少年、直枝理樹は機長のいる操縦席に到着していた。
そこで彼が見たものは、
「・・・機長さん?」
気を失った機長さん達の姿だった。
(『武偵殺し』にすでにやたれたか・・・とりあえず手当てしないと)
殺されているわけではない。だけどケガをしていないわけではない。
一応応急処置をしておくが、命に関わるような状況ではないことを確認して一安心する。
(・・ん?待てよ。機長さんたちが怪我をして気絶しているということは・・・)
なら、一体誰が操縦をしているのだろうか?
そもそも機長さんがコックピットにいない時点でおかしなことが起きている。
ハイジャックなんだから、やはりコックピットに『武偵殺し』が陣取っているのだろうか?
「・・・(ゴクリ)」
緊張し、銃を抜き、理樹は一気に操縦席に突入し、
「・・・誰もいない?」
誰もいないのを見た。
(ハイジャックなのに誰も運転していない? ハイジャック犯も、機長さんも)
自動操縦というやつなのだろうか?
それにしてもなんだか釈然としない理樹はなにかないかを探し、
「―――――さっぱりよく分からない」
改めて言おう。理樹は探偵科インケスタだ。操縦席に色んなボタンが並んでいて、さまざまなものにランプが付いているが、なにがどんなものをあらわしているのかはさっぱりだ。こういうときはどうすればいい?困り果てた理樹であったが、ガガッと機長さんに通信が入る。
「・・・出るべきか?」
とりあえず音源である機長さんの衛星電話を受け取り、もしもし、と不安一杯でボタンを押す。
「あ、あああああのもしもしこちらなお―――機長代理の」
『・・・・なにやってんだ、少年』
テンパってうろたえるとあきれたような声が返ってきた。聞き覚えがある声だ。
「もしもし? どちらさまですか?」
『・・・切るぞ』
「ごめんなさい!助けてください来ヶ谷さん!!」
『素直で結構』
こんなところにかけてきてくれるのはこの人ぐらいだ。
「来ヶ谷さん助けてください。操縦とか一切分かりません」
『よくそれで一緒にハイジャックされた飛行機に乗り込もうとか考えたな・・・』
正直、何も言い返せない。はぁ、と自分の力のなさにため息をついていると、とある放送が聞こえてきた。
『おいでおいで イ・ウーはてんごくだよ おいでおいで。わたしはいっかいの ばーにいるよ』
「・・・行ってみるか」
『少年?どうかしたか?』
電話は機長さんから拝借しておく。
もしもの場合には頼れる人の助力が得られるからだ。
「来ヶ谷さん。ハイジャック犯からの挑発が入ったから少し様子を見てくるよ。大丈夫、戦えば十中八九負けるから見てくるだけだから!!」
『・・・・そうか』
なんでだろう。放送室で冷たい眼をしている人がいる気がする。
しかし、ここにいてもこれ以上できることがないのもまた事実。
なら、隠れて遠山くんとアリアさんに戦闘は任せて、終わったら手当てしてあげよう。
そう思って機長さんを手当てをした看護少年は応急箱を手にしたまま舞台へと向かう。
とりあえずは途中で『武偵殺し』と遭遇しないように必死に祈っておこう。
『待て、少年』
「どうしたの?」
『確認したいことがあるんだが―――――』
●
武偵殺しがいる。これから戦う必要がある。そう考えてキンジはここにやってきた。それなのに、そこで見た人物とは、
「・・・理子」
峰理子。彼のクラスメイトだ。
「こんばんは」
いつもの笑みを浮かべながらウインクをしてくる。そして、語りだす。
「アタマとカラダデ戦う才能ってさけっこー遺伝するんだよね。武偵高にもお前達見たいな遺伝形の天才が結構いる。でも・・・お前の一族は特別だよオルメス」
隣にいるピンクのツインテールが膠着したのをキンジは見た。
(オルメス? アリアの名前か?)
アリアの本名は神崎・H・アリア。
だとしたら俺の知らない『H』の部分に関することなのだろうか?
「あんた・・・一体・・・何者?」
「理子・峰・リュパン4世。それが理子の本当の名前」
(リュパン・・・だって!?)
