるっ!」
決めた。向こうが変な意地を張るでなら張るで勝手にすればいい。
こちらも勝手にやらせてもらうだけだから。
まずは、
「――――筋肉ッ!!」
筋肉で起き上がる。
彼の方針は変わらない。
やることは一つ。
意地っ張りな泥棒に、手を差し延べることのみ。
●
委員会連合の一員、放送委員の来ヶ谷唯湖は情報を集めていた。
放送委員会は情報を収集し、交渉などを行うこともある国家組織の一員だ。
彼女は日本に来る前はイギリスで働いていたことがある。
その経緯で委員長というレアな権限を持っている。
彼女の情報収集交換速度は凄まじいの一言につきた。
「……ん?」
彼女は知ることの出来る情報はニュースで知ることが出来るレベルのものとは大違いだ。一つの事件が起きた場合、政治的な意味を考えた上で行動するような仕事にも携わってきたのだ。ゆえに、ある彼女が見つけたとある情報は経験則により危険なものであると導くのは簡単なことだった。一抹の不安を招くような情報を手にするのは時間の問題だった。
「恭介氏、これは……」
「なんだ?」
第三放送室の中、いすに腰掛け来ヶ谷が拾ってきた情報を片っ端からものすごい速度で見ている少年に声をかける。恭介だ。
「恭介氏はどう判断する?」
棗恭介と来ヶ谷唯湖はイギリスで出会っていて、来ヶ谷は恭介たちに誘われる形で日本に来た経緯を持つ。日本人とはいえ帰国子女たる彼女は日本に来たこともかった彼女はその際にいろいろと世話になった。その経緯があるとはいえ、来ヶ谷ほどの思わず声をかける内容をみつけたのだ。
『防衛省が自衛隊を動かした』
彼女のイギリス時代。来ヶ谷はイギリス王室に関わる仕事として、イギリス騎士団の連中を動かしたことがあったが、そんな場合は大抵がろくなことにはならなかった。ゆえに結論づける、自衛隊が動くということは、十中八九ロクなことにはならないことだ。
「リスクの問題だろう。面倒なことになったな。……来ヶ谷、突き返せるか?」
「私の権限では無理だ。分野の関係で二木女史ならまだ干渉くらいまではいけたかもしれないが、彼女は興味がなさそうだからな。彼女がわざわざ止めようとはしないだろう」
自衛隊をなんとかして止めたいが、下手に介入はできそうにない。
さて、どうしようかと思った来ヶ谷に、一本の電話が入る。
誰だろうか?
「はいもしもし」
『あ、つながった!?来ヶ谷さん、いますぐ教えて欲しいことがあるんだけど』
理樹だ。
●
ヒステリアモードこそ最強。銃撃戦を行うにおいて、遠山キンジはつくづくそう思う。普段は頼りない自分でも、ヒステリアモードになれば双銃双剣のアリアをもしのぐ戦闘能力を手にすることが出来る。
そして、今。キンジは武偵殺しと再び対峙していた。
キンジはアリアと作戦を立てて対峙したが、武偵殺したる理子に右にも左にも回避できない銃撃を受けて、彼はあることをやった。
「……わぉ。銃弾をナイフで斬ったか」
理子の感嘆の声が聞こえてくる。
自分でやっといて、相変わらずヒステリアモードはすごいと思う。
キンジは自分がナイフで斬った弾丸が弾丸切りといったところだろう。
「アリア!」
もう以前のような情けないチームワークではない。
天井の荷物入れに潜んでいたアリアは、合図とともに理子を強襲する。
理子に向けられるは白銀のガバメント。
アリアの銃撃は、精密に理子のワルサーを弾き落とす。
「!」
攻撃最大の防御。
その理念を実行するかのように、アリアは空中で銃を放し、背中から日本刀を二本抜く。
(そうだ。アリアは近接戦闘でこそ本領を発揮するっ!)
抜刀と同時。
振り返った理子の左右のツインテールを切断した。
茶色いくせ毛を結うテールが、握っていたナイフごと床に落ちた。
●
直枝理樹という名前の優しいバカとの相対の後、『武偵殺し』に戻った理子は、アリアにツインテールを切断され、オルメスに対し初めて焦ったかのような声を揚げていた。
今理子の心境はヤバイというより、
(……私、何やってんだかなぁ)
ふとした疑問だった。
オルメスとの対決で油断はしていなかったはずだ。するはずがない。
優しいバカとの相対で、これからは心を鬼にしてでも戦うの考えていたではないか。
「峰・理子・リュパン四世」「殺人未遂の現行犯で逮捕する」
私は何を考えているのだろう。
「ベッドにいると見せかけて、シャワールームにいると見せかけて。ちっさいアリアをキャビネットに隠してたのか」
私は何を思っているのだろう?
「ダブルブラフってよほど息があってないとできないはずなんだけど」
そして、思い出す。
ブラフって最近見なかった?