リュパンとは世紀末の大怪盗の名前だ。
「・・・待てよ」
そういえば、ここに乗り込む前に直枝と理子と三人であることを話していた気がする。
『アリアに話を戻すけど、襲名はしてないみたい。本人はするつもりみたいだけど』
『・・・え?襲名だって!?』
『でも、アリアさんほどの実力で襲名ができないなんて、よほどその襲名先が破格なんだね。アリアさんって確か犯人を逃したことがないと言われていたくらいだし』
『まーねー。アリアはその襲名先の子息にあたるわけだけど、家庭での折り合いが悪いみたいだからね』
アリアは襲名していないと。でも、理子は自らをリュパン四世と名乗った。なら、
「理子お前・・・襲名者なのか?」
「そうだよ。今代のリュパン。先代ルパン三世の後継者」
でも、と彼女が言った。
だからそこなのか、とも彼女は言った。
「でも、家の人間はみんな理子のことを名前で呼んでくれなかった。 お母様がつけてくれたこの可愛い名前を、呼び方がおかしいんだよ」
「おかしい?」
アリアが聞き返す。
「4世4世4世さまぁぁぁ! どいつもこいつも使用人どもまで・・・理子をそう呼んでたんだよひどいよねぇ」
口調こそいつものものだった。けど、雰囲気で分かる。
声が絶望した人間の声だった。
「そ、それがどうしたってのよ。4世の何が悪いのよ?」
アリアは襲名していないと聞いた。そして、襲名を望んでいるとも。
なら、襲名できている理子がうらやましいという感情もあったのだろう。
はっきり言ったアリアは何が悪いと言い切るが、理子は目玉をひんむく。
「悪いに決まってんだろ!! あたしは数字か! あたしはただのDNAかよ! あたしは理子だ! 数字じゃない! 遺伝子じゃない!! どいつもこいつもよ!」
この怒りは誰に向かっているのかわからなかった。
だが、一つだけ分かるのはこいつを野放しにしてたらだめだということ。
「・・・別に私の襲名先が怪盗リュパンであることには不満はないんだ。単純に実力だけで今代のリュパンだといえれば問題なかったんだ」
けど、
「私は初代リュパンの直系。曾おじい様を越えなければ一生あたしじゃない!単なるリュパンの曾孫として扱われる!!!」
アリアは深刻な面持ちで聞いてた。襲名に関すしては彼女もいろいろあったのだろう。
けど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「だが、今はそんなこと話すときじゃない。武偵殺しは全部お前の仕業なのか?」
「武偵殺し? あんなものプロローグをかねたお遊びだ。本命はオルメス4世―――――アリアお前だ」
その目はいつもの理子の目ではなかった。
獲物を狙う獣の目。世の中を呪ったかのような目。
「100年前曾おじい様同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を倒せばあたしは曾おじいさまを越えたことを証明できる。キンジ、おまえはちゃんと役割を果たせよ」
「役割?」
「初代オルメスには優秀なパートナーがいたんだ。だから条件を合わせるためにお前らをつけてやったんだよ」
「迷惑な話だな」
だが、とちょっとだけだが考えてみる。
こいつは今までどんな気持ちだったのだろうか?
直枝や井ノ原みたいな本物のバカではなく、こいつはバカを演じてたんだけ。
そう、誰にも気付かれずにずっと・・・。
「バスジャックもお前が?」
「くふ、キンジぃ。武偵はどんな理由があっても時計を預けたりなんかしたら駄目だよ。狂った時計見たら遅刻しちゃうぞ」
キンジはあのバスに乗り遅れる前はどう思った?