『さあ理子さん――――――一緒にアフロになろうZE!』
あぁ。あいつも使っていたっけ?
単純な戦闘だけならまず勝ち目は無いから、ブラフとはったりを多様する少年。
そして、理解した。
(……皆必死なんだ。私だけじゃないんだ)
生き方を誰かに何か言われる筋合いはない。
理樹は理樹で恭介の後を追いのに必死だし、アリアはアリアで母親の無実の証明に必死だ。
「……」
理子は髪を動かし、リモコンを操作し、
次の瞬間。
機体が大きく急降下した。
姿勢を崩したアリアやキンジを見て、
「ばいばいきーん」
理子は脱兎の如く逃げ出した。
(……今更何をやってんだ、私!)
決めたんだ。
アリアを倒して自由を手にすると。
例え他人の幸福を犠牲にしてでも自分の幸福を手に入れてやると。
「狭い飛行機の中、どこへ行こうというんだい、子リスちゃん」
キンジが追ってきた。
キンジは敵だ。でも、聞いておきたいことが出来た。
「……人の数だけ、物語がある。この考え方、どう思う?」
「どうもこうも、そのままの意味だと思うよ」
なら、
「ねぇキンジ、イ・ウーに来ない? イ・ウーには、お兄さんもいるよ?」
「これ以上怒らせるな。武偵法9条を破ってしまいそうだ」
そっか、と理子は返答する。
きっとキーくんは心の底からの殺意が沸き上がってるんだろうな、とも。
(……私は・・・)
一生懸命な連中がいて、そんな連中といられるのは幸せなのだろう。
たくたん努力をして、仲間と一緒に幸せを手にするのは素晴らしいことなんだろう。
でも、それは最低限の幸せが約束されている奴らのいる舞台だ。
理子は世界は綺麗事じゃ回らないことを知っている。
最低限の幸せすら約束されない人達をたくさん見てきた。実際、私もそうだった。
そんな連中の願いはいつも、たった一つの単純で、普通なら当たり前に約束された願いだった。
(……私も、ただ自由に生きたいだけなんだよ)
本当からリュパンの名前にだって執着はない。襲名なんてどうでもいいのだ。
友達を作って、女の子らしく可愛い服を集めたりして。
恋バナにキャーキャー騒ぐ。
そんな普通なら当たり前の生活にすら憧れを感じ、ハイジャックなんて事件を起こして、オルメスと勝負しなければならないくらいに追い込まれている。
(……キンジ。お前が言う武偵なんかやめて普通の生活を送りたいという気持ちは、私には分かる)
「じゃあね」
理子は設置していた爆弾のリモコンを握りしめる。
飛行機に穴が空け、飛び降りればいつでも逃げられるように。
表の舞台で生きている彼らから目を背けたかったのかもしれないけど。
そんな時、理子はリモコンのスイッチを押そうとして、放送機ごしの声を聞いた。
『聞こえる?』
とあるバカの声だった。
●
直枝理樹は、友人の来ヶ谷から放送器具の使い方を聞き出して、放送をかけていた。
ちょっとした文句も言いたいことがある人物が今どこにいるかは知らない。
だから、どこにいても聞こえるように、全域に放送をかけよう。
(これで聞かれていなかったらマヌケだよな。僕なら充分に有り得る話だけど)
何をするのかと来ヶ谷さんに聞かれ、ありのままを答えたら爆笑された。
嘲笑うようなものではなく、気持ち良く笑い飛ばしてくれた。
でも、恭介ならこれくらいはやる。だから、僕もやる。
だから、言う。
僕らの方針は変わらない。助けての声を聞いたら、絶対に助け出す。
●
理子は、バカが言うことを聞いて、驚きあきれ、目を見開いた。
(……アハハ。アッハッハッハ)
バカは、最後までバカだった。
あいつは私に裏切られてもまだ懲りていないらしい。
だからそこか、今は気分よく爆弾のスイッチを押す。押せる。
気持ちのいいバカを見て、いろいろ悩むのがバカらしくなる。
こうなったら、私もいよいよバカになるのもいいかもしれない。
何しろAクラスではおバカキャラだったのだ。
こんなことを考える以上、そろそろ私もバカに感化されたか。
「じゃあね」
「待て!理子!」
キンジ。そしてアリア。
あなたたちにはごめんなさい。私の方が先に救われてしまった。
理樹君。私、頑張ってみるよ。
(……忘れてたなあ)
最低限の幸せを知らない奴らは、当たり前のことを知らないことがある。
例えば、助けてほしいなら、助けてと叫べばいい。
そんなことすら知らないのだ。
叫べば答えてくれる連中がいる。
それだけで理子は充分だった。
「
泥棒は、開けた穴から空に飛び出しながら、最後にこう言った。
また、会えたら遊びましょう。