『今日はバスにも余裕で乗れるな』
確かにそう思い、しかし、実際は無理だった。つまり、あの時から理子は細工を始めてた。
「何もかもお前の計画通りかよ!」
「んーそうでもないよ。予想外のこともあったもん。チャリジャックで出会わせて、バスジャックでチームも組ませたのにくっつききらなかったのは計算外だったもの。それに理樹くんたちを巻き込むなんて思っていもいなかった。それに、キンジがお兄さんの話を出すまで動かなかったのは意外だったよ」
「兄さんを・・・兄さんをお前が?」
兄さん。スケープゴートさせられ、実際はシージャックで死んだ最愛の家族。
「くふ、ほらアリア。パートナーさんが怒ってるよ。一緒に戦ってあげなよ」
あ、そうだ、いいこと教えてあげる、と彼女は言って、
「キンジの兄さんは今―――――――理子の恋人なの」
「いいかげんにしろ!」
「キンジ!これは挑発と!! 落ち着きなさい!」
挑発なんて事なんか分かりきっている。だけど、
「これが落ち着いていられるかよ!」
理子にはそれが計算なんだろう。俺が兄さんのこととなると黙っていられないのが分かっているのだろう。でも、だからといって落ち着けはしない。キンジは反射的にべレッタを理子に向け、その瞬間、飛行機が揺れた。
「うわ!」
気付いた時にはキンジのべレッタはばらばらになり地面に落ちていた。
理子の手を見るとワルサ―P99が握られている。
「ノンノンだめだよキンジ。オルメスのパートナーな戦うパートナーじゃない」
キンジは分かりきった策略を回避することも出来ず、あっけなく敗北した。だが、その瞬間を見逃すほど、Sランクの称号は甘くはない。バンッと床を蹴り、2丁拳銃を構えてアリアは理子に襲いかかる。
武偵の戦いは防弾制服があるため拳銃は一撃必殺の武器にはならない。つまり、打撃武器なのだ。
(・・・ワルサー1丁とガバメント2丁の装弾数は互角だ)
近接銃撃戦で力の差がほとんどない場合、モノをいうのは装弾数だ。つまり、勝負は五分五分。
だったのだが、
「アリア。2丁拳銃が自分だけだと思ったら間違いだよ」
理子はカクテルを投げ捨てると新たなワルサ―をスカートから取り出した。
「!」
だが、アリアは止まらない。
「くっこの!」
「アハハ。アハハハハハ」
2人は至近距離から互いに銃を撃ち、射撃戦を避け、かわし、相手の腕を自ら弾いて戦う。銃弾には限りがあるため戦えば戦うほど装填数でおとるアリアが不利になってくる。アリアはついに弾切れを起こしてしまうが、次の瞬間、アリアは両脇で理子の両腕を抱えた。2人は抱き合うような姿勢になり銃声が止む。格闘ではアリアがわずかに上なのだろう。
「キンジ!」
「分かってる!!」
言われるまでもない。装填数では圧倒的に負け、格闘術などにも大きな差がないアリアには、理子にはない決定的な強みがある。それは、遠山キンジというパートナーの存在だ。
キンジはバタフライナイフを理子に向け、
「終わりだな理子」
キンジは理子にチェックメイトを告げるが、理子は平然と語りだす。
「
「?」
「あたしも2つ名を持ってるのよ双剣双銃の理子。でもねアリア」
「アリア
何をする気だ?考えた瞬間が致命的だった。その一瞬でまるで神話のメデューサのように動いた理子の髪は、背後の隠していたと思われるナイフを握り、アリアに襲いかかる。
「なっ!?」
こんなことになるなんて誰が想定しただろうか?
驚愕に支配された一瞬のうちにナイフはアリアに鮮血を飛び散らせた。
「アリア!!」
崩れていくアリアを見て、考える。どうすればいい?
しかし、時間は一秒、また一秒と過ぎていくだけ。
その一秒すら自分の命を縮めているというのにも関わらず。
理子から逃げ、アリアの手当てに入らなければアリアの命はヤバイ。
だが、アリア抜きで理子に立ち向かえるような気は全くしない。
(・・本格的にどうする!?)
「じゃあね」
何も思いつかないまま、何もできないままキンジは理子のワルサーの銃口を向けられ、そのまま引き金を引かれそうななったとき、変化が訪れた。
バンッ!!と理子のワルサーがはじかれたのだ。
「!!」
理子のワルサーをはじいたのは明らかに銃撃だった。
この状況下において、銃なんてものを持っているのはただ一人だろう。
その人物とは、
「――――――――やぁ、理樹くん」
理子が名前を呼んだその人物は直枝理樹。
キンジと一緒に乗り込んだルームメイトだった